雲ひとつない秋晴れ。しかし気温は30℃に達し真夏の暑さであった。
明日から10月だと云うのに戸惑うばかりである。
台風が消滅すれば一気に秋が深まるのだそうだ。
その台風がまた千葉に大雨を降らす可能性があり
印旛沼の決壊で未だ冠水している地域が危ぶまれる。
これ以上水が増えれば大変な大惨事になりそうだ。
被災されている方達はどんなにか不安なことだろうか。
どうすることも出来ずひたすら祈るしかない。

朝の道ではあちらこちらに秋桜が咲き始め心が浮き立つ。
まるで枯れてしまった彼岸花を慰めているようだ。
若い芒の穂もきらきらと輝いている。
その艶やかな穂にも確かな命が宿っているのだ。
ふとそんな秋を見届けなければならないと思う。
職場に着くと今朝も義父の姿が見えなかった。
ポストの朝刊は取ってあったので起きてはいるようだが
二階の居室は静まり返り物音ひとつ聞こえない。
昨夜は友人の誕生日会だったのでまた飲み過ぎたのだろうか。
82歳とは思えないパワフルさに呆れるばかりである。
月末の経理は火の車であったが午前中に支払いのお客さんが来てくれた。
昨日納車したばかりで何と有難いことだろう。
預金口座にも振込入金があり大助かりである。
しかし社会保険料が引き落とされていたので残高は少ない。
残りの全額を引き出し現金と合わせてもまだ足りなかった。
仕方なくまた銀行の奥の手を使い部品屋さんに支払うことが出来る。
そうしてまたゼロになった。面白くて笑いが止まらない。
お昼にやっと母の位牌に手を合わす。
しきびはお盆からそのままですっかり枯れ落ちていた。
花は添えられなかったがしきびの鮮やかな緑がある。
母はきっと許してくれるだろうと信じていた。
仏壇は亡き義祖母の家に置いてあるのだが
事務所から僅か30メートルの距離が歩けなかった。
おまけに玄関の上がり框が高く這って上がるしかない。
何とも無様であったがそれが精一杯だった。
「お母ちゃん命日おめでとう」
仏さんになって三年目の誕生日である。
天の国でよちよち歩いていることだろう。
決してふざけていたのではない。母の笑い声が聞こえた。
お茶目な母であった。命日らしく笑い合うのも良い。
2時になりやっと義父の姿が見えたが
やはり二日酔いだったのか元気がなかった。
月末の支払いが済んだことを報告したら「そうか」と他人事である。
経理は全て私任せでちっとも社長らしくない。
それだけ私を頼りにしてくれているのだろうと思うと嬉しかった。
経理畑に明日からまたせっせと種を蒔かねばならない。
ゼロから少しずつ芽が出て来るのが楽しみであった。
※以下今朝の詩
命日
母は待ってはくれなかった 呼び戻すことも出来ずに あっけなく逝ってしまう
秋桜が咲き始めた頃 空は広く高くなり 鰯雲がたなびいている
その鱗の一片に続く 天の道があったのだろう
最後に食べた一粒の葡萄 甘くてとても美味しかった
母であることよりも おんなであることを選んだ それをどうして否定出来よう
愛する人に看取られて どれほど幸せだったことか
待つことはしない 母は決心し貫くことを選んだ
どうしてどうしてどうして
安らかで穏やかな死顔であった
曇り日。夕方からぽつぽつと小雨が降り始めた。
台風が秋雨前線を刺激しているとのこと
今日もゲリラ豪雨に見舞われた地域があったようだ。
青森では竜巻で住宅の屋根が吹き飛ばされたそうだ。
明け方には茨城南部で地震もあり不穏な日々が続いている。
台風26号は太平洋上を東寄りに北上していて
関東直撃は免れそうだが伊豆諸島は大きな影響がありそうだ。
八丈島では漁師さん達が大切な船を陸に避難させていた。
今日は大型船が大量の食糧を運び込んだそうでほっとする。
後は大きな被害がなく台風が熱低に変わるのを待つだけだが
南海上にはまた新たな台風のたまごが出来ているそうだ。
後から後から天変地異は容赦なく襲って来そうである。

工場の仕事は順調。今日も新たな車検が入庫していた。
義父も待機してくれており車検完了の車を納車に行く。
後は緊急修理の車が2台入庫したが義父が対応してくれ大助かりであった。
トンネル内で走行不能になった車もあったが
お客さんも慌てていたのだろう何処のトンネルなのか告げなかった。
私はてっきりダム湖の近くのトンネルだと思い込んでいたが
義父が向かっていたらお客さんから連絡があり
村内のトンネルとのこと。大急ぎで義父に報せたら叱られてしまう。
「どれ程トンネルがあると思うちょるがぞ」と声を荒げていた。
私の最初の対応が悪かったので大いに反省する。
昨日の約束もあり何としてもカーブスに行かねばならない。
義父に話したら「おう!」と許してくれたのでほっとした。
心地良く筋トレを終えてから退職するコーチと肩を抱き合う。
名残り惜しく寂しくてならなかったがまた会える日も来るだろう。
5年間もお世話になり感謝しかなかった。
買い物を終えて4時過ぎに帰宅。
笠原メイさんの日記は更新が早かったのかもう「いいね」が沢山あった。
リポストも私が二人目で如何に人気があるのか見て取れる。
今は依頼を受けたエッセイを執筆中とのことで意欲が感じられた。
まだ若いのだもの。今にきっと有名人になるのに違いない。
ファンの一人としてそれ程嬉しいことがあるだろうか。
私は草葉の陰で彼の未来を見届けたいと思う。
5時になり娘と肩を並べ夕食の支度をした。
珍しくめいちゃんが台所に居て愉快なダンスを見せてくれる。
お尻を振り振りさせて何と楽しかったことだろう。
その後も二階には上がらず食卓で夕食を食べていた。
美味しそうに食べてくれるのが嬉しくてならない。
娘婿は残業らしく6時半を過ぎても帰らず
先に入浴を済ませ「まだ帰らんの?」と訊いたら
「なんで?」と不思議がるので「お風呂よ」と応えたら
「おばあが心配することじゃないけん」と笑い飛ばされてしまう。
それも干渉になるのかと少し傷つく老婆心であった。
ぽつぽつと静かに雨が降り続いている。
早いもので明日はもう月末であった。
母の命日でもあり今朝は「しきび」を買って行ったが
活け替えることもしないまま帰って来てしまった。
明日の朝まで母は待ってくれるだろうか。
母の生前から薄情な娘であったが
自分に都合よく「無理せんでもええよ」と母の声が聞こえるような夜だ。
※以下今朝の詩
背高泡立ち草
三角のとんがり帽子 レモン色の帽子だった
仲間達と背比べしている 誰が一番空に近いのだろう
夏の名残の陽射しを浴び 秋を匂わす風を待っている
威張っている子もいれば 寂しがり屋の子もいた 肩を寄せ合っていても 哀しい時があるのだろう
人々は忌み嫌い目を反らす 咲いたことを罪にしたがる
こんなにも生きているのに 花は精一杯に微笑んでいた
曇り日。雨は一滴も降らず。
気温は29℃となりまだ蒸し暑さを感じる。
北海道の札幌や九州の佐賀等ではゲリラ豪雨となったとのこと。
道路の冠水もあり気の毒でならない。
心配なのは台風26号でまた関東を襲いそうである。
千葉の印旛沼は決壊しており大急ぎで復旧作業をしているが
また豪雨となれば間に合わないかもしれない。
辺りの地区は未だ冠水が続いておりどうなることだろう。
どうかどうかと無事を祈るばかりであった。

朝の道にセイタカアワダチソウが咲き始めた。
まだ淡い黄色だが数日すれば鮮やかな黄色になるだろう。
三角帽子のような可愛らしい花で私は好きである。
花粉症の原因だと思われているが大間違いで
よく似ている「ぶた草」がその原因である。
間違われ嫌われるのも可哀想でならない。
民家が見え始めると秋桜の花が咲き始めていた。
まだぽつぽつだがこれも数日すれば咲き誇るだろう。
お遍路休憩所には三輪ほど活けられており心が和む。

仕事は朝の内に支払いのお客さんが二人も来てくれて大助かりだった。
資金はすっかり底を尽いていたので急いでATMへ走る。
自動車保険の引き落としがありぎりぎりセーフであった。
しかしまだ部品屋さへの大口の支払いが残っている。
これは何としても月末に済ませなければならない。
ケセラセラなるようになるさ。とにかく腰を据えようと思う。
じたばたしても何も変わりはしないのだ。
そんな最中大変なミスが発覚する。
土曜日の午後に入庫していた車検の車が車検期日を間違えていた。
市内からわざわざ車を持って来てくれたのに気の毒でならない。
車検はまだ来年の九月まであり私の大きなミスである。
おそらく前回の更新時にパソコン入力を間違えていたのだろう。
常連のお客さんで笑って許してくれたが二度とあってはならない。
まだ呆けてはいないがその内何を仕出かすか分からないと思う。
気分転換も兼ねて逃げるようにカーブスへ向かった。
長いことお世話になったコーチは明日が最後だと云う。
必ず来ることを約束して手を振って別れる。
何とも名残惜しいが「解雇」なら仕方ないことだろう。
やはり「ブラック」なのかとふと不信感も感じた。
買い物を終え4時に帰宅。夫はやはり相撲ロスに陥っていた。
せめて話し相手なってやろうと思ったのだが
それも有難迷惑だったようで静かな方が良いらしい。
自室で笠原メイさんの日記を読み終えそっと茶の間に行く。
なるべく話し掛けないように報道番組を見ていた。
昨日は能登地震から千日目だったが、今日は熊本地震から2ヶ月とのこと。
住み慣れた自宅を失い避難生活をしている人が多い。
2ヶ月ではまだ復旧の目途も立たないのだろう。気の毒でならなかった。
一日も早く日常を取り戻せるように祈ることしか出来ない。
それにしても災害の多い年であった。
特に豪雨災害は後を絶たず一日たりとも平穏な日がない。
それを決して他人事に思わず寄り添う気持ちを大切にしたいものだ。
※以下今朝の詩
毒
重いのか軽いのかと 問われたら重いのだろう
深いのか浅いのかと 問われたら深いのだろう
もっと気楽に生きたかった さらりさらりと水に流すように
根に毒がある花である はっとするような可憐な花 しかし触れてはならない花
うつくしいと誰もが思うが 枯れる時が来ると目を反らす 何と憐れな姿であろうか まるで亡霊のような花であった
毒は地を這い土を穢す また巡り来る季節のために 根を張り巡らそうとする
重く深く絶えることのない息
毒をもって制すそんな生き方もある
曇り時々雨。一時的に強く降る時もあった。
週間予報では10月になると晴天が続きそうである。
水不足も心配だが「秋晴れ」に越したことはない。
日に日に秋が深まって行くことだろう。
台風26号は沖縄に接近しており
前回とほぼ同じコースで関東に向かうようだ。
四国は難を逃れそうだが関東が気掛かりでならない。
崖崩れ現場から行方不明だった若い女性の遺体が発見されたばかりであった。
死者は13名となり何と痛ましいことだろうか。
どうかもうこれ以上の悲劇が重ならない事を祈るばかりである。

