心のガーデンは修羅ですよね。
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2005年09月22日(木) ●空とも海ともつかぬ青  (はがね+さいこ ロイとヒューズ)


#1 空とも海ともつかぬ青




一週間降り続いた雨が途切れた。
雲の合間から、淡く弱弱しい光が流れ込んでいる。
街の石畳からはまだ雨の匂いが立ち昇っている。

彼の目玉が届けられたのは、朝日の初々しさが同時に息苦しさを漂わせる、
そんな日のことだった。

包みを解いたのはロイ本人だった。

通常ならば、配送物はすべてスキャンされ、外の包みを解かれた段階で執務室へと運ばれるのだが、コレに限っては全ての段階を飛び越えて、宛名の男の机の上へとたどり着いたのだった。
こんなことをする輩は明白で、早番だったロイがそれを開封する様を、案外近い所で観察しているかもしれなかった。

水晶のようにくもりなく澄んだ円柱の容器にそれは漂っていた。

掌にのるほどの海。
原始の海、とでもいうつもりなのか、添えられた手紙にはただ一言、聖書からの引用が走り書きされているだけだった。

親友の左眼が、そもそも彼の持ち物でないことはずい分前から知っていた。学生時代に見せられた左眼球の「奇妙な痣」は、目玉が本人の意図せざる目的のための「装置」であることを物語っていた。


薄ピンクの毛細血管が張り巡らされた白目の中央に、友の人格を宿していたカナリヤ色の虹彩があった。
今はただ、弛緩した瞳孔。
何もない空白。
かつてその奥には周囲を魅了した才覚と魂とが続いていた。
だが、今となっては、視神経に似せて作られた装置の残骸が見苦しく残されているのみだ。


コレは「彼」ではない。
彼は死んだ。
もう、いない。
だが。

「装置」は残された。彼に付随していた「過去」を内包して。


マース・ヒューズの「見ていたもの」を、コレは知っている。
マース・ヒューズの「思い出」を、コレは持っている。

彼は死んだ。
もう、いない。
だが。

しかし。

「彼の記憶を知ることができる」


日記を盗み読むより遥かに下劣な行為である。
だが、ロイはこの遺物(と呼んでしまいたい)を前にして、友への裏切りを喚起せずにはいられなかった。薄墨のように脳裏を揺蕩う誘惑を捨て去ることができずにいた。





よほどの圧力をかけて密閉したと思われていた容器は、存外に軽微なスナップだけで小気味よい音をたてて開いた。
親指と人差し指で、挟むように眼球を掴み取る。
甘ったるい匂いの電解質物質の溶液が腕をすべり、肘から床へと滴り落ちた。
「装置」であり「人工物」であり、いかなる破損(疾病や病原菌や腐敗)からも免れるように設計されているそれは、意外にも肉体の感触をしていた。
そのまま力を込め続ければ、きっと弾けてしまうに違いない。そんな錯覚すら覚えるほどに、「装置」は生きものとしての擬態に成功していた。


光にかざすように、腕を伸ばし、掲げてみる。

カナリヤ色の深淵が自分を見下ろしている。

友に同化し、友に従属し、しかし友に思考以外の一切の秘密を赦さなかった彼の左眼。

それが自分を映している。

この目を通して彼が自分を見ていたことを覚えている。
眼窩に収まったこの「装置」が、彼の記憶として自分を記録していたことを思い出すことができる。


ロイは自分の身体が小刻みに震え、舌打ちしたくなるような熱が立ち上ってくるのを感じた。

友自身ですら暴くことの叶わなかったマース・ヒューズを手に入れた。
目をそらせば貧血症のように倒れこんでしまいそうなほどの恍惚を、そのカナリヤは投げかけていた。



                                    了



(VIRUS−IN−SIGHT−MEGALO−MANIA)


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『多/重/人/格/探/偵/サ/イ/コ』+『鋼/の/錬/金/術/師』

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