8月が過ぎてゆく。
「晩夏」。 この季節感が好きだ。 といっても、実際の季節よりイメージの「晩夏」が好きなんだと思う。 少しずつ感じる秋の気配。 過ぎてゆく季節を惜しむ・・・。 そういう感覚がいいと思う。
「晩夏」と言えば、2つ曲がある。 ひとつは、ユーミンの「晩夏〜ひとりの季節〜」。 もうひとつは、相曽晴日の「晩夏」 「ゆく夏」を歌うのです。
実は、もうひとつ幻の「晩夏」があります。 完成しないまま2年を過ぎてしまった、オリジナル曲。 この夏も夢で終わりそうです。 ついでにいうと<「晩夏」@ゆーみん>の弾き語りも、夢となりました。
夏が過ぎてゆきます。 でも、まだ残暑が厳しそうですね。 読んでくださってるみなさま、お体ご自愛くださいね。 いつもありがとうございます。
| 2004年08月30日(月) |
「こんぺいとう」その5<コークリクト> |
ある日のこと。 保育園からの帰り道。 信号待ちをしていた。
「ちゃーちゃん、あれなに?」 見ると、フォークリフトがあった。 「あれはね、フォークリフト。」 「こーくりくと?」 「フォークリフト。」 「こーくりふと?」 「フォークリフト。」 「ほーくりふと?」 「ふぉークリフト」(「ふぉ」を強調) 「ふぉーくりふと、か」
そうです。 おつかれさま(笑) 「ふぉ」の発音、難しいよね。
自分でも嫌だと思ってるが、ちょっとイライラしがちだ。 原因はだいたいわかっている。複数ある。
その中でも大きな原因は、「じろちゃんが、なかなか眠ってくれないこと」だ。 でも、これは仕方がない。 「早く寝てくれぇ!」と思う時に限って、そうはいかない。 後、「何かしたくてあせる時」。 これもいけない。
“「何かしたい」なんて、今思っちゃいけないんだ。” そう言い聞かせるけど、時々それが不満になる。
この頃、もうひとつ、イライラの原因が身にしみてきた。 それは、Diet。 頭打ちで苦しい。 ストレスをためすぎてもいけないので、ときどき食欲を解放すると、またもどすのに数日かかってしまう。
できることが限定されてるせいか、満たされない気持ちが全部「食欲」に向かっていってるようだ。そんな感じがして、余計に節制がつらい今日この頃。
また、今日も脳がさけんでたみたい。 「食べたい! たべたい!」と。
でも本当は、「食べたい!」の裏にいろんな願いが隠れていそうだ。 「食欲」に化けた願いたち。 どこへ行く?
<シーンその1> わたしはどうやら新駅の建設にかかわっているらしい。 高く組まれた鉄骨の建物(?)を見上げている。
<シーンその2> 駅は、どうやら完成したらしい。 いや、別の駅かもしれない。 長いながーい、ひたすら長い階段を昇ったり下りたり、また昇ったり・・・。 ようやくついたホームには、友だちの家族が。リアルの友だちで、学生時代からの友人たちだ。 どうやら旅行に行くらしい。 「なんで誘ってくれなかったんだ!」と責めて怒りまくってる。泣きわめき状態だった。 “ああ、嫌われる。いやだ。”と思ってるのに、感情が暴走して止まらない。 そんなわたしに、その中のひとりの友人が、話を聞きつつ、受け止めるように話しかけていた。
<シーンその3> ある舞台。 建物の中で、正方形スペースの一角がステージになっていた。 ステージのすぐ前は、いすのないフロアになっていて、収容人数は300〜500ぐらいか? イベントは終盤らしい。 舞台に向かって、左からわたし、右から誰かが出てきた。 わたしは、青いステージ衣装を着ている。 わたしが「名無し」のラストフレーズ“♪〜真昼のけんそ〜〜〜〜〜う・・・”と相手人物にバトンパスをするように歌うと・・・。 なんと急に体がふわりと浮いた。 ワイヤーでつるされているのだ。 前へ飛ぶように高く浮いていった。
場面はとび、後片付けシーン。 舞台装置や、ワイヤーを片付けていた。 生き生きと指示をしたり、されたりして、てきぱき動くわたし・・・。
