|
2012年07月11日(水)
|
『軍師 竹中半兵衛』
|
笹沢左保の作品。 『薄桜記』を探して、地元の古本屋を回っていた時に見つけた。 この本の秀吉はドラマと違い、半兵衛に対しては基本信頼しつつも、その欲の無さと何もかも見通す頭脳に、時に怖さと不安を募らせるキャラ設定だった。 半兵衛LOVEのドラマの秀吉がとても可愛かったので、ドラマの秀吉のほうが好みではあるけれども、こっちのほうがリアリティはあるかな。
読者サービスらしい唐突に入るエロが昭和っぽいというか、時代を感じさせる。 時代物の素養がある・なしがある世代を境に大きく分かれていると聞いたことがある。 歴史好きでもお勉強としてでもなく、もちろん歴女でもなく、ごく一般的かつ下世話な娯楽として時代小説を読むサラリーマンがいた時代 の作品なのだろうと思った。
半兵衛はドラマとほぼキャラクターは変わらず。 立身栄達・富貴に恬淡とした、浮世離れというか、透徹というか、ある種の人間にはつかみどころのない男であり、容姿は、色白・端正。 これは変えちゃいけない人物設定なのだろうな。
で、ふと思った。今年のHedwig。 全くの想像だけれども、ある意味、王道をずばっとつく良い舞台になるのでは?と思っている。 そう思う理由は今年のHedwigが、モテキにしても苦役列車にしても、人間のダメな部分を嫌味なく表現できるタイプの役者だから。
磐音さまにしても半兵衛さまにしても、おそらく今度の典膳さまにしても、こう生きられたらいいな、というある種の理想系であり、頼長さまにも弱さはあるにしても目的邁進の超人、カリカチュアライズされた人物設定だった。 いずれも隣の人というより、アイコンっぽい。
Hedwigの物語のPUREで静謐な部分を体現していたけれど、脳内のイメージ像のように仰ぎ見る感じだった。 猥雑で、肉感肌感が感じられるHedwigを求める方には物足りないだろうな、とも思う。
どんな名優にも身体的制約があり、演じるには限界があるのと同じく、 立ち振る舞いやキャラ設定でどうしようもない、役者本人の雰囲気というものはあるのだろう。
"細かくて優しい子"という表現は35歳男にはあまり使わないのでは? と思っていたが、 さらに、"美しくて儚げで"ときたか。 (薄桜記ポスターの話。公式ブログより) これはさらに35歳男子には聞かねぇなぁと突っ込みつつも、どちらの表現にも"だよねぇ"としか頷くしかないのでした。
alain
|