++いつか海へ還るまで++

雨が降る 代わりに泣いて いるように

降り続く雨 降り止まぬ雨


2007年12月18日(火) なきべそ右往左往

月曜日。

風邪相変わらず、おまけにセイリまで始まり・・・。


末っ子は学校を休み、真ん中の子は体調不良で結局早退してきた。
学校への電話して学校からの電話があり色々話す。
実家の大ばあが風邪をひいてしまったと電話があり、両親も疲れている。
夕方遅く帰宅してきた長男に色々相談したいこともあったので
「疲れてるところを悪いけど少し時間いいかな?」ときりだしたら
「今日は勘弁してよ・・」と言われてしまった。


末っ子に関しては正直、どう対するのがいいのか時々頭を抱えたくなる。
末っ子は朝起こすところの出だしで躓くとダメだ。
特に今はスタートを上手に根気強く補助して助走つけてやらないと
寝起きの悪さも手伝って石のように動かなくなってしまう。
こうなると言葉掛けをすればするほど意固地になり
「産んでくれてありがとう」なんていじらしい言葉をいった同じ口で
「ウザイ!ダマレ!」の痛烈連打。

甘すぎでも良くないだろうしと腹を括って
厳しめの理屈で説得してみたが逆効果だったようで
ボコスカと殴りかかってきてちょっとした取っ組み合いになった。

末っ子の歳でももう幼児と違って力は大人顔負けなので
叩かれると半端じゃなく痛い。
向こうは頭に血がのぼってるのと(まったく理屈の通らない怒りなんだが
末っ子自身はそれすら気づいてない)
おっかあは大丈夫という(現実みたらものすごく根拠の薄い)認識で
いるので容赦が無い。

こっちは押さえつけて防戦しつつ、お尻やら腕の内側やらを
ピンポイント攻撃でつねるのが精一杯。
こういう時の難しさは痛いという認識はしっかりさせながら でも
絶対 頭とか顔なんかの危険ゾーンを避けることと
周囲に、当たったりすると大怪我になりかねない家具、
窓ガラスなどがないかを確認して問題ない場所へと
取っ組み合い戦闘しながら誘導?していかないといけないこと。

結構これでもその辺は考えておるのです。
ヘッポコなりとも一応 親ってヤツをやってるので。

そうこうしているうちに末っ子が疲れてきてくれたので休戦。
末っ子の顔は涙と鼻水でグチャグチャ。
でも相変わらず威嚇の鼻息も荒く自分の机の下に潜り込む。

ここは離れた場所から様子見ながら放っておいた方がいい。
ある程度 わたしにぶつけて悪態ついたことで発散されているだろうし
この子はこの場面では押すよりもこちらがいったん退くことで
頭の血が下がって考えることができるようになるから。

担任の先生には連絡を入れてとりあえず放課後に再度
電話で話させていただくことに。

などとしていたら 真ん中の担任の先生から連絡があり
真ん中の子の体調が良くないので早退させますとのこと。
暫くして先生に送っていただいて帰ってきたが
病み上がりで疲れが出たらしく熱は無いが顔色が青く
きつそうだったので着替えさせた後、水分を取らせて
とにかく布団に寝かせる。

この頃には末っ子も机の下から出てきていて
おとなしく本など読んでた。
ごめんなさい は無いままだけど そこは知らん顔を敢えてして
普通に接しておく。


昼 何か消化にいいようなもので・・と考えてたら
実家の母から電話。
大ばあが風邪ひいたらしく。
今から病院へつれていくとのこと。
両親もかなり疲れているようで 一応 こちらの報告もしたのだけど
心配と愚痴を聞かされて瞬時に後悔する。
この状態で両親に余計な心配を増やすことしてどうするんだジブン。