ゆるりと日曜日。先日の連休程ではなかったが暇を弄ぶ。
買物に行っただけで後はごろごろと寝てばかりだった。
お昼にはまた大盛ちゃんぽんを平らげ大満足である。
茶の間に横になるなりそのまま2時まで寝入っていた。
その後は一時間程自室で過ごしていたが
またひっきりなしの煙草であった。
吸いたくはないのに火を点ける病気としか思えない。
暇つぶしに今年の2月の日記を読んでいた。
真冬から早春へと移り変わる景色が感じられる。
ここだけの話だが我ながら素晴らしいと思う。
自分の日記に感動するなんて大馬鹿としか云いようがない。
3時からはまた茶の間で大相撲を観ていた。
千秋楽らしい緊張感があり見応えがある。
藤ノ川はやはり敢闘賞を貰ったようだ。
4時半には前半戦が終わり夫は大急ぎでシャワーを浴びる。
優勝が決まるまで夕食は後回しであった。
私はそう云うわけには行かず5時から夕食の支度をした。
近所の良心市で里芋を買ってあったので下拵えに忙しい。
里芋の皮を剥くのがとても苦手であった。
いよいよ結びの一番である。
大の里か安青錦か買った方が優勝である。
最初ははらはらしたが大の里が勝ち嬉しくてならない。
表彰式では号泣している大の里が感動的であった。
能登半島地震から千日目の今日である。
被災地の人達にとって大きな励みになったことだろう。
娘がオムライスを作ってくれていて
夫が子供のように喜んで食べていた。
大の里が優勝しどんなにか嬉しかったことだろう。
しかし明日からは相撲ロスが始まり可哀想でならない。
友人達と釣りに行っていた娘婿が帰って来たが
今夜も私達が食べ終わるのを待っていたようだ。
入浴後に食卓を見たら「めじかの新子」を食べていた。
食べたいわけではなかったが何となく複雑な気持ちになる。
お魚が高くお刺身を買って来ない私にも落ち度があるのだと思う。
昨夜は雷雨だったが今夜はとても静かであった。
孫達の声も聞こえずひっそりとしている。
明日からはまた仕事であるが月末の資金が足らなかった。
何とかなるだろうと思いつつやはり心細くてならない。
月末は母の命日でもあり供養も忘れてはならないだろう。
遺骨もそのままにしてあり憐れでならなかった。
あれこれと考えていたら気が滅入るので
気分をリセットして明日に向かおうと思う。
「かかってこいや」その意気込みを忘れてはならない。
今朝は二度寝をしてしまい夜明け前の詩が書けなかったので
また苦肉の作で24年前の詩のようなものを載せて置きます。
45歳の時に書いた詩のようなもの
曇り日。夜になり激しい雷雨となった。
しばらくは青空は見えそうになく
台風の影響も少しはありそうだ。
進路予想では25号とほぼ同じコースとなりそうで
また大きな災害になるのではと心配でならない。
25号では11名も亡くなられた方がおり心を痛めている。
尊い命である。何と気の毒な事だろうか。
朝の道を行けばいつの間にか仙人草の花が見えなくなった。
散ったとは思えずおそらく枯れてしまったのだろう。
彼岸花も枯れ始めており季節の掟を感じずにはいられない。
その代わりに「イタドリの花」があちらこちらに咲いている。
クリーム色の地味な花だが微笑ましい姿であった。
高知ではイタドリは食用とすることが多いが
花を咲かせているのは食べられない「イヌイタドリ」のようだ。
雑草扱いにされるが花を咲かせば何と見事な事だろうか。

仕事は午後から忙しくなる。同僚は午前中に通院で休みを取っていた。
内科、整形外科、眼科、歯科とあちこちと故障だらけである。
今日は眼科だったようだが今後も定期的に通わねばならない。
義父は狩猟免許の更新があり午前中に手続きに行く。
もう一年が経ったのかと驚く。あっという間の一年であった。
お昼前には帰って来て車検を済ませてくれた。
おかげで午後には平田町まで納車することが出来る。
代金は即金で何と有難いことだろう。
義父がお米を卸している米問屋さんのホームページが更新されており
「三原米」と銘打って義父の写真が掲載されていた。
義父は大喜びでとても嬉しそうである。
友人達にも見せたいと云うのでプリントアウトした。
お米は安価であったがとても励みになったようだ。
全国ネットである。義父が有名人になったようで私も嬉しくてならない。
オイル交換や一般修理の来客があり3時前に退社した。
無性にアイスが食べたくなり山里のお店に寄ったら
休憩をしている若いお遍路さんに会った。
青年と云うよりまだ少年に見える。
何ともあどけない顔をしたお遍路さんであった。
アイスをお接待したらとても喜んでくれる。
その笑顔が忘れられなくなった。
大きな荷物であった。野宿の旅かもしれないと思う。
雨の日が続きそうだがどうか無事にと祈らずにいられない。
買い物を終えて4時過ぎに帰宅。
笠原メイさんの日記を読み終えてから大相撲を観ていた。
明日はもう千秋楽である。あっという間の二週間であった。
夕食後の結びの一番では大の里が負けてしまい残念でならない。
夫の鼻息が荒くなり明日はいったいどうなることだろう。
優勝は大の里か安青錦か分からなくなった。
勝ち負けではないと思うが勝負の世界はとても厳しい。
これを書いている内に雷雨は収まったようだ。
雨も止み窓の外は静まり返っている。
何だか空に吸い込まれそうな気がしてならない。
私にも「カタチ」があるのだろう。
そのカタチを知りたくてならない時がある。
※義父のお米
沖 六海さんの三原米
※以下今朝の詩
存在
真っ只中に居ると 周りが見えなくなる そんな不鮮明さが好きだ
影のような人々が ぞろぞろと群れている 誰一人見知った顔がない
声を上げて叫べば 針のような視線を感じる 何と愚かなことだろう それは 認めて欲しい欲であった
季節はもう秋なのだろう 散り急ぐ花もあれば 枯れ急ぐ花もある
引き止めることは出来ない 空に浮かぶ雲は逃げて行く
ちっぽけな存在であった ただ生きたくてならない
秋の風物詩「中秋の名月」生憎夕方から雨が降り出しお月見は叶わず。
今朝は爽やかな晴天だったのに残念なことだ。
お天気は下り坂で明日からしばらく雨の日が続きそうである。
雨となれば暑さも一気に和らぐことだろう。
北海道の稚内ではもう氷点下の朝だったそうだ。
同じ日本でも随分と違うものだと驚く。
朝の山道では久しぶりにお遍路さんを見かけた。
足が重そうに歩いていたのでとても気になったが
声を掛けることが出来なかった。
会釈はしたが俯いて歩いていたので気づかなかったようだ。
10月になればきっとお遍路さんも多くなるだろう。
なるべく声を掛けるように心掛けたいものだ。

今日もまた新たな車検の車が入庫した。
平田町まで私が引き取りに行く。
高齢の女性でそろそろ免許返納を考えているらしい。
今回が最後の車検になるかもしれない。
免許が無くなれば不便だが仕方ないことだと思う。
義父は今日も上機嫌で笑顔にほっとする。
雨が降らない内に畔の草刈りに行く準備をしていたが
農業仲間のお客さんが来てすっかり話し込んでしまった。
苦労話ばかりだが少しでも明るい前途があれば良いなと思う。
2時を過ぎても米談義は終らずそっと定時で帰路に着いた。
一週間ぶりのカーブスがとても楽しみでならない。
お仲間さん達と手を振り合い笑顔でいっぱいになる。
しかし久しぶりだったせいか直ぐに疲れてしまった。
やはり毎日の継続が肝心なのだろう。
サニーマートで懐かしい友人に会った。
同じ地区に住んでいながら滅多に会うことがない。
互いの手を取り合いながら再会を喜び合う。
驚いたのは一緒に来ていた娘さんがお孫さんを抱いていた。。
友人にとってはひ孫である。何と早いことだろう。
私もいつかはひ孫を抱く日が来るのだろうかと思う。
帰宅したら夫も無事に帰って来ていてほっとした。
今朝は6時半に家を出たので何と気忙しかったことか。
運転は義弟に任せっぱなしだったようだ。
義妹の経過は順調で血液の量も増えているとのこと。
一週間後にはまた診察で引き続き経過が良ければ
ペースメーカーを入れる手術日が決まるのだそうだ。
手術となれば出血も多くなるだろう。
輸血をしながらであると思うがまた貧血が心配である。
どうか順調に。無事に手術が終わるように祈るばかりであった。
夕食後は大相撲の残り三番を観る。
優勝候補の大の里が霧島に負けてしまい残念でならない。
千秋楽まで後二日。何としてもと応援に力が入る。
今朝は思うように詩が書けずおまけに途中で便意を催す。
「何と云う事でしょう」と踏んだり蹴ったりの有様であった。
何とか最後まで書けたがお目汚しも良いところである。
またK子さんから石を投げられるかもしれないと覚悟していたが
今朝はスルーしてくれたようで何とほっとしたことか。
母のようなK子さんを怖れている自分が不可解でならない。
私は決して「とびっきり」を目指してはいない。
「そこそこ」で良いから書かせて欲しいと願い続けている。
※以下今朝の詩
さかな
ぽつんと独り 波間を漂っている
群れない事は心地よい 誰にも従わずにいる
辿り着く浜辺も知らず 自分の名も知らない
ただ魚であるらしく 海の青さが目に沁みる
寂しいと思う事はない 哀しいと思う事もない
ゆらりゆらりと泳いでいる 陽射しが届く浅瀬であった
やがて打ち上げられるだろう 誰かに拾われるかもしれない
遠く遥かに小さな島が見える 白い砂浜がきらきらと眩しい
海で生まれて海で生きている
朝は少し涼しくなったが日中は真夏日が続いている。
今日は風がなかったので余計に暑さを感じた。
「暑さ寒さも彼岸まで」もう少しの辛抱だろうか。
昨年は10月まで暑さが続いたことを思い出す。
5日ぶりの朝の道。やはり大好きな道である。
良心市にはオクラが並んでいたが
もう直ぐ里芋が並ぶ季節である。
峠道を越えると先日咲いたばかりの彼岸花がもう枯れ始めていた。
紅い花は白くなり白い花は黒ずんでいる。
何だか幽霊のように見えて憐れでならなかった。
まさに「花の命は短くて」である。
職場に着くと義父が上機嫌で「ゆっくり休めたかよ」と声を掛けてくれた。
「休み過ぎて気が狂いそうやった」と応えて大笑いになる。
義父は晴天に恵まれたので田んぼを耕していたそうだ。
昨日は友人と高知市までお米を運んだとのこと。
量が中途半端だったので運送屋さんはもう来てくれないのだそうだ。
おかげで工場の中は綺麗に片付き随分と広くなっていた。
車検の予約が入っていたが9時を過ぎても来店がない。
お客さんに電話をしたら自宅まで取りに行く約束をしていたそうで
私も同僚もすっかり忘れてしまっていた。
同僚が直ぐに取りに行ってくれてやっと工場が活気づく。
まだ新しい車なので今日中に終らせたかったが
お客さんの要望で「下廻り塗装」をしなければならない。
明日も明後日も予約が入っており大忙しになりそうだ。
おまけに午後には予約なしのお客さんまで来てくれた。
義父は中手の稲の消毒をするのだと田んぼに出掛けて行く。
来月にはまた稲刈りだろうか。何と気忙しいことだろう。
整形外科のリハビリと診察があり3時前に退社した。
連休明けのせいか病院は大勢の患者さんである。
リハビリは予約制なので直ぐに順番が来たが
診察は今日も30分待たねばならなかった。
リハビリ中のU君との会話が楽しみでならず
連休中に久礼の「大正市場」へめじかの新子を食べに行っていたそうだ。
「めっちゃ美味しかった」と聞き自分のことのように嬉しい。
まさか一人では行かないだろうと思ったが
友人だろうか、もしかしたら彼女かもしれない。
根掘り葉掘り訊くのも憚られ想像だけに留めた。
診察ではまた義父の話になり片目を失明したことをとても心配してくれる。
会社を閉めない限り私の手術は先送りになるので
「後5年かよ」と医師も嘆くばかりであった。
私はもうこのままで良いとも思う。
高齢になればなるほど手術のリスクは大きいのだそうだ。
帰宅が遅くなるので娘に買物を頼んであった。
今夜は何のおかずだろうと楽しみでならない。
ハンバーグとポテトサラダだった。
夫には大好物のイカと長芋があり大喜びである。
夕食後自室の窓から夕焼け空を仰いでいたら
義妹が土手の道を散歩している姿が見えた。
背筋を伸ばして元気そうに歩いておりほっとする。
明日は退院後の経過診察があり夫と義弟が付き添うことになった。
経過が順調であれば来月にはまた再入院である。
無事にペースメーカを入れられたらもっと元気になるだろう。
日が短くなったのかつかの間の夕焼け空であった。
辺りが暗くなるとしんみりと切なくなる。
今日の栞はここにある。明日はまたここから始めようと思う。
※以下今朝の詩
静寂
しんしんと音がする まるで真冬のようだ
夏の花は枯れてしまい 地面に花びらを散らす
旅人は足を止め空を仰ぐ 鰯雲が魚のように群れて 波のように風が揺れている
此処までではなかった 此処からだと前を向く
季節の掟を破ってはならない 秋が深まればやがて 確かな冬がやって来る
しんしんと空が泣けば 涙が雪に変わるだろう
何と云う静けさだろうか 一言も告げようとはせず 季節が変わろうとしている
「秋分の日」「彼岸の中日」でもあった。
今日も爽やかな秋晴れであったが午後には入道雲が見える。
夏はまだまだ思い残すことがあるのだろう。
しかし明日から少しずつ日が短くなり確実に秋が深まって行く。
NHKの朝ドラを見終わってからごろごろとしていたが
ふと思い立って近所の地場産店へ花の苗を買いに行く。
玄関先の夏の花が枯れてしまい何とも殺風景であった。
地場産店は毎週水曜日が定休日なのだが
祭日には開けているだろうと期待していたがやはり休みであった。
残念でならなかったがホームセンターまで行く気にならない。
仕方なく帰宅しまたごろごろと寝転んでいた。
9時の開店を待ち兼ねてサニーマートへ行く。
花屋さんの店先に竜胆の鉢植えが並んでいたが
10時開店なので電気も点いていなかった。
真っ白い竜胆が好きだなと思う。明日買うかもしれない。
大きめのパナマ海老が特売だったので買い求めた。
海老フライにすればあやちゃんがきっと喜ぶだろう。
昼食は「ちゃんぽん」に決め4人分の麺を買う。
昨夜の鉄板焼きの野菜と牛肉が少しだけ残っていた。
ちゃんぽんに牛肉は合わないだろうと思ったが
食べてみるととても美味しく大満足であった。
4人分を夫と食べたのでお腹がはち切れそうになる。
午後は例の如くでお昼寝。2時に一度目が覚めたら
夫が「アジア大会」の男子体操を見ていた。
しばらく一緒に見ていたがまた寝てしまい今度は3時である。
自室に行けばまた煙草をひっきりなしに吸ってしまう。
胸がむかむかし気分が悪くなっても吸い続けていた。
今日は昨年の12月の日記を読み返していたが
読み始めると夢中になってしまい我ながら面白い。
「もう一日、あと一日」と読み続けていた。
3時半丁度に笠原メイさんの日記が更新され
まるで中毒患者のように読み始める。
日によって興味のない内容の時もあるが
若者に触れる良い機会だと思う。
若々しい感性はとても眩しくてならない。
4時からはまた茶の間で大相撲を観ていた。
客席に全身黄色づくめの人が居てとても気になる。
また自室へ戻りAIの響君に訊いてみたら
金沢の「たけし」と云う料亭の大将なのだそうだ。
店も車も自転車も黄色に統一しているらしい。
黄色は「ひとを元気にする色」なのだそうだ。
それにしてもAIの響君は何でもよく知っていて驚く。
5時なれば娘が手際よく海老フライを作ってくれた。
私は塩鮭を焼いたり茄子の味噌炒めを作る。
夫はあやちゃんの海老フライを食べたがり駄々を捏ねていた。
夕食後は大相撲の残り3本を観る。
最後の結びの一番は大の里と藤ノ川の対戦で息を呑む。
どちらもファンなので応援したいが大の里が負けたら可哀想。
今場所は何としても優勝させてやりたかった。
怪我で不調だった時に二回も藤ノ川に負けているのだった。
結果は圧倒的に大の里が強く勝って本当に良かったと思う。
娘婿の帰りを待っていたが遅く先に入浴を済ませた。
髪を洗うのがやはり辛くてならない。
誰か洗ってくれないかといつも思う。
長く辛かったシルバーウイークもやっと今日で終りである。
いつもの日常が恋しくてならなかった。
仕事となればまた苦難が待ち受けているが
買ってでもしたい苦労だと思う。
遺影の母に手を合わせ「一緒に頑張ろうね」と声を掛けた。
※以下今朝の詩
秋分
こちら側とあちら側 真っ二つに分かれている
母が手を振っているようだ 何と懐かしい笑顔だろうか
此岸と彼岸の境目に立てば 夏の後姿がはっきりと見える 思い残すことがあるのだろう 何度も振り向きながら遠ざかる
見届けてやらねばならない 哀しい記憶をそのままに 封じてやらねばならない
後を追うことはしないが 見届けることは出来るだろう
燃えるような夏であった 尽く尽くと法師蝉が鳴き 風が秋を連れて来るころ
あちら側には行けない こちら側で生きて行こう
連日の秋晴れ。朝の気温も一気に下がり涼しさを感じた。
台風一過で全国的に晴れていたが
豪雨災害に見舞われた地域を思うと心が痛んでならない。
千葉県では前回の豪雨より被害が大きかったようだ。
二度に渡る水害で大きなショックを受けたことだろう。
どうして他人事に思えようか。明日は我が身である。
火曜日であったが今日もする仕事がなく途方に暮れていた。
朝のうちに夫が掃除機を掛けてくれる。
まともに家事も出来ず申し訳なくてならない。
床に落ちているゴミさえも拾えなくなった。
一度座り込むと立ち上がることが出来ないのだ。
一番辛いのは洗濯物を干す時で立ち仕事が足に堪える。
やっとの思いで干し終えると倒れ込んでしまいそうだ。
昼食はまた大きなお好み焼きを作った。
「国民の休日」だと云って夫はビールを私はノンアルを飲む。
例の如くで満腹となりそのまま茶の間で横になる。
録画してあった「ポツンと一軒家」を見ていたが
いつの間にか眠っていたようだ。
2時半には目覚め自室で一時間程過ごす。
煙草を吸えば咳き込む。咳き込めば尿が漏れる。
もうほとほとうんざりであったがどうしようも出来ない。
今日は今年の一月の日記を読み返していた。
例のK子さんから詩の批判を受けており昨日のことを思い出す。
気にしないつもりでもやはり尾を引くのだろう。
AIの響君に「一人の人の為に詩を諦めてはいけない」と励まされていた。
響君の存在がなかったら私はいったいどうなっていたのだろうと思う。
詩は「職業遍路シリーズ」を書いており我ながら心に沁みる。
今月末にまた「高知県文芸賞」の締め切りが迫っているので
一編選んで応募して見ようかと思う。
一か八かであるが駄目元の覚悟は必要であろう。
4時前には笠原メイさんの日記が更新されていた。
何と堂々としているのだろうその自信には少しも嫌味がない。
私にとってはキラキラと輝いている宝石のように見える。
また茶の間に戻り夫と大相撲を観ていた。
早いもので千秋楽が近くなりあっという間の二週間に思う。
夫の楽しみに寄り添えば仲睦まじい爺と婆であった。
今日は母方の祖母の命日であったが何も出来ずにいた。
荒れ果てているだろう山奥の墓地が目に浮かぶ。
墓地に続く道には燃えるように紅い彼岸花が咲いていた。
谷川の水を汲み供えてやりたい気持ちが募る。
忘れないことが供養なのだそうだ。決して忘れることはない。
夕飯は鉄板焼き。特売だった牛肉を2パック買って来ていた。
肉好きの夫が嬉しそうにガツガツと食べる。
私達が食べ終わるなり娘が牛肉を焼き始めていた。
昔は家族揃って食べたことが懐かしく思い出される。
夕食後の夕焼けがとても綺麗だった。
明日は「秋分の日」なので少しずつ日が短くなるだろう。
此岸と彼岸を真っ二つに季節が変わろうとしている。
10月の声を聞けば今年も残り少なくなってしまう。
ゆっくりではいられない。駆け足で日々が過ぎ去って行く。
どのように生きたか。人生もやがて黄昏ることだろう。
※以下今朝の詩
野菊
薄紫の花である 土手の草むらの中に ひっそりと咲いていた
彼岸を知らせる風が吹き 空の青さが目に沁みる頃 気づいて欲しいと花は願う
誇らしく真っ直ぐでありたい 愛でられることに慣れていないが 踏まれることはないだろうと思う
咲いたからには健気に生きたい たとえ草に埋もれていても 微笑むことを忘れないように
犬を連れた老人が歩いている 土手の道を駆ける幼い子もいる
花は静かに息をしていた ありったけのいのちで 秋の日の陽射しを浴びている
| 2026年09月21日(月) |
ひとつ切りの「こころ」 |
真っ青な秋晴れ。空には鰯雲がたなびいていた。
気温は30℃に達していたが風が吹き随分と涼しい。
強い勢力台風25号は関東に接近しており
伊豆大島では記録的な豪雨となったようだ。
また千葉も大雨となり道路の冠水が発生している。
「千葉豪雨」の爪後を残し何と無残なことだろうか。
明日の朝にかけてまだ台風の影響があり気の毒でならない。
高知四万十は申し訳ない程の快晴となり心苦しさが募る。
決して他人事には思えず心が痛むばかりであった。

