泡沫の記
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2004年11月25日(木) 徹夜続き

二日続けて徹夜

PCから離れられない。

昨日は、頭がヘンになって、友人にSOSを 出した。

彼女は、ずっと私の話しを聞いてくれていた。

それだけで、ありがたかった。

いろんなことが ある。

そういうことで動揺して、傷つく自分が可哀相でならない。

もっと痛みに耐えられる心が、なぜ出来ないのだろう。

こんなに弱ければ、生きていくのは本当に辛い。

三日目、疲労激しく倒れるように寝るが、わずか2時間ほどで

目が覚めた。それからはずーっと眠れない。

今日も心も、もう限界である。

身体がどうにかなっている。


しばらく お休みします。


2004年11月21日(日) 美味しい日本茶と、美しい花

地元に日本茶の専門喫茶店「茶空間」がある。
時々、ふらっと寄るのだが、今日はフクユタカ(知覧)を
試してみた。苦みが思ったよりあり、色も味も濃厚。
いつも頼んでいる知覧(鹿児島)そのものの方が、
美味しい気がする。
毎回、試飲として一口分だが、別の銘柄をいただくのだが
甘いものをリクエストしたら、宇治を入れていただいた。
知覧とは全く違う味。悪くない。
だが、私は知覧の方が好きだ。家で飲むのも知覧である。
(しかし気安く飲むほど安くはない。お茶をいただくという
気持ちの時のみ入れる)

下北沢に昔から通う「つきまさ」という日本茶の喫茶店がある。
テレビや雑誌にも取り上げられるほどの知る人ぞ知る店であり
東京にいた頃はよく通った。

しかし、煎茶の銘柄だけで20近く揃っている(値段はみな同じ420円)という点では、「茶空間」の方が専門店の感あり。
この前まで、「藤枝かおり」という珍しい(稀少)お茶が出ていた。お茶の問屋さんまでが珍しくて飲みに来るそうだ。
かおりがなんともいえない、個性がある。女性向きのやさしい不思議な香り。(ややハーブ系か?)今日はすでにメニューから消えていた。

こういう店の店主に顔を覚えてもらっているのは、自己満足だけれども、ささやかな喜びである。
ほんの少しであっても、人に贈るお茶はこの店で購入している。

今日は、壁の中央を凹まして置いてある花器に、椿があった。
日本の生け花は、量を競う外国のそれと対極にある[そぎ落としの美]である。
私は活け花についてほとんど初心者なので、どうやってそぎ落とすか、どこをそぎ落とすのか、いつも悩む。(これに苦労しないなら、初心者ではない)
だが、今日の椿は全体のボリュームがやや多いように思えた。まず、つぼみ付きの枝がある以上、つぼみの無い枝はいくらきれいでも必要ないし(長い枝だったので少なくとも上部以外、かなり葉を落とす必要がある)、つぼみがついている1〜2本の枝だけで充分、できれば鶴首の花器に1輪、もしくは花瓶の一カ所にまとめてほんの少し入れるだけで充分。椿のような花は花器全体に入っているのは重い。これは、例えばかすみ草だけいけるとしたら、1〜2本では淋しい。ある程度のボリュームは必要である。花に応じて量や長さやバランスを考えるのは難しいが、私なら・・と考えてみるだけで楽しい時間だった。

久しぶりに、自分でも活けたくなった。(って、あまりにお金がなくて、来客もないのに花を買う余裕がない・・)

そういえば、花鋏をそろそろ研ぎに出さなければ・・。
剣山に挿すより、花瓶へのなげ入れの方が長持ちすると教わっているので、たまにはなげ入れをやりたい。(花や枝もの、葉物の組み合わせを考えるだけでも、かなり大変だけど)
花瓶に無造作に活けてあるように見えるのって、そう簡単じゃないのよね〜。長さだけの問題ではなく、どうやって角度をつけるのか、そしてぐらぐら動かない(もちろん、丁度良い向きの状態で)ようにするだけでも実は大変な作業なのである


