柊小説

2006年02月19日(日) アカイヌクモリ  ―――�検檻魁宗宗�

 夏休みが終わり二学期が始まった直後だった。下校時の校門前に連日、白装束の道着に統一された宗教団体が勧誘を狙いとした演説をしに来ていた。落ちていた聖書らしき物を見ると、その宗教の教えを習得することにより、過去に犯したとり返しのつかない過ちや後悔の現在に残る苦悩を消し去ることができる、といったいかにも胡散臭いことが書かれていた。生徒の大半は貶したり、中には信者の胸倉を掴んで、消えろ、と揉め合う奴もいた。それでも演説を真剣に聞いていた奴も僅かながらいた。僕らはその熱の入った演説を黙って聞いていたり、手を叩いて笑ったりしていた。そして、連日のように来る宗教団体が目障りに感じ始めた頃、事件は起きた。初めの頃に比べるとヤジウマも減ってきて、演説はまるで劇団の練習のような虚しさだったけど、黙々と演説に精を注いでいる教祖様(ただのジジイ)の姿を見ていると、二十人ほどのメンバーが乗ってきた四台の超高級車の一台が、ドーン!という爆音と共に突然炎上した。車からは真っ黒い煙が立ち昇り、近くの電柱や電線、木々に絡みついていた。呆気にとられているとそれまでにない数のヤジウマが続々と現れた。教祖様もその大事態に演説を中断して、消防車を呼んでください!と声を震わせた。車がモクモクと黒煙を上げながら炎上する光景を初めて見た時、僕はハリウッド映画のワンシーンを見ているような錯覚に陥った。ただ、うわー、すげー、マジかよー、という言葉しか出せなかった。
「ハリウッド映画だな、こりゃ……」
サジが口を開けたまま僕の心の中と同じ台詞を言った。シンジもリョーキも声を出さずに、ただその光景を見続けていた。そして、ヒロトは黙っていながらもそれを観察するように腕組みをしていた。
 数分後、消防車の登場で火は消されたけど、その後警察による現場検証と宗教団体への職務質問が行われていた。大捜査になることは間違いないと誰もが口を揃えて言っていたけど、相手が宗教団体ということもあってか、現場検証や学校周辺の聞き込み調査は一週間もしないうちに打ちきられた。