とにかくお互いに満身創痍だけど 何とか乗り切ろうね。
こっちのことはお兄ちゃんとでも相談するから大丈夫と言って
電話を切った。

しかし・・なぁ・・・

なんでこういう時はこんな風にバタバタと追い詰められてしまうんだろう。



放課後、学校からの電話で色々話す。
先生方のご苦労や立場、それでも根気強く少しでも・・と
思って下さるのには本当に頭が下がるし 心から感謝している。

ただ これは学校というよりも今の教育体制に対してなのだけど
上の方にすごく余裕が無いというか焦っているように思えてならない。

今回話の中で「不登校」という言葉が出てきた。
末っ子は既に「不登校児」と認識されているようだ。
わたしは個人的にこの「不登校」という
大げさにしかめっ面したような言葉が好きではない。

確かに 正しい言葉 だけど なんて冷たく響く言葉だろう。

学校イキタクナイと思うことは子供なら一度はあるだろう。
それが思うだけで終わるか、数日で終わるか、少し拗れたり
きっかけを失って長くなるかに個人差はあっても。

勿論 問題の中にはイジメなどの早くに現状を把握して
手を打たないといけないものもある。
でもその場合でも上の方々の対処が適切であるかといえば
疑問だと思う。

迅速に・・・は大切だけどそこには 
しっかり実情を見極めつつ が 必要だと思うし
心の問題に関わることは当たり前だが個々で違っているので
全部を同じモノサシで見て、一気に焦って解決を急ごうとすると
結果 対象者を余計に追い詰めて最悪  
踏みとどまっている背中を押してしまうことになりかねない。

動くべき時と見守るべき時。 
現場の先生方がそれを考えて対処しようとしていても 
その上にある機関が見当違いの迷走して現場に圧力かけるような
ことをしていてはむしろ逆効果にしかならないと思うのだけど。

機関は人が集まってできたもののはずなのに
大きくなればなるほど その動きが小回りの利かないものに
なっていくのは皮肉なことだ。



腹を括るしかあるまいと思っている。

他の意見を頭から聞かないというのではない。
でも 今 末っ子に無理強いしても彼は頑なになるだけだし
それで強引に”学校へ行くこと”をさせられても
後々に傷や歪みを残してしまう気がする。

わたしにとっては自分の心身と合わせてかなりきつくはなるし
弱音も(既にここで吐いてるし)投げ出したくもなると思うけど

カミサマ わたしに 回り道をする勇気をください。

大切なことだと思うから。
今は回り道、迷い道になっても絶対にこの苦しさは後で
生きると信じる。信じながら迷おう。



長男の「今日は勘弁して」の台詞聞いて
亡夫がいつもそうやって色々な問題が起こった時に
逃げていたのを思い出してしまった。

亡夫の場合は仕事で それは確かに無理も無いほどの
ハードワークだったのだけど
一人ではどうしようもない時、動く動かない以前に
その問題に一緒に関わることもしてくれないのか・・と
愕然としたものだった。

苦く寂しいおもいで。こういうのは思い出したくなかったなぁ。

そのお陰でこうしてシブトク、ツヨク?なれたともいえるのだけど
あんまり嬉しいことでは無いよ。

重なりはするが決定的に違うのは
方や大人でパートナーだったけれど
方や大きくなったとはいえ 子供だということ。

だから ここで長男を責めるのは酷。
むしろ彼は彼で無意識に父親代わりを・・と
頑張ってくれていると思うから。
これ以上 負担を増やさないように気をつけなくては。
ここで共倒れになっては何もならない。


年の瀬も近づいてきたというのに
なかなかカミサマは休ませてくれない。

それでもこうして途方に暮れて何度も空を仰ぎながらでも
今まで生きてきたのだから。


わたしだけじゃない。

形は違っても同じこの空の下
みんな それぞれの何かと懸命に闘いながら
今日も生きている。

だから わたしも
わたしも。


なきべそ右往左往。

てやんでい!とめいっぱいに強がって鼻水啜りつつ
転んだ膝小僧の傷に唾つけてまた起き上がる。


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                      ゆうなぎ


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