diary

2008年02月29日(金) 手続きは終わった

引越しの手続きは無事完了。
あとは引っ越すのみ。
心配してた審査もOKでした。
過払い請求って関係ないのかもね。
本当はものすっごく心配してて
ダメだったらどうしようーって夜も眠れなかったほど。
マイスリーを飲んでも眠れないくらい
ダメだったらどうしよう・・・がグルグルしてました。
ですが、心配ご無用。
あっさり通りました。

はじめは引越しで一番楽しみにしてたのは
新しい部屋に引っ越せること。
今は違う。
通勤がラクになるのが何よりうれしい。

最近やたら車が混んでるのよね。
渋滞がひどい。
年度末だから仕方ないのかもしれないけど
尋常じゃない。

とにかくそんなこんなで朝は車通勤すると40分はかかるし
帰りは1時間近くかかるほど。
深夜だと20分で行ける距離なのに、よ。
もうほんとに渋滞には毎日うんざりしてた。
それが18日からは地下鉄で6分。
地下鉄までは徒歩2分。
地下鉄を降りてから会社までは徒歩5分。
20分もあれば着きます。
渋滞は関係ないからいつも同じ時間。
今までは8時に家を出て、会社に到着が8時45分に着くかどうか。
これからは8時20分に家を出て、会社には8時45分前に着く。
それがもう、うれしくてうれしくて。

引越しは頭が痛いんだけどね。
どんだけ捨てなくちゃいけないのかと思うと
考えるだけでうんざりする。
勢いに任せて捨てまくるしかないし
昨日は靴をだいぶ捨てた。
8足捨てた。ブーツも2足。合わせて10足。
だいぶ捨てたよ。

問題は洋服。
捨てるしかないんだけど心が痛む。
「もったいない」って気持ちが。

今の部屋にはクローゼットが3つある。
今の5.5帖のDKは洋服の収納場所になっている。
ひとつは元々部屋についてた押入れサイズのもの。
もうひとつもそれと同じサイズのワイヤーのクローゼット。
あともうひとつは横幅が90cmくらいのクローゼット。
この3つを1つにしなくちゃいけない。
次の部屋はクローゼットは備え付けの1つしかない。
追加のクローゼットを置くスペースがないから。
4段のチェストもあるし、押入れ収納も4段。
とにかく無茶苦茶捨てないと持って行けない。
「どっちみち、私が死ねば捨てるものなんだから」と気合を入れた。

がんばって捨てた。
自分でもびっくりするぐらいたくさん洋服があった。
ほとんど着ない服ばっかり。
タンスの肥やし的な洋服。
場所だけ取ってる不用品。
ゴミ袋は4袋になった。
それでもまだ捨てなくちゃいけない。

バーバリーのコートは確か6万だった。
何回着たかなあ。3回くらいかなあ。1回2万かあ。高っ。
捨ててやった。
その代わり、もう無駄な服は買うまいと心に誓った。

そんなこんなでいろんな服を捨てに捨てまくった。
それでもまだまだたくさん服はあるし
たぶん、今年もまた買う。
そしてまた捨てる。でも買う。それが私の人生。

人生って無駄ばっかりよ。
出会って別れてを繰り返す。
お金を稼いで使う。諭吉は私の財布に入ったかと思うと出て行く。
出て行くために入れられてるんだから仕方がない。

今日ご飯食べても明日もご飯食べるし
そしてうんこしてトイレに流す。
牛も豚も鶏も、みんな殺されて私が食べて
私の細胞になったあとに、うんこになってトイレに流されてる。
子宮も毎月毎月、産む予定のない赤ちゃんのためのベットを作って
激痛と不愉快な気分を伴いながらはがされてる。(=生理)
昨日寝て、今日も寝ても明日も寝る。
そういうもんだ。たぶん、生きるってそういうこと。

それでもどうしても処分できないものがある。
死んだお母さんに買ってもらった
ミッキーマウスのぬいぐるみ。
確か、離婚したあとに買ってもらって
お母さんと離れて暮らしてたから
ミッキーがいてくれるとお母さんを思い出して
当時はなんとなく、ちょっとだけさみしさが癒されてて。
ずっと押入れにしまったまま捨てられないんだよな。
小学6年生の頃の話よ。もう20年も前の話。
私が死ぬときには捨てるんだから
今捨てても、死ぬとき捨てても結果は同じなのに
やっぱり捨てられない。