そこで、目が覚めた。 長いながい夢だった。 あせりや不安、そして夢。 凝縮されていたようだった。
ほんの少し眠るつもりが、寝すぎて、たろ吉のお迎えに遅れそうなぐらいだった。 夢で疲れた。 目覚めがいいのか、悪いのかもわからなかった。
ずいぶん髪がのびた。 手入れがなかなか行き届かず、最近疲れがピークに達していた時は、なんだか、余計によれて見えた。
暑さにもめげず、長さを維持してきた。 でも、そのよれた様子を鏡で見たとき、 「切ろうか・・・。」 と考えがふとよぎった。 最近、なんでもつかむようになったじろちゃんにも、よく髪をひっぱられるようになったし・・・。
けれど、それは思いとどまった。 笑われると思うけど、長い髪には夢がある。 ひとつは、「ステージで歌う時、長い髪で歌いたい。」 もうひとつは、大爆笑されそうなので、言わない。
「長い髪」なら「女らしい」というわけでもないけど、個人的には、長い髪は「女らしさ」のひとつだと感じる。 「女らしさ」からは、どっちかというと縁遠いタイプのわたし。 でも、時には、「女っぽさ」もかかえていたい。 そんな願望が、詩(もどき)とかにはでてるのかもしれない。 きっと、リアルワールドの知り合いが、わたしの作品を見ると、「似合わねーーー。」とふきだしそうな気がする。
「長い髪」は、今、イマジネーションのもとになっている気がする。 夢をみる手がかりのひとつなのかもしれない。
| 2004年08月26日(木) |
「こんぺいとう」その4<おとな> |
たろ吉は、おしゃべりで、受け答えにうんざりするぐらいだ。 昨日も朝から、がんがんしゃべっていた。 で、いつも、「早くしなさいっ!」と叱られるのが定番。
しゃべる中でこんなことを言っていた。 「ばぁばは、まだ、おとな?」
おとなは、ずっと「おとな」です(笑)
| 2004年08月25日(水) |
「こんぺいとう」その3<たんぽぽのわたげ> |
別に「こんぺいとう」を毎日続ける気はさらさらないのですが、続いてます。
ここ数日、たろ吉は花の名前をよく尋ねてきます。 特に、ひまわりとたんぽぽが気になるようです。
昨日、保育園へいく道中で、「たんぽぽの綿毛」についてたくさん質問をされました。 「わたげは、なに?」 「あれは、たんぽぽの黄色い花が白い綿毛にかわるんよ。」 「それであんなにながーくなるの?」 「そうそう。」
ふと、思い立って、 「なんで、あんなにながーくなると思う?」 と、きいてみた。
「うーん・・・。」 と、困ってたようだけど、一所懸命考えたみたいで、 「虫さんがいっぱいいて・・・お花からちゅーーーーーーっとして、ながーくなるの。」
ほぉ。そっかぁ。 よーく考えたね(笑)
小さめのひまわりを見ても、「あれ、たんぽぽ?」と聞くたろ吉でした。
| 2004年08月24日(火) |
「こんぺいとう」その2<ぼくは、まだ・・・> |
昨日の話です。
じろちゃんが寝てくれないので、あきらめて午後から外出し、その帰りにたろ吉を迎えに行った。 雨が降っていたので車だった。 車の中から、たろ吉のクラスの子が兄弟そろって帰るのが見えた。 「○○○○くーん。」 たろが言う。 「車の中から聞えへんよ。」 と、わたし。そして、義母が、 「どっちの子がお兄ちゃん?」 ・・・という会話をしていた。
すると、たろ吉がこう言った。 「たろたろは、まだ、『おにいちゃん?』」
君は、永遠にお兄ちゃんですよ(笑)
| 2004年08月23日(月) |
「こんぺいとう」の由来 |
「こんぺいとう」は、“子どものつぶやき”をひろっていこうと名づけました。
わたしの好きな童謡詩人金子みすゞさんが、詩作を夫に禁じられてから、一人娘のふさえさんの幼い言葉を拾い集めたもののタイトルが「南京玉」というので、そこから、ちょっとイメージを借りてみました。
思いついたのは、もう数年前ですが、何にも記録していません。 惜しいことをしたかもしれません。