2004年11月20日(土) 駐禁とられて、不満爆発

体調、悪い悪い。

地元の大学祭でお笑いの、いつもここから、波田陽区、アンガールズがきた。

こっちは調子が悪いのに、子供たちは行きたがる。
だが車は止められないこともわかっている。
ギリギリの時間まで寝ていて、ダメもとで車で出かける。
私が車で待っているから行ってこいと言うが、次女は一人でも行ったが長女は頑として私がいかないと嫌だという。
路上だが、交通の妨げにならないところに止めて(いっぱい止まっていた)走って行ってみる。トップのアンガールズは見えないどころか声も少ししか聞き取れなかった。次はギター侍。姿は見えねども、声は聞こえる。CDの 営業かとも思ったが、きちんとネタをやってくれた。ギター侍以外のもちネタも少し疲労。まずまずである。そのあと、私だけ急ぎ戻った。

しかし・・・・すでに駐禁をとられていたのである。

がーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。

おまけにいくら待っても、長女が戻ってこない。
その間に、早く車をどかせと怒られるし、仕方なく
いったん警察署に出向き、手続きをすませて、また大学に戻る。もうとっくにライブは終わっているのでバスの停留所は何百メートルもの列。しかし、娘はいない。
停まれないので、何度かぐるぐる回ってみる。・・いない。

頭に来て帰宅。しばらくして、長女は戻ってきた。
走ってかえってきたという。(いま膝を悪くして、医者から激しい運動をとめられているというのに)

文句ばかりたれる娘たち。うちばっかり・・とひがむ娘たち。
私の気持ちや苦労など、わかってくれなくてもいいが、
自分だけ悲劇のヒロインになるのはやめてくれ。
私の方はどうしたらいいんだ?

駐禁の罰金は15,000円、減点は2点。
かなり、痛い。頭に来る。

どうしようもない怒りを心の中にくすぶらせて、
散らかった部屋の片づけや、やらねばならぬことを
いくつかかかえている。
身も心もしんどくて、かなり苦しい。そして子供にまで
不満、不平ばかり言われ、もう私は行き場がない。
せめて、日記に書くことで、心の叫びを放出したかった。

身体が辛い。早く横になりたいのに・・。


2004年11月19日(金) 理屈へのこだわりをもっと減らしたい

ここ数日、とても苦しかったです。
三日ぶりに昨日は寝られました。

少し考えたり思ったりすることを休みたいです。
結構疲れているので、休まないと。

自分で自分の首をしめてたのは私だったりして。

いろんなことに対する気持ちのこだわりを
もっと減らしたい。

思いつめる量をへらしたい。

今日は、まだマシかもしれません。


2004年11月17日(水) 愛されたい

ある、質問のサイトで「医者になるには医大を出なければ無理でしょうか?」というものがあった。
すでに回答は締め切られていたけれど、私なら
「それを質問しなければわからないような人には、どっちにしても医師免許は無理です」と答えたかった。

私は大変欲張りなので、それが不当に高い要求だとわかっていてもどうしても欲しいと思ってしまう。分をわきまえてければ、とは思うが欲しいものは欲しい。
思えば、本当に欲しいと思うものが手に入ったことはほとんどない。お金で買えるものならまだ望みもある。(実際に、お金はないけど)でも欲しいと思うものが例えば「貧乏でもそこそこ楽しい我が家」みたいな平凡な夢でさえ叶わなかった。私の生まれ育った環境もそうですが。


親友とも話したのだが「現実にはお金なんだよ、幸せがお金じゃないことはない」と思う。
金持ちではないにしろ、金がある人間に限って「幸せってお金じゃない」と言うのだ。

私だって贅沢をするほどの金ではなく、生活できるだけのお金が欲しい。(誰でもそうだろうけど)
なにせいま私の心がグラグラなのである。安定するためにはお金がいる。お金が必要なら稼ぐしかない。でもいますぐにマイナス50とマイナス51とどちらがマシか?ぐらいのレベルの仕事についたところで長続きできないことは目に見えている。それはクリニックの先生にも釘をさされている。まずは私自身をどうにかしなければいけない。
「文句や屁理屈を言ってないで金が欲しいならまず働け」と思う自分も当然いる。
だけど、転ぶのが見えている状態でスタートしていいのか?転んだら立ち上がって、次の方法を考えればいいとも思う。けれど、転んだ傷は案外深いものだ。今までの経験上わかる。私とはそういう人間なのだ、残念なことに。気は強いけれども完全に内弁慶。


