私と母の確執。 - 2005年08月04日(木) 私が、母親との関係がうまくいってなかったというのは 前にも書いた。 たとえば、 テストでいい点数を取って、 「見て、母さん!94点取ってん!」 と、夕ご飯を作っている母に話しかけると、振り向きもせず 「今忙しいから」 のひとこと。 そして父が帰ってきたら、私は母へのあてつけに 父にだけテストの結果を見せた。 横で、明らかに母が不愉快な顔をしているのを尻目に。 似たような話で、 図工の時間に書いた愛鳥週間のポスターがすごく上手に 描けたと思ったので 「見て!上手やろ?」 て見せたら、同じような感じで 「今忙しいから」 と言われた。 私はそのまま無言で自分の部屋へ行き、その絵を ビリビリに破いた。 その日の夜、あの絵はどうしたんと聞かれたとき 母の目をまっすぐに見据えて、真顔で 「破り捨てた」 と言ってやった。 その他にも、こんなところに書ききれないほど、私と 母の間には確執がある。 超がつくほど神経質な母に育てられた私は、さらに 神経質、完璧主義、潔癖な子供だった。 そんな親子関係だったもんで、私の自律神経は限界を 迎えていたらしい。 多分、母親なりに悩んだんだろうと思うが、ある日 私は児童相談所へ連れて行かれた。 なんか、ヒゲめがねのオッサンにいろいろ質問を され、私が答えたことをオッサンは熱心にノートに 書き取っていた。 それでも母は飽き足らず、(もしくは私を異常だと 思っていたのか)わざわざ県外まで行って有名な 催眠の先生の所まで行ったこともある。 そこではリクライニングチェアに寝かされ、 「あなたはどんどん眠くなる」 的なことを言われる。ほんで、 「私がポンと肩を叩いたら、トイレに行きたくなる」 とも言われた。 周囲はどう思っていたか知らないけど、私は催眠術に などかかってはいなかった。トイレに行けと言われたから 行っただけ。 ホントに私が催眠術にかかっていると思っていたの ならば、あの催眠術師は明らかに偽者だし、母も バカなんじゃないかと思う。 その催眠の先生のとこには、隔週の土曜日に 通っていた。第二第四だったかなあ。 そうすると、必然的にそれまで通っていた習い事に 通えなくなる。 同じ習い事をしていた友人に、 「なんで来れへんようなったん?」 と聞かれて子供心に答えに詰まり、 「塾に行ってる」 と答えた。 そしたら、それが巡り巡って母の耳に入ったらしい。 「アンタ、土曜日塾行ってるとか言うたん? なんでそんなウソつくん!」 と怒られたのだ。 だったら、他に何と言えば良かったのか。 その後のやりとりは覚えてないけど、深く傷付いた ことだけは鮮明に覚えている。 ***** 私は、小学生の頃は友達に 「私、父さん好きやけど、母さん嫌い」 といつも言っていたし、高校生になってからも 「父さん死んだら泣くけど、母さん死んでも泣かん」 と言っていた。 かといって別に育児放棄されたとか、暴行を受けたとか いうわけじゃない。 とにかく、母と一緒にいると嫌な嫌な気分にしか ならなかったのだ。 今現在は、普通に話すし、ケンカをすることもない。 結婚にあたっては、ご祝儀として数百万をポンと 出してくれた。 だからって、幼児期に受けた嫌な嫌な気分は、 忘れられるものではないし、一生私の心の傷として 残っていくのだ。 ***** なんちゃってね。 ちょっと今日の日記だけ読むと病的な感じ?(笑) 今は、いたって健康ですよ。心身ともに。 ...
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