ずいずいずっころばし
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2005年05月05日(木) 打てば響く太鼓の音色

機知に富んだ会話ほど魅力あるものはない。
なにげなく交わされる会話だからこそ、なおさらとっさの機知のひらめきが、その人の内面の奥行きがはかれるというもの。
昔の人でいえば、西行と遊女「江口」の会話の妙。
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男と女がある日雨宿りがきっかけで言葉を交わす。
女は目にも妖しき色香漂う遊女の風情。
男はというと男前の僧。
「遊女」の宿へ雨宿りを乞うた「僧」の物語。
さてどんな物語かというとこれはお能の中の一つ。「江口」という演目なのだ。女は遊女「江口の君」。男は誰あろうあの「西行法師」。
西行が天王寺参りの帰途、降り出した村雨を避けようと遊女の宿に立ち寄る。ところがここの宿の主(あるじ)でもある遊女は、こんなところで雨宿りは困ると西行を追い立てた。そこからが会話の妙の始まりだ。
西行はそんなに嫌がらなくても良いではないかと一首詠む。
「世の中を いとふまでこそ かたからめ かりの宿りを 惜しむ君かな」と。
すると遊女は笑ってこう返歌する。
「家を出づる人とし聞けばかりの宿に 心とむなぬと思ふばかりぞ」
とぴしゃりと筋の通った厳しい返答を返した。
法師だから断ったのにじゃらじゃらと甘えるんじゃないよと小気味よい遊女の気迫ある答えは白眉(はくび)。
遊女「江口の君」は才たけた美貌の人。元をただすと平資盛の娘。
平家没落後、落ちて落ちて、ついには、遊女にまで身を落とした人だった。
能では遊女「江口」は西行に一夜の宿を貸すが、「江口」の正体は普賢菩薩であり西行が気がつくと江口は白象に乗って白雲と共に西の空に消えていくという筋立てになっている。
実際は歌のやりとりのあまりの面白さに江口は西行を招き入れてもてなす。
才気に満ちた魅力的な西行と美しくこれまた才ある遊女「江口」の夜もすがら語りあかす感激は一期一会の法悦の極みだったであろう。
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そしてもう一つはあの太田道灌の山吹伝説があげられるだろう:
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ある日の事、道灌は鷹狩りにでかけてにわか雨にあってしまい、みすぼらしい家にかけこみました。道灌が「急な雨にあってしまった。蓑を貸してもらえぬか。」と声をかけると、思いもよらず年端もいかぬ少女が出てきた。そしてその少女が黙ってさしだしたのは、蓑ではなく山吹の花一輪でした。花の意味がわからぬ道灌は「花が欲しいのではない。」と怒り、雨の中を帰って行ったのです。
その夜、道灌がこのことを語ると、近臣の一人が進み出て、「後拾遺集に醍醐天皇の皇子・中務卿兼明親王が詠まれたものに
【七重八重花は咲けども山吹の(実)みのひとつだになきぞかなしき】
という歌があります。その娘は蓑(みの)ひとつなき貧しさを山吹に例えたのではないでしょうか。」といいました。
驚いた道灌は己の不明を恥じ、この日を境にして歌道に精進するようになったといいます。
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この話は年端もいかない貧しい娘の深い教養の素晴らしさにある。
貧しいので傘(蓑)はありません。と言ってしまっては身も蓋もない。
貧しくとも口にだしてそれを言わずに歌に寄せるこの誇りと機知。
奇(く)しくも両方の逸話とも「雨」が元。
西行と遊女「江口」の場合は打てば響く会話の妙。
こんな軽妙洒脱なやりとりは相手あってのこと。
太田道灌のように歌の意味を知らなければ折角の機知もからぶりに終わってしまう。世に座談の名手と言われる人がいる。
例えば英文学者の渡部昇一氏。
その博識多才に裏打ちされた会話は座談の相手が、打てば響く相手であるからこそ互いが光りあうというもの。
一方が輝くだけでは暗闇の中のダイヤモンドと同じ。
光源と対象があってこそ光あうというもの。
黙っていても、惹かれ合う関係というものがある。
それは互いの関心事、価値観、ある種の匂いのようなものが同じでそこに響き合うように惹かれていく。
そんな二人が探し求め合っているとき、ある日突然姿を発見する。
それはまるで長年さがしていた恋しい相手に出逢ったときのような瞬間。

西行と遊女「江口」が交わし合った歌で、お互いが驚きと歓喜に打たれた瞬間だったのではなかろうか?
落ちぶれた零落の遊女が名高い歌人の西行に勝るとも劣らない歌でぴしゃりと答えた瞬間。
そしてその丁々発止の歌のやり取りのなかに互いの魅力の深みを量り合ったのではなかろうか?

そんなやりとりが出来る魅力を自分の中に持たない限りはそんな相手にも恵まれないということになろう。
人生は長いようで短い。

そんな一生の中で打てば響く会話の妙を味わいたいものだ。
磨け、磨け 私!
響いて鳴ってくれる人はいずこ?


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