1人と1匹の日常
2005年01月06日(木)  あの頃の話をしよう(8)
車イス生活になり、初めて電車に乗った日のことを、忘れない。
人の視線が気になった。
「かわいそうに。」という言葉も聞こえた。
階段に立ち止まり、困った時に、何人も見知らぬふりをして通り過ぎていった。

・・・もう二度と、電車には乗りたくないと、誓った。


季節は春となり、合同訓練が始まった。
電車で片道3時間の道。
自宅から、最寄の駅までは、バスと徒歩で20分。
ノンステップバスではなく、車イスでは乗れないバスには、歩いて駅まで行くことにした。
歩くといっても、当時は電動車イスではなく、手動車イスでは30分以上はかかるその道のりを、母にひたすら押してもらう。
自分でこいでもみるが、坂道の多いその道は、駅に着く頃には、へとへとになっていた。

駅は、上りのコンコースへは階段のみ。
駅員さん2人では、駅の仕事もあり、介助ができないということで。
駅を利用する数日前までに、利用したい旨を連絡をして、近くの駅から、援助の駅員さんを呼び、対応されているということだった。
通院とは違い、月1回の利用ではない。
毎回、その対応をしてもらうのも、限界があると感じ・・・。

まずは、階段を利用せずに、そのまま下りのコンコースに出て、下りの電車に乗り、一駅目で下りて、その駅に設置されているスロープを利用することにした。
とはいっても、上りのスロープまで辿り着くには、一旦駅を出て、ぐるりと外の道を回って、線路を渡る。
その線路に、車イスの前輪がよくはさまり、電車が来る警報が鳴る中、焦っては、危険なことも何度か経験した。
15分ほど歩いて、ようやくスロープを上り、上りの電車に乗れるのだった。

そのスロープも、一般のお客さんは利用できないように、鍵がかけられていて、インターフォンで駅員さんと連絡が取れるようになっているが、駅員さんの人員が少なく、電車と電車が着く合間まで待たないといけないといった形で、いつも電車を何本も見逃した。

普通電車から快速電車に乗り換える。
駅員さんの連絡はスムーズで、何両目のどこのドアか?連絡をしてもらえば、辿り着いた駅では、連絡を受けた駅員さんが、乗り換えの電車に移動するのを介助して下さった。

しかし、まだまだ、エレベーターの設置されていない駅は多い。
後に、新幹線を利用した時、裏道をぐるりと回り、荷物と同じエスカレーターに乗り、ようやくコンコースへといったことも経験した。
車イスユーザーの、電車の利用も増え、介助をする駅員さんの人員が足りなく、30分以上も待たされることもあった。
連絡されてたはずの、駅に辿り着くと、駅員さんが待っていなかったということもあった。
開いたドアの外は、大きな段差・・・。
一瞬、どうしよう・・・と頭をよぎったが、周りにいた背広姿の方々が、大阪弁で「ねぇちゃん、降りるんかぁ?」と、4,5人集まって下さり、気づいたらホームだった。といううれしい出来事もあった。
あの時は、余裕がなく、お礼も言えなかった。
今更ですが・・・、「本当にありがとうございました!!!」

たくさんの方々に支えられた。
何年か前は、二度と乗るもんか!と泣いた電車の旅。
そこには、わたしのまだまだ知らなかった経験や、素敵な出会いが待ってくれていた。
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