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■ BLACK×WHITE��
次の日のおれが挙動不審だったのは、言うまでもなく。 そのことでいつもより嘲笑された気もするけど、それどころじゃなかった。どうしても気になってしまうのは、一番後ろの席に座る彼女のこと。
教室での久川さんはいつも以上にいつも通りで、一人静かに席につき読書中。邪魔をするような奴は一人もいなくて、そんなことは当たり前だとでも言うようにゆっくりと頁をくる細い指。 日に焼ける様子もない白さ。 昨日あの指と絡んだんだと思うと、目が離せなくなって座ったまま盗み見た。
「――つ」
広げた本に落されてた視線が、こちらを向く。あまりにも唐突にそうされたせいで、動けなくなってしまった。蛇に睨まれた蛙。なんか違うけど、心情に差異はないはず。息を飲むような妖艶な目。同い年なんて、信じられない表情の作り方。白い指が持ち上がり、自分の唇をなぞる。赤く色付いたそこを撫で、おれを見る目は微かに楽しそうで。駄目だ、蛙どころか。
見えない鎖が、体中に巻き付いた気がした。
今日のコイツ、つまんねぇな。 頭の上で交わされる会話はどこか遠くて。去っていくクラスメイト達の背中。おれがたいして反応をしなかったせいか、いつもおれを取り囲む連中は、面白くなさそうに教室から出て行った。 いわゆる子息令嬢の多いこの学校では、放課後に居残ってまでおれに構うような暇な人間はほとんどいない。
それでも今日ほど、そうして欲しいと願ったことはないだろう。単純な暴力よりも、久川涼子との約束のほうがよっぽど息苦しい。
彼女と二人で話すなんて、前のおれならそれこそ夢にも昇る気持ちになったはず。でも昨日のことがあってから、その概念は変わった。何を考えているのかわからない。それは前からで、同じ。息苦しく思うのは、言われたら何でもしてしまいそうなおれ自身。 おれと何かしたい訳じゃないって。 じゃあ何で呼ぶ? 酷いことをされるのに慣れてるわけじゃない。でも向こうはそう思ってるのかも。艶やかな微笑みの中に潜む、嘲笑。それがすごく、怖かった。
通されたリビング――と呼ぶには広すぎる――部屋に置かれた坐り心地の良さそうなソファに招かれ、座るように言われた。 こんなの、座るのも初めてなら、見るのも初めてで。 見た目を裏切らない坐り心地の良さに、緊張を忘れて感嘆した。
白の革に包まれたソファは、おそらく二人掛けなんだろうけど、四人くらいの許容量は充分ある。それぐらい大きくて。 ローテーブルを囲むようにして、同じ色の一人掛け用ソファが両端に一つずつ。 何を想定して置かれたのかはわからないけど、その時点で一人暮らしには不必要に思える。 金持ちにこれくらいは当たり前なんだろうか。 それとも来客がそれだけ多いとか。
そんな思考を読んだかのように、ポットを乗せたトレイを手にした久川さんが、来客は初めてだわ、と告げテーブルに置いた。
「い、いただき、ます…」
その台詞を飲み込むように頷きながらカップを持ち上げた手は、知らない震えていて。何に対してかはわからない。誤魔化すようにして笑う。それを見て、彼女が微笑む。
優越感を覗かせるような、純粋に楽しむような。とにかく学校では決して見せない笑い方。 頬にかかる艶やかな髪。真っ黒な目。
恐る恐る行ったこのマンションの玄関口に立つすらりとしたシルエットを見た時は、心臓が跳ね上がるかと思った。 見慣れた制服。だけど、久川さんが着ると特別に見える。赤地に紺の格子。そのスカートが翻って、おれを案内したのが三十分程前。
天井が高い。 壁も床も落ち着いた色合いで、大きな家具が幾つかあるのに狭さなんて全然感じない。 これだけで一室、なんだよな。 他にも扉が幾つかあったけど、ぴったり閉まったそこは覗きようもない。 おれ、何してんだろ。 何インチかわからないけどやたら大きなテレビが壁にかかり、そこには古い映画らしくモノクロの映像が流れていた。
ぼんやりと眺めながら、またカップに口を付ける。 まだ緊張してるけど、さっきよりはずっとマシ。 内容もあまりわからない映像を見上げていた俺の前を、赤いスカートが横切って。 ――…。 一気に緊張が蘇る。
ソファの片側が軽く沈む。おれの、すぐ左側。
「あ、の……」 「何かしら」
吐息がかかるような間近で、久川涼子が微笑んでいた。
【To Be Continued】 **********
※このページでの連載はここまでになります。
2008年07月10日(木)
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