今、つらつらと自分の内面を書くと、あまりいいものがでてきそうにないので、目先を変えようと思います。「こんぺいとう」に限りませんが、今、わたしの重要な役目は、ちび世話だと思うので、自分自身のこととは少し距離をおいて、ちびネタを書くのがいいのかもしれません。
| 2004年08月22日(日) |
「こんぺいとう」その1<やさしくなったアロエ> |
午前中、ちびたちを連れてお散歩中のことです。
道を歩いていると、たろ吉が、 「ちゃーちゃん、サボテン おっきいとこ さわってぇー。」 道に面しているお家の鉢植え。 見るとアロエです。 「これは、サボテンちゃう。アロエや。」 「アロエ。アロエさわって。いたい?」 「うん。いたい。」
しばらく歩いていると、ふとこう言うのです。 「アロエは、ヨーグルトになったら、いたくなくなるの?」 「うーん。そうやな・・・。」
どうということはない表現かもしれません。 「ヨーグルトになると痛くなくなるアロエ」 アロエは、ヨーグルトにつつまれてやさしくなった・・・。 夜になって、ふとそう感じました。
どうも人にやさしくなれないようです。 そんな時は、口をつぐんでいたほうがいいかもしれません。 いやな私です。
「沈黙が金」かもしれません。。。
せっかくの晴日さんのデビューの日なのに・・・。 その話をかこうと思っていましたが、やめておきます。
気持ちというやつは波があって、時にすとーんと落ちてゆく。 根本的に解決しないもろもろのこと。そういうものは、気持ちの折り合いをつけるしかない。 「けっこういろんなことは、気の持ちよう!」 最近、そう心から思うようになった。 自分なりにささやかな努力をしてるつもり。 でも、その気持ちのがんばりがきかないときがある。
どうしようもなくめいる時、いもづる式にマイナス感情が表れる。 自分が受け入れられない。 感情がおさえられない。 人がうらやましい。
それでも、とことん落ちかけると、自浄作用なのか、「これではあかん!」と立ち上がる自分も見えてくる。 ちょっとは強くなったか?
今朝もちび起きに悩まされたが、開き直って起きてしまう体力は回復してきた。 さて、やるべきことをてきぱきやっていこう。 「ああ、できなかった。」という思いは、わたしから元気を奪っていく。 そして、ささやかでも「(何か)できた!」という気持ちは、小さな自信につながっていく。 小さな充実感を積み上げていこう! 誰かに頼りたい気持ちは認めつつも、ちょっと脇に置いておいて、自力でできることに取り組もう。
魅力ある人は、みんなそうだろう? 自分との戦いをちゃんとできるひと。
なりたかったらやってみろ! ・・・ってとこだな(笑)
| 2004年08月19日(木) |
脳が叫ぶ!(グレープフルーツ) |
お盆のお供えの果物がいっぱいある話は、前に書いた。 その中にグレープフルーツが何個かある。 それを、「食べたい!」と思う気持ちと1日中格闘していた。
おおげさだ。 「格闘」なんて。 でも、すでに他の果物を口にしてしまってたので、ひたすらがまんがまん。 何度か1階の冷蔵庫に取りにいこうという気持ちが、頭をよぎった。
帰省で少しリバウンドした分をここ数日で、戻しつつある。 今、がんばらなきゃ、というのが、がまんのよりどころ。
でも、がまんすればするほど、ほしくなってるのがわかる。 まるで、脳が叫んでるみたいだった(笑) 「グレープフルーツ!」と。
グレープフルーツの香は、「インナーチャイルド」を満たすらしい。 純粋に「食べたい」という食欲だけじゃなく、他の満たされない気持ちも食べることで満たしたい気がする。
「満たされてない」という自覚は、あまりしたくない。 いろんな場面で。 望めばいくらでも欲張りになる。 今ここにある「しあわせ」を感じる心も曇らせてしまう。
グレープフルーツを口にしたところで、ちょっとの満足でしょ? ひねくれた自分を利用して、食べたい気持ちをがまんする。 もし仮に食べてしまったとしたら、どうせなら、「しあわせだー」と思ったほうがいいのに。
