今日は疲れた。毎日だけど。することがなくて困る。ババアは気にならなくなった。斉藤さんの本を読んでいると人を恨むと自分が具合が悪くなるとかそいつに大事な時間をささげていることになるとか思い当たることが多い。人を恨むのは確かに馬鹿だ。でも目の前にいて私を眼の敵にしている場合はどうしたらいいのだ。自分を愛そう。昨日文校の在特祭りで楽しかった。紫嬢が見れて嬉しかった。前よりやせてきれいになっていた。でも二次会はサボった。疲れていたのだ。人に会いたくない。 自分を愛するのはモチベーションを高める。その反対は下げる。はっきりしている。中学の頃、どれだけ自分を愛していたか。それに対して自分を愛すなというメッセージを与え続けられた。何でそんなことを人に命じられなければいけないのか。何をいわれようと自分を愛することだ。無条件で愛されるのに何で母親に温泉をおごってやらなければいけないのか。そのくせ母親の望むことは断る。明らかにおかしい。物事がわからなくなっている。人を苦しめることを平気でするようになった。egの成果がそれか。おかしい。自分を愛するとはそんなことではない。 毎日お祭りだ。自己愛祭り。自分を愛するお祭りだ。自分をおろそかにし、粗末にすることを戒めよう。毎日がお祭りだ。自分にとって大切な日だ。毎日自分に素敵なことをしてあげよう。好きな本を読むとか果物を食べるとか。ああ、生きてて良かったと思えることをしてあげよう。すると自分が好きになる。すばらしいことだ。自分を愛することは人に対する思いやりを捨てることではない。人への思いやりを保ちつつ、自分を愛することは可能だ。自分を愛することだ。毎日がお祭りだ。生きるとは毎日がお祭りだ。祝うべきことだ。生きていられるだけで。 毎日が貴重なお祭りだ。貴重な一日だ。だからお祭りだ。自分が好きだ。もっともっと好きになろう。いくら好きになってもいいのだ。才能とは自分を愛する力のことだ。三島はなぜ天才か。自分を愛する能力に長けているからだ。自分を愛そう。何か最近カウントが増えたかな。気のせいか。私は自分が好きだ。好きというのはいいことだ。人に好かれなくても一向に構わないのだ。人を傷つけなければいくら自分を好きになってもいいのだ。 自分が好きだ。自分が好きなのは良いことだ。生きているだけでお祭りだ。毎日がお祭りだ。自分が好きだ。これほど自分が好きになったことはない。本当に自分が好きだ。毎日がお祭りだ。すばらしい自分に乾杯だ。自分が好きということは自分が良いと思うことだ。自分は嫌われてなどいない。悪いところなどない。あったとしても愛すべき欠点であり、問題ではない。誰もが受け入れている。 私は自分が好きだ。愛しているといってもいい。毎日自分を祝福しよう。毎日がお祝いだ。すばらしい自分に乾杯。 頭が痛い。あのキチガイを嫌うのはもうやめよう。もう五年以上になる。貴重な人生の時間をあんなキチガイのために使うのはもう一切やめよう。これからは毎日がお祭りだ。大好きな自分を祝福するお祭りだ。
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