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■ 交差(春日×泉+篤史)��
視点が、交差してゆく、微妙な話。
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side.篤史
あれだ、あれがいけなかった。 もうやる事ありませんか、なんて律儀に聞いた俺が馬鹿だった。無い事は自明の理で、朝から泉さんの機嫌が悪かった事も重ねて考えれば、一声掛けて帰るくらいの勢いでも良かった筈なんだ。
ラストオーダーの時間になります。薄暗がりの中、バックミュージックと同じくらい低音の給仕が、テーブル脇に立って。適当なドリンクを二つ頼んだところで、煙草に火を付けた。
ゆっくりと煙を吐き出したのは、単に疲れただけだった。明日も仕事なんだよな、と思う以前にお互い飲み過ぎてる。休日前でもないのにと愚痴れば、煩いなと頭を叩かれて。
何だよ、全く。これじゃまるで世話係だ。 時計を見れば午前二時を少し回ったくらいで、時刻的な意味合いなら構わないと言えば構わない。どうせ綾は寝てるし――寝てろと連絡をわざわざ入れた――家にはシャワーを浴びに帰る程度で良い訳だ。気になるのは目の前の家に帰らなければならない筈の人。
「帰らなくていいんですか」 「何で」 「…何でって」
仕事を終えて夕食を兼ねて飲みに行こう、と誘われるがままに来たダイニングカフェ。元々気が合うほうだし、話題には事欠かなかった。交わす言葉に毒も針もなくて、十二時を過ぎる当りまでは俺も気楽に飲んでいられた。
筈だったのに。
「帰りたくない」 「泉さん?」
この会話をしたのは、これで何度目になるだろう。 酒に強くはないのは知ってるが、人の絡むようなタイプでもない。 どちらかと言えば、人の世話を焼くような、姉がいたらこんな感じかと思うような。
「だから今日は杉本くんとこ泊まるー」 「…はぁ?」
大体、こんな事を言うような人じゃないのは、俺がよく知っている訳で、だからこそ心配してしまう自分自身がお節介だと思う。
意味を量り兼ねて相手を覗き込めば、縮まった距離はさらに一瞬で狭められ唇が僅かに弧を描いた。 甘い匂いがする。
黙ってしまった俺を、可笑しそうに見つめる双眸は、やけにきらきらとしていて。
「冗談?」 「当たり前だろ」
静かで落ち着いた雰囲気とは言え、個室でもないような場所。 見た目よりも相当酔ってるなと判断して、切り上げることにした。
「あー、もう。ほら、立って」 「なんで帰るの」 「いやもう十分飲んだし」 「杉本くんはー、あたしと一緒なのは嫌なわけ」
上着を手に取って立ち上がった俺に、恨めしそうに向けられる視線。 酔ってる女に特にどうこう感じる主義ではないが、ほのかに頬や首筋を朱に染めた泉さんは見慣れなくて、一瞬緊張する。
「嫌じゃないって。でも帰んなきゃマズイだろ」
そういったものを振り払うようにして、軽く頭を振って、テーブルから離れた。
会計を済ませ半ば無理矢理手を引けば、嫌そうにしながらも泉さんは俺についてきた。
「帰りたくない」
子供みたいなことを言う。
「春さん心配するって」
ぴたりと止まった相手の足に、振り返った。
「泉さ――」 「そんなの。どうでもいい」
先ほどまでとは違う凛とした声でそう言い放ち、急に早足で一人で歩き出して俺を追い越して行く。 やっぱりその名前は出しちゃ拙かったか。明らかに不機嫌になった泉さんは、駅とはタクシーを拾える場所とは反対方向へ向かい出した。 あぁもう、また何やったんだあの人。何て言うか、基本的に子供なんだよな。泉さんを不機嫌にさせる事については、確信犯だと思うけど。
「は? いや、いいって言われても。つかどこ行くんだよ」 「うるさいな、帰りたければ勝手に帰れば」 「あのなあ」
放っておける相手なら楽だったのに、と一つ溜息を吐き追いかけた。
「ついてこないでよ」
聞き慣れない声のトーン。いつもより幼い。これがこの人の素なのかもしれない。
「一人でどこ行くんですかー」 「飲み直すの」 「それ以上飲んだら、帰れなくなりますよ」
苦笑いして眼前を歩く背にそう投げれば、相手はちらりとだけ振り返る。
「うるさいな。杉本くんは帰るんでしょ、関係ないじゃない」
少しばかり息を荒げて、俺を見る泉さんの目は潤んでいて平常とは異なる雰囲気を醸し出していて。 あぁくそ。関係ない間柄だったら良かったのに。どう見たって一人で放って帰れる筈がねえじゃん。
やけに疲労を感じながら、一度空を仰いで。 それから、取り出した携帯で、あまり掛け慣れない番号を呼び出した。
2008年09月03日(水)
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