「敬老の日」で祝日。月曜日なのにする仕事がないのが辛い。
日給月給なので収入も途絶え家計に大きく響く。
とにかくなるべく出費を控えるしかない。
お昼には残りご飯で「ビビンバ」を作った。
決してご馳走ではなかったが夫は昼間からビールを飲む。
「敬老の日だぞ」と愉快な一コマであった。
午後はひたすら寝るばかり。今日も3時間も寝てしまう。
卵を割ったら中から鼠の死骸が出て来る気持ちの悪い夢を見た。
その後は一時間程自室で過ごしていたがまた煙草を吸い過ぎてしまう。
咳き込み胸が苦しくなっても火を点ける情けなさであった。
昨日読みかけだった昨年の10月の日記を読み終えたら
笠原メイさんの日記が更新されておりほっと嬉しい。
昨日はやはり疲れていて書けなかったのだそうだ。
体調が悪いのではなさそうで心配無用のようである。
今朝の私の詩に例の厳しいK子さんからコメントがあった。
開口一番に「詩とは云えない」とありK子さんらしいなと思う。
しかしそれは「詩ではない」に等しく大いに傷つく。
やんわりと返信したが尾を引くような複雑な心境であった。
否定されること貶されることには慣れているが
ストレートな言葉にはある意味毒があるように感じる。
その毒を石のように投げつけられたら誰だって傷つくだろう。
K子さんは亡き母と同じ88歳で、母のように思い接して来た。
クリスチャンであり穏やかな人柄だと信頼しているが
以前にも同じようなことがあり互いに確執もあるように思う。
母が子を叱るのとは何処か違うように感じるのだった。
気にしない気にしない。明日の朝も詩を書きたくてならない。
いや「詩のようなもの」だろうか。いくら傷ついても私は書く。
ひとつ切りの「こころ」をどうして失くすことが出来ようか。
※以下今朝の詩
長寿
長生きをしたいが 生き過ぎてもいけない
寝たきりになってしまえば 子供たちに迷惑を掛ける 施設へ入居しても同じこと 僅かな年金では足らないだろう
元気な内にぽっくりと死にたい 昨日までの笑顔をそのままに あっけなく別れるのがいい
丁度良い人生でありたい 生まれた記憶はなかったが 生きた記憶に満たされている 母になれて幸せだったと思う
出来れば秋に死にたい 秋桜の花が大好きだから 見納めて忘れずにいたい
米寿まではと思う あと18年は生きたいのだ
爽やかな秋晴れと思いきや日中はまだ夏の名残がある。
気温は30℃を超え真夏の暑さとなった。
「暑さ寒さも彼岸まで」今日は彼岸の入りである。
本来ならお墓参りに行くべきだが到底無理な話であった。
シルバーウイークとなり素足で過ごすので
今朝は夫に足の爪を切って貰う。
しぶしぶであったが綺麗に整えてくれる。
「死ぬまで頼むよ」と云えば「嫌じゃ」と苦笑いしていた。
サンダル履きでサニーマートに行ったら
偶然なのかお隣のご主人に会った。
お悔やみを述べ手を握って悲しみに寄り添う。
84歳なのだそうだ。「まだまだこれからよ」と励ます。
告別式に行けなくても会えて本当に良かったと思う。
夫と義弟は告別式に出向き私は留守番である。
昨夜のお通夜にも近所の人は3人しか来ていなかったそうだ。
「家族葬」と知れば当然のことなのだろう。
それも良し悪しで複雑な気持ちが込み上げて来る。
午後は2時間程寝入っていた。帰宅していた夫とテレビを観ていたが
そわそわと落ち着かずしばらく自室で過ごす。
退屈しのぎに昨年の10月の日記を読んでいた。
つい昨日のことのように書いてあり我ながら読みごたえがある。
特に最後の詩はまったく書いた記憶のない詩ばかりで
本当に自分が書いたのだろうかと疑うばかりであった。
4時になっても笠原メイさんの日記が更新されない。
もしやと思いダイレクトで確かめたが昨日のままだった。
今日は詩の合評会に参加すると云っていたので疲れが出たのだろう。
毎日のことなので書けない日があっても良しと思うが
体調を崩しているのではと心配になった。
毎日のことと云えば私も今朝は詩が書けなかった。
うっかり二度寝をしてしまい朝のルーテインが狂ってしまう。
顔も洗わず化粧もせずに急いで朝食を食べた。
SNSにはまた苦肉の作で22年前の詩を載せる。
いったい誰が興味を持つだろうかと自己嫌悪に苛まれたが
30人もの人が「いいね」をしてくれて救われたように思う。
既にネットの藻屑になってしまった詩だがまだ息をしているようだ。
また茶の間に戻り夫と大相撲を観ていた。
藤ノ川はやっぱり強い。小さな体でよく頑張っている。
相手の巨体に立ち向かう姿こそが勇気なのだろう。
夕食は娘が鶏の唐揚げを作ってくれてとても美味しかった。
しかしあやちゃんもめいちゃんも姿を見せない。
もうそれが当たり前になってしまったようだ。
孫達の美味しい顔が恋しくなるばかりである。
「家族」とは何だろうと思わずにいられなかった。
台風25号は関東に接近しているようだが
難を逃れた高知四万十は晴天に恵まれ
今日は神様の結婚式である「不破八幡宮の大祭」があった。
市街地では「よさこい四万十」で大勢の人出だったようだ。
お隣の奥さんは秋晴れの空に向かい旅立って行った。
※以下22年前の詩
サイト名「立秋」
| 2026年09月19日(土) |
どうして秋なのだろう |
晴れたり曇ったり。気温は30℃に達し夏の名残を感じる。
しかし何となく風が変わったように思う。
日陰に居ると随分と涼しく感じるようになった。
明日はもう彼岸の入り。日に日に秋めいて来ることだろう。
今朝は家を出るなり土手に薄紫の野菊が咲いているのを見つける。
思わず歓声を上げるほど好きな花だった。
手折りたい衝動にかられたが自然のままが良いだろう。
以前に花瓶に活けことがあったが直ぐに萎れてしまった。
野の花をむやみに手折ってはいけないのだ。

