
夏休みの宿題と言えば、読書感想文。 私は、あれが苦手だった。 本は好きだけれど、感激した場所のそこのどこがどうとか 頭で整頓されて、ストンと何かが言葉として残るタイプの読み手ではなく なんとなく、そう感覚として 「これは好き」「これは全体的に嫌い」とか そんな風にしか受け取れないのだ。 文章にすると、感じたことが嘘みたいに思えてしまう。 自分が感じたものそのものではなくて、 まるで他人が感じたみたいな、よそよそしい印象になってしまうのだ。
なんでいちいち読んだ本のココがどうで、私はどう思ったなんて 書く必要があるんだろうか。 言葉にしてしまえば、すっきりするようだけれど、 それはある意味、文章にしてしまった自分の気持ち以外には どこにもいけないような縛られた感覚がある。 もっとあやふやで、すごく後に「あれはこんな意味だったのかもしれない」とふっと浮かぶような、そんな読書のやり方の方が私は好きだ。
ただ昔、友達と同じ本を読んで、 (サガンの代表作、題名は忘れてしまった) ラストについて意見が分かれた。 主人公のお母さんが、最後に車で事故にあって死んでしまう。 それは自殺なのか、事故なのかということだった。 友達は「自殺だ」と言う。 主人公はおかあさんを傷つけるようなことをしていて それを苦にして亡くなったというのだ。 わたしは「事故だ」と思った。 ただ単に事故なのに、娘は自分のせいで母がなくなったのだと 悔やまなくてはならないはめになる。 負わなくていい傷を、負って傷つく。 そういうほうが、面白いと私は思ったのだ。
多分、友達の方が、当たっているのだろうけれど、 わたしの読み方も面白いと今でも思う。
人によって読み取り方がさまざまだから、 そういうのを感じるために、人が書いた読書感想文を 読むというのは、面白いのかもしれない。
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