
宗教は言葉のあや遊び。
短い言葉でまとめてしまえば、それを説明する必要もないし、 説明すると愚かであるという風潮や考えを巧く利用したに過ぎない。
そして論理の通らないところは「自分で考えなさい」とか、 「私が答えては話にならない」などと逃げる。
また、論理の飛躍や強引な帰結・結びつきも多く見受けられ、 それらはたいがい後付や理論めいたことで丸く収める。
たとえ悟りを開いたとしても、 「悟った」と気付いた時点でそれは悟りではなくなると思う。
人間が仏になれないように、悟ることができないからそれが悟りになる。
道元は偉いのか?僕が偉いのか?
だけど両方そんなに変わりはしない。
写真:『大地雪漫漫』(宮城県山寺にて)
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