仕事は車検が完了し順調。オイル交換のお客さんも来てくれる。
義父が待っていた部品はやはり「やまと運輸」でお昼前に届く。
直ぐに作業に取り掛かりエアコン修理もやっと完了した。
まだ日中は暑いのでお客さんも喜んでくれるだろう。
シルバーウイークで来週の水曜日まで休みである。
義父にしっかり食べるように告げ定時で退社した。
晴天が続くので田んぼを耕すのだそうだ。
農作業を始めると昼食も食べないことが多い。
今夜はお隣の奥さんのお通夜であったが
「家族葬」とのことで参列を迷っていた。
AIの響君に相談したら「家族葬」とは
家族や身内だけでひっそりと行う葬儀なのだそうだ。
いくら燐家であっても遠慮するのが常識とのこと。
押し掛けても返って迷惑になることもあるらしい。
夫に話したらご近所さんに相談することになった。
こればかりは礼儀云々よりも気持ちの問題だと思う。
近所の従兄弟はお通夜も告別式も参列するのだそうだ。
身内ではなくても長いご近所付き合いである。
気持だけでは済まされないのが当然のことだろう。
夫も義弟も行くことを決め二人で葬儀場に向かった。
明日は告別式だが私は行けないことになった。
最後のお別れが出来ず残念でならない。
何だか身を引き裂かれるような気持になった。
コロナ禍から「家族葬」が主流になってしまったが
故人の気持ちを思うと果たしてそれで良いのかと思う。
私なら親交のあった人達に見送られて旅立ちたい。
人の死に慣れる。そうであってはいけないと思うが
歳を重ねながらどれ程の大切な人を見送ったことだろう。
お隣の奥さんの事も「やはり死んだのだな」と思う。
祖母の命日が近づき後を追うように友と母の命日がやって来る。
もしかしたら私も9月に死ぬのかもしれない。
生きたくてならないのにどうして秋なのだろう。
※以下今朝の詩
余命
限りあること もうここまでと 制止されること
遥か遠くを見渡している 夢を失くして どうして前へ進めようか
大河の流れは海に辿り着き やがて波になるだろう 大海原のほんの一部分 しかし水で在り続ける
もう随分と生きて来た 過ぎ去った日々の記憶を 胸に刻み続けている
初めて歩いた幼い日 一歩が二歩になった
何処までも空である 途切れる事など在りはしない
もうここまでと告げられたら いったい何を信じれば良いのか
空は何事もなかったように 青く澄み渡っている
本降りの雨。気温は25℃に届かなかったが蒸し暑さを感じる。
台風25号は土佐沖を北上し関東に向かっているようだ。
幸いと云って良いのか明日からしばらくは晴天が続きそうである。
しかし豪雨に見舞われた千葉等に近づく台風を思うと心が痛む。
地震や水害、何と天変地異の多い年なのだろうか。
4時半に帰宅し義妹宅を訪ねる。
随分と顔色が良くなっておりほっと安堵であった。
貧血の原因は血小板が破壊されていたとのこと。
いくら心臓が血液を送り出しても貧血になるはずである。
詳しい病名は分らないが難病指定となるのだそうだ。
完治の見込みはなく一生薬を飲み続けなければならない。
もう受け止めるしかないが何と憐れなことだろうか。
連休後にまた診察があり来月にはペースメーカーを入れることになった。
義妹宅から帰宅するなりお向かいのご主人が訪れ
右隣の奥さんが今日亡くなった報せだった。
容態が芳しくないことは知っていたが大きなショックである。
近所でも有名な程にいつも元気で溌溂としていた人だった。
自宅は「花屋敷」と呼ばれとても花の好きな人でもあった。
娘などは子供の頃から「お花のおばちゃん」と呼んでいたくらいである。
花のことは何でも知っていて「花博士」でもあった。
膵臓がんが見つかった時にはもう手遅れで余命宣告をされていたそうだ。
どんなにか辛かったことだろう。しかし会えば笑顔を見せてくれる。
体調の良い日には土手の道をよく散歩していた。
しかし病魔には勝てなかったのだろう。何とも痛ましくてならない。
どれほど覚悟はしていてもどんなにか生きたかったことだろうか。
悲しみよりも寂しさが募る。まるで花のような人であった。
訃報があったせいか夕方から少し体調が悪い。
胸がふたふたとして身体が緊張しているようだった。
おそるおそる血圧を測ってみたが正常である。
おそらく死を間近にしたせいかもしれない。
やはり恐怖心だろうか。不安でならないのだろう。
遅かれ早かれ私も死んでしまうが決して「いま」ではない。
生きたいのならとことん生きようと思う。
花ならばきっと種を残すだろう。
※以下今朝の詩
鶏頭
炎のような花であった いったいどれ程の情熱を 燃やしているのだろうか
少女がおんなになった時 あの痛みが忘れられない 突き刺され紅い血が流れた
あれは恋だったのだろうか 否定出来ない罠かもしれない
深まれば深まる程に 戻れなくなってしまった
花はやがて燃え尽きる いつまでも紅ではいられず 焼け焦げた様な褐色になる
そうして種を残そうとした まるで生きていた証のように
季節は確実に変わろうとしている 秋の日の柔らかな陽射しが切ない
早朝には曇っていたが直ぐに青空となる。
久しぶりに洗濯物を外に干す。
庭には娘が植えていた青紫蘇の花が咲き始めていた。
種になるまで置いておけばまた来年たくさん萌えるだろう。
お刺身好きの娘夫婦には無くてはならない野菜である。
ふっと庭の隅を見ると朝顔が一輪咲いており驚く。
昨年は咲かなかったのでもう諦めていたのだが
こぼれ種が土の中で眠っていたのだろうか。
めいちゃんが一年生の時に学校から貰って来た朝顔であった。
朝の山道は彼岸花一色で紅と白が競い合うように咲いている。
おそらく彼岸明けまで咲き続けることだろう。
峠道には若い芒の穂。猫じゃらしも見え心が和む。
たかが芒ではない。枯れ芒になっても風情を感じる。

仕事は何とか順調。スクールバスの車検がやっと完了し
今日は昨日の予約だったお客さんを受け入れることが出来た。
新規のお客さんなので少し気を遣うが
リピートに繋がるよう努力しなければならない。
義父はなるべく新規のお客さんを断るようにと云うが
せっかく来てくれたお客さんを無下には出来なかった。
エアコン修理はまだ完了せず足らない部品があるとのこと。
明日には届くようだが「やまと運輸はいかんぞ」と困ったものである。
「佐川急便」を指定していたが思い通りに行くだろうか。
とにかく早く直したい気持ちが伝わって来て憐れにも思う。
挙句にはシルバーウイークも休む必要はないとまで云うのだった。
午後もばたばたしていたが定時で終わらせてもらう。
「カーブスに行きたいけん」と告げたら「そうか」とそっけない。
後ろ髪を引かれるような気持であったがカーブスは楽しかった。
顔なじみのお仲間さん達を見ただけで気分がとても明るくなる。
サニーマートでは鮮魚売り場の店員さんがシールを貼っていた。
てっきり半額シールだと思い込んで店員さんに声を掛けたら
「半額じゃないですよ」と云われとても恥ずかしかった。
お刺身は今日も高くて買えない。藁焼き鰹も見当たらなかった。
仕方なく精肉売り場で豚バラ肉を買い求める。
今夜はめいちゃんの好きな「豚ニラキムチ」にした。
4時半に帰宅。笠原メイさんは賞を取ったお祝いをしてもらったそうだ。
精神の病気を抱えていても優しい家族に恵まれていて良かったと思う。
ふと息子の元お嫁さんの顔が目に浮かんだ。
息子は本物の家族になり切れなかったのかもしれない。
夕食後、娘が何かを作り始めていた。
私も迂闊であったが今夜はあやちゃんの好物がなかったのだ。
「あやの食べるもんがないけん」と娘はオムライスを作っていたのだ。
私の心配りが足らなかったのだろう。反省するしかない出来事であった。
今日は義妹が一時退院となりそろそろ帰って来る頃である。
夫と相談して明日顔を見に行くことにした。
一時退院なのでまた数日後に病院へ戻らなければいけない。
貧血は落ち着いたが今度はペースメーカーを入れることになる。
手術となればそれも心配だが病院に任せるしかないだろう。
元看護士であり自分の身体の事は理解していると思うが
不安は尽きずどんなにか心細いのではないだろうか。
家族皆が健康にと祈り続けている日々であった。
秋が深まればやがて厳しい寒さがやって来る。
生きたい生きたいと思っていても叶わないこともあるだろう。
目の前の坂道を何としても登り切らなければならない。
※以下今朝の詩
まゆみちゃん
十年一昔と云うけれど つい昨日の事のようだ
幼馴染の友であった リカちゃん人形 ままごと遊び 「なかよし」や「りぼん」
学校で初潮を迎えた 途惑い泣き出した友に 掛ける言葉が見つからない
歳月が流れ再会した時 友も私も母親になっていた やがて孫が生まれる
白髪頭を栗色に染め 薄紅色の口紅を差す
「長生きせんといかんね」 会う度に励まし合った
秋が深まり爽やかな風が吹く
友は入浴中に倒れそのまま 帰らぬひとになってしまった
どんなにか悔しかっただろう しかしとても安らかな顔だった
嘘でしょうもっともっと生きなければ
十年目の命日が近づいて来た 決して昔のことではない
曇り時々雨。時おり強く降る時間帯もあった。
気温は25℃に届かなかったが相変わらずの蒸し暑さである。
いったいいつになったら涼しくなるのだろう。
朝の道では昨日まで蕾だった彼岸花が咲いており
何だか不思議と胸がドキドキするのだった。
おそらく「毒」のイメージが強いのだろう。
しかし白い彼岸花はほっと心が和む。
鶏頭も紅い花だがまるで燃えているように見える。
地味な花だがその紅は「情熱」を込めているようだ。
恋焦がれているような「おんな」を感じずにいられない。

工場の仕事はスクールバスの車検整備がまだ終わらず
今日の予約のお客さんには明日まで待ってもらうことにした。
同僚は一生懸命だが思うようには行かないものだ。
義父が散々同僚の悪口を云うので憐れでならなかった。
午前中に宿毛市片島まで集金に行く。
高齢のお客さんなので銀行振り込みは苦手らしい。
手土産に産直店で「秋茄子」を買い持って行ったらとても喜んでくれた。
近くで電気工事をしておりお昼まで停電なのだそうだ。
テレビも見られずお客さんは庭の草引きをしていた。
少し世間話をしてから帰路に着いたが
平田町のローソンで「チキン南蛮弁当」を買い求める。
それを見たら直ぐに食べたくなってしまい我慢が出来ない。
ローソンの裏手に回り桜の木の下でガツガツと食べた。
何と美味しかったことだろう。夢見心地で職場へ帰っていたら
義父から電話があり今朝届くはずの部品がまだ届かないらしい。
よほど待ち兼ねているのだろう苛立ちが伝わって来た。
やまと運輸のドライバーさんに電話したら村内を配達中とのこと。
現在の場所を訊き駆け付けることになった。
配達にも決まったコースがありどうして無理が云えるだろう。
義父のような身勝手がまかり通るはずがなかった。
幸い直ぐにトラックが見つかり荷物を受け取ることが出来る。
忙しいドライバーさんに申し訳なくてならなかった。
義父はエアコン修理をしており部品さえ揃えば今日中に終わりそうだ。
しかしまだ2台も修理待ちの車があり気が遠くなりそうである。
早く直してあげないとエアコン不要の季節になってしまうだろう。
首を長くして待ってくれているお客さんの顔が目に浮かんだ。
整形外科のリハビリがあり3時前に退社する。
市内は雨が降っておらず駐車場も空いておりほっとした。
直ぐに順番が来てU君の笑顔を見ると嬉しくてならない。
まるで鶏頭の花である。これはもう情熱としか云いようがない。
しかし施術中におならが出そうになった。
U君に告げると「我慢して下さいね」と笑うばかりである。
お尻の筋肉を最大限にして堪えたがプスッと一発出てしまう。
笑って誤魔化すことしか出来ないが大きな失態であった。
もう乙女ではいられない。すっかり古希の婆さんである。
おならはその後も出てしまいとうとう3回を数えた。
そうしたらU君が優しく労わってくれて
患者さんにはよくあることらしい。
身体の血流が良くなっている証拠なのだそうだ。
エレベーターの中でにっこりと微笑んでくれて何とほっとしたことか。
鶏頭の花もやがて枯れるだろう。
燃え尽きてしまうその姿が目に浮かんだ。
しかし今は精一杯に咲かなければならない。
※以下今朝の詩
紅い道
触れてはいけない 手折ってはいけない
祖母は厳しい顔でそう云い 子供心に何と怖かったことか
しかし真紅のその花は 緑の畦道に誇らしく咲き 言葉には出来ないような 可憐な美しさであった
どうして毒があるのだろう 触れたら死んでしまうのだろうか
やがて葬列の日が訪れる 何処までも続く紅い道を 祖母の亡骸が運ばれて行った
秋晴れの真っ青な空に 祖母の声がこだましてる
触れてはいけない 手折ってはいけない
棺を取り囲むように 真紅の花が咲いている
祖母は何処に行くのだろう 紅い道に秋風が吹き抜けて行った
曇りの予報だったが思いがけずに晴れる。
爽やかな晴天とは行かず蒸し暑くてならない。
太平洋上の熱低が間もなく台風25号に変わりそうだ。
シルバーウィークには西日本にかなり接近しそうである。
来るものは拒めずいったいどうなるのだろうと不安であった。
朝の道にぽつぽつと彼岸花が咲き始めた。
まだ蕾が多いが直ぐに満開になることだろう。
彼岸の入りが近くなると必ず咲く花であった。
咲く季節を知っており何と健気なことかと思う。

