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■ BLACK×WHITE��
本音を言えば一人で帰りたかった。久川さんと肩並べて歩くなんて、自然に呼吸をするには、あまりにも近すぎる。
情けないことに、指先まで震えてしまっていた。何度かそう言い出そうと思った。ここでいい?って。でも。
こんなに暗くなってから帰るなんて初めてだわ。暗に送れというような雰囲気に飲まれて、一人で帰りたいとは言い出せなくて。
時々話し掛けてられても、相槌を打つ以外おれは最後まで黙りっ放し。つまらなくて面白味のない奴。そういう風に思われても仕方ない。話せないものは仕方ない。人が苦手って訳じゃなかったけど、この数ヶ月でおれはすっかり視線を伏せることが当たり前になっていた。
ましてや相手は、ずっと憧れていたクラスメイト。すらすらと話せるほうがどうかしてる。
何も言わずに歩き出した方角は、明らかに駅とは違う。久川さんの家なんて知らないし、相手だって同じだろう。なのに彼女は躊躇うことなく、俺がいつも通る道を歩いていた。
おれの家はこの学校からわりと近くて。四十分近く歩いたところにある、さして新しくもないマンションに家族と住んでいる。
他のクラスメイトみたいに、送り迎えがあるわけでもない。そんな家の差さからして、学校に馴染めない大きな理由なのかもしれなかった。
「私の家、あそこなの」
あの角を曲がればいつも帰り掛けに寄るコンビニが見える、というところで久川さんの足が止まる。
「実家はもっと遠いわ。だから通学に不便のないように、マンションを都合つけてもらったの」
事なげに言う内容は、通う私立校ではある程度通じるのかもしれない。生憎と一般家庭に生まれ半ば無理を通して入学したおれには、そんな理由で家から出る事が当たり前なのかどうか区別がつかなかった。
ここら辺は区画を境にして、途端に土地の値段が変わるらしい。見るからに洒落た外装に、テラスのようなベランダ。うちのマンションとは大違い、ということだ。建設中からこのマンションが賃貸ではないのは知ってる。母親が溜め息を吐きながらそんなことを言っていて、父親は明らかに聞いていないふりをしていたのは確か先月上旬。
「すごいね…」
溜め息とともにそう言ったのは、あまりにも感嘆したからだ。
だからかどうか知らないけど、それまで澄ました顔をしていた久川さんが、少しだけ息を漏らすようにして笑った。
「え、な、なに」
何か変なことを言っただろうか。
「帰り道に二文字以上話したのは、初めてね」 「二文字…?」 「さっき、すごいねって言ったわ。それまでは『あぁ』とか『うん』しか言わなかったのに。あなたでも驚くことがあるのね。不思議」
唇の両端が上がる。品の良い笑い方に、思わず見惚れた。
「明日、学校が終わったらここに来ない?」 「え…あ、う…えぇ!?」
その微笑み方のまま言うものだから、内容までしっかり把握出来ていなくて。危うく頷いてしまうところだった。明日、学校が終わったらここに来て。確かにそう聞こえた。…悪趣味な冗談だ。
「来てくれるでしょう?」
細めた目は、三日月のように柔らかで澄み切っていて。いつも無表情な彼女が浮かべたとは思えない極上の笑顔に、おれは馬鹿みたいに見惚れるしかなくて。
でも、何でおれなんか。すぐに浮かぶ疑問をぶつけると、久川さんは訳が分からないといった風に首を傾けた。
「不思議なことを言うのね。クラスメイトに家に誘われて、どうして困るの?」
「だ…っ」
だって、そんなの変じゃないか。いくらおれが頭悪くても、それぐらい分かる。今まで何の接点もなくて、おれに一片の興味さえなかった久川さんが、急に話しかけてきたり、家に誘ったりするなんて。誰がどう考えたって、おかしい。
「何を動揺することがあるのかしら。誤解のないように言っておくけれど、私はあなたと何かしたい訳じゃないわ」
「は…」
言葉もない。マンションの玄関口から伸びる光が、久川さんを照らし出す。その光景はやけに幻想的で、現実味に欠けていた。今これは夢だと言われれば、きっと素直に頷ける。
「約束よ。明日、ここで待ってて」
優しく言われているのに、強制的にしか聞こえないそれに、おれは黙って頷くしかなかった。
2008年07月08日(火)
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