毎日タブン補給する
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| 2011年01月21日(金) |
珠玉の映画、愛おしい2人 |
娘がおそいお正月休みで帰省しておりましたので、更新お休みしていました。 彼女が帰ってやっと我が家の年末年始も終了したかな・・という感じ。
そんな娘を引き連れて、札幌ドームで買った前売り券を握りしめ「僕と妻の1778の物語」を鑑賞すべく映画館へ。 わたしにしてはわりと早めの初日になりました。
切なくて悲しくて、優しくてあったかくて、抱きしめたくなるような映画でした。 キラキラ光るガラス玉みたいに透明できれいで澄んでいる、そんな映画でした。
ぎゅっと抱きしめたいけど、ガラス玉なので力を入れると割れてしまう。 だからそっとそっと、そうっと胸に抱き込みたくなるような映画でした。
2人の時間はゆったりとでも残酷に確実に経過していくのですが、それをみつめるわたしにはあっという間の2時間20分でした。 くすっと笑って涙して、くすくすっと笑ってまた涙して。 そして涙して涙して・・・
こどもっぽい部分を残してる朔と節ちゃんの関係は、どことなく幼子と母親のようでもありました。 病気の母親のために必死で自分にできることをやり遂げようとする少年と、それを慈しみ見守る母親。
そんな姿の2人はどこまでも健気で愛おしい。 そう思えてならないのです。
支えてるようで実は支えられている。 でも、支えられているようで、支えてもいる。
端から見ればちょっと頼りなげでふわふわしてる朔。 でも、その朔が最後の最後まで、自身の眠りを拒絶してまでずっとそばにいてくれたことで、節っちゃんはどんなに幸せだったことでしょう。
どんなにどんなにうれしかったことでしょう。 そんな幸せを節っちゃんにあげられるのは、世界中に朔ひとりしかいないのです。 大好きな、大好きな朔ひとりしか・・・
切ないばかりではないラスト。 それでもやっぱり一人になってしまった朔が気がかりではあります。 節っちゃんがいなくて大丈夫かしら?・・と節っちゃんと同じことを考えてしまいます。
でもきっと朔は今も変わらず小説を書いているのでしょう。 机のかたわらに節っちゃんの姿を思い浮かべながら。 浮かんだアイディアを話して聞かせながら。
パラレルワールドの節っちゃんにずっと思いを送り続けるのでしょう。 ロボットや宇宙人たちと一緒に。
素敵な映画でした。 宝物のような映画でした。
静かでゆるやかで、映画にありがちな大音響や、ババっと人目を引く派手なシーンはない作品でした。 でもだからこそ、小細工のない心にしみいる作品でした。
近いうちにきっとまた映画館に足を運ぶでしょう。 それは確実です。
だってまたあの2人に会いたいですから。 健気で愛しい2人に会いたいですから。
ところで。 まったく知らなかったのですが、皇后陛下が夕べ映画をご鑑賞になられたとか。 剛くん、隣に座っていたのですね。
「めざまし」で知りました。 興奮さめやらぬ剛くん。 「今まで褒められた中で一番うれしい」そうで。
そうでしょう、そうでしょう。 あのご家族のありように関しては様々な思想や考えがありましょうが、日本という国において、やはりあれほど特別な存在の方々はいらっしゃらないのです。
あの特別な立場の方の近くに寄れるのもなかなかあることじゃないし、ましてやお声をかけていただけるとか、褒めていただけるなんて出来事に遭遇するのは、本当にごくまれなこと出来事であります。 まず普通には、「ない」といっても過言じゃありません。
そんな皇后陛下に褒めていただいたのだから、うれしくて当たり前、舞い上がって当たり前であります。 ほんとによかったよかった・・と一緒に喜んでおります。
そんな舞い上がって喜びをあらわにしてる剛くんの横で、落ち着いた風情の結子ちゃん。 浮き足だった様子もみられません。(わたしが見た映像のなかでは・・)
なんだかそんな2人に朔と節っちゃんをみてしまいました。 もうとっくに剛くんと結子ちゃんのなかからは消えているはずの2人なのだけれど・・・
ああ・・・ 朔と節っちゃんだ・・・と。 そんなふうに思えました。
夕べの「食わず嫌い」では、2人ともにそんな風情はカケラもなかったのですけれどね。 「おバカだから草なぎが」なんてタカさんに言われるくらいだし。
そんなおバカっぷりがまた、とても愛しくて。 どうしてこの人はこんなに可愛いんだろうなあ・・・と、長年の疑問をまた改めて強くもった次第です。
結局なにをしても大好きだからでしょう。 なにがどうであっても、彼が草なぎ剛としてこの世に存在する限り、愛しくて可愛くて大好きでたまらないからでしょう。
さ〜〜て、あさっては「冬のサクラ」 今度は祐さんにまた会える喜び。 あなたのファンでほんとに幸せです。
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