蜂蜜ロジック。
七瀬愁

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■ another��

新が部室に入ると、一つしかない赤いソファにさくらだけが背を向けて座っていた。

「他の奴は」
「んー? まだ来てないんじゃないかなあ」

さくらは顔を少しだけあげて、広げていたハードカバーを閉じる。
赤いフレームの眼鏡をかけ白のジャケットを羽織ったさくらを少しだけ眺めてから、新は隣に腰を下ろした。
柔らかい巻き毛に子猫のような甘い顔立ちをしたさくらがそういった服装をするのは、似合わないわけではないが珍しい。

「今日何時まで?」
「三時。五時からバイト入ってるから。あー眠い、さくらもっとそっち寄って」
「何で横になるかなあ。狭いよ」
「いーじゃん。たまには」

さくらの膝の上に頭を乗せた新は、本格的に寝る体勢に入ろうとしている。
異性にパーソナルスペースに入り込まれるのには慣れていないが、新があまりにも眠そうだったのでさくらは黙って動かないでいた。
欠伸をしながら少し遅れて入ってきた高崎はその状況に一瞬ぎょっとしたが、「生足にそれはマズくね。いつから付き合ったのかと思ったわ」ともう一度生欠伸をした。

「好きでしてんじゃないよ。でも梓ともしてんのよく見るけどな、こういうの」
「あずとさくらは違うわ」
「そっかあ」

少し考えるような顔をしたが、結局さくらは膝上に新を乗せたまま、途中だったとばかりにハードカバーを開く。

さくらどっか行くん、畳に寝そべって放り出してあった漫画本を手にして高崎が聞く。

「んーん。なんで? そう見える?」
「見える。すっげえ見える。デートかなって思ったから」
「教授の用事で一緒に付いてくだけだよ」
「は? …どの教授?」

不信感を顔全体で表したような高崎にさくらは首をかしげながらも、「池田教授」と答えた。
さくらはどうにも人を疑うことをしない性質だったので一瞬高崎は身構えたが、池田教授なら本当にただの用事だろうと換算してほっと安堵する。
箱入り娘を代表するようなさくらは、どうも他人を心配にさせる無防備さがある。

しばらくしてから顔を出した瀬名も、だいたい高崎と同じような反応を見せて、やはりどの教授かをさくらから聞き出し「ああそれなら」と安心したように畳に鞄を放り投げたので、高崎はやっぱりそうなるよなと思った。

「で、何で今日はそんな格好してんの」

教授の用事に付き合うだけでいつもと服装が違う理由にはならないだろうと、高崎は目線だけは漫画から離さずにさくらに問いかけた。

「なんでって」
「理由あんの」
「ないよ、なんとなくだよ」

さくらはさくらで開いたハードカバーから顔を上げない。

「なんとなくね」

普段はコンタクトを付けているさくらとは二年くらいの付き合いになるが、今まで眼鏡など掛けてきたことがない。
似合っているし可愛いから何も問題はないと高崎は思うが、なんとなく腑に落ちないまま漫画を読むふりをしながら、ちらちらとさくらのほうを見る。

漫画の向こうに見えるソファには、寝こけてしまっている新と、時々ハードカバーから視線を上げて高崎の足元に座り込んでいる筈の瀬名を見ているさくらが目に入る。
その顔を見ながら、昨日瀬名が「眼鏡を掛けている子って可愛い」と特に関心もないような顔で言っていたのを漸く思い出し、そういうことかと一人で頷いた。

2011年04月15日(金)
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