柊小説

2006年03月17日(金) シドとマユミ  ―――2―――

 一体いくつのトンネルを潜り抜けただろうか。コンビニを出てから二時間近くが過ぎようとしている今でも、目的地である親父の実家は形すら現してくれない。僕と母親は、複雑で車一台がやっと通れるくらいの山道を彷徨い続けている。
 ひたすら道に沿ってそびえているゴツゴツの岩肌には、広範囲でコケが生えていたり、高い場所には名も知らぬ花が人間に採られないようにと、精いっぱい身を隠すようにひっそりと咲いている。
 オーディオのデジタル時計に視線が向けられた。
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太陽の機嫌が一番いい時だというのに、山道にはほんの僅かしか光が入ってこない。高い岩壁と生い茂る木々で遮られているのだ。
──一時間五二分──。
隣で母親がそう呟くのと同時に、静かに車が停まった。
「あー全くわからん!シノブのスケコマシが地図書くのへたっぴだからこんなことになるんだよ。本当なら今頃シノブパパ・ママと一杯やってるとこなのにー。とりあえずちょっと電話してみよう」
後部座席のバッグから携帯電話をとり出すと、母親は液晶を見て舌打ちをした。
「やっぱ電波ないか……。あっ、でも──」 
忙しなく窓ガラスを開けると、携帯電話を外に出して揺さぶり再び液晶に目をやった。
「おっ!ギリギリだね。よし」
受話器の音量がやたらと大きく、コール音が僕の耳まで届いてくる。そして、五回目のコールが鳴りかけた時、どしたー?という雑音交じりの親父の声が聞こえた。
「迷った。てゆーかさ、地図もうちょっとわかりやすく書けなかったの?」
「何言ってんだよ。昨日書きながら説明したら、わかったって言ってただろ。で、今どの辺なんだ?」
「どの辺も何も山道入ってから二時間も出られないんだよ。何か昼間なのに薄暗いしさ。地図通りに行ってると思ってたのに……」
「トンネルは?供養塔が立ってる──」 
「トンネルはいくつも通ってるけど、供養塔なんてひとつもなかったよ」
「今いる場所から何か見えるか?何でもいいよ」
「ちょっと待って。今外に出るから」
身震いをしながら携帯電話を片手に、四方八方首を見渡して母親は懸命に何か目印になるものを探している。
「──あったー、あったよトンネル!」
さすがに外からでは親父の声は届かない。
「まだ家にいるの?────そう……。──────えっ、緊張?──うん。家出てからしばらくしてたけど、道に迷って和らいだってよりきれちゃった。──とりあえず、供養塔がなかったらまた電話するよ。あっ、あとカオリをよろしく……。──────はい、じゃあね」
運転席に戻ると、母親は携帯電話をバッグにしまい再び車を走らせた。
「シド見える?あの薄ら見えるトンネル。あそこの入り口に供養塔がなかったら大ピンチだよ。はるばる来た意味なくなっちゃうかも──」
 
 その心配はないようだ。不気味な雰囲気を漂わせるトンネルの入り口手前には……多分キクだろう。不自然に置かれている大きな石の下に供えられている。母親は、ふぅー、と息を漏らしながら黒く大きな口を開けるトンネルへ時速五十キロで突入した。

 ──世の中は変わった。ポケベルから携帯電話。メール、インターネット……。言葉は知っているけど使い方は全くわからない。もし、身体があの頃のままだったら、僕もこの時代の流れに沿っていくことができただろうか?クローン、食中毒問題、香港返還、ジャンニ・ベルサーチ射殺、少年犯罪、警察の不祥事、リストラ……。これからの日本、世界──僕には無関係だ。


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柊大地 [MAIL]

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