悩みは人生を充実させる/文集「人生の時」

2014年03月07日(金) 14、終章/人生について(1996)

終章/人生について(1996)


孤高の月は、その精神性ゆえに、他とは馴染まない。
子供の頃は、暴力と冷たさに耐えた。
だが、少年になって、人間への不信と不安と恐怖に、苦悩した。
それがもとで、Schizophreniaに。
孤高の月は、その内面性ゆえに、他とは馴染まない。
少年期は、愛に救いを求めた。
しかし、どこにも完全な真実などなく、孤独の淵を歩いた。
落伍者に、与えられる烙印は、Schizophrenic.
孤高の月は、その純粋性ゆえに、他とは馴染まない。
青年期は、人生の真理を求めた。
それが、やっと辿りついた時は、四十二。
敗北者の幸福を、やっと手に入れた。
今、人生が見える。人間も世界も。
人間に与えられた運命は、一つ。
個体保存の法則。
その、個体としての独立性が、人間存在の孤独性。
ゆえに、人間は独立自尊の存在。
孤独と愛は、孤立化と集団化が、生物学的根拠。
孤独と愛は、矛盾しているように見えるが、
自己保存の法則の、表裏だった。
水平線上に沈みゆく、孤高の月は、
やがて、朝日となって昇ってくるものだと、
信じる人がいる。

一の一
山頂に、三カ月が鋭く懸かり、
少年のさまよい歩いた、無秩序の森。
落ちてゆく半月が、中空に沈み、
青年の嗅いだ、不条理な木の匂い。
昇りゆく満月が、天空に浮かび、
壮年の見た、この世に一つしかない花。

一の二
皓皓とした、満月の光によって、
精神は明らかにされ、微塵の曇りもない。
安らかな草のベッドに寝て、
つめたい水の流れる音を聞く。
水鏡に映った、月の輪郭に、少しの迷いもない。
すべてを知っているかのような顔をして、
月が、つめたく光っている。
精神のしずかさ以外、月は何も語らない。

一の三
人影絶えた、夕闇迫る冬のハーバー。
落日の慌ただしさと、暮色につつまれて、
いつとはなしに、光り始めた月と星。
喧騒な日は沈み、夜のしじまは広がる。
星くずのいっぱい広がった空に、悲歌がながれる。
清冽な冬の星を見つめながら、
私は清らかな心を持ち、
孤高の月の寂寥に耐えながら、
ひとり、独覚のしずけさを保つ。
いま、ひとつの月が、水平線上に、
落ちてゆくのを見る。
長い夜を明かし、
明け方の空にバイオレットの光。
星は、ひとつづつ、消えてゆく。


人工環境(文明)は、他の必要性をなくす。
資本主義・民主主義の個人主義は、
自己の利益のみを追求する。
ベートーベンのような、精神性・思想性・内面性・純粋性は、
孤独を住みかとする。
底しれないさびしさは、耐えるのではなく、
静かに受容するものだと、弦楽四重奏曲は、いまも伝える。
孤独の強さとさびしさとは、表裏一体だと、それは示す。
朔太郎の詩の本質は、近代人として、初めて明らかにされた、
孤独の病理と、その自覚症状であったろうと思う。
人間存在の孤独性は、恋ではいやされず、
愛では埋め合わせることができないと、
浜田省吾に告げる。

二の一
十一月のさびしい月が、ひとつ、山頂に輝き、
飢えた小鳥たちも、小さな鼓動で眠る。
私は、森の夜をさまよい、
落ち葉を踏みしめる、自分のかなしい足音を聞く。
私の人生は、どこに、辿り着こうとしているのか。
はらはらと落ちている落葉(らくよう)に、自己の意志はない。

二の二
甘いタバコを吸っている。
心の中に鋭く、冬の月が懸かっている。
道標のない山道は、山の中に消え、
落ち葉を踏みしめて、
夜の森をさまよい歩くと、
かなしみは、いよいよと深くなる。
誰も、私の心の世界を、救うことはできない。

二の三
灰色の空から、あてどなく、
つぎつぎと降る雪を、
風は上手にもてあそぶ。
手のひらで消える淡雪。
冬の空が、重くのしかかる。
夕暮れ。冬木立。
その下で待ちつづけた人生は、
もう冷たさに、かじかんでいる。


国家も企業も家庭も、信頼によって団結する。
人間は、一人で、独力で、生きることができない。
命をつなぐ食料も、生活を支えるたくさんの所有物も、
他力の恩恵なしでは、得ることができない。
家族愛も恋愛も友情も、互恵・互助を、目指す。
愛は、他人だけでなく、自分を救う。
文明病によって、個人主義によって、資本主義によって、
現代人の孤独感は、増幅される。
恋によって友情によっていやされ、
愛によって家族愛によって救われる。

三の一
富は、社会全体から生まれる。
社会的富の独占は、罪悪である。


満月は、青いくっきりとした輪郭で、明るい。
ある時、山に登って、月を映したしずかな海を見た。
そこには、生の騒動はなく、生の痛みはなく、
すべては、さびしさに、包まれている。

四の一
悟りは苦悩を滅し、虚無は精神活動を滅する。
仏教は、生に対して、
原生・永久性・静寂性・安定性の点で、
無生の優越性を、直観している。

四の二
あるのは静寂ばかり、汚れた生の悪はなく、
迷える生の苦悩はなく、
あるのは虚無ばかり。
すべてが鎮まった、それが真実の世界。

四の三
今日も、無力な生き物を、食った。
私の一つの命のために、
数多くの生命が、消費されている。
私の生は、多くの死によって、支えられている。

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