蜂蜜ロジック。
七瀬愁

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■ BLACK×WHITE��

目立たない、おれ。華やかな、きみ。

傍に居ることなんて出来ないって。ちゃんと知ってるんだけど。

知ってるんだけど、どうしてもきみばかり見てしまうんだ。




「これ、付けてみたら? あはは、似合うー」

「やだ、カワイイって。あ、駄目でしょ外したら。今日はこのまま帰りなって」

おれの席を挟んで、両隣から騒がしい声。

いつものことだとわかってるけど、抵抗すらできなくて俯くおれの頭を、クラスメイトが楽しげに弄っていた。

馬鹿にする為におれを囲む女の子達に、楽しくもないのにへらへら笑って返す自分が気持ち悪い。でもそれ以外、表情を変え方を知らない。

「ねえね、涼子、これ見てよ、可愛くない?」

誰かが呼んだその名前に、おれはさらに小さくなる。

「……興味ないわ」

いつもよく通る凛とした声が、今は冷たく突き放すような響きを持って返される。

おれはぎゅっと目を閉じる。聞きたくない。

久川涼子。

一番後ろの席に座る彼女は、きっといつものように本を開いて、一人で読んでいるのだろう。読書を邪魔されたせいで、明らかに不機嫌さが滲み出ていた。

同じ一人でも随分違う。一人であることを選んだ人間と、それを選ぶしかなかった人間と。

クラスの中でも一目置かれる彼女は、孤立していると同時に、誰からも憧れを受けている。そんな女の子だった。

そしておれも。彼女に憧れ――それ以上の気持ちを持っている。誰にも言えやしないし、言ったところで軽蔑されるだけだ。

「ざーんねん。涼子の好みじゃないってぇ」

「や、やめてよ」

小さく反抗しても、明るい笑い声にかき消されて解放されることはない。壁にかかった時計を、ちらりと見上げれば、自習時間終了まで後十五分と知った。

はあ、と誰にもわからないように溜息。

そんな気遣いしなくったって、おれの言うことなんて誰も聞いちゃくれないけど。

「カチューシャとかのほうが似合うんじゃない? ね、誰か持ってなーい?」

高い声が教室に響く。

まばらに座っていたクラスメイトの何人かが振り向いたけど、「ごめーん。持ってないー」という返事以外は笑い声だけ。

『お前、女になりたいのかよ。なりたいならしてやろーか?』

誰かがおれの座る椅子を蹴りつける。

それを皮切りにあちこちから聞こえる、笑い声の渦。

「あはは、そっちのほうが良さそうじゃん。じゃあメイクでもしてみよーよ」

「わ。それイイね」

勝手に盛り上がる周囲。

けれど、そんな顔で帰れるはずがない。さすがにじっとしていられなくて、顔を上げた。

「あ、の…おれっ」

唐突に声を上げたおれに驚いたように、皆はおれを見た。集まる視線に、顔が熱くなる。明らかに好意的ではない視線に、自然とおれの目線は下へと落ちた。

「おれ、やだよ…そんなの、け、化粧なんて…」

「は?」

ご機嫌そのものの表情が、途端に不機嫌そうな表情に一転する。冷たい視線。違う、寧ろ蔑みに近い。

友達同士が仲良く戯れている、という構図を剥がせば皆の中にあるのはおれへの差別だけ。「あ、の」何か言わなきゃ。何か。そう思って口を開きかけた時。

「……ッ」

「逆らってんじゃねえぞ」

唐突に顔面に衝撃。誰かが甲高く笑った。眼前に見える机の木目。おれの後頭部を押さえる、大きな掌。座っていた席の机に叩き付けられた、おれの顔。痛いなんてもんじゃない。鈍い音に想像する以上の、激痛に目の前がちかちかして、眩暈がした。

したたか鼻先を机に打ち付けて、自然と目頭が熱くなった。駄目だ。泣いたら、終わり。

「遊んでやってんだろ?」

「だよねえ」

「……」

指先で摘んでいたハムスターが噛み付けば、きっと飼い主はこういう顔をするのだろう。場違いにもそんなことを考えた。

おれはそれに対して、びくり、と体を奮わせることしか出来ない。嫌だって逆らって、裸に近い格好でトイレに閉じ込めれた先週のことを、いくら馬鹿のおれでも忘れることなんて出来なかったから。

2008年07月03日(木)
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