蜂蜜ロジック。
七瀬愁

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「たーかーさーきー、マーカー取ってー」
「これ? っておい、あず、それでかく書き過ぎじゃね?」
「んなことねえよ、これでいんだよ。ハッピーバースデイ、ばっちりじゃん」

梓は隣に座っているさくらの肩に頭を乗せる。ふわふわしたさくらの髪は、いつも甘い香りがする。

「あたしら書くとこなくなっちゃったねえ」

さくらは茫洋に呟き、床に広げられた方眼紙を眺める。紙いっぱいに書かれた祝福文と名前の他には、空白のスペースは僅かしかない。
小学校のお楽しみ会を彷彿とさせる現状に、さくらは堪えきれなくなったように笑った。

「どうしよう、あずしか書いてない」
「さくらもそう思うっしょ」
「うるせえな。高崎は黙れバカ」

梓は高崎を見ず、大きく広げた方眼紙に熱心にマーカーで文字をなぞっていく。ハッピーバースデイ、あらた。平仮名と片仮名だけ乗った方眼紙がマーカーで彩られる。

「おま……。恭ちゃんどー思うよ」
「個性的だと思えばいいんじゃない」

瀬名は自分作業に忙しく顔も上げない。まったくやりたくもなかったが、途中で投げ出せない性分だったので仕方なく飾りを作っている。

「恭ちゃん見てねーじゃんよ」
「見なくてもだいだいわかるよ」
「あずの思考パターンは簡潔そーだもんな」

高崎いちいちうるせえよ、とマーカーを梓が投げつけてくるので、高崎はそれを避けるのに忙しい。

「なー。あれ、あれでも女かね」
「生物学的にはそうなんじゃないの。知りたかったら新に聞けばいいよ」
「おお、何か怖いな。恭ちゃんきーてきて」
「だからうるせえって高崎」

高校からの付き合いになる梓と高崎は、ぎゃあぎゃあと言い合っている。さくらはその横でずっと笑い転げている。
瀬名は素知らぬ風情で、黙々とピンクの紙で花を作っている。

じゃんけんで負けた高崎がこのゼミのゼミ長だが、誰もおれの言うこと聞かねーから、と実質的には何も担ってはいない。
事実、研究テーマから教授に駄目出しを食らうような男の言うことなど、誰も聞きたくはないと思っている。

結局のところいつも管理能力に優れている瀬名が他のゼミ生とのパイプ役もこなし、誰もが実質的なリーダーは彼だと思っているが、瀬名は瀬名で基本的に人嫌いなので面倒くさいゼミに入ってしまったなといつも思っている。

新の誕生日をふと思い出したのは、梓だった。梓はいつも新と一緒にいるが一緒にいすぎて誕生日を意識したことはない。だが誕生会という響きは非常に良いものに思えたので、思い出したのがゼミの打ち合わせの席だったにも関わらず急遽誕生日会を開こうと言い出した。

高崎とさくらはすぐに賛同したが、瀬名だけが色好い返事をしないまま開催が決まり「僕はやりたくない」「まあまあ」「やりたくないって」「まあまあまあ」半ば拉致られるようにして瀬名も加わって今に至る。

五人は活動もしていないサークルにも入っている。たむろする場所が欲しかっただけなので「ビジュアルアーツ同好会」という胡散臭い部を立ち上げた。誰も写真にも芸術にも興味がないような名前だけのその部室で、移動する前に購買に寄って揃えた物資で主役を欠いた四人は大騒ぎで部屋の中を飾り付けている。

「つーかさ、何気にいつも恭二って私に酷いな」

床に寝転ぶようにして書いていた梓が、そういえばさ、と最後の赤を塗り潰した。マーカーが紙を滑る音に、この音が苦手らしい瀬名は眉を寄せた。

「何が酷いのさ。君の思い付きに付き合わされる身にもなってほしい」

瀬名はにこりともせずに梓に向き直り、細い指先でひたすらに、またかなりの速さでピンクの花を作り上げている。
黒髪の美少年、というフレーズを喚起させる瀬名にはその花さえやたらと似合うが、さらに怒られるので誰も口にしない。

普段ほとんどのことに物怖じしない梓は、瀬名だけは苦手で瀬名に言われれば黙り込む。怒られてしゅんとなる梓の頭を撫でてやりながら、さくらは新が帰ってしまったことを唐突に思い出したが、今更言い出せないでいる。

2011年04月14日(木)
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