ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2025年04月02日(水) 桜雨

桜雨。気温は低目で冷たい雨となった。

さほどの雨量ではなかったが少しは恵みの雨になっただろうか。

田んぼの水不足が一日も早く解消することを願って止まない。


雨にも負けず桜は健気に咲き続けている。

寒の戻りのおかげで今年の桜は例年よりも長く咲きそうだ。

山躑躅も咲いたが見事なのは馬酔木の花である。

山肌からこぼれるように咲いており朝の道が楽しみであった。

最初に見つけた日からもう随分と経ったように思うが

桜が散ってしまってもきっとまだ咲き続けていることだろう。

なんだか散るのを見るのが怖いような気がしてならない。




NHKの朝ドラ「あんぱん」が始まっており楽しみに見ているが

今朝はあまりにも辛いシーンに涙が出そうになった。

わずか7歳で母親に置き去りにされた少年の気持ちが痛い程に分かる。

それは13歳の私と重なりとても他人事には思えないのだった。


子を捨てる時、母親は「おんな」である。

私の母もそうして自分を貫こうとしたのだろう。

今更恨む気持ちはないが心の底から赦してはいないのだと思う。

もう過ぎた事だとどうして済まされようか。

私と弟は傷ついたがそれ以上に父が憐れでならなかった。





雨の中義父は田起こしに出掛けていた。

トラクターには屋根があるが濡れずには済まなかっただろう。

お昼になっても帰らず3時頃にやっと電話があった。

余程空腹だったのだろう田んぼまでお弁当を届けて欲しいと云うのだが

私は既に帰路に就いておりどうすることも出来なかった。

そう告げると残念がっていたが夕食まで我慢すると云い張る。

今夜は親戚のお通夜もあり食べる時間があるだろうか。

もしかしたらお通夜の事をすっかり忘れていたのかもしれない。

とにかく夢中である。何としても田植えまで漕ぎつけなくてはならない。


4時に帰宅。また夫と一緒に「子連れ狼」を見ていた。

大五郎役の男の子は今は26歳になっているらしいが

役者ではなくユーチューバーをしているのだそうだ。

演技力は抜群なので役者でないのが惜しいような気がする。

あれこれと夫に話し掛けていたら「黙って見ろや」と叱られてしまった。

ラストシーンでは雨の中を父と子が新たな旅に出たが

傘など差しているはずもなく大五郎が風邪を引くのではと心配になった。



夕食の支度はまた娘に頼りっぱなしである。

今夜は一口カツをこんがりと揚げてくれてとても美味しかった。

サニーマートの揚げ物の話になり「あれは酷かったな」と。

もう二度と食べたくはないのだがそれも娘次第である。

娘も勘づいたのか苦笑いをしていた。


何が良くて何が悪いのか最近は鈍感になっているように思う。

決断力も鈍り「こうだ」と決められないことが多い。

そうして増々老いて行くのだろう。自分ではどうする事も出来ない。

ただひたすら自分の信じた道を貫こうとしているのだが

それも良いのか悪いのか判断することが出来なくなった。


こうして書きながら生きることも死ぬことに等しいのかもしれない。



2025年04月01日(火) 23年目の春

曇り日。気温は15℃まで上がったが肌寒い一日だった。

今日から4月だと云うのに関東では雪が降ったそうだ。

満開の桜に雪である。どれ程戸惑ったことだろうか。

寒気は次第に緩むそうだが明日もまだ寒さの名残がありそうである。


山里では田植えの準備が着々と進んでいるが水不足とのこと。

義父はもちろんだが米農家さんは皆さん頭を悩ませている。

「水稲」であるからには水が無いと稲は育たないのだ。

最悪の場合は水枯れとなり稲が枯れてしまう恐れがある。

そろそろ菜種梅雨の頃だがまとまった雨が降って欲しいものだ。




経営はゼロからの出発であったが例の会社からの入金が無かった。

もしや倒産かと心配しながらおそるおそる電話を掛けてみたら

昨日は何か手違いがあったらしく送金が出来なかったのだそうだ。

今日午前中には必ず送金すると約束してくれほっと胸を撫で下ろす。

電話の声は明るかったが余程厳しい状態であるのが察せられた。

明日は我が身かもしれない。資金が底を尽けばもうお終いである。

そうなったらどう対処すれば良いのだろうと考えずにはいられない。


義父は早朝からハウスへ行っていたらしくお昼に帰って来た。

そのまま昼食も食べずに車検を2台仕上げてくれたが

空腹を気遣うと「食べる暇はないぞ」と云い放つ。

僅か数分でも時間を惜しみ忙しさを強調しているのだった。

「お腹が空いたら力が出んよ」と宥めやっと食べてくれほっとする。

首には痛々しくギブスを嵌めており辛抱しているのだろう。

田植えは14日に決めたそうであらあらと云う間である。

また友人達が手伝いに来てくれるらしいが義父は先頭に立たねばならない。

身体が資本であるがどれ程堪えるだろうかと気遣わずにはいられなかった。


義父を見送り3時過ぎに退社する。

夕食の献立を考えるのが楽しみでならない。

それも娘のおかげだろう。もう手を抜く必要がないのだ。

狡い考えかもしれないが「今のうち」としか思えない。


帰宅したら4時を過ぎていたが途中から「子連れ狼」を見る。

危険な場面になるとどうしても大五郎が殺されるのではないかと

はらはらと心配でならなかった。それは在り得ないと思っていても

幼い子供を人質にすることも考えられる。刀を突き付けられたら

父親の拝一刀も刺客の使命をどうして果たせようか。

夫は笑い飛ばすばかりであったが私は不安でいっぱいになる。


夕食後食器を洗っていたらめいちゃんが先にお風呂に入りたいと云う。

思わず「一緒に入ろうか」と云いそうになったが直ぐに諦めていた。

胸の膨らみも目立つようになり日に日に少女らしくなっている。

もう5年生なのだ。信じられないくらい成長した。


めいちゃんがお風呂から出るまでこの日記を少し書く。

そうしないと時間が足らなくなってしまうのだ。

一時間で書き終える日もあればそれ以上掛かる日もあった。

書き始めると終われなくなってずるずると書き続けてしまうのだった。

たかが日課の日記であるがこれ程儚い作業はないのではと思う。

書いてこその一日であり書けないまま果ててしまうかもしれないのだ。

不安はいつも付き纏い「これだけは」と思わずにいられない。


23年目の春である。書けない日もあったが8395日の私の人生であった。


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