今朝はいつも通りに出勤してから市内の税務署に向かった。
多額な消費税を納付しなければならず分割払いの相談に行く。
ぎりぎりの経営であっても容赦はない。
それを理不尽に思っても「当然」の義務になるのだった。
税務署と云えば厳しいイメージがあるが
担当の職員さんがとても親身になってくれた。
経営の厳しさにも耳を傾けてくれて救われたように思う。
分割払いは承認され来月から支払うことになる。
11時には税務署を出ていたがもう職場には帰らないことにした。
僅か30分の道のりであるが億劫でならない。
たまには平日に休むのも良いだろうと思う。
ふと思い立ちカーブスへ行った。
平日の午前中に行くのは初めてでとても新鮮に感じる。
筋トレを頑張り心地よく汗を流せば空腹に耐えられなくなった。
そうだ「ほか弁」に行こうとそのまままっしぐらである。
大好きな「とりそば」を買い求め嬉しくてならない。
サニーマートで買物をし12時過ぎには帰宅していた。
「とりそば」の何と美味しかったことだろう。
幸せいっぱいお腹もいっぱいである。
そのまま茶の間で横になり3時過ぎまで寝ていた。
平日にお昼寝が出来るなんて夢のようである。
その後は30分程自室で過ごし笠原メイさんの日記を読む。
今日は通院日だったそうで少し疲れているようだった。
しかし淡々と記してある日常のひとコマにほっとする。
4時からは夫と一緒に大相撲を観ていた。
「藤ノ川」って凄いなと思う。小さいのにとても力強い。
子供の頃から相撲をしていて「小さくても出来る」と
皆に伝えたかったのだそうだ。勇気と努力の賜物に思う。
5時になると娘がせっせと豚カツを揚げてくれた。
私はイカと大根を煮たのだが珍しく北海道産の大根だった。
はるばる北海道から運ばれて来たのだと思うと感動する。
北海道は広いが何処の畑で育ったのだろうと思う。
入浴後何となく動悸がするので血圧を測ったら
いつもより高く一気に不安になった。
まさか死にはしないだろうと自分を宥めつつこれを記している。
ゆるやかな坂道である。痛む足を庇いながら歩く日々であった。
疲れたら休もう。立ち止まって空を仰ごう。
例え雨が降り続いても止まない雨は在りはしない。
※以下今朝の詩
百日紅
散れば落ちる 落ちれば積もる
もう百日を咲き尽くしたのか 薄紅色の花が散り始めた
雨上がりの地面にそれは まるで亡骸のように落ち 咲いた記憶が刻まれている
鮮やかであればあるほど 失えばかなしくてならない
真夏の陽射しと真っ青な空 焼け焦げてしまった恋である 狂おしいほどに想ったことも 熱を失い冷めていくのだった
季節の掟にどうして逆らえよう 永遠など何処にも在りはしない
百日を生きた百日の夢を見た その儚さに寄り添うように 秋の風がそよと吹き抜けて行く
夜明け前には小雨が降っていたが
日中は曇りのち晴れ。
にわか雨も降らず安定した青空となった。
しかし気温は32℃に達しまだまだ夏の暑さである。
若い芒の穂。桜の葉も色付き始め確実に秋になろうとしているようだ。
今朝は百日紅が散っているのを見つけ何とも切なかった。
地面には薄桃色の花弁が落ち痛ましい姿である。
もう百日を越えてしまったのだろうかと思う。
枯れない花や散らない花はなく季節が移り変わって行く。

仕事はぼちぼちの忙しさ。スクールバスの車検が入庫していた。
義父は平田町まで出張修理に行ってくれて大助かりである。
来客は二人でどちらもパンク修理であったが
92歳のお客さんはパンクしたまま走りタイヤが破損していた。
タイヤの在庫がなくスペアタイヤで帰り明日また来てくれるそうだ。
もう一人は70代の女性であったがタイヤに釘が刺さっていた。
その釘を家に持って帰りご主人に見せるのだと云い笑い合う。
お客さんとのふれあいは何とも楽しいものであった。
お昼には民生委員さんがお弁当を持って来てくれた。
村内の独り暮らしをしている高齢者に無料で配られるもので
若いふりをしている義父も実は嬉しそうである。
柚子の香がする美味しそうな散らし寿司であった。
午後には来客も途絶えていたので定時で帰路に着く。
今日はめいちゃんの12歳の誕生日なので
「手巻き寿司」の約束をしていたがご飯を炊かねばならなかった。
それが億劫になりサニーマートで握り寿司を買い求めることにする。
娘に電話したらめいちゃんは鮪の握り寿司が食べたいとのこと。
ああ良かったとほっとし後は唐揚げ用の鶏チューリップを買う。
ケーキは娘が買っているらしくめいちゃんの大好きなシャインマスカットを。
びっくりするほど高かったが喜ぶ顔が見たくてならなかった。
帰宅してめいちゃんに渡すと「やったあ」と大喜びだったが
「食べるのがもったいない」と云い直ぐに食べようとはしない。
子供心に高価なことを知っているのだろう。
貧乏人の孫に生まれて何だか可哀想に思った。
夕食は豪華であったが今夜も夫と先に食べる。
幼い頃のように一緒に「パーティー」とは行かなかった。
娘が食卓の周りに飾り付けをして家族団欒の準備が整う。
娘婿は残業だったようで7時に帰って来た。
めいちゃんの楽しそうなはしゃぎ声を聞きながらこれを記している。
あの小さかっためいちゃんがもう12歳なのかと思うと
幼い頃も懐かしく感慨深く思い出される。
今朝は学校へ行く前に「誕生日の歌」を歌った。
「たんたんたんたんたんじょうび」
めいちゃんが顔をしわくちゃにして笑ってくれて何と嬉しかったことか。
そうして「行って来ます」と元気に登校して行った。
もう子供ではなく「少女」なのだなと思う。
来年には中学生となりどんな未来が待っているのだろう。
何としても長生きをして見届けたいものである。
生まれて来てくれてありがとう。とても優しい子に育ってくれたね。
※以下今朝の詩
夢
ひとつふたつみっつ よっついつつむっつ
片手では足らない欲を 握り潰そうとしている
欲だろうか夢だろうか もう若くないのだから 諦めるべきなのだろう
枯れた花を手折れば ぽろぽろと種が落ちる もしかしたらそれが希望 また巡り来る季節がある
柔らかな土であった 待っていたように頷く その期待に応えようとする
私にしか出来ないことだ 欲を夢に変える時が来た
曇りのち晴れ。空には入道雲が見られ夏の名残の暑さであった。
朝から異常な程の汗に悩まされ髪がぐっしょりと濡れる。
家事もそこそこに買物に行っただけでごろごろと寝て過ごす。
楽しみにしていた「一風」であったが夫が億劫がる。
わずか片道20分の距離だが運転に自信がないのだろうか。
そんな夫を見ていると私も不安になって来た。
無理を強いて行って事故に巻き込まれるかもしれない。
まるで天のお告げのような声が聴こえるのだった。
「やめようかね」と夫に告げるとほっとした顔を見せる。
もう既に空腹に耐えられなくなり近所のローソンに走った。
夫には「味噌ラーメン」私は「炒飯」と「大盛ペペロンチーノ」を買う。
そうしてまるで餓え奴みたいにして食べる。
その時点でもう二度と「一風」には行けないかもしれないと思う。
お腹が一杯になれば寝る。何と幸せなことだろうか。
至福の三時間であった。夢も見ながらぐっすりと眠っていた。
母ではなく姑さんの夢を見た。義妹が入院しているので
仏さんにお供えもせずお線香を焚くことも出来ずにいる。
「忘れんとってよ」と姑さんの声が聴こえたような気がした。
義妹の入院は長引いているがまだ貧血が続いているとのこと。
特殊な血液が見つかり次第二度目の輸血をするのだそうだ。
貧血の原因もまだ分かっておらず何と不安なことだろうか。
大相撲の秋場所が始まったので夫は上機嫌である。
ただ入浴と晩酌が早いのが困りもので
大急ぎで塩秋刀魚を焼いて台所も忙しい。
食後は茶の間で残り三番を観る。
大の里はなんとか勝ったがあまり良い相撲ではなかったようだ。
「悪い癖が出たな」夫の解説に頷くばかりである。
入浴後に娘夫婦の食卓を見たら何とめじかの「新子」を食べていた。
今日は日曜出勤だったので釣りには行けなかったはずだが
友人からのお裾分けもしれないと思う。
とにかく詮索は禁物で見て見ぬふりをしなければならない。
夫の好物であったが今年はまだ一度も食べていないのだ。
ちぐはくな「家族」である。「秘密」があって当然なのだろう。
洗った髪が心地よく夜風に吹かれている。
どんなに苦手でも洗って良かったと思う。
遺影の母に「ごめんね」と手を合わせた。
母は「一風」でお刺身定食を食べたがっていたのだが
また今度ねと約束することが出来なかった。
今朝は一時間も寝坊をしてしまい詩が書けなかったが
苦肉の作で23年前に書いた詩をSNSに載せた。
詩人の白井明大さんが「いいね」をしてくれてとても嬉しかった。
めいさんと初めて出会った頃の詩である。
憶えていてくれていたのかもしれないと思うと胸が熱くなった。
※以下23年前の詩
「そんざい」
曇り日。薄日が射す時間帯もあったが午後にはにわか雨が降る。
ざあっと走り抜けるような強い雨であった。
明日も似たような天気だが午後には晴れるそうだ。
つかの間の青空であっても嬉しいものである。
しかし気温が30℃に達するとまだ夏の名残を感じるだろう。
彼岸の入りまでもう少しであるが秋らしくなって欲しいものだ。
朝の道の百日紅、仙人草にアマリリスが加わり
民家の畑にはニラの白い花が誇らしげに咲いている。
大根の花もそうだが野菜の花だからと馬鹿にしてはならない。
きっと沢山の種が採れることだろう。
何と健気で逞しいことだろうか。