私は女としての自分には小さいころから強力なコンプレックスを持っている。不美人でセンスもろくになく、胸も小さい。
唯一ましなのは、太っていないことぐらいか。少なくてもデブではない。
そんな私も離婚するころあたりからか、急にこのまま冴えないオバサンになっていくのは嫌だと思いはじめてしまった。
なんというのか、自分自身にきちんと手入れをすることを意識するようになる。顔だちの善し悪しは生まれつきだからしょうがないとしても努力すれば、絶対に今よりマシになると思いいろんな努力をするようになった。努力と言っても自分がしたいことなので特に苦痛はない。
最近綺麗になったねと最近二人の女友達から言われた。
笑ってごまかしたが、以前が無頓着で手をかける前から諦めていたからだ。オバサン状態。

綺麗になったとしたら、それは自分が女であることを意識するようになったからだと思う。
見かけより中身だとよく言うが、見かけの問題と中身の問題は全く別の次元である。

見かけも悪くなく、中身もそこそこの方がいいに決まっている。中身がものすごく良いからと言って世間は女を忘れているような女には冷たいものだ。


努力するきっかけの根底は実はもっと単純だ。男に愛されたいのだ。
それも私が好きになった男に。
結婚など制度で縛る関係をあまり望んではいない。そんなものは互いが釣った魚状態になるだけで、何の得もない。
結婚したいだけなら、その方面で探せばよい。
本当に欲しいのは、私を必要としてくれる人、もっと言うならばこんな私を欲しいと思ってくれる相手。
そんな心の中の確固とした絆のようなものが持てる相手と心底恋愛をしたいのだ。

 好きだと思える相手に抱かれている状態はとても心地よい。なぜなら少なくともその時だけは私が必要とされているからだ。嫌いな女を好んで不定期ながら何回も抱く男はいない。

だが目的が同衾以上でも以下でもないと思うと、やはり辛いし虚しい。自分が惨めに思えてくる。そう感じた相手には、時間はかかっても、やがて心にけじめがついてくる。もう期待するのは無駄であると。

いま好意をよせている人がいる。

私の気持ちは真剣だが、相手は真剣とか遊びとかどちらにも思っていない、考えていない様子だ。
私を好きなのかどうかたずねてみたが「さぁ?また会いたいとおもうぐらいだから好きなんじゃないの?べつに先がどうとかって、いま考えてもしょうがない。おまえの気持ちはわかるけど、思いつめられてもどうしてやりようもないから、おまえが苦しいなら無理することはない」と言った。
もちろん私も彼の性格や状況はわからないでもないので、過度の期待を持っても無駄であることは承知している。

こんな関係は多分一時的なもので、私が心底愛されることはない。
もともと、彼には女の私のように愛情に飢えるということがないと思う。
私は多分愛されない。
少し相手にしてもらって少し相手にしてやって、でなんとなく続くか離れるかがせいぜい。

いつもながら、こうやって自己分析していくことは虚しい現実しか残らない。

結局のところ、私という女は刹那的な生き方をするくせに、実は刹那的な性格ではないのだと、今更ながら実感する。


私はとてもずるいのだ。
一番嫌いな愛情のお仕着せをやっているのだから。
だから、今のうちに自覚しておこうと思う。
世話を焼くのは自己満足だけなのだと。
その程度で見返りを求めても、本当に欲しい心は手に入らないと。

つくづく、バカな女なのである。


2004年11月12日(金) テレビにおける私的批評三昧

ほんの少し気になっていた「大奥」を先週から見ている。
台本についてそれほど気になりはしなかったが、いかんせん、演技力のなさに、あきれ果てる。学芸会レベル。
ナレーションとして入る星野真理?のセリフの棒読みさに腰が抜けそうになる。まるで外人が、ローマ字にした日本語を読んでいるみたい。
彼女の演技もセリフの内容もセリフの声も、全て浮いている。
これだけで、全体を台無しにしている。
松下由樹も瀬戸朝香も、それなり程度にはやっていると思う。(かなり好意的に見て、だけど)

でも、おたま(星野)のシーンになると崩れる。やっぱりホンが悪いのか?くだらない、おちゃらかを入れられるのも見苦しい。
CX(フジ)はそれほど時代劇が得意ではないと思うが、「鬼平犯科帳」など松竹、京都映画と組んで、大人向けの時代劇を作っていたはず。
そこそこになるはずだった時代劇なのに、詰めが甘すぎる。
もったいない。