 ヒロト以外の誰もが固まっていた。あの日の光景が頭に浮かぶ。いつ、どこで、どうやって……?
「邪魔だった。本当は人間ごと消したかった。俺は宗教っていうのが大嫌いだ。綺麗事を並べて、洗脳させて、大金を巻き上げて──。そんなのはクソがつくったクソの集まりにすぎねえ。立派な動機だろ?」
目の前にいる凶悪犯罪者�爛劵蹈鉢瓩録余陲里覆て圧,鯏任い晋紂∋坡甲呂鬟丱奪�にして、ガードレールに腰を下ろした。
「でも、どうやったんだ?全然わかんなかった。お前が車に何か仕掛けたのすら……。一体何を使ったんだよ?」
シンジは眉をひそめながら興味深そうに訊いた。
「お前らがくだらねえ演説に聞き入ってた時だ。車の周りには誰もいなかったし、障害になる物は何もなかった。車の鍵も開いてたんだ。だから吸筒口を開けて導火線とちょっとしたもんを手早く突っ込んで火をつけた。まあ、それだけじゃあんなに綺麗に燃えねえからな、ほかにもいろんな仕掛けがあるんだけど、それは言えねえ。ノッポみてえなバカに悪用されて足がついたらシャレにならねえからな。お、悪い……」
 帰りの運転はヒロトがすることになった。峠を下りきった頃、それまで運転をしていたサジの眠気がピークに達して蛇行が激しくなりつつあったからだ。無理もない。時刻は午前四時を回ろうとしていた。助手席に乗り代えたサジは煙草を吸おうとマルボロのソフトケースを何度か振り──溜息交じりの舌打ちと同時にそれを握り潰した。
「シンジ、セッターくれ。煙草がきれた」
サジは窓を開けながら煙草を吸って一時的に眠気を覚ますと、ちょっとコンビニ頼む、とヒロトに告げた。
 コンビニには一台も車が停まっていなかった。ヒロトは斜めに三台分の幅をとりサイドブレーキを引いた。
「サジ、俺も煙草きれそうだから行く」
「いいよ来なくて。チビと一緒だと補導されちゃうから」
「そうか……。じゃあ、ここから歩いて帰ってくれ」
「ほんとそれだけは勘弁してください。──で、二人は行かないのか?」
僕は手を横に振った。シンジも、俺もいいや、と言った後、眠いから早くな、とつけ足した。
 チャンスが来た。これを逃がすと今度はいつになるかわからない。僕は軽く深呼吸をした後シンジを横目で見た。シンジは眠そうな目で外灯に止まる小さな虫を見つめていた。
「なあシンジ、聞きたいことがあるんだけど……」
「おおっ、何だ?……ちょっと寝そうだった」
「お前さ、リョウコのこと……どう思う?」
「リョウコのこと?ああ、あいつはちょっと……じゃねえか、かなりうるせえけど面白いし、いい奴だと思う。……それが?」
「ズバリ言っていいか?」
「何だよ?」
「リョウコはお前に惚れてる。一年の初めからずっと」
「──!?マジで……?」
「誰にも言えないで、最近その言えない苦しさが限界にきてヒトミに相談を持ちかけた。ヒトミは早く告白しろって言ったみたいだけど、その前に少しでもお前の気持ちを知っておきたいらしい。なるべく二人の時に話してくれって言われたから、なかなか話せなかった」
シンジが赤面しているのかどうかは暗くてわからなかったけど、話題を逸らすことも、はぐらかす気配も感じられなかった。ちゃんと考えているようだった。
「そっか……。話はわかったけど、実感がないな。いつも一緒にいたし、女子じゃ一番仲よかったから。まあ、クラス別になってもそれは変わらないけど。でも、そんな素振り一度も見せなかったよな」
「そうだな。俺もびっくりしたよ。あいつはお前以上にピュアかもな」
シンジは下を向いて僕と同じように逆立てている髪の毛先を触っていた。
 ──揺れてる?シンジが突然そう呟いた瞬間、車が激しく揺れた。後ろからくる揺れに反応してバックミラーを見ると、サジがトランクに体重をかけて揺らしていた。ミラー越しにその様子を見ていると、ヒロトが店から出てきてサジに近づき、頭を平手で叩いて怒ったように何か言っていた。サジは反省した顔をして何度もヒロトに頭を下げた。──僕は伝えることができた爽快感で、シンジは恥ずかしさを紛らわすようにチビとノッポのやりとりを見て笑った。
「何コソコソ話してたんだよ?シド、今度ケツ貸してくれって頼まれたのか?」
「そんなんじゃねえよ」
シンジは二人が戻って来たことで動揺し俯いていた。
「怪しいなー。シンジ、ケツ貸してやるから教えろよ」
「シンジ言ってもいいか?」
遅かれ早かれ、いずれ言うことになると思い僕はシンジに訊いた。シンジはしばらく悩んだ後、いいよ、と顔を背けながら言った。
 僕が事情を全て話し終えると、意外にも二人は貶すことなくリョウコを絶賛した。同時につき合うことを強く進めた。
「いいと思うけどな。確かにうるせえけどよく見ると結構可愛いし……。そういえば今日、あいつ朝から担任キレさせて一日中、下だけ体操着だったぜ。確か、スカートの丈が短いって注意されたら、中が見たいならもっと短くしてもいいですよ、とか言って……。朝からなかなか面白かった。もしかして、リョウコのそういうとこがシンジは引っかかってるのか?」
コンビニで買った煙草を吸ってすっかり眠気の覚めたサジの口調ははっきりとしていた。
「別に、そういうのはないけど、ただ……急なことで頭が真っ白になってる。これからリョウコにぎこちなく接しそうになる気がする。それで今の関係が崩れるのが心配だ」
「いいんだよ、普通にしてれば。そんな今すぐ答えを出せなんて言ってるわけじゃないし。ゆっくり考えろよ。それにリョウコは今のシンジが好きなんだから、これから変に意識したりそっけなくしたりすると逆効果になるから、それだけは気をつけろよ」
僕は悩むシンジを落ちつかせた。
「いろいろ考えて、それから答えは出すよ。この話が何もなしで消えるようなことは絶対にしないから。ヒトミにもそう伝えてくれ。お前とヒトミにはこれから世話になると思うけど、その時はよろしくな」
「任せろ。できる限りのことはするからよ、俺もあいつも。それよりサジ、絶対にリョウコに感づかれることはするなよ。お前は二人と同じクラスなんだから」
「でもヒトミとは計画立てたりしてもいいんだろ?」
「だめに決まってんだろ!サジっ子はそういうのへたそうだから確実にばれるぜ。そしたらパーになるからな。お前は危険な悪臭がする」
「人のことを寄生虫みてえに言いやがって……。俺はそんなヘマしねえよ。これでも産まれてすぐの頃は、口の堅い奴だって言われてたんだ。まあシンジ、とりあえずがんばれよ。いい方向にいくことを期待してる」
「種の出しすぎで空手を怠らねえようにな」
ヒロトが良質の毒を吐いた時、いつの間にか車は僕の家のすぐ近くまで迫っていた。僕は背中を反り息を詰まらせながら言った。
「明日、つーかもう今日か、学校行く?あと四時間ちょっとで始まるけど」
「行かねえ」
三人が声を合わせて言った。その声に影響されて僕も欠席する方向に決めた。
「じゃあ、寝ていくか?」
何故か三人に優しい言葉をかけてしまった……にもかかわらず、
「俺は車があるから」とヒロト。
「俺もいいや。家で寝る」とシンジ。
「どうすっかな、お前んちで寝てもいいんだけど、マユミさんにフライパンやられるからなー。ヒロトもリョーキもいねえから確立も高くなるし……帰る!」とサジ。
三人に呆気なくフラれた時、車は家の前に到着した。
「それじゃあまたな。気をつけて帰れ、事故るなよ」
僕は軽く手を振って遠ざかって行く三人を乗せた車を見送った。──後部座席のサイドガラスからは親指を立てたシンジの腕が見えなくなるまで伸び続けていた。


 < 過去  INDEX  未来 >


柊大地 [MAIL]

My追加