ずいずいずっころばし
DiaryINDEXpastwill


2004年05月07日(金) バス停

優しさの表し方はさまざま。

例えば私の初恋の人。

そう。あの家庭教師の先生。

大学受験に合格した私は大学生に、先生は東大を卒業して社会人になり海外に赴任が決まった。

つまり家庭教師と生徒という繋がりも同時に卒業することになった。

その最後の日に私は生まれて初めて「デート」というものを先生とすることになった。

先生が大学合格祝いをして下さるという名目だった。

何もかもが初めてづくしの日だった。

ヒールのある靴を初めて履いた。

薄化粧も初めてした。

口紅は先生のお母様から頂いたものをつけた。

二人っきりで、しかも大好きな先生とお食事をするなんて考えただけで胸が一杯になる。

おいしい料理もろくろく喉に通らない程うわずってしまった私。それでもどうにかこうにか時が過ぎて帰宅時間になった。

バスに座るとそこへおばあさんが乗ってきた。

先生は自分の席を少しずらして空間をつくり、おばあさんに目で合図して「ここ、ここ」という風に座席を手でとんとんと叩いた。

おばあさんは「どうも」と言って座った。

席を立って譲る方法もあるけれど、私は先生のこの方法は双方にきづまりがなくとても心地よいと思った。

いかにも先生らしい何気ない優しさの方法だった。

最寄りのバス停の一つ前で先生は突然「ここで降りよう」と言った。

そこから私の家まで二人並んでゆっくりと歩いて帰った。

そう。一つ前で降りて歩けば、その分長く一緒にいられるわけだ。

相変わらず二人ともとりとめもない話をしながら歩いたけれど、このままずっと家にたどりつかなければ良いと願った。

そしてついに先生も私も言いたい「肝心の事(好きだ!)」を言えないままわが家に着いてしまった。

門の扉を開けた私はもうこれで先生とお別れだと思うと涙がでてしまった。

先生はじっと私の目を見つめて手に包みを渡した。

「僕が作ったペンダント。僕からのささやかなお祝い」と言った。

それは先生が軽井沢の窯場まで行って焼いた楽焼きだった。四つ葉のクローバーが手描きされていた。

あれから随分長い時が過ぎた。

バス停を一つ前でおりようと言ったあの一言は千語以上の胸の内を語っていたことを今になって知る私。

華やかでなく素朴で慎ましい手作りのペンダントはそれだけに心がこめられていていかにも先生らしかった。

あの日のバス停は淡い初恋の停留所でもあり、そこからどこまでも一緒に歩いていけそうな分岐点でもあった。


.

My追加