「渡る世間〜」
ドラマ自体は、もうどう転ぼうと最終回には丸く収まるパターンで目新しさもない。
そんな内容より、私が苦々しく思うのはサブビジネスの方。
味で売っているという設定の「幸楽」が、インスタントラーメンのイメージキャラとして登場する安っぽさ。
そんなもんを買う視聴者がいるとしたら、きっとオレオレ詐欺の被害者になってもおかしくないほどのマヌケだろう。
そして、ついには「おかくら」というインスタントそばだかうどんだかが、売っているのをみた。
味で売る設定がどんどん崩れていく。TBSの 節操の無さにあきれかえる。誰か何とかして欲しい。
「サザエさん」が商品化されるのはいい。でも、一応ドラマなんだし、番組中の店のプライドなんかどうでもいいのか?
あ〜、不愉快。

「平日午後の昼メロ」

普段は絶対に近寄らないが、偶然目にしてしまった。
いくらドラマだって、いくらフィクションだからって
何でもアリなのか?某人気シリーズ(かなりの長寿)だったが
俳優も安ければホンも中身も何もかもがマンガ以下。
極端な演技やセリフはもはや劇画の世界さえ越えている。
こんな安いドラマを楽しみに見ている人種がいるかと思うと怖い。

「特ダネ!」
司会の小倉の前フリが長すぎる。誰も望んでいないと思うのにあんなに長い時間を小倉の意見の場として提供していいのか?
個人的には、むか〜し赤坂で名刺交換した当時は好印象でずっと応援していたのに。HOWマッチのナレーションは遠い昔ですなー。

「午後は○○思いっきり〜」
確か昭和63年頃にスタートしたと思うが、初代の司会は山本コウタローで、みのは横に座っているゲスト集団の中の一人だった。あの番組でとりあげられた商品は必ず売れる。そこらへんのうさん臭い舞台裏を覗いてみたいものである。
会場の客が、なぜあのテレカを欲しがるのだ?日テレの売店に行けばいくらでも売っているというのに。物欲しげで見苦しい。

「笑っていいとも!」
論外。これを好きでみている人間とは、お友達になれないと思う、たぶん。
タモリほどの人がなぜ、こんなに長く続けているのか不思議でならない。最近は全然見ていないけれど深夜の流浪番組「タモリ倶楽部」を降板しないことには、いくらかの良心を感じる。
「今夜は最高」みたいなの、またやってくれていかな〜。
あの頃の久本は一番下っぱで、まだかわいげというものがあったのに。

「SMAP」
こんなに長続きするスターになるとは思わなかった。
キムタクはとっくに限界が来ているのは明らかだが、一番気になるのは末っ子のはずだった香取慎吾だ。けっして出来がいいわけではない。演技も未熟だし。でも「大河」の主役をなんとかやり遂げている。きっとアタマ悪いだろうに。「スマステ」みたいな生放送の司会もやり、「慎吾ママ」のような期間限定でのおふざけもこなすし「HR」のようなシチュエーションコメディもやって見せる。5人の中では最も忙しいのではないか?
中居はもうちょっと高い位置にいるせいか、バカなくせに鼻につく。稲垣は一番器用さがないのでつぶしもきかない。草��はダメそうな感じで救われている部分もある。一番イケてない部分を一身に背負っていて、同じバカでもかわいげがあるバカである。それにしても香取慎吾、末っ子感に助けられてみなに可愛がられるタイプという絶妙なポジションにいる。
あざとく器用なキムタクは、多分一番脅威に感じているはずだ。キムタクの演技は下手だ。どうして誰もそれを言わないのか?何をやってもキムタクだし。極めつけの失敗は工藤静香との結婚だろう。結婚するのはいい。でも相手がね・・。
よく考えてみれば、香取慎吾も、歳をくってしまったら何ができるのだろう。三谷に可愛がられているうちに、まともに成長して欲しい。それから、いくら根はバカでもそろそろ「笑っていいとも」から足をあらうべき。安さにもほどというものがある。