今日は、ないものねだりで、気持ちがざらついた。 あかんあかん。 ここしばらく、自己否定したりとか、人をうらやみすぎたりは、してなかったのに。 (でも、裏を返せば、最近は前向きになれてた、ということだな。自分をほめてやろ。。。<笑>)
体調が悪くなった時、とことん元気でなくても、それなりの水準まで気持ちを引き上げる訓練がいるな、と改めて感じる。 そうでないと、仕事に復帰したときに一番こまる。 漠然と感じている不安。 職場復帰のこと。 仕事そのものもそうだし、それに伴うくらしのあれこれ。
なぜか、怒涛のように書きたいけれど、今夜はあまりいい発想はでてこないだろう。 かっこつけるわけじゃないけど、マイナス感情をこれ以上引き出さないために、今夜はもう打ち切ろう。
そして、明日。 グレープフルーツ、食べよう。 そんな願い事でもかなえてやろう。 叶わないことなんて、ほかにいっぱいあるんだから。
| 2004年08月18日(水) |
桃をたらふく・・・ 2 |
「桃をお腹いっぱい、いやというほど食べたい」という願望の話を以前書きました。今から書くのは、全くのばか話です。
昨日、「(帰省前に1こ残っていた)桃がないね」という話を義母としてました。 すると、横で聞いてたつれあいが、 「そんなことでけんかするなよー。(実際はけんかなどしてない。念のため<笑>)そんなん言うんやったら桃100個買うたるわ。」 というので、 「ほんまやなぁ?ホンマに買うてやぁー!」 と返した。 「そんなん、ホンマに買うたらくさるやろ。」 「いや、一日10個食べたら、10日でいけるやん。10日ぐらいもつやろ。」 「・・・・・・(絶句)・・・・・・。」
1日10このもも! そう夢みてしまった私であった(爆)
食べたいっ!って思うと、まるで「ピラニア」のような私。 自分でも笑って(あきれて)しまう。 でも、実際は10こ、無理そう。 Dietの成果なのか、イメージより少食になってるようだ。 先日、桃2こでお腹いっぱいだった。
でも、1日10こ。 夢みちゃうなぁ〜。(おばか)
| 2004年08月17日(火) |
「柔道は いや!」(笑) |
たろ・じろ話です。
夕食準備中、TVはオリンピックの様子を放送。 ふと思い立って私が、 「たろたろ。オリンピックでるか?」 と聞いた。すると、たろ吉、 「うんっ!」 その時、たまたま柔道の放送中だったので、 「そしたら、柔道する?」 と言った。その返しが、 「じゅうどう、いたいから、いや!」
柔道いやでも、みごとな返しでした。 いかにも“あかんたれ”らしいお返事(笑)
ついでにじろちゃん話。
先週はじめにできるようになった寝返りが上手になり、しっかり胸まであがるので、腕がすっと前に出てるようになりました。 でも、そのうち苦しくなるので、ぐずりだします。 うつぶせになるものの、自分でまだ仰向けに戻れないのです(笑)
最近、もらったりお盆のお供えなどで、果物が充実中。 思い立って果汁をしぼって与えてます。 「もっとくれくれ!」状態(笑) なんだか、とても食いしん坊のよう。 離乳食もそろそろです。
本当は疲れている。 元気なのも事実だけど。 子育てかーちゃんたちの中でも、わたしは恵まれてるほうだと思う。 助けてくれる人いるし。
でも、やっぱり疲れてるのだー。 しかたないけどね。
いろいろやりたいことがあって、気持ちはあがいてるけど、ほんとに一番しなきゃいけないのは、眠れるとき眠って疲れをとり、たろ吉にもっとやさしくしてやることだろなと思う。
がんばれよー (自分あてに・・・爆)
| 2004年08月15日(日) |
おお! LEGACY |
実家地方からもどってくるとき、高速を走ってたら、なんだかちょっと怖かった。
田舎の暗い高速道路のせいだろうか? 三列シートの2列目真ん中にシートベルトせずに乗ってるせいだろうか?