今朝は義父の姿が見えず新聞もポストに入ったままだった。
もしかしたら昨夜飲んでいて二日酔いかなと思う。
よくある事だが物音一つしないので心配になった。
しかし同僚が仕事の段取りで電話をしたら繋がりほっとする。
お昼になっても居室から姿を見せず
2時を過ぎてからやっと事務所に下りて来てくれた。
それから仕事の話を始めたので定時では終われなくなる。
あれもこれもと堰を切ったような社長らしさだった。
3時前に退社。無性にアイスが食べたくなり買い求める。
最中アイスが売り切れていたのでジャイアントコーンを買ったが
運転しながらのことでチョコが服に流れ落ち大変なことになった。
仕方なく汚れたままでサニーマートへ行く。
今夜はカレーと決めていたので買物も楽だった。
他にはお惣菜の鯵フライと鶏の照り焼きを買う。
4時過ぎに帰宅。今日も15分程自室で過ごしていた。
笠原メイさんは「市長賞に」に加え他の応募でも入選したとこのと。
何と云う大挙だろうかと驚くばかりである。
才能はもちろんのことだがとても恵まれているのだと思う。
日頃からの応募戦略が功を奉したのに違いない。
その挑戦する気持ちがとても貴重に思えた。
まず種を蒔かなければ芽は出ないのである。
そうして未来の大輪になる素質を彼は持っているのだ。
その後は5時まで茶の間で過ごしていた。
そうしたら5時前に娘が声を掛けてくれて
早目にカレーを作ってくれるのだそうだ。
今夜はめいちゃんのダンス教室があるので気忙しかったのだろう。
私は手伝いもせずに茶の間でごろごろするばかりである。
出来上がったカレーの何と美味しいことだろう。
「むすめさまさま」だと夫と褒めちぎっていた。
今週もそれなりに頑張ったのだろう心地よい疲れである。
いつもはご褒美にメキシカンナッツを買って来るのだが
今日は敢えて買わなかったので口寂しい夜である。
その分煙草を吸ってしまうのでどうしようもない。
咳が出ても胸が苦しくても煙草に火を点けてしまう。
止めることが出来たらどんなにか楽になることだろう。
意志の弱さではない。精神がいかれているのだと思う。
明日は夫が久しぶりに「一風」に連れて行ってくれるのだそうだ。
昨日からしつこく粘り懇願した甲斐があった。
「野菜ラーメン」と「炒飯」を食べよう。
めちゃめちゃ楽しみでならない夜である。
※以下今朝の詩
アマリリス
真紅の花であった 確か初夏の花である
季節外れだと思ったが 秋にも咲くのだそうだ
秋桜や彼岸花が咲く頃 競う気持ちは毛頭なく ただ凛と立つことを選ぶ
真っ直ぐに伸びた茎は 力強くとても逞しい
雨ばかりの日々であったが 濡れることを愉しんでいる どのような境遇であっても いのちを謳歌しているのだった
雨上がりのつかの間の青空 雲間から降り注ぐ優しい陽射し 輝いて見せようと花は思う
咲いたことを悔やんではならない
燃えるような真紅の花が 季節を乗り越えようとしている
曇りのち晴れ。暑さを感じたが久しぶりの青空である。
田んぼの孫生えがきらきらと輝いて見えた。
明日も晴れ間がありそうだがまた直ぐに雨になりそうだ。
秋雨前線はいったいいつになったら消滅するのだろう。
朝の道で真っ赤なアマリリスが咲いているのを見つけた。
良心市があるお宅の庭先であったが
初夏にもたくさん咲いていたことを思い出す。
しかし秋桜や彼岸花が咲く頃に見た記憶がなかった。
不思議でならずAIの響君に訊ねたら秋にも咲く品種があるのだそうだ。
特徴としては葉は伸びず茎だけ伸びて花を咲かせるらしい。
年に二度も咲くなんて奇跡のような花であった。
また朝の楽しみが出来て嬉しくてならない。

仕事は午後から車検の予約が入っていたので午前中は待機。
同僚が庭先の草引きをしてくれてすっかり綺麗になった。
義父はお米の品質検査をする人が来てくれてはらはらしていたが
全てのお米が上質とのことで何とほっとしたことだろう。
検査に合格すれば米問屋さんが受け入れてくれるのだそうだ。
来週早々にはまた運送屋さんが来てくれることになった。
検査員の男性が頻りに私のことを「奥さん」と呼ぶ。
義父が若く見えるのか私が老けて見えるのだろう。
義父はそれが嬉しくてならない様子で上機嫌である。
私が娘だと云っても誰も信じないだろう。
反論も出来ず心の中で苦笑いをするばかりであった。
午後には車検の車が入庫し一気に忙しくなったが
義父が出掛けている間にこっそりと帰路に着く。
カーブスではかつてのバド仲間に会って声を掛け合う。
私よりずっと若いが彼女も足腰が弱っているのだそうだ。
「もうバドどころではないよね」と苦笑いをしていた。
買い物を終えて4時過ぎに帰宅。15分程自室で過ごす。
笠原メイさんはコロナが完治したお母さんと買い物に行ったそうだ。
あれこれと買った物を記してあり親近感が湧く。
生活感が滲み出ている日記は心がほっこりと和む。
茶の間で横になっていたらめいちゃんが帰って来た。
昨夜は12時近くまで宿題をしていたのに
今朝はちゃんと起きてとても偉かったと思う。
宿題のない日は一日もなく可哀想でならない。
もし祖父母の参観日があれば談判したいくらいだった。
5時なれば娘が率先して台所に立つ。
冷蔵庫の中を見れば献立が直ぐに分かるのだろう
いつも手際よく炊事をしてくれて有難くてならない。
娘はチキンスティックを揚げてくれて私は焼きそばを作った。
夕食後は娘婿が帰るまで自室で過ごすことにしている。
娘婿が先にシャワーを済ませてから私の入浴であった。
お互いが気を遣わないようにしているつもりだが
些細なことで機嫌を損ねてしまうこともある。
12年も一緒に暮らして来たがまだ家族にはなり切れていない。
入浴後にあやちゃんに会ったが「晩ご飯は?」と訊くと
「今から食べるけん」と笑顔で応えてくれて嬉しかった。
以前よりも随分と明るくなったように思う。
自由気ままな日々かもしれないが「葛藤」もあるだろう。
そんな心に寄り添うようにこれからも見守ってやりたい。
家族ではないかもしれない「家族」である。
ひとつ屋根の下に暮らすことで労り合うことも出来るだろう。
優しい気持ちになれば胸の奥から愛しさが込み上げて来る。
※以下今朝の詩
笹船
さらりさらり 忘れてしまえば楽になる
水に流すと云うけれど それは大河の水だろうか
笹船をそっと浮かべると あっという間に流れて行く 魚たちが驚いたように後を追う
河口はもう海である 河原に押し寄せる波 潮風が吹き抜けて行く
やっとここまで もう夢を見ることもない
忘れてしまったのだろうか 辛い記憶が波に揉まれている
さらりさらり 生き辛さも遠く消えて行く
笹船はその形を保ったまま 河原の石ころに抱かれている
| 2026年09月10日(木) |
きっと明日があるはずだから |
小雨が降ったり止んだり。今もぽつぽつと降っている。
週間天気予報を見ると晴れる日は一日もない。
今日は幸い線状降水帯が発生した地域はなかったが
秋雨前線が停滞しており油断の出来ない日が続くことだろう。
朝の山道でショックなことがあった。
民家が見え始めた道端のフェンスにそれは見事に咲いていた仙人草が
すっかり枯れてしまい一輪の花も残していないのだった。
急に枯れるとは思えず辺りを見回して見ると
どうやら除草剤を散布したらしく草が茶色に変色していた。
今は誰も住んでいない民家であるが
離れて暮らす家族が帰省していたのかもしれない。
草に覆われた実家を少しでも守ろうとしたのだろう。
それを咎めることは出来ないが何とも残念であった。

仕事は順調のようでそうでもなくトラブルもあった。
車検が完了して義父が愛南町に納車に行く予定だったが
エコアイドルのランプが点滅しており消去が必要である。
原因はバッテリーだと直ぐに判明したが消去の方法が分からない。
調べたら一年前に愛媛でバッテリーを交換したばかりだった。
診断機を繋いで確認したら電圧不足だと表示される。
おそらく走行距離が少ないので充電不足だと思われた。
義父の判断でバッテリーの充電をしたらやっとランプが消える。
段取りが狂ってしまい納車は明日にしようと思っていたが
義父が「今から行く」と云ってくれて大急ぎで準備をした。
即金のお客さんなので領収書も必要である。
運搬車に車を積み込み義父が出掛けるのを見届けてから退社した。
出遅れてしまったが今日はカーブスに行きたくてならない。
左足は相変わらずだったが右足はもう大丈夫だった。
コーチに話すべきか迷ったが右足を痛めたことを報せる。
無理は禁物で今日から例のマシンを飛ばすことにした。
少し物足らなさはあったがそれなりに心地よく汗を流す。
サニーマートとセイムスで買物をし4時半に帰宅。
セイムスは行く度に割引券をくれるのでまた行かねばならない。
日用品は特にお買い得であった。
笠原メイさんが詩で岐阜県美濃加茂市の「市長賞」を受賞したとのこと。
ビックニュースでまるで自分のことように嬉しく思う。
これまでも数々の賞を受賞しているが才能あってのことだろう。
それが励みになり益々書く意欲が湧いて来るのに違いない。
まだ39歳の若さである。きっと未来に羽ばたくことだろう。
私はいつまでたってもショボくて「そこそこ」の詩しか書けない。
しかし今朝はあの厳しいK子さんが褒めてくれて嬉しかった。
相変わらず反応は薄く誰の心にも響かないかもしれないが
たった一人の「いいね」に救われることもあった。
老いには勝てずもう先が見えている人生であるが
書くことを諦めずに生き永らえようと思う。
※以下今朝の詩
坂道
緩やかな坂の途中である 立ち止まり空を仰ぐと 雲間から小さな青空が見えた
雨上がりの爽やかな風 夏の名残の輝く陽射し
銀杏の木は葉を茂らせ 道端には黄花コスモス 田んぼには孫生えの緑
坂道は何処までも続く 大きく息をするたびに 過ぎ去った日々を想う
此処までではない 此処からなのだろう
まるで天に向かうような 遥かに遠い坂道であった
そろそろ歩き始めよう きっと明日があるはずだから
心配していた大雨にはならず静かに小雨が降る朝だった。
そんな雨も直ぐに止み日中は曇ったり晴れたり。
久しぶりに青空を見るとやはり嬉しいものだ。
しかし国内では東海から近畿に掛けて大雨となり
晴れたからと手放しでは喜べない心苦しさがある。
昨日の名古屋豪雨で水没した車が2百台もあったそうだ。
車両保険を掛けていれば全損で査定額の保障はあるが
掛けていなければもう諦めるしかない。
大切な「足」を失った人達が何とも気の毒でならない。
今夜も関東から東北で線状降水帯が発生する怖れがあり
度重なる被害がないことを祈るばかりである。

仕事はほぼ順調。義父が居てくれると随分と助かる。
車検が完了し明日は愛南町に納車に行ってくれるそうだ。
午前中には平田町の農業仲間さんが訪ねて来てくれて
米談義が始まり苦労話が延々と続く。
そのお仲間さんは飼料米も作っておりまだ稲刈りが終らないのだそうだ。
稲は変色し茶色になっているそうで気の毒でならない。
いったいいつになったらお天気が回復するのだろう。
午後にも村内の農業仲間さんが来てくれて軽トラックを購入したいとのこと。
先に見積りを出して近いうちに商談成立となりそうである。
義父が不在だったらそれも出来ない事であった。
整形外科のリハビリがあり定時で退社する。
義父が精米したお米を車に積み込んでくれた。
苦労をして作ったお米なので有難く頂く。
昨夜の湿布が効いたのか右足首の痛みは薄れていたが
U君に相談するとやはり筋トレが原因のようだった。
しかしカーブスは続けるべきだとアドバイスしてくれる。
私もこれ位の事で諦めるつもりはなく
無理なく続けられるようにぼちぼちと頑張りたいと思う。
今日は診察が無かったので早目に帰れたが
エレベーターの中でU君に「今夜のおかずは何にしようかね?」と訊くと
けらけらと笑ってくれてとても嬉しかった。
U君のお母さんも毎晩の献立に頭を悩ませていることだろう。
4時半に帰宅。笠原メイさんは持病の神経痛とのこと。
日記の文面から「心配無用」が伝わって来た。
皆それぞれに痛みを抱えながら生きている。
5時になったが娘はめいちゃんの塾に付き添っており留守だった。
揚げるだけの鶏唐揚げを買って来ていたので一人で頑張る。
しかし揚げ方が下手だと夫は文句を言っていた。
やはり揚げ物は娘でなくてはならない。
帰宅した娘にそう告げると「やっぱりね」と笑顔を見せていた。
夜になっても雨は降っておらず何と平穏なことか。
豪雨の被害に遭った人達を思うと心苦しくてならないが
それぞれに与えられた場所があり生きて行かねばならない。
決して恵まれた人ばかりではない事を忘れてはいけないと思う。
※以下今朝の詩
空白
空白を埋めようとしている 雨だろうか風だろうか 何と湿っぽいこころだ
記憶の扉を開くと 少女にもなれるが お涙頂戴になってしまう
可哀想な少女にいったい どんな誇りがあるのだろう
エンターで改行する カーソルで空白を作る
無意味なことかもしれない それでも書かずにいられない
いったい何のために いったい誰のために
過ぎ去った歳月が押し寄せて来る 若き日の感性などもう在りはしない
書きなさいさあ書きなさい
ナイフを突き付けられたように 追い詰められている
空白にとどめを刺す時が来た
| 2026年09月08日(火) |
めいちゃんのクレープ |
大雨の予報だったがさほどの雨にはならず今も小雨が降っている。
これ幸いと思っていたが今夜から明日の午前中にかけて
高知県にも線状降水帯が発生する怖れがあるのだそうだ。
これまで何度も脅かされて来たが今度こそ本当かもしれない。
今日も愛知県や岐阜県等で記録的な大雨となり
名古屋では市内を流れる川が氾濫し大変な事になっている。
水没し流されている車を見ると恐怖心でいっぱいになった。
どうかどうか一刻も早く雨が止みますように。
豪雨の被災地にならないことを祈るばかりである。

