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■ 呉羽理央��
久住ケイ(25)…101号室のサラリーマン 呉羽理央(23)…204号室の美人
目の端に入れるのも、オゾマシイ。 新興都市から少し離れた、あるアパートの住人たちの話。
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101号室の久住さんは、少し変わっている。
見た目は極普通。寧ろ、上等な部類に入る。 血統は悪くなく、何処かの御曹司だと聞いたことがあるが定かではない。 さらに誰もが一度は耳にする有名な一流企業に就職し、出世街道をひた走る、まさに血統書付きのエリート。
久住さんの風貌にこのアパートは、似合わない。 だけど、久住さんの人間性にはしっくりと合う棲家は、ここ以上にないように思えた。
「新しい趣味ですか」
家賃を集金するために訪れた101号室から出てきた久住さんは、妙な出で立ちをしていた。 金の刺繍の入った常葉色の羽織着物を長身の体躯に纏い、白い布を額に巻き付けている。 病床の殿様のようだ、と思ったが口には出さなかった。
奇抜というよりはコスプレの一環のような時代錯誤な服装に、自然と眉が顰まる。相反して久住さんはご機嫌だった。
「趣味、ではないかなあ。僕ね、サークルを始めるんです」
久住さんが爽やかに、にこりと笑う。 どこかの大学生のようだが、彼はれっきとした社会人だった。 私は久住さんの笑顔が嫌いだった。顔は笑っているけれど、目が笑っていない。 観察するような好奇の色と、嘲る縁取りが交差する。 だからいつも侮蔑の眼差しを向けるのだけど、そうすると彼はさらに嬉々とした顔になる。
「サークルって、何かに入ったんです?」
「いや、僕が始めたんです。ほら、このご時世、殺伐としているというかあまりにも残酷じゃあないですか。利口に生きる人間が人の好い笑みを浮かべて、自分を信じて慕う人間を思うがままに利用する。 そのくせ利用価値がなくなれば、平気で切り捨てて己の欲を優先させるんです。使い捨てのようにね。いつの世も世間は上手く立ち回る人間を養護し、利口になれない人間を淘汰してゆくでしょう。まさにね、人が人に絶望する時代なんです。そうやって淘汰された人間は、社会からも弱者として蔑ろにされて生きていかねばならない。責められるのは常に、騙された側ですよね。けどね、そうじゃないんです、絶望した人間こそが、次の時代を担う人材でありエネルギーなんです。僕はですね、こんな時代だからこそ持てる希望を作り出したいんです。人の為にね、生きたいんです。ほら、普段なかなか出来ないでしょう? ゴミ出しと一緒でね。そうそう、良かったら理央さんも中に入りませんか、今丁度記念すべき第一回目の決起大会を始めるところなんです。これも何かの縁ですから」
開かれた扉の向こう。 とうとうと滑らかに話す久住さんの背後から見える部屋の中には、生気のなさそうな若い男女が数人ちらりと見える。
櫻井さんが病的な変人なら、彼らは生きる屍だろうか。 どちらにしても、こんな場所でこんな詐欺紛いのの世迷言を聞いてるくらいなら日光の一筋でも浴びたほうが有意義に違いない。
「――で、聞いてます?」
話の途中から空の流れる雲を見ていた私は、どうやら言いたい事を言い終わったらしい久住さんに目を移した。 ゆるゆると首を左右に振ってから、とびきりの笑顔を浮かべる。 そうすると、久住さんは少し嫌そうな顔をした。 彼はきっと、私の笑顔が嫌いなのだ。
「今日は集金に来たんです。それ以外のご用件はまた今度にしてくれます?」
私は大家という業務の、代理人をしている。やりたくてやった訳ではないが、引き受けた以上放棄する事も出来ないのだ。 業務を全うする以外に、101号室を訪ねる意味はなかった。
「僕の話、興味ありません?」
「全く」
片手の掌を見せて要求を繰り返す私に、久住さんがやんわりと微笑んだ。 何が楽しいのかは理解できなかった。私はちっとも楽しくないからだ。
「それより久住さん。ここで会合を開くんだったら、静かにしてくださいね。他の住人の迷惑になりますから」
「ああ、そこらへんなら大丈夫です。僕、静かにさせるのは自信があるんです。あぁそうだ、集金でしたね」
片眉を上げると懐から取り出した封筒が、私に差し出される。 見慣れた封筒の表には、いつも通り『家賃』と墨痕鮮やかな筆字で書かれてあった。
101号室の久住さんは、少し変わっている。
そう言ってしまえばこのアパートの住人全てが得体の知れない人間ばかりになってしまうのだけれど、あの人の得体の知れなさは他の住人とは少し違う気がする。
私にとっての久住さんは、虫酸が走るくらい大嫌いな生き物だけれども、観察対象としてはわりとレベルが高い相手だ。 けれど決して半径一メートル以内には寄り付きたくない。
その範囲を私が越えるのは集金の時だけで、それさえも無くす為に、そろそろ引き落としするべきか、と悩んでいる。
【END】
2010年06月04日(金)
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