毎日タブン補給する
DiaryINDEX|past|will
| 2006年10月12日(木) |
いつでもクサナギツヨシが一位さっ |
昨日の午後は立て続けにコドモたちからメールが届いた。 内容はどっちもツヨシくんのドラマのこと。 ムスコ「ツヨシ、よかったじゃん、別人だった」 ムスメ「ツヨシはすごいね、すごいね!引き込まれちゃったよ!」
お〜っほほほほほ! 自分がほめられたわけでもないのに、高笑い。 ほめられて伸びる感覚を実感。(なにが伸びる?)
でも夜、オットの「自閉症ってひきこもってる人のことじゃないの?」という言葉を聞いて脱力。 まあそりゃ、わたしだってほとんど知らないんだけど、自閉症とひきこもりが違うくらいのことは知ってるよ。
だからわたしの知ってる範囲内で説明。 「ほお〜」と驚くことしきり。 結構常識人なのに、身近にないことだとこんなものなのかな?と痛感。 やっぱりあの漢字がそういうイメージを植え付けるんじゃないか?と思ったり・・・
でも、ドラマをみて知ったくらいでは偉そうなことも言えないな。 「ツヨポンはどうだった?」と言う質問には、「それはもう!」と胸をはって答えたけどね。
夕べは見たい番組がなかったし、一昨日の「ぷっすま」の視聴が中途半端だったからそれを見ようとして、結局「僕の歩く道」をもう一回見ちゃった。 ところで、「僕の歩く道」を、皆さんはどう省略してますかね? クラノスケさんが言ってたように「僕ある」?「僕みち」? どれがいちばんしっくりくるかなあ・・・
一回目に見た時は、ミヤコちゃんの説明が多かったこともあって(ミヤコちゃんのせいにする)、自閉症の症状ばかりにどうも気持ちがいってしまったわたし。 (あれはどうなんだ?あの行動はなんなんだ?テルくんのあれはどういう意味なんだ?)ってね。
心にいろんなことが引っかかっていても、うまくそれを言葉で認識できなかったところが一杯あったのも事実。 夕べみたら、少しはちゃんと自分なりに思いがまとまった。
テルくんの表情は幼いコドモと一緒なんだなあ。 ツヨシくんが時々バラエティなどで見せる,オトナなのに少年のようなコドモっぽく可愛らしい表情とは違う。 そのものなんだ。
余計なことは考えず、今自分の心の中の気持ちがすべての表情。 まだ世の中不思議なことがいっぱいでよく理解できないことがいっぱいで、まっすぐその感情を出す。 かつて、うんと以前にそういう表情を見た記憶があるよ。
ゆるぎない信頼をおくミヤコちゃんに対している時の、安心感にあふれたうれしそうな目。 スーツ姿をオカアサンに「かっこいい」って褒められた時のうれしそうな、そして「えへん」って感じの復唱。 ちゃんとした返事が返ってくるまでは何度でも繰り返す言葉。 思ったことは良くも悪くもなんでもそのまま言葉にしてしまう。
そういうコドモがすぐ近くにいたよ、ずっと前。 ずっとずっと前。
そのコドモはもうオトナになって、相手の気持ちをくむことも出来るようになったかわりに、人の顔色で判断するようにもなって・・・ 処世術も覚えた。 でもオトナとして世の中わたっていくためにはそれは必要なこと。
テルくんはそのままそこにいるんだね。 体は大きくなったけれど、気持ちはそこにいるんだね。 テルくんは表情豊かではないけれど、唇を少しだけあげた時はうれしいんだろうなって思うし、目が暗くなるとなにか葛藤があるんだろうなって思う。
そのくらいのことしかわからないけど、それくらいをわからせるクサナギツヨシには脱帽だよ。 あっけにとられるくらいだよ。
もちろんこう書いたからといって、自閉症の症状って幼いコドモと一緒ってことね、なんてそういう意味では全くない。 そんなわかったようなことをいうつもりは全くないです。 ただ、ツヨシくんの表情を見たとき、あんなふうにいじらしくてもう無条件に守ってあげたくなる表情をどこかでみたなあ、と思ってね。
表情こそもっと豊かだったけど、、ごく身近にいたっけなあ。 今は偉そうなことばかり言って憎たらしいことも多いけど、あの頃は自分のすべてにかえても守るって思ってたもんなあ。 今だってものすごく大切な存在だけど、基本的には自分の安全は自分で守ってねって言ってあるし。
なんか話がそれてきちゃった。 とにかく、ツヨシくんは細部までにこだわって本当に繊細な演技でテルくんになってる。 ほんのちょっとした表情でそういうことがわかる。 (っていっても2回見て初めて文字にできたんだけどね) これからも毎週火曜日が楽しみ。
「ぷっすま」にはさっき言った少年のようにコドモっぽいツヨシくんがそこここにいたね。 ほのぼのするねえ、癒されるねえ、笑ったねえ。 ノリカさん、頑張ってたねえ。
恒例のananのランキングは実に心地よい位置につけてるね。 紹介記事のタイトルもいい感じ。 一度も投票したことないから順位のことを言うのはおこがましいけど。
実際は誰が一位でも、わたしの一位は必ずクサナギツヨシ。(当然) そのゆるぎない存在がこの秋ますます絶対的なものになる予感。 そしてそれはきっと当たるね。(予言)
|