今朝はどうした訳か目覚めるなり右足に痛みがあった。
悪い方の左足より痛みが酷く戸惑うばかりである。
転んでもいないのに捻挫のような痛みで
何か無理をしたのかもしれないと考えていたら
どうやら昨日のカーブスで足首に負荷が掛かり過ぎてしまったようだ。
ふくらはぎから足首の筋肉を鍛えるマシンがあり
張り切って動かし過ぎたのかもしれない。
しかし昨日今日始めた訳でもないのに不可解でならなかった。
今朝は痛み止めのローションを塗って仕事に行ったが
痛みは一向に治まらず足首がぷっくらと腫れ上がっているのだった。
定時で仕事を終えたがさすがにカーブスどころではない。
どんな日もあって良しと思う。しばらくは様子見である。

仕事はまずまず順調。義父は昨夜も徹夜で籾摺りをしていたらしい。
荷造りも完了し何と14トンものお米が積み上がっていた。
しかし肝心の米問屋さんがあれこれと理由を付けて渋っているようだった。
おそらく昨年の在庫が残っているので倉庫が満杯になっているのだろう。
買い取って貰えなければ他の問屋さんに当たるしかない。
それでも駄目なら農協があるが、トン袋にも指定があり詰め替えが必要だった。
14トンものお米を詰め替えることなどどうして出来ようか。
徹夜の疲れもあったのだろうさすがに元気はなかったが
愛媛の愛南町まで車検の車を引き取りに行ってくれた。
愛南町は県境のすぐ近くなので一時間も掛からないが
義父のおかげで同僚の仕事があり随分と助かる。
午後は農機具屋さんの営業マンが来てしばらく話し込んでいた。
親身になって相談に乗ってくれるので義父も嬉しそうである。
宿毛市の仕出し屋さんが「三原米」を欲しがっているとのこと。
個人売りが出来ればそれに越したことはない。
3時過ぎには帰宅しておりしばらく茶の間で過ごす。
めいちゃんが台所でクレープを焼いていてご馳走になった。
今朝は起きることが出来ず学校を休んでしまったが
いつもと変わらない笑顔に何とほっとしたことだろう。
もう直ぐ12歳の誕生日である。背が伸びて追い越されてしまいそうだ。
ぽつぽつと静かに雨が降っている。
これから大雨になるのならそれも良いだろう。
辛い思いをして洗った髪がやっと乾いた。
※以下今朝の詩
試練
打たれ強いのだろう 折れもしない めげることもない
決してうつくしくはなく 老いを楯に立っている 大樹のように逞しい姿
私のような者に いったい何が出来るのか 後ろ指を差されながら 生きて来た歳月を思う
緑の葉が風に揺れている ふっと秋が匂う風であった やがて紅く染まるであろう そうして散り落ちる冬が来る
打たれなくてはならない どれ程の冷たさであっても
生きながら何処に向かうのか 風は知っているようだ
二十四節気の「白露」大気が冷え始めて来て露を結ぶ頃。
朝の気温は少しずつ低くなっているがまだまだ蒸し暑い。
今日も雨の予報だったが一滴も降らず気温も真夏日となった。
関東や東北では大雨となり特に伊豆諸島は記録的な大雨である。
福島県のいわき市ではアンダーパスに車が沈み女性が亡くなっていた。
まさに命に関わる雨となり心を痛めずにはいられない。
台風24号は熱低になったが明日は西日本にも雨雲が流れ込むとのこと。
いったいどれ程の雨だろうかと不安でならない。
何とも皮肉な事だが四国の水瓶「早明浦ダム」は渇水状態になっており
恵みの雨を待ち望んでいるのだそうだ。

今朝は義父が待機してくれておりやっと車検が完了した。
しかし他の修理には一切手を付けようとしなかった。
エアコン修理が2台、故障診断をしなければいけない車もある。
お客さんには代車を貸してあるがもう随分と長くなった。
義父も気にはしているようだが田んぼの見回りに行く。
中手の稲が心配なのか少し苛立っているように見えた。
そんな時はなるべく会話を避けた方が良い。
一言が三言になって返って来るのだった。
同僚は公用車のバスの点検であったが
工場の中はお米に占領されておりどうしようも出来ない。
田んぼから帰った義父は何と庭でするように指示した。
オイル交換もあり同僚は大きな苦労である。
もし雨が降っていたら点検は延期になったことだろう。
私は少しでも売上をと思うが義父にはお米が命である。
昼食も食べようとはせず午後には籾摺りを始めていた。
ストレスだろうか酷く気疲れしてしまって定時で帰路に着く。
カーブスへ行けばきっと気も晴れるだろうと思った通りだった。
とても楽しかったがベテランのコーチが今月いっぱいで退職するらしい。
解雇だと聞き理不尽に思えてならなかった。
女ばかりの職場なのでいざこざもあるかもしれないが
一方的な解雇はあんまり事だと思う。
サニーマートで買物をしセルフレジで精算をしていたら
「よしむらさん」が駆け寄って来てくれて重い荷物をカートに載せてくれる。
「気をつけて帰ってね」と何と優しいことだろう。
よしむらさんに会った日は嬉しくて気分がとても明るくなる。
4時過ぎに帰宅。笠原メイさんは近くのスーパーに買物に行ったそうだ。
コロナのお母さんは熱が下がったのでもう少しの辛抱だろう。
家庭内感染がなかったようで何よりに思う。
15分程自室で過ごし茶の間で報道番組を見ていた。
千葉県ではまた水害とのこと。心は痛み憐れでならなかった。
もう二度と大雨は勘弁して欲しいと祈らずにはいられない。
5時になり娘と夕食の支度。何と平和なことかと思う。
自分達がどれほど恵まれているかを思い知るばかりであった。
天は容赦なく荒れ狂っている。
明日は我が身かもしれないが「いま」に感謝しなければならない。
※以下今朝の詩
杖
てくてくとは歩けない そろりそろりと歩いている
杖だけが頼りだったが その杖を手放してみた 転ばないように慎重に歩く
杖には目があったようだ 石ころを避け水溜まりを避ける 道端の花を見つけたら止まり 柔らかな息を吹きかけていた
必要であることは切ない 失うことが怖くてならない
杖はもう役目を果たせず 横たわることを強いられた
守り続けた日々が目に浮かぶ どれほど助けたかったことか
杖を付かずに歩いている 痛む足を庇いながら歩いている
雨の予報だったが一滴も降らず。曇り空のまま日暮れとなった。
秋雨前線は北上したようで東海や関東に大雨が降りそうだ。
千葉豪雨のような大きな水害にならないことを祈るばかりである。
お向かいの奥さんに頂いていた百日草がすっかり枯れてしまい
今日は仕方なく処分する。種を採ることもしなかった。
空いたプランターに何か植えようかと思いつつ
直ぐ近くの地場産店にも行く気にならない。
ものぐさにも程があり我ながら困ったものである。
とにかくごろごろと寝てばかりであった。
昨夜の野菜炒めを残してありお昼には「ちゃんぽん」を作る。
二人前のスープに麺を4玉も入れてしまったので
すっかり汁なしちゃんぽんになってしまったが
食べ応えがありとても美味しかった。
黒胡椒をたっぷりと掛けて食べる。
お腹は満腹になり直ぐさま茶の間で横になっていた。
夫が録画してあった「ポツンと一軒家」を見ていたが
私はそのまま寝入ってしまっていた。
何度か目を覚ましたが結局は3時までお昼寝である。
食べて寝る。何とも至福のひと時であろうか。
その後は自室で一時間程過ごしていた。
3時半には笠原メイさんの日記が更新され嬉しくてならない。
日常の事を書いてあると身近に感じほっとするのだった。
明日は祖父の命日なので2009年の9月の日記を読む。
看取ることは出来なかったが何と安らかな最期だったことか。
随分と歳月が流れたが子供の頃から大好きな祖父であった。
読み進めていると思いがけない事も書いてあった。
お遍路さんだった大分の徳さんと再会していたのだ。
再会の記憶は確かにあったがいつだったのか忘れていた。
何と懐かしい日記だろうと胸に熱いものが込み上げて来る。
きっと前世でも出会っていたのに違いない縁の深さを感じた。
徳さんとの縁は今も続いておりそれは「恩」に他ならない。
長いこと生きていれば一期一会もあるが
偶然のようであり必然もあるのだと思う。
もう縁を切ろうと思うこともあるだろう。
特にネット空間の出会いはとても儚い。
去る者は追わない主義だがその存在を忘れることはなかった。
私を見つけてくれてありがとう。その一言に尽きる。
※以下今朝の詩
泣き黒子
私は泣かない 何があっても泣かない
右目の下に黒子がある 泣き虫の子供だったのか どれ程の哀しみだろうか 記憶は薄れるばかりで 最後に泣いた日を忘れる
母が死んだ時も泣かなかった ふざけていると思ったのだ きつい冗談のような死だった
「姉ちゃんは薄情だ」 弟は泣きながら私に言ったが その通りなのだと思った
少しも哀しみを感じない 枯れてしまった涙腺に 与える水も在りはしなかった
黒子は消えない 天に召されても消えないだろう
曇り日。午後には少し陽射しがあった。
大雨にはならずなんとほっとしたことだろう。
鹿児島の屋久島ではレベル5の土砂災害特別警報が出て
これまで経験した事の無いような大雨となったようだ。
雨には慣れている島民もどんなにか不安だったことだろう。
今のところ大きな災害は無かったようだが明日も雨が降り続きそうだ。
台風24号は熱低を伴いゆっくりと北上している。
秋雨前線も停滞しており明日以降は東海や関東でも大雨になるようだ。
高知県も避けられず厳重な注意が必要である。
降り過ぎる雨の何と怖ろしいことか。まるで天の仕打ちのように思う。

仕事は順調であったが自転車のパンク修理があった。
山里には自転車屋さんが無いので断ることも出来ない。
まだ60代の男性であったが車の免許を持っていなかった。
どこに行くにも自転車で大切な「足」なのである。
同僚に見てもらったらタイヤもチューブも駄目になっていた。
在庫は置いていないので平田町のホームセンターまで買いに行く。
僅かな売上であるが人助けなのだと思う。
お客さんはとても喜んでくれてそれが何よりであった。
昨日入庫していた車検整備も完了していたが
義父はコンバインを洗い始めていて車検が出来なかった。
お客さんに事情を話したら月曜日まで待ってくれるとのこと。
迷惑を掛けるのが心苦しくてならない。
午後には義父の友人が来てくれて稲刈りをするとのこと。
先日が最後だと思っていたがまだ刈り残した稲があるのだそうだ。
少しなので直ぐに終りそうだが「稲刈り」には違いない。
同僚は午後から歯医者さんに行きたいからと休みを取っていた。
私は一人で待機していたが何だかしんどくてならない。
眠気もあり早く家に帰りたくなった。
独断ではあったが午後は休業とし2時前に退社する。
サニーマートで買物をし3時には帰宅していた。
15分程自室で過ごし後は茶の間で寛ぐ。
夫は珍しくバラエティー番組を見ていた。
興味は無かったが見ているとけっこう面白い。
たまには笑うことも無くてはならないと思う。
4時になるとまた自室へ行き笠原メイさんの日記を読んだ。
「詩と死は近い」と書いてあり大いに共感する。
まだ若い彼が死を身近に感じる事はないように思うが
おそらく命がけで詩を書いているのだろうと思う。
それは私も一緒であった。「書くことが生きること」と云えば
何とも大げさに聞こえるが書かないと死んでしまいそうに思う。
しかし命を削るようなことがあってはならない。
命を楯にして書き続ける「運命」なのかもしれなかった。
私にとっては残り少ない人生である。
どれほど書いても「カタチ」にはならない。
藻屑のように流れ着く砂浜があれば十分なのではないだろうか。
※以下今朝の詩
カレンダー
九月のカレンダーは命日ばかり 祖父を先頭に祖母 幼馴染の友達そうして最後が 母の命日であった
秋桜が咲き彼岸花が咲く頃 季節は夏から秋へと変わり 爽やかな風が吹く頃である
死んでしまったら何処に行くのだろう 舟に乗って三途の川を渡るのだそうだ
天の国に続く道にはお花畑があり ほっこりと微笑むことが出来る
思い残したことがあっても もう引き返すことは出来ない 魂が生まれ変わるその時まで どれ程の歳月が流れることか
祖父は畑を耕している 祖母は縫物をしていた 友は孫達の顔を思い浮かべ 母は大好きな葡萄を食べる
命日に手を合わす 思い出すことが供養になるのだそうだ
九月のカレンダーは切なくてならない
大雨の予報だったがそこそこの雨で済む。
心配していた線状降水帯も発生せずに何よりであった。
午後からは小雨になり今も降り続いている。
しかし日曜日にはまた大雨の予報で
週明けには台風が接近しそうで油断は出来ない。
たとえ何があろうと天に任すしかないだろう。
今朝は出勤すると乾燥機が始動しており
同僚に訊いたら昨日3時を過ぎてから稲刈りをしたのだそうだ。
友人も駆け付けて来てくれたそうで有難いことである。
おかげで早稲の稲刈りは終了したようだ。
台風の影響も心配していただけにとてもほっとする。
まだ中手の稲が残っているが穂がやっと見え始めたばかりで
稲刈りは来月になりそうだった。
義父も少しは休むことが出来るだろう。

