
僕は京都にいた。
受験番号:文100685
氏名:木村晃一郎
方式:A方式
試験日:2002年02月04日(月)
4年前の僕が甦る。
この0204が僕の出発点であり、終着点であるとは露知らず。
思い起こせば、この日僕は徒歩で衣笠まで受験しに行った。
もちろん西院からやけど。
「徒歩より詣でけり」
とか頭で考えながら、円町の緩い坂上っていったのを覚えている。
そして春が来て僕は立命館大学に通うことに決めた。
その時から終わりは用意されていたのだろうか。
その時から今日は用意されていたのだろうか。
オガリンちゃりで花背峠を必死に漕いだり。
真奈美ちゃんドロボーとか。
二回目のランで前歯を八丁に捧げた。
その頃僕は、RUCCが全てだった。
後期から入った僕の目には毎日刺激で溢れた毎日が映っていた。
追い出しを重ねるごとに考えるようになっていた。
僕が卒業する時はどんなふうに卒業していくんだろう。
そして時は流れ、僕が言葉をみんなに贈るようになった。
以下は追い出しの時に話そうと思っていたことだ。
だけど結局何も喋れなかった。
緊張じゃなかった。
多分頭がRUCCからの卒業を拒否していたんだと思う。
走ってる時からずっと頭は真っ白だった。
ネギの言うように、卒業なんて全然めでたくない。
この4年間は本当に早かったです。 大学で多くの友人に出会い、 多くの馬鹿をやり、 時にはケンカし、 時には峠の上で喜び合い、 時には悔しさや悲しさで涙し、 楽しい時間ばっかりじゃないけど、充実してた。
この追い出しに来る前に、昔の写真とか轍を見返していた。 ほんとに様々な思い出が蘇ってくる。
そういえばいつのまにか写真が好きになってた。 日本の地理に詳しくもなってた。 年上の人たちに飛び込んでいく勇気もついてきた。 旅に出て、友達のありがたみを感じた。 旅に出て、人のやさしさに触れた。 旅に出て、帰る場所があることを知った。 僕はどんな大学生よりも大学生をしてると思える。 どんな大学生よりも良い人たちに出会えたと思える。 そんなすべてが過去になってしまうのはちょっと寂しい。 でも、そんないい思い出があるからこそ次も頑張れる気がする。
まず最初に思うのが、4回生なのに何もしてあげられなかったこと。 就職活動とか試験とか色々大変な編集をはじめとする執行部たち。 轍の手伝いも全く顔ださへんかったし。 あんまりプライベートランとか誘うこともなかったし。 飲み会とかもあんまり行ってへんかったし。 気がつけば一人でフラフラどっか行って。 こんな小さな先輩でしたが、本当にすいませんでした。
僕が一回、二回の時に先輩たちに色んな旅に連れて行ってもらって、 執行部になる時に、強く思った。 「僕も後輩たちに恩返しをしていこう」 そして何よりも、後輩と走りたいなぁっていう思いがすごくあって。 で、頑張って3回生の夏前哨戦に初めて後輩を連れて行きました。 それまであんまり話したこともなかったけど、 勇気を出して3人を誘ったのを覚えています。 いざ北海道に渡ってからも毎日が精神的にハードな毎日で、 「どうすれば楽しませてあげられるのか。」 「やっぱり先輩から会話ふった方がいいんかな。」 「何か微妙な空気流れてるけど、気付かへんふりしとこ。」 とか毎日悩んでいました。
茶志内の夜とかルベシナイ川とか肉体的にも精神的にもかなり辛い時。 うまくいかないことや後輩たちへの気配りが全然できなくて、 そんな自分がものすごく嫌にもなって、 一人で来たら良かったって何度も思いました。 やけど前哨戦も終わって、3人からありがとうの言葉を貰って・・・ 泣きそうなぐらい嬉しかったです。 頑張って誘って本当に良かったと思いました。
だけど振り返ってみれば、まだまだ出来たことはあったなぁと思います。 本当はもっと喋りたかったけど、恥ずかしくて喋れなかった人もいます。 もっと大学生らしくアホやりたかった人もいっぱいいます。 いつも喋れへんで後悔ばかりで、だけど何も前進がない。 いつも決まった人としか話せない自分がすごく嫌いでした。
何かこのまま消えていくんかな。 そりゃ何も残せなかったし、大したこともしていない。 でも、忘れられたくない。 「木村晃一郎」ってやつがみんなの心の隅っこにでもいられたら、 それだけで僕は良いです。
このRUCCで出会ったみんなのことは忘れません。 死ぬまでずっと、死んでからもずっと。 もう一度生まれ変わって大学生活を送るチャンスがあったら、 もう一回同じようにRUCC生活を送ってみたいと思っています。 それだけ僕の大学生活は充実していました。
気がついたら木枯らしのように、サヨナラはやってきて。 僕たちはもうそこにはいないけど、 木枯らしの去った京都にはまた春がやってきます。
その頃には新しい執行部と2回生が春合宿を終えて慌しく新歓活動してて、 就職活動に悩むスーツ姿の4回生もいて、
そして京都伊勢丹の売場で毎日奮闘している僕がいると思います。
自転車に乗ってみんなと旅をしてきた4年間を誇りに思いながら、 僕も新天地で元気にやっていきたいと思います。
最後にもう一度、 「長くて短い4年間、本当にどうもありがとうございました」
僕は死ぬ時も同じことばかり考えてるだろう。
死ぬまでにRUCCに出会えて良かったと。
写真:『サヨナラ』(岡山鷲羽山にて)
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