父が突然、時計を買ってきた。 僕でも知っているブランド物の「カルティエ」の時計だ。
もちろん、めちゃくちゃ良い子で評判の僕にではなく。 毎日休みなく、掃除洗濯と家事をこなす母へのねぎらいのためでもなく。 しょっちゅう、プチ家出している弟のためでもない。
他ならぬ自分自身のためにだ。
母が何ひとつ文句を言わないことから考察するに 時計を購入することに関しては了承済みなのだろう。
今、思い返せば、最近の父の行動は不自然なところがいくつか見受けられた。 まず、ここ3ヶ月間やたらとお土産を買ってきてくれることだ。 普段の父だったら、
「お土産はない?」と聞くと 「あるよ、ほら、笑顔。」と、周りを瞬時に凍てつかせるギャクをかます男だ。
そんな父が、並ばないと買えないドーナツや 出張の時には必ずといっていいほどお土産を買ってきてくれていた。
これらはすべて、今日のための複線だったに違いない。 母の機嫌をよくするために、骨身を削っていたに違いない。 「頑張ったんだね、父さん」と、ねぎらいの言葉の一つもかけたくなった。
父が子供みたいな満面の笑みで、大事そうに時計を腕に巻いた。 それを見て、「携帯で写真取っていい?」と聞いたら 「ダメだ」と一喝された。 「何で?」と理由を問いただすと 「時計を写真に撮って、それをヤフオクで転売する気だろ、わかっているんだぞ。」
おいおい、んなワケねぇ〜〜だろぉーーがぁーー。 どんだけ、あんたの息子は信用がないんだよ。おいらグレちゃうぞぉ〜。 せっかく日記に貼り付けようと思ったのに、最後まで撮らせてくれなかった。 疑り深いだから、まったくもう・・・。
息を吐いては布で時計を拭いている父を見て
「父さんが死んだら、それ貰っていい?」
思わず口に出そうになったが、 そろそろ、シャレではすまなくなってきているので 喉元まででかかった言葉をぐっと飲み込んだ。
それにしても、久々にあんなうれしそうな顔をする父を見た。 時計の寿命は10年から20年と聞くが 時計よりは長生きしてください、父さん。
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