思いをめぐらせていた。
「あああああ!」 わかった。 車が変わったからだ。 以前の車は、SUBARU LEGACY。 道路へのグリップ感が違うのだぁ! 車には詳しくないわたしにも感じる。 おんなじスピードでも体感が違う。
その感覚は、R32から今のmy carに乗り換えた時もそうだった。 「高速走りたい!」から、すっかり「いやだぁ〜」に変わっちゃった(笑) 車が変わってからね。 車高が高くなり、グリップ感も減り、怖くなったのだぁ。(自爆)
つれあいの車だったLEGACYは、10年選手になり、じろちゃんが生まれることと重なったので、お役御免となった。昨秋のことだった。 今は、某ファミリーカーに変わってる。 車高も高くなったし。揺れるし。 いい車だったなぁ。LEGACY! 四国めぐりも、近畿・中国地方縦断も、長距離走るなら君だった。 あらためてありがとう。
「やりたいこと」はある。 「やらなきゃならない」ことももちろんある。
「やりたいこと」は、どんどん浮かんでくる。 欲張りなのかな。わたしは。 浮かんできたときは、わくわくして夢を見る。気分も高まる。 でも、当然そんなにいろいろできるわけもなく、できない日々が長く積もっていく。
すると、時々プチンとくるのだ。 あるいは、一気に気分がめいる。
それなら、何にも夢見ないほうが楽かな?とも思う。 自分に「ばかやろぉ」と言いたくなる。
でも、「やりたいこと」が全くないよりいいかもしれない。 そう自分を慰める。 要は、思いつきを上手に整理して、優先順位をつけなきゃいけないんだろな。 あきらめることはあきらめる。 やってみることは、努力可能範囲で計画立てる。
いつも、そう心がけてるつもりなんだけどね。 うまくいかないや。
また、こころの整理が必要かな?
| 2004年08月13日(金) |
作詞関連本 3冊読了 |
たははははは。 いちおうね。 読んだだけでは、何にもならんけど(笑)
ぼちぼちできるとこから、やりましょか。 そうでないと、無理がくる。
ちびたちがいると、思い通りにことが運ばないのが当たり前。 情けない話だが、やりたいことはいろいろ思いつくのに、実行できないことが積もってくると、イライラしてしまう。
今日も、ぷちん(自爆)
“あきらめつつ、ちょびちょび前進”ってとこでしょか。 一応この「つれづれ」も書く訓練になってると信じつつ。
| 2004年08月12日(木) |
感性と表現のトレーニング |
作詞関係の本、三冊目突入。 読めば書けるってもんじゃないけど、なんか吸収できないかなぁと思ってのささやかな行動です。
3冊も買っておばかかなぁ?と思ったけど、3冊ともそれぞれ違うヒントがあって面白い。まずはさらりと一度読み、もう一度頭を整理してみたい。
その中でちょっとつかめたこと。 感性をみがき、それを言葉にとにかく表してみる。 日常のあらゆることを。
今日の午前中、おちびたちを連れて公園へ。 途中から、ちびたちの祖父(私の父)が来て、たろたろと遊んでくれた。 じろちゃんと日陰にいたが、2人が遊んでいる様子を見て、心が動いた。 しかし、言葉にしてみようとすると、難しかった。
けれど、 “いのち輝く夏の一コマ。” こころには刻みつけましたわよ(笑)
音楽で何か表現をしたい。でも、なかなか時間的にも力量的にも難しい日々。 それでも、何かできることから努力したいとあがいている。
7月初旬には、ボイストレーニングを独学で開始。 でも、それからすぐ喉をひどく痛め、中断したまま。 まだ、再開していない(自爆)
楽器をさわれないなら、作詞に力を入れるのはどうだ?と、作詞関係の本を先日買ってしまった。3冊も。本読んで作詞できたら苦労しないぞーーーと思いつつ。 今回の帰省中、自由時間ができた時のために持ち帰ったもの。
�.潺縫�ーボードとコードブックと楽譜1曲分。 ピアノ練習できなくても、イメージトレーニングしようと思い立った。
�∈郢豐愀犬遼棕該�。 読むだけでも読んでみようかと・・・。
��手紙・葉書を出したい友人たちからの郵便物。 暑中見舞いは終わっちゃったけど、残暑見舞いとして手紙を書きたい。
とりあえず、作詞関係の本の2冊目を今読んでいる。1冊は帰省前に一度は読んだ。 ひとつ「おお!」と改めて気づかされたのは、「詞は半人前」ということ。メロディとセットなのだぁ。だから、「詞で全部言ってしまおうとしない」こと。 そんなこと気づかなかったのかい?と笑われそうだけど、わたしは詞で全部言おうとしてた気がした。それに気づけただけでも、とりあえず○だ。