まぁ、それでもSMAPは決して値下がりしていない。
いつまで彼らの天下は続くのか・・。20年して田原俊彦に
なってたら嫌だなぁ。

「新撰組!」

歌舞伎界では家柄の格の違いは歴然なのに、中村勘太郎はかなり地味な役者であった。というより地味な役でもあったのだが。字幕からして中村獅童の方が上の扱いだし。(今回の捨助役はちょっと作り過ぎている。意図的だとしても、かなりギリギリ)で、藤堂平助の最期のシーンだが、いままで抑えていたものを全部はきださせた感のある、やたら長い見せ場は、勘太郎の歌舞伎役者としての顔を嫌というほど見せつけていた。本当はこれぐらい演技出来ますって言わせているみたい。役者としての基本があることぐらい想像できるが(なんたって、未来の勘九郎であり、勘三郎になる男なんだし)あまりドラマの中に歌舞伎色(舞台色というのか)を全面に出されると、ちょっと違和感がある。あとほんの少し、全体のトーンを抑えてくれると良かったと思う。演出意図もわかるけど。
出番が終わってしまったけど、佐藤浩市って結構存在感があった。それだけ歳をとったのか、上手くなったのかはよくわからないけれど。少し前になるが桃井かおりとやったNHKの「天上の青」(だっけ?)も、良かった。悪役顔をやらせるとハマる感じ。でも、ビールのCMに出ている時のような、笑顔のある善人の役を演じる作品も見てみたい。
藤原竜也はあまりに童顔すぎる。たしかに可愛い。女の子にもてそう。でもテレビではさほどのインパクトはなかった。蜷川の舞台での評価が高いが、フツーの役を1度演じて欲しいと思う。オダギリジョーは、役得だろう。斉藤一役はうまくはまった。山本太郎は、ちょっと面白い役だった。一人テンションが高い役だったが、違和感がなかった。山本の力量とも言えなくはない。
堺雅人、山南役は適役だったと思う。「オードリー」に出ていたのは知っていたが、その時は何も感じなかった。
もっと世間に広げたい役者だ。なんて、個人的に好きなので応援しているんだけど。しっかし、この人は田辺エージェンシーの所属である。タモリのいる、あの田辺。
だからなんだ、とも思うがどういう経緯で田辺の所属になったのか個人的に興味はある。
土方役の山本耕史、全く期待していなかったのに、影の主役をちゃんと演じきっている。素顔でテレビに出ていると、以外と顔がなんか重たいが、土方役は史実と違わずかっこいい。
主役の香取は、役そのものがあまりに無能なのでもどかしいこともあるが、だんだん貫祿みたいなものも出てきた。新撰組全体のトーンとして、決して悪くない。レギュラーメンバーはそれぞれに好演していたと言えると思う。(三谷びいきなので、点が甘くなっていることを承知で書いている

「スーパーニュース」

一昨日気がついたが、ニュースを読む須田アナの髪が明らかにへん・・。急に真っ黒髪で前髪がやたらと乱れている。マヌケだ。どう見ても画面からマヌケ感が充満していた。鏡がないのか、報道局には。スタイリストか誰か、責任者呼んでこいと私がスポンサーなら言う。翌日は、前髪はきれいに整えられていた。かなりの反響というか抗議?があったと思われる。
須田アナって正統派?なイメージがあったが、全てパー。
今後に注目したい。ズラのことなら「特ダネ」の小倉や草刈正雄、加山雄三あたりを参考にしてはどうか。

「うっちゃんなんちゃん」(お粗末だが、正確に書けない。無念)

気がつけば、メジャー番組から一切レギュラーがなくなっていた。「ウリナリ」や「笑う犬」あたりまでの勢いはなぜ、こんなに急に失速したのだろうか。
もともと、ある程度予測できた「ネプチューン」の活躍はともかく、ビビる大木までもが「トリビアの泉」やNHK「土スタ」のレギュラー、までのし上がっているというのに。
「ウリナリ」はちょっと手を広げ過ぎた感はあった。
「笑う犬〜」も、23時から日曜20時に降りた(栄転だったろうが)あたりから、ダメになった。
内村は結構買っていたので、残念だ。