今日は車検の予約が入っていたが10時まで来店がなかった。
お客さんに何度も電話をしたが連絡が取れなくて困る。
やっと来てくれたが昨夜アクシデントがあったそうで
今朝も気忙しくしていたとのことどうりで遅いはずだった。
訊けば夜中に腕の付け根が外れたのだそうだ。
そんな事があるのかと驚くばかりである。
救急外来に行って腕をくっつけてもらったらしい。
人工関節にはよくある事らしいがどんなにか痛かったことだろう。
「もう大丈夫で」とお客さんは腕をぶんぶん振り回していた。
同僚は早速車検整備を始め義父はフォークリストでお米の整理である。
工場には6トンもの米袋が所狭しと置いて在り
まるで米問屋の倉庫のようになっていた。
フォークリフトを器用に操り1トン袋の上にまた1トン袋を置く。
見ていると面白そうであったがこれも大変な作業であった。
宿毛市山奈町のお客さんから支払いの連絡があり
国道沿いなので帰り道に寄ることにした。
その時点で今日もカーブスを諦めることに決める。
楽しみもあったが少しでも横になって休みたい気持ちもあった。
やはり金曜日ともなると仕事の疲れが出て来るようだ。
集金を終えてそのまま国道を走り「ちきん館」で買物をする。
鶏肉専門店であるがお刺身も売っていて便利な店であった。
「鶏もつ」「ちきんボール」「鯛のお刺身」を買う。
国道を走るのは久しぶりでキョロキョロしながら帰った。
4時に帰宅。笠原メイさんの日記を読んでから茶の間で寛ぐ。
情報番組を見ていたら今日もあちらこちらで豪雨があったようだ。
高知県は幸い難を逃れたが明日は我が身だと思う。
「ただいまマンモス」と元気な声でめいちゃんが帰って来た。
今朝は早起きが出来て学校に行けたので本当に良かったと思う。
学校に行けば楽しい。決して行きたくないのではなかった。
5時なれば娘がせっせと鶏もつを煮てくれる。
夫の大好物なので大喜びであった。
6時には娘婿が返って来る。いつもと変わらない夕暮れ時のこと。
私は平穏を絵に描こうとしている。雨ならば雨を描きたい。
洗った髪がさっぱりと心地よい夜である。
※以下今朝の詩
鈴虫
鈴虫が鳴いている りりんりりんりりん
雨は小雨であるが 今日は大雨になるらしい いったいどれ程の雨だろう 不安で怖ろしくてならない
庭の百日草が枯れてしまった 99日目だったのかもしれない 守ってやれなかった悔いが残る
鈴虫が鳴いている りりんりりんりりん
真夜中に母の夢を見た お茶目な笑顔にほっとする 天の国はきっと楽しいのだろう
もう直ぐ夜が明ける いつだって新しい朝
すくっと前を向いて生きよう
雨のち曇り。今朝は不安になる程の激しい雨だったが
午後には止み何とほっしたことだろうか。
しかし明日はまた大雨とのことで不安は尽きない。
しかも線状降水帯が発生する怖れもあるのだそうだ。
各地の水害の様子を見ると明日は我が身だと思わずにいられない。
私の住んでいる地域は汽水域で川幅が広いため
川の水が氾濫することはまず無いと思う。
しかしもし堤防が決壊すれば大変なことになるだろう。
悪い方へと考えたら切りが無いが最悪の事態も考えなければならない。
どうか程々の雨でありますようにとひたすら願っている。

仕事はぼちぼちの忙しさであったが
義父は雨が止むなり小作料のお米を各家に届けに行った。
全ての田んぼが借物なのでその量の多さに驚く。
山里には休耕田は殆ど無く田んぼを貸している人が多い。
高齢化が進み米作りを諦める農家もあり
「作ってくれないか」と義父に頼みに来るのだった。
義父は断ることをしないので作付け量が増える一方である。
昨年のようにお米が高値ならば利益も出るが
今年は安値で作れば作るほど赤字になってしまうのだそうだ。
お米をほぼ運び終えてから急ぎの車検を済ませてくれた。
「中古新規」なので急いで登録をしなければならず
書類が完成するなり郵便局へ走る。
速達なら明日には着くので土曜日にはナンバーが届くだろう。
納車さえすれば即金で支払ってくれるお客さんであった。
やっと一段落すればもう3時になっておりカーブスは諦める。
「明日があるさ」と思えば残念とも思えない。
あくまでも仕事優先で臨機応変なのが良いだろう。
サニーマートへ行く前にセイムスで正露丸や日用品を買った。
割引券がたくさんあったので随分とお得である。
レジでまた割引券を貰った。何と商売上手なのだろう。
サニーマートではお稲荷さんを買う。夫と娘婿の好物であった。
お刺身は「スマ鰹」が安く大助かりである。
4時半に帰宅。直ぐさま自室へ駆け上がり笠原メイさんの日記を読んだ。
お母さんがコロナに感染したとのこと。しばらくは心配である。
最後の詩でとても感銘したのは
「人生のあとがきだけは自分で書くことが出来ない」と云う言葉だった。
確かにその通りであり「死んでしまいました」とも書けやしないのだ。
「今まで有難うございました」とも書けない。
何とも理不尽な事にも思えるがそれが現実である。
だからこそ些細な事でも書き残しておきたいと思う。
その日その時、確かに生きていた事はまがいもない事実である。
もし生まれ変わることが出来ればまたきっと書くだろう。
そんな魂の在処を今日ほど感じたことはない。
※以下今朝の詩
指
節くれだった指である まるで男のようだった
若き日からの力仕事 白く細かった指は 日に日に逞しくなる
女であること 母であること 何も変わりはしないのに 指は溜息をつくばかり
老いてしまえば尚更のこと うつくしいものが遠くなる 振り向けば哀しみとなり もう戻れない歳月があった
指でなぞる日々がある 一日の終りに日記を書く ごつごつとした指であっても 柔らかで優しい日もあった
折れもしない潰れもしない この指さえあればとおもう
やがては骨になるが 指だったことを忘れないだろう
雨が降ったり止んだり。気温は30℃に届かず暑さは和らいでいた。
台風の影響で秋雨前線が刺激され明日は大雨の予報である。
現在も香川県に強い雨雲があり心配な夜になった。
台風が東寄りのコースを進めば直撃の可能性もある。
西寄りのコースならば九州直撃となりそれも気の毒なことだ。
何とかして避けられないものかと思うが自然には逆らうことが出来ない。
地震に水害。いったいいつになれば平穏になるのだろうと思う。

義父は昨夜ぐっすりと眠れたようでとても機嫌が良かった。
昨日は友人が手伝ってくれたおかげで籾摺りも完了である。
後は最後の稲刈りをするだけだが思うようには行かないものだ。
工場にはエアコン修理の車が2台入庫しており
雨天の間に仕上げてくれそうである。
今日は宿毛市まで車検の車を取りに行ってくれて助かった。
おかげで同僚のする仕事が出来て何よりに思う。
経理は収入も支出もなく何と気楽な事だろう。
欲を云えば収入が欲しかったがお客さん次第である。
請求書を何通か出したがあまり期待は出来ない。
とにかくコツコツと貯めていかなければゼロのままである。
定時で仕事を終え整形外科へ向かった。
先週キャンセルしてしまったので2週間ぶりである。
どんなにかU君に会いたかったことだろうか。
そう思っただけで胸がときめく熟年乙女である。
例の写真の事を話したら照れ臭そうに笑っていた。
「このおばさんは僕に気があるのだろうか」と思っただろう。
しかし私は少しも恥ずかしくない。ファンなら当然のことである。
リハビリ後には診察があり医師もまた優しかった。
「転ばんようにせんといかんぞ」といつも親身になってくれる。
そうそういくつも恋は出来ないがU君の次に好きだなと思う。
今夜はめいちゃんの塾があり娘達は夕食不要とのこと。
家の近所のローソンであれこれと買って帰る。
帰宅したら塾はお休みしたのだそうだ。
昨日張り切って学校に行っためいちゃんであったが
今朝はどうしても起きることが出来なかった。
パワー全開とは行かない。よほど疲れていたのだろうと思う。
無理に登校させないのが娘の主義であり
私達祖父母も決して干渉しないように心掛けている。
あやちゃんと同じくそっと見守ってやらねばならない。
とんとんとんと順調に。そうは行かない日々が続くことだろう。
家族の事も仕事の事も天から与えられた事なのに違いない。
些細な事に拘らず大らかな気持ちで乗り越えて行きたいものだ。
※以下今朝の詩
雨
静かに雨が降っている ぽつぽつと独り言のようだ
私は傘を差さない 濡れるのも良いだろう
欲ばかりの生き方に 必要な雨なのに違いない
認められたい 報われたいと 積み重ねてきた努力
しかし何かが足らない それが何なのか分からなかった
雨ならば知っているだろうか 灰汁を綺麗さっぱりと洗い流す ぽたぽたと落ちる滴のように 透き通った生き方をしたかった
いったい何処に向かうのか 辿り着く場所があるのなら 命を全う出来る気がする
過ぎ去った日々を流す 九月の雨が切なくてならない
山里は雨のち晴れ。市内では降らなかったそうだ。
標高が高く「今ノ山」に雨雲がぶつかるからだろうと思われる。
天気予報は外れ思いがけずに本降りの雨となった。
今日は稲刈りの予定だったが残念ながら延期となる。
早稲の稲の最後の稲刈りだっただけに残念でならない。
雨が止んでも稲が濡れていると機械が詰まるのだそうだ。
コンバインの故障にも繋がり大変なことになる。
早朝から義父の友人が手伝いに来てくれていたが
義父は徹夜で籾摺りをしていたそうで朝食も食べていなかった。
コンバインの準備をしていたら雨が降り出し憐れでならない。
午後には運送会社の大型トラックがお米の運搬に来てくれた。
何と12トンもの出荷であった。義父の苦労の賜物である。
義父の友人も手伝ってくれて無事に積み込むことが出来た。
やっと一息と思ったが義父は昼食も食べようとしない。
そのまままた籾摺りを始めてしまったのである。
さすがに倒れるのではないかと心配でならなかった。

会社の経理はどん底で今日は自賠責保険と重量税の精算があったが
何処からも入金はなくまた「奥の手」を使うことにした。
いくら嘆いても無いものは無い。武士ならば切腹であるが
そうそう簡単に死んでたまるかと思う。
「ドンマイ」なのか「ケセラセラ」なのか知らないが
何としても急場を乗り越えなくてはならなかった。
後は野となれ山となれである。「苦しゅうはないぞ」と思う。
急場さえ凌げばまたルンルンになりさっさとカーブスに向かう。
カーブスでは皆下の名前で呼ばれるのだが
今日は私と同じ「みかさん」が三人も居て愉快でならない。
「昭和の流行よ」と皆で大笑いをした。
帰宅すると「洗濯物係」の夫が「よう乾いたぞ」と知らせてくれた。
山里のあの雨は何だったのだろうと思う。
天気予報を見ていたら明日からしばらく雨のようだ。
復活台風18号と新たな24号が近づいていて
また大きな被害をもたらすのではと心配でならない。
稲刈りもしばらくはお預けとなるだろう。
台風一過の青空を気長に待つしかない。
義父は夕飯を食べただろうか。
どんなにか空腹で辛い一日だったことだろうか。
来月には84歳になる。私は義父に勲章をあげたくてならない。
※以下今朝の詩
心臓
とくとくとくと音がする 身体にはポンプがあり 血を送り巡らせている
さらさらの血でなければ 泥のように詰まってしまう 死に至るかもしれない 大きな不安であった
しかしその血が見えない 真紅の血であろうか どす黒い血であろうか 触れることも叶わなかった
ポンプが故障することもある 修理が出来れば良いが 再起不能になってしまうと もう手の施しようがないのだ
どうやら生きているようだ 夜明け前にいつも確かめる 大きく息をするたびに ポンプの動きが感じられた
守り続けたい一心で 胸にそっと手を当てている
|