2007年01月23日(火) |
脱サラ自給自足生活者は本当に幸せなのだろうか? |
僕の診療所は山間部にある田園地帯のど真ん中にあります。田舎であるわけですね。そのことを知っている口悪い友人からは「人間の人口よりも動物の方が多い」とか、「○○市のチベット」などと言われっぱなしなのですが、住めば都でそれなりに不満も無く過ごしている今日この頃。 そんな田舎に住んでいるせいでしょうか、患者さんの多くは農業を営んでいる人が多いのが特徴です。農業といっても専業農家は少なく、兼業農家が多いのですが、患者さんの数が農繁期と農閑期では随分と違うのがうちの歯科医院が田舎にある証拠でもあります。 このように大部分を占める農家の患者さんの中に変わった方がいます。その方は、元来農家の方ではなくある企業のサラリーマンだった方ですが、一念発起して脱サラし、農業を営まれているのです。それだけではありません。この方は長年の夢であったあることを実現しようとしているのです。この方の夢とは埋蔵金探し。いわゆる、トレジャーハンターなのです。 どうして安定した収入を絶ち、自給自足の生活を送ることを決心されたのか?僕はその方に尋ねたことがあります。
「埋蔵金探しは長年の夢だったのです。いわゆる男のロマンというものだったわけです。」
この方のように脱サラして自給自足生活を送っている方は少なからず全国にはいらっしゃるようです。テレビを見ていますと、このような自給自足生活者の生活ぶりが報じられていることがあります。番組の中で取材を受けている自給自足生活者の皆さんは皆異口同音に 「今の生活に満足している」 と言い、にっこりと微笑まれている姿が映像に映っています。
僕はこのような自給自足生活を営んでいる人の姿を見ていつも思うことがあります。それは、本当に今の生活に満足しているのだろうか?という疑問です。 脱サラして自給自足生活を営んでいる人は、勤務時代に当時の生活に何らかの疑問を感じ、自問自答し続けていたといいます。そこで、自分らしさを取り戻す、本来あるべき生活をしてみたいなどといった理由で勤め先を辞し、田舎に移り住み農業をはじめ、生活の全てを自給自足しようとされています。 その心がけや素晴らしいものだとは思うのですが、果たしてその結果が当初自分たちが追求しようとしていたものなのでしょうか?
“現実は理想よりも厳しいものではなかったのだろうか?” “後戻りできないため、今の自給自足生活を無理やり満足しようとしていることはないのだろうか?” と僕は思うのです。
どうしてそのように僕が感じるかと言いますと、それは自給自足生活をしている方の顔つきです。僕の独断かもしれませんが、自給自足生活者の顔は皆年齢以上にふけている、年を取っているような顔つきのようにしか見えないのです。さらに口元に目をやれば、歯の状態は決して芳しいものとは言えず、むしろ悪い状態を放置しているような方もいるくらいです。 “今の生活が満足である”と口で言っていても、顔に深く刻まれたしわやしみの多さが今の生活の苦労を物語っているように思えてならないのです。 自給自足生活者の脱サラ前の写真を見る事がありますが、その頃はおしゃれな服装を着こなし、肌もつやがあり、仲間と楽しんでいる雰囲気が見て取れます。表面上は生き生きとした顔つきをしているように思うのです。その時の写真の表情と自給自足を営み始めている現在の顔つきはあまりにも変わっているのです。何か竜宮城で開けてはならない玉手箱を開ける前と開けてからの浦島太郎の姿のような感じがしてなりません。
外面と心の中は違ったものなのかもしれません。顔で笑って心で泣いてなんてキャッチコピーもあったくらいですから。会社に勤務時代は、安定した収入があった一方、人には言えない様々なストレス、軋轢、トラブルを抱えていたのかもしれません。時間に追いまくられ、睡眠時間を削り、人間らしい生活とは縁遠い企業戦士だったのかもしれません。そんな生活から足を洗いたい。そのように思っているうちに、一念発起し、脱サラし、自給自足生活に入ったことでしょう。自分の夢や理想を求めるために。
その一方、僕は人間の顔というのは心の中の状態を映し出しているのではないかと思うのです。心が豊かであれば、その表情は生き生きとしたものがあり、勢いを感じるもの。心が豊かでなければ、その表情はどこか疲れているような、落ち込んでいるような顔つきになるものではないかと思うのです。顔の表情は心を映す鏡のようなものではないでしょうか。
果たして自給自足生活者は今の自分に満足しているのでしょうか? 冒頭の患者さんにそのことを尋ねると 「後悔はしていませんよ」 と言いながら笑われていましたが、その表情にはどこか暗い影があるような気がしてなりません。この患者さんは、僕が思う以上に、想像以上に人には言えない苦労を重ねてきていることは間違いないと思うのです。自分の夢、ロマンの実現のための苦労は苦労ではないのかもしれませんが、それでも今の生活が本当によかったのでしょうか?実際のところ、この患者さんは埋蔵金を探して30年近くになりますが、まだ埋蔵金を発見できていません。厳しい現実です。
自ら望んで脱サラし、自給自足生活を選択した。自己責任は自分にあるのですが、実際の本音として、どれだけの人が自給自足生活に満足のいく結果を得ているのでしょう?素朴な疑問です。
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