「島田紳助暴行事件」

島田紳助は、大きなミスしたねー。不良のイメージを一切払拭し、「サンデーモーニング」の司会という分不相応な大役を何年も地道に続け、「鑑定団」では、ちょっとお笑いの才をちらつかせつつも、レギュラーを何本も持つ司会者として成功を納め、あと少しで政界への道に届くはずだった階段を、つまらぬことで踏み外した。この失敗は大きいぞ。吉本興行をかけて作ったであろう会見時の台本も完全に読みが外れている。
「何もかも自分が悪い」と潔く認めることにより、これ以上の打撃を受けないように先手を打ち、あわよくば、本人も反省しているようだし、大目に見ようじゃないか、と思わせようとする思惑は、まるでシロウトくさい。「笑っていいとも」を喜んで見ているようなバカは騙せても、世論はそんなに甘くないぞ。吉本ほどの会社が、もっと打つ手はなかったのか。
私とて、最初は被害者のことを、訴訟まで起こすなんてヒステリックな女だという程度にしか認識できなかったが、具体的に紳助がやったことを思うと、さぞ屈辱的だっただろうと思う。
被害者はお金が欲しくて訴えたのではなく、自らのプライドにかけてだろうが、吉本における紳助の存在感を考えれば、そこを逆手にとり、お金で解決することはできなかっただろうか。
ケチな吉本でも、大きな財源となっている紳助を守るためなら1億出しても損はないと思う。いやもっとかも。紳助本人だってそうだ。そこで、示談に出来なかったものか。私がいまお金に切実に困っているから、そう思うのかもしれないが、端金なら相手にしないが、慰謝料として大金をふんだくれるのなら、その金で人生を変えるけど。吉本みたいなみみっちい会社なんか、そんなにしがみつきたい会社か?個人の価値観の問題だけどね。
裁判になったら、紳助が「全部自分が悪い」と公言してしまった以上、反撃が出来ないわけだから、あとは言い訳しまくるしかない。膨大なエネルギーを消耗するしかないわけで、あとは弁護士頼みか。被害者側も後ろ楯がない以上、結構苦しい戦いになると思う。
失脚した紳助の後釜を狙っているのは誰だろう。
9月の改編期が過ぎた直後だったので、次回は4月改編を待つしかないが、TBSの ダレきった期首変更時の「オールスター(本当のスターはこんなのには出ない)感謝祭」はどうなる?

「ひねくれ番外編」

先日、5年生の娘の授業参観で行われた国語の授業で環境破壊のことが取り上げられていた。先生が環境破壊から地球の未来はどうなるのか?みたいなことを質問した。A「まだまだ大丈夫」B「危ないけど、きっとこれから人間が注意していったらなんとかなる」C「手遅れ」
小声で「C に決まってるのにー」と近くにいた母親連中に何気なく言ったらどいつも「えーー?私はBだと思いたい」とほざかれてしまった。
私も無知だからよくわからないが、Bだと思う根拠が知りたい。単に希望的観測ではないのか?
それから、先生の質問についてよく考えてみる。
小学生向けだから、あくまでも裏読みせずに考えるべき
なんだろうけれど、環境破壊が進んで困るのは人間を主とした含めた生き物たちだけである。地球自体の寿命が縮まったとは到底思えない。生態系が狂い、人間が生きにくい状況になるだけで「地球を救えるか」とかいうのは言葉的?には間違っていないのか。
救いたいのは地球というより「人間のための環境」でしょう?
「なんかわかんないけどBと思いたい」と答える楽観主義者は、きっと人生前向きなんだろうなぁ。でもまずは身近なところで、化学洗剤を洗濯に使うこと、にためらいぐらいは持って欲しいものである。

私みたいなひねくれ者は、閉鎖的な社会では変人とみなされる。けっこう、イジメのターゲットにされやすかったりもする。でもって、ひねくれ者のくせに小心者で鬱傾向がある私はそれなりに不幸である。
私は負のエネルギー(怒り、哀しみ、憎しみなど)が人並み外れて強い。そのぐらいプラスのエネルギーを持ち、頑丈に人生を生きてみたい。


2004年11月11日(木) 点滴治療

ドグマチールを点滴で入れてもらう。
うとうと、眠くなってしまった。
そのまま寝られれば、きっとぐっすり眠れたのに。

薬を飲まないと、ぐっすり眠れない。



2004年11月08日(月) 絶望


もう、死んでしまいたい。


波ちどり |MAIL

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