2007年01月22日(月) |
山崎豊子とヘミセクション |
先週から山崎豊子原作、木村拓哉主演のテレビドラマ“華麗なる一族”が放映され、高視聴率をあげています。このドラマ、原作は山崎豊子。山崎豊子と言えば、二つの祖国、白い巨塔、不毛地帯などの名作を残している日本を代表する大作家の一人です。彼女の作品は、膨大で詳細な取材を元に緻密な構成、息をもつかぬ展開、魅力的な登場人物が活躍し、重厚さに満ち溢れているのが特徴です。 山崎豊子には数多くのファン、読者がいることは間違いないことですが、何度もテレビドラマ化、映画化されています。中でも、テレビドラマの世界では山崎豊子原作というだけでかなりの視聴率が取れるということで、彼女の原作のドラマはどれも話題にあがるものばかりです。今回の“華麗なる一族”もそんなドラマの一つになることでしょう。
さて、彼女の作品の中でまだドラマ化されていない作品の中に“沈まぬ太陽”があります。国民航空という日本を代表する航空会社を舞台に繰り広げられる愛憎に満ちた長編小説です。沈まぬ太陽は5冊から成り立っている長編小説ですが、その第三巻に御巣鷹山篇があります。これは、いわずと知れた日本航空123便の御巣鷹山墜落事故をモデルに書かれています。その中に、このような記述があります。
歯茎まで焼け焦げ、下顎に四本の歯が残っているだけで、そのうちの一本は縦に半分、欠けている。ミラーでよく観察すると、欠けた半分が、腐った血液と脂肪がどろどろになって溜まっている咽喉部に落ちている。補助をつとめる若い歯科医は怯気づくように手を硬わばらせたが、大国医師はその下顎部と耳の部分を抱き寄せるように抱えた。・・・・ 下顎にある歯に、咽喉部からつまみ出した残りの半分をあてがった。 「これはヘミセクションという方法で接いだ極めて珍しいケースだ、半分を生かし、半分を人工歯で繋いでいる。めったにない治療法だから、遺族から提出されたレントゲン写真さえあれば、身元の割り出しは充分、可能だ」 自信を持って云い、推定年齢三十〜四十歳代、血液型はO型と記し、所見を書いて、身元確認班に渡した。 [山崎豊子作 沈まぬ太陽(三)御巣鷹山篇 新潮社 107ページ〜108ページ ISBN4−10−322816−4]
御巣鷹山墜落事故で亡くなられた犠牲者の死体の身元を確認しようと関係者が必死に努力をしているのだが、遺体の損傷がひどく身元確認もままならない。そのような中、遺体に残された歯を元に何とか身元確認をしようと奔走する歯科医の姿が描かれています。 この話は実際にあった話で、当時の群馬県歯科医師会の警察歯科医が奔走し、何人もの遺体の身元を確認されました。沈まぬ太陽を書くにあたり、山崎豊子は実際に群馬県歯科医師会の警察歯科医の下を訪ね、当時の模様を詳細に取材したそうです。
さて、この中で大国医師が言うヘミセクションですが、実際にどういったものでしょう? 実際のヘミセクションを解説したいと思います。 ヘミセクションとは大臼歯に行われる治療法の一つです。下の図は下顎の大臼歯ですが、基本的に下顎の大臼歯は二本の根っこがあります。
この根っこの一部が損傷をしたり、化膿をしたりして保存ができない時、大臼歯全体を抜歯するのではなく、保存可能な根っこの部分だけを残し、それ以外を抜歯することがあります。
これをヘミセクションといいます。下の図のようにするわけです。
ヘミセクションの“ヘミ”とは、半分とか片側という意味の接頭語です。“セクション”とは切断、分離という意味です。ヘミセクションとは半分を切断するということになります。下顎の大臼歯であれば、二つある根っこのうち一つだけを残し、一つを抜去するということなのです。一種の抜歯の変法である、分割抜歯の一つであると言えるでしょう。 単にヘミセクションをするだけなら放置したも同然です。抜去した歯の部分は前後の歯を利用し、ブリッジにするのが普通です。
小説で書かれているようにヘミセクションは頻度は余り多くはない治療法の一つですが、“めったにない治療法“というほどではないというのが正直なところです。 このヘミセクションですが、本来あるべき大臼歯の半分がないわけですから残っている歯に相当の無理を強いているのは事実です。実際、ヘミセクションを行った経験からしますと、ヘミセクションを行い、ブリッジ処置を行なった歯には定期的に検診を行い、チェックをしていく必要があります。放置していると、後日、せっかく残した根っこを抜歯しないといけないことになってしまいます。 一見すると、ヘミセクションは妙案かもしれませんが、それ故、処置後にはかなり慎重に経過を観察していかないといけない手術法なのです。
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