
末っ子今週休まず学校行けた。やったね! 入れ替わりに木曜 休みまで一日を残して真ん中の子が休んだけど。 それでも状況は日々変わっているのだと思う。 アップダウンしつつのデコボコ道でも 確かに。
わたしの方もこうしてまだパソコンの前に座れてる。 警告!は相変わらずでパソコンの”その日”が いつになるのかわからないけど 少なくとも今回ではなかったことに感謝しよう。
水曜の日記で大切なひとたちには随分と心配をかけてしまった。 人としての出来が良いとはお世辞にも言えないわたしだけど 有り難いことに人との出会いに関してはしみじみと感謝している。
わたしのトモダチは人様と比べると多いとはいえないが それでも みんなこんなわたしであると知っていても 手を繋いでくれて離さないからねと言ってくれている。
その程度で? と叱られてしまうかもしれないけど この歳になるまで平均よりは かなり色々あった方だと思う。
心の砕け散る音を聴いて もう 今度こそダメだ と何度も思った。 どれだけ失くしてきたか もう数え切れないくらいに。
本当にどん底になった時に 人は泣くよりも放心してしまうのだということも 思い知った。
それでも砕け散った破片を拾い集めてガタガタでも もう一度 繋ぎ合せて。 その度に不恰好になって決して美しくはないが こうして此処にいる。
そして わたしはそんなデコボコの繋ぎ合せのココロが 不思議とそんなにキライじゃなくなってる自分にいつか気づいた。
だってこの破片は見つからなくて泣きべそかいていたら あなたが見つけて差し出してくれた。 そこのはキミが。あっちのだって・・・・・ 誰かしらが手を差しのべて・・肩をたたいて・・・ 教えてくれた。振り向いた時に大丈夫だよって言ってくれる為に ずっと其処にいてくれた。
今もね・・・ごめんね。 やっぱり かなりすごく相当 やられてる。 不安も苦しさも痛みも抱えたままで相変わらず。
それでも それでも なんだかね わたしはやっぱりシブトイんだと思うんだよ。
だから ダイジョウブ。 だって あなたがキミがいてくれてる。
ありがとう と もう一度言わせて。
相変わらずのヘタレだけどでも 砕け散ったらまた拾い集めて繋ぎ合せよう。
与えられた最期の瞬間まで諦め悪くそれをし続けよう。
これからも弱音吐く。 もうダメだって多分此処に書く。
けど どんなに膝をついても絶望に呑みこまれそうになっても ジタバタと足掻き続けよう。
明日から諸事情で実家の方へ 帰りは日曜日の夜になりそうです。
帰ってきてもまだパソコンが立ち上がってくれますように。 こればかりは祈るしかないけれども。
* 以前此処にも書いたけど もう一度この詩を *
「命の讃歌」
生きていれば何だってできる
絶望しても決して諦めない それが今までも今からも たった一つの自負
「山より大きい獅子ゃ出やせん」
もうすぐ米寿の祖母の口癖は 確かに人間(ひと)の真実 だから 勇気を出せ 生きることに怯えるな・・と いつもわたしの精神(こころ)に脈打ち励ます
「命まで取らりゃーせん」
ああ そうだよね と 何だか肩の力抜けてちょっと笑うことができたんだ
生きてさえいれば何だってできる
その圧倒的な真実 長い年月を 涙と汗と泥にまみれていつのまにか節くれ立った指で それでも懸命に掴みながら生きてきたひとの
命への讃歌をわたしは聴いている
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ゆうなぎ
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