それから、ばあちゃんの社員旅行のおみやげのくまちゃんも。
シーザって名前をつけてるんだけど
(どうしてそんな名前にしたのかは覚えてない)
ばあちゃんが看護婦をしてた頃でグアムのおみやげで
鼻が牛革でできていて、小さい頃、妹が乳首と間違えてかじったの。
茶色でねえ。
お母さんの乳首ってあんなにでかくて茶色だったか?と思うんだけど
まあ、似てなくもないような。笑
今でも歯型がくっきり残っていて
なんとなく、懐かしい。
ちっちゃい妹を思い出す。赤ちゃんだったからね。
あーかわいい。

この二つのぬいぐるみって
明らかに生活には必要なくて、むしろ不要で
絶対に無駄なものなんだけど
私の人生には必要なものかなと思うの。
思い出なんか、別に物がなくたって
記憶喪失にでもならない限り忘れないし
ちゃんと心に残ってるんだけど
なんだか、あのぬいぐるみを捨てるのは
すごくすごく、切ないのよ。

私がブランドのバックが好きなのは
ばあちゃんがグアムで買ったセリーヌのバックを
予備校時代に使ってたせいでもある。
ばあちゃんの使ってたバックを
孫の私が使うっていうのが
なんかいいなって思って。
ばあちゃんもそのバックを使って通勤したりとか
買ったときの喜びとか、あったと思うし
私もそれを受け継ぐというか
そういう思い出も引き継ぐというか
ばあちゃんが生きてた証というか。
だって、死ぬってこの世から消えること。
バックは死なない。消えない。捨てない限り。
人の命はいつか終わるけれど。

で、私は妹の成人のお祝いに
ヴィトンのバックをプレゼントしたんだけど
あの子ったら、モノグラムは子供っぽくて嫌いらしく
まったくさっぱり使ってない。
(私の影響でヴィトンは大好きで、ダミエのバックを3つ持ってる。
そのうちひとつはオーダーで作ってる。20万だったらしい。
今はモノグラムでさえ廃盤になった形で
ダミエでもモノグラムでも絶対にない形なので
ある意味でニセモノみたいなバックなんだけどね)
でもま、あのプレゼントしたバック
あの子の娘が使ってくれたらいいなと
ちょっとだけ期待してる。
「ママが成人したときにおばちゃんが買ってくれたのよ」って。

要するに、私がモノにこだわるのは
たぶん、それほど、思い出や過去にこだわってるってことだと思う。
執着。

で、その性格のせいなのか
いざ引っ越すとなると
この部屋が私の部屋じゃなくなることが
なんだかさみしいわけよ。
通勤も不便で、日当たりも悪くて
なんだかなあと思いながら5年住んだこの部屋に
お別れするのが、なんだかさみしい。

それでも間違いなく引越しするんだけどね。

この部屋に引っ越してきたときも
あるとき突然思いついて
突然不動産屋に行って、即決だった。
新築でまだ工事中で部屋も見れない状態で
一番乗りに決めた。

前の部屋は狭くてうんざりしてたのよ。
今の部屋が36�屐A阿良�屋が16�屐�5.5帖のワンルームでね。
今の部屋に来て、はじめは広かったのに
気付いたら荷物がどっさり増えてる。
16�屬良�屋でどうやって暮らしてたんだろうって不思議だ。
今度の部屋は25�屐�

今度の部屋も突然不動産屋に行き、突然決めた。
今回はモノは建ってたので部屋は見たけどね。
今の部屋は36�屬世韻�7.5帖とDK5.5帖だから
実質、生活してる部屋は7.5帖。
今度の部屋は実質生活するのは8帖なので
生活空間的に差はないけど、収納が・・・・。

部屋は3つ目。
2回目の引越しだ。
前の部屋に約5年半、今度の部屋にも約5年半
一人暮らしは12年目になる。

あと何回引越しするのかな。

さ、片付けなくちゃ。


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