++いつか海へ還るまで++

雨が降る 代わりに泣いて いるように

降り続く雨 降り止まぬ雨


2008年01月08日(火) 1月8日の決意

三学期初めの日。

末っ子は昨日から ものすごく敏感になっていてソノコトに
やんわりとでも触れると表情がすっと変わり
イカナイと貝になる。

冬休みはとにかくできるだけ一緒に。
沢山 ぎゅうううして、色々話して遊んで。

そのお陰でか こわばっていた心が随分ほどけてきた感じで
わたしを気遣ったり、本来のいい笑顔を見せてくれるようになってた。

ただ 冬休みの終わりに実家でちょっとしたことがあって。
それはあくまでも良かれとの思いからだったのだけど
正直 今それは彼には逆効果なのに・・とわたしからすれば思える事で。
その場は治まったのだけど わたしが冬休み中かけて築いてきたものが
かなり壊されてしまうという結果になってしまった。

両方、みんな思いあっているのに どうしてこんなに
タイミングが合わなかったり、方向が食い違っていたりするんだろう。
対して、間に入って、 必死で何とかクッションや変換機になっても
それを嘲笑うかのように気まぐれなナニカが邪魔をする。

ひとの心は脆い。疲れたり迷走している時は特にそう。
わたしなんかのあまりにも小さな弱い力では
それをカバーしきれない。自分の非力が情けなく悔しい。


冷静に考えてこのままでは末っ子は今日の始業式に
イキタクナイ というだろう。
新学期の初めからそれは避けたい。
ほんの少しでもいいから 学校に行くということが
今日だからこそ特に大切だと思う。

積み上げては壊れての繰り返しでも諦めないこと。

”学校へ行くこと”が大切というよりも
心 と 学校=先生、友達=人=外の世界 が
彼の中でこんがらがってギクシャクしている部分を
一緒に解いていってやりたい。

今 考えているのは 登校時間より少し遅らせて
「おっかあも一緒に行くから 通知表だけでも先生に渡してこよう」
と 朝 伝えること。

ダメならダメでその時はまた考えよう。


昨夜から一晩かけて 
ある方に長い手紙とこれまでの経緯を添えたものを書いた。
それでどうなると期待してはいけないし、またこれは私たち親子が
対峙して時間をかけてでも乗り越えるしかないことだけども。
ただ 意固地にそればかりにこだわり過ぎてもいけないと思ったから。

少なくとも信じるに値する”人としての器の大きさ”をもってらっしゃると
思える方で子供達のことも小さな時から良く知ってくださっている。

全てとはいえないが 人様にお力添えを願う時には
キレイゴトだけでない こちらの状況や過程や事情をできる限り
知っていただかなくては どうしようもないと思う。
腹を断ち割って曝け出す覚悟。

昔気質の父などは それを恥をさらすことと考え
プライドが許さないだろうし だから わたしの書いたもののことが
耳に入れば激怒するだろうが、それでも敢えて。

これが結果的に良い方へ向かうのか惨敗に終わるのかは
わたしにすれば 勇気を振り絞っての賭けになる。
それでなくとも 人を信じて思いを託し助力を求める ということが
苦痛にすらなってしまう状態の自分であるので。

それでもどういう目が出るにしてもしない後悔よりも
してからの後悔の方がいい。
子供らのことならそれは尚更強く。

今更 わたし自身のことで失くして怖いものなど無い。
どうせ傷なら無数にあるし、世間様の評判も 人との関わりも
自分なりの礼を尽くした結果 どういわれることがあっても
それは仕方ない。



本当は全部が怖い。
今日からの色々なことを考えると頭が破裂しそうになる。
不安とパニックと心細さで身体は震える。

わたしもまた情けないほどに哂ってしまうほどに
臆病で弱い。
自分を鼓舞しながら腰が引けてる。誠にカッコワルイ。

だけど へっぴり腰でも往く。

いや 途中で何度もひっくりかえって、へたり込むだろうけど
でも多分 諦めは 悪いから。


宣言。
這いずってでも どんな深手負っても 
最期まで諦めないこと。しぶとく運命とやらに食い下がること。




もうすぐ夜が明ける。

今日が始まる。



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                    ゆうなぎ


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