| 2008年03月02日(日) |
わたしははじめからわたしでしかないよ |
 勝手に”わたし”というもののイメージを作られて 今度は そのイメージと 違っていた失望したと詰(なじ)られた挙句 去られる。
これは何度やられても堪える。
思い込みも失望も自由だけれど 追いかけはしないので どうか安心して何も言わずにそっと遠ざかって貰えないだろうか。
だから始めから何度も言っているでしょう。 わたしは 小心で卑小な俗物に過ぎないニンゲンだと。 それでもいいですか?と。
それでもいいという言葉を止せばいいのに信じて また 一人 失望させてしまう。
結局 その人からみえていたわたしの形と 近づいてみたわたしのカタチが思っていたものではなかったということで わたし自身はずっとわたしなのだけどね。
だけど わたしにも感情はあるし、面くらい傷つくのですよ。
人を傷つけずに生きていくことなどできないし、 それができるなんて考える方が傲慢な驕りだろうと わたしは 思う。
ただ 傷つけたことに気がついたり指摘されれば 気づかなかった自分の 不甲斐なさ、心遣いの足りなさに申し訳ないと心から謝りたいとは思う。 但し それでも許せない失望した といわれれば それ以上はどうしようもない。
今のわたしは いっぱいいっぱいなので 誤解されても問い質されれば答えてそれを解きたいとは思うけど 自分からはそれはしないし深追いもしない。 申し訳ないけど そんな気力はない。
此処にきて、 この心象風景の中に立って、 この感情の中に身を置いてみれたら、 少しはわかって貰えるだろうかね。
そんな虚しい戯言を思ったり。
アナタが考えているよりもずっとわたしは崖っぷちで衰弱しているってこと。 それで?と言われればたったそれだけなんだけどね。
わたしはわたしでしかなく、わたしとしてわたしというカタチを保ち、 生きることだけで精一杯。
ただ 傷ついて傷つけても切れることない繋がりも また数少なくとも存在する。
ありのまま を 受け入れて それでもいい それでもこのひとが好きだなと いう きもち。
それは 恋であったり友情であったり いや そういうもので括れない 言葉にできない ひと が ひと を愛するという感情で わたしにとっての 救いであり支えだ。
最近 ベランダからぼんやり空をみることが多くなった。 雲は流れ続けていて 空はその度 色を変えていく。
形や色が変わっても 雲は雲だし 空は空だ。
わたしも はじめから わたしでしかないよ。
ちいさなちいさな ただそれだけの 存在(もの)
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ゆうなぎ
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