希望の日記

2006年03月31日(金) 今日

今朝早く目が覚めたが、呼吸が浅く息も絶え絶えと言った有様だった。酒を飲むとこうなるのか。それで呼吸法を思い出してやってみたら楽になった。ヨガも太極拳も呼吸法だ。人間は恐い。女が嫌いなら嫌いでいいのだと気付いた。嫌われても全然okだし、嫌いになっても全く構わないと気づいた。私は行きずりの女や初対面の店員にまで馬鹿にされたり、いじめられたりする。平日の昼間にふらふら歩いていると、変な目で見られたりする。嫌われても良い。嫌いになっても構わない。そう思うとすごく楽になる。もちろん、嫌いにならなければならないわけではないから、好きになってもいいが、嫌われているのを好きになってもらおうと努力したり、大嫌いな奴を好きになろうと努力したりする必要は全くない。嫌いになることは不幸なことでもなんでもない。当たり前のことだ。好き嫌いでこの世が動いているわけじゃない。
ただ嫌うのは構わないが、嫌いというのは恐いと言う感情と結びついている。いじめられたとか嫌なことをされた、いわれたとか言う経験が元になっている。でもそういう奴らだ。というか哀れな奴らだと言うことを忘れてはいけない。人間は全て自分も含めて死すべき哀れな生き物だ。男も女も老いも若きも、大人も子供も哀れな存在だ。そう考えたら怒る気にもならないだろう。嫌ったりすると人間が小さいから余計に色んなことをしてくる。本当に始末に終えない。
嫌いでも仲良くすることはできる。ブスとかおばさんは嫌いだけど仲良くしておくと何かと好都合だ。逆に敵に回すと恐い。私のように休職に追い込まれる。哀れな奴らだ。哀れみさえ忘れなければ怒りは湧いてこない。
今朝起きたときはどうなるかと思ったが、結構調子が良くなった。むしろ、好調すぎるくらいだ。疲れているから休んだ方が良い。誰も恐くない。今は絶好調だから何でもできる。悪いことをするわけではない。良いことをしよう。人に親切にしよう。誰でも困っている。誰でも窮している。生まれたときは一人で生きていくことさえできない哀れな存在だったのだ。そしていろんな人に世話になりながらやっと大きくなったと思ったら、年老いて人の世話になる。いつも人は窮している。だから親切にしてやれば良い。私も窮しているから親切にして欲しい。今窮しているのに、蔑まれたり、いじめられるのはたまらない。そういうことをしてくるのは必ず女だ。でも恐がる必要はない。女ほど哀れな生き物はない。大人になっても一人では食べていけないのだから。全く問題にならない。相手にしてはいけない。適当にあしらうことを覚えないと。好きになる必要はさらさらない。適当に相手にしてやるだけでいいのだ。
大体見えてきた。私がやるべきこと。進むべき方向。宗教が必要なこともわかってきた。宗教的な気持ちに導かれればできることは山のようにあり、私も成長し、人の助けにもなり、物心両面で豊かになる。あの和尚はそうやって豊かになったのだ。見習うべき点が多い。意識して善行を積もう。悪いことをすることを意識して止めよう。考えることも止めよう。今からでも遅くない。人相が悪くなっている。今から回復していくにつれてやっぱり、忙しくエネルギッシュにスピーディーに活動するのが良い。緻密に勤勉に日本人のように働くことが一番望ましいとはっきりわかった。作家だって遊んでいたらなれないことは明らかじゃないか。学校に通ってちゃらちゃら人と仲良くしたいなんていう根性では小説家にはなれっこない。自分を追い込む必要はさらさらないがやる以上は良い仕事をしよう。これは宗教的な決心であって、世俗的な義務ではない。ではないとは言い切れないが、宗教的な重みの方が圧倒的に大きい。
 今日は調子が良いのか悪いのかわからない。気持ちが良いのか悪いのかわからない。頑張れるときは頑張った方がよい。でも頑張れないときは休んだ方が良い。悪いことをしてしまう。小さい頃からだ。どんな友達とであったとかじゃなく、もともとそういうところがあった。もちろん、男の子だから悪がきとか、腕白とかやんちゃとか言うのは何も珍しくない。でも私は気の弱い女の子みたいなところもあるから、そこのバランスが良くないようだ。そんなことはもうどうでも良くて解決済みだ。中年になるということはそういうことだ。危機であると同時に問題が漸く解決されるときなのだ。
 自分にも人にも優しくしよう。そうするとぐっと楽になることに気付いた。それが本来の性格だからだろう。生き抜くために悪を覚えていく。今は必要ない。
 朝ばてばてだったのが、呼吸法でよみがえり、何かが見えてきた。酒でリラックスできたのでかえって良かった。やる気が湧いてきた。良い人でいられそうな気がした。人に親切にしようと思った。良いことをしようと思った。
 自分が神のような気がする。というかこの世の人は皆神として生まれてきているのだと思う。皆神だ。自分も神だ。神である以上、安心して生きてよい。


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