さて、コンセプトの話。 ひぐらしわーるどは、ワンパターンだなぁと自分自身で思う。 もうちょっと世界を広げられるよう、もちっと努力したい。 それから、とっても気に入ったコンセプトは大事にして、じっくり一度形にしてみたいと思う。もう少し練り上げて。
夢ばっかりみて、かすみを喰って生きてるようだと思うわたくしですが、夢は形にしないと、さびしいものね(笑)
帰省といえば、どんなイメージだろう? 「北へ帰る」と言えばいかにも帰省の感じがする。でも、「東へ帰る」「南へ帰る」・・・そういう人はいるだろう。 わたしの場合は、キーワードは西だ。
ものごころついた時から、「西」行きは、少しさびしいイメージがあった。「東」は都会にいくイメージ。ついでにいうと、“「南」には海がある”という固定観念があった。
どこを中心にするかによって、そんなもの、変わってくるのにね。 でも、ものごころついてからのそういうイメージは強烈だった。
わたしのふるさとをA地点とすると、母の故郷B地点はAから西の方角だった。 そして、西に行けばいくほど、どんどん田舎になっていった。 田舎といってもいろいろあるだろう。のどかな田舎、ほっとするために行く田舎・・・。けれど、B地点への道のりは、「さびれた」というイメージがつきまとった。わたしだけかもしれないけど。 わたしが幼い頃、母方の祖父母はあいついで亡くなった。(祖母のことは、中島みゆきの「まつりばやし」にまつわるエピソードということで、ネット上で話したこともある。)そういうこともあって、母の故郷に行くときは、法事か墓参りだった。 それもあるのだろう。 さびしいイメージ。 自分の個人的経験がもとになって、「西へ」のイメージは、独自のものになった。
紀野恵という歌人(短歌書く人のほう)がいる。 この人の書く短歌にとても惹かれたことがある。 「たとふれば 心は君に寄りながら わらわは西へ では 左様なら」 俵万智がこの歌を解説していた。 “今の二人の状況をたとえてみると、私の心は限りなくあなたに寄り添いながら、けれど体は正反対の西の方向に旅立つ感じです”という意味らしい。 「西」=太陽の沈む方角 「西」=浄土のある方角 この「西」の使い方と、わたしの個人的なイメージがぴったり一致するのだ。 “なんらかの理由でゆるされない恋愛の厳しい別れの歌” そう言われれば、すとんと心に落ちたのだ。
今日、西に帰ります。 ばたばたと慌しい中、心の端っこに、「西へ」のイメージを持ちながら。
昨日、たろ吉誕生話を書きましたが、ちょっとだけ関連話。 わたしは桃が大好き。 でも、桃は高価。 一度、たらふく食べたいと思ってました。 嫌というほど、一度に連続しておなかいっぱい食べたかったのです。
たろ吉が生まれる予定が近づき、 「この子が生まれたら、出産のご褒美がわりに、大好きな桃をいやというほど食べたいなぁ。」と思ってました。
でも、昨日も書いたとおり、お産がきつくて体力消耗したので、 「もう、桃もいらん〜。」というのが、当時の感想でした。
時は流れ、じろちゃんが生まれる前。 また、出産のご褒美に桃〜! と思ってました。 ところが、じろちゃんの生まれる予定は春! 桃はありません(笑)
じろちゃんが生まれ、そして夏が来ました。 義母が、桃の話を覚えていて、最近桃を買ってくれます。でも、なんだかもったいなくて、なかなか食べられません(笑) だから、せいぜい1個食べるぐらい。たまに。 連続何個もなんて、とんでもな〜い。
そうしてるうちに、あるお中元の桃の皮がしわしわになっていました。 大事にとっときすぎたー(爆) だめにしたら、もっともったいないので食べました。 今日の話です。 3個食べたぞー(笑) まだ、あるけど、もう食べられない。
それでも、まだ10個ぐらい、遠慮なく食べてみたいぞーと、こりないhigurashiであります(自爆)
| 2004年08月08日(日) |
八月のある朝(たろ吉の生まれた日。) |
ミレニアムの年。たろ吉は生まれた。 特別、2000年を意図してたわけじゃないが、たまたまそうなった。 その時、ちびが生まれた産院は、出産ラッシュで、部屋が足りないという、すごい状態だった。
8月7日の夜中「?!」と思い、「始まったかな?」と感じたけど、うとうと。 明け方4時ごろ目がさめて、「ああ、これだこれ。」と思った。 痛みはあったけど、今思えば、たいしたことないない。(笑) でも、その時は、痛みの感覚で判断して、早朝病院へ。もちろん、まだですー、と帰されてしまった。 次にいったのは