ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年01月02日(金) 雲を掴むように

明けて二日。午前中は霙だったが午後から雪に変わる。

北風も強く厳しい寒さとなった。

雪は幸い夕方には止み積もることはなかったが

気温がぐんと下がり今夜はかなり冷え込んでいる。

寒い日もあれば暖かい日もあるだろう。

「初春」と云うからには必ず春が訪れるはずである。


庭先では年末に植えた葉牡丹が逞しく咲いている。

たとえ雪でも彼女らはめげることがなかった。

そんなふうに生きたいものである。


高知市へ行っていためいちゃんが帰って来た。

「もんちゅうかね」と土佐弁で声を掛けると「もんちゅうよ」と応える。

子供は三日も居ればその土地の言葉に馴染むものだった。

愉快に笑い合いまるで家の中に花が咲いたようになる。

めいちゃんが留守のあいだ両親にべったりだったあやちゃんが

そっと逃げるようにまた部屋に閉じ籠ってしまう。

遠慮なのか我慢なのかどれ程の葛藤なのかと気遣わずにいられない。


年始の挨拶を兼ねて高知市内に住む弟に電話をしてみた。

そうしたら何と入院していると聞きおどろく。

もう2週間程になるそうだ。持病のヘルニアが悪化し入院したら

今度はコロナに感染したそうで踏んだり蹴ったりである。

もう峠は越えているようだが何とも憐れで可哀想でならない。

弟もまさか病院で年を越すとは思ってもいなかったようだ。

コロナが完治すれば退院出来そうでもう少しの辛抱である。

孫が二人いてどんなにか会いたいことだろうか。

最悪の年明けであったが悪いことが続くとは限らない。

そう信じてこの一年を乗り越えて欲しいと願う。


買物に行っただけで寝正月を貫く。

早く仕事を始めたくてどうにも落ち着かない。

日常の暮らしが恋しくてならなかった。

長い休みを満喫するような行動力もないのだ。


夫が「箱根駅伝」を観ていたので一緒に観ていた。

あまり興味はないが「青山学院」は知っている。

それがいつの間にか一位になっていておどろく。

優勝候補だけあってその実力を思い知ったような気分だった。

明日こそがまた楽しみで夫と一緒に観ようと思う。

大相撲もそうだが夫は私が興味を持つのが嬉しいようだ。


夕食後はお風呂だったがあまりの寒さに動悸が始まる。

ヒートショックを怖れていたのだろう。

脱衣所と浴室の暖房を点け「大丈夫」と言い聞かす。

深呼吸をしながら息を整えやっとの思いで入浴を済ました。

冬のお風呂は正に命がけである。


この「エンピツ日記」に気になる記事があり見ていたら

2008年に亡くなっている方の日記であった。

今も多くの閲覧数がありランクインしておりおどろく。

書き始めたのは私よりも古くもう25年が経過している。

最後の日記は娘さんだろうか遺族の方が記していた。

亡くなってからもう18年が経過しているが未だに生きている日記である。

そんな奇跡のようなことがあるのがとても励みに思えた。

その方もあの世でどんなにか浮かばれていることだろう。

私も「死」が終りとは限らないかもしれない。

雲を掴むようなことだが未来に希望が湧いて来たのだった。

とにかく精一杯書き残さねばならない。

この「エンピツ日記」が末永くこの世に残り続けることを願って。


※以下今朝の詩


   坂道

緩やかな坂の道である
息を繰り返しながら
ゆっくりと歩いている

「ここまで」ではない
「ここから」だとおもう

ゴールは見えないからこそ
歩き続けなくてはならない

歩きながら見上げる空から
冬の陽射しが降り注ぐ
北風に遮られながらも
それは何と逞しいことか

負けてはならない
挫けてはならない

きっと辿り着く場所がある
生きている限り続く道であった

やがて陽射しは春に変わる
道端に芽吹く若草の季節である

大きく息をしながら
すくっと前を向く

空は果てしなく広がり
見守ってくれるだろう

この坂道をいく
いのちだけが頼りであった




2026年01月01日(木) 新しい朝に

元旦。陽射しはたっぷりとあったが風が強い一日。

朝の寒さも清々しくきりりっと胸に響く。

明日はまた寒波到来とのこと。

高知県西部も雪が降るかもしれないのだそうだ。

あれ程怖れていた冬だが不思議と寒さに慣れて来た。

このまま春を迎えられたらどんなにか良いだろうか。


毎年恒例の家族新年会は中止。

元旦から仕事の息子が頼もしく感じる。

けい君は久しぶりにお母さんに会いに行ったようだ。

独りぼっちの元旦でなくて何よりに思う。

どんな境遇であっても母親ほど愛しい存在はないだろう。


夫と二人きりでささやかな新年会であった。

娘達はお婿さんの実家に行く予定だったが

実家のお母さんはめいちゃんと一緒に高知市へ出掛けていた。

お婿さんのお姉さんのお宅で年越しをしたのである。

予定外のことであり娘に新年会を申し出たが即却下された。

自分達だけでするからと全く聞く耳を持たない。

無理強いは禁物である。自由なのが一番だと思う。

「二人切りもええもんだな」と夫も気楽な様子であった。


義父の友人から電話があり昨夜から義父が電話に出ないとのこと。

昨年のこともあり心配が頭を過る。

私も直ぐに電話を掛けてみたが呼び出し音が鳴り続けるばかりであった。

夫は私の心配をよそに「二日酔いで寝ているのではないか」と云う。

義父ならあり得ることである。連絡が在るのを気長に待とうと思う。

2時間ほどしてから義父から電話がありほっとしたが

詳しい事情は何も告げずあっけらかんとしているのであった。

ともかく元気に新年を迎えられたようで何よりである。


夫のぎっくり腰が再発しており初詣どころではなかった。

しばらくは車の運転も無理だろうと寝正月を決める。

私も足が不自由になってからは一人では出掛けられない。

以前は必ず「延光寺」に行き裏山のミニ八十八カ所を巡っていた。

それが何だかとても遠い昔のことのように思われてならない。

もう二度と行くことは出来ないだろう。何とも切ないことだ。

せめて近くのお大師堂へと思うがそれさえも行動に移せなかった。

信仰心が薄れた訳ではなく私の気力が薄れてしまったのだろう。


いつのまにかあれもしようこれもしようと思えなくなった。

歳のせいにしてしまえばそれまでだが

諦める前にもう気力が萎えている。どうでも良いことに思えるのだ。

新しい年を迎えこれだけはと思う「抱負」もない。

かと云って夢も希望もない訳ではなかった。

とにかく生き永らえることである。

生きて全うしなければならないことがあるようだ。

雨の日も風の日も雪の日だって乗り越えていかねばならない。


※以下今朝の詩


    朝

むくむくとしている
これはなんだろうか

息をたしかめてみる
生きていますか?

いつもと変わらない朝
それなのに何かが違う

一歩目の朝なのだろう
すくっと前を向くと
年越しをした冬の花が
きりりっと咲いている

もうすぐ夜が明ける
陽はのぼり光が射す

その真っ只中で生きる
何もかもが新しくなり
「いのち」を謳歌する

生きていますか?
もう振り向いてはならない
立ち止まってはならない

一歩目の朝である
希望の芽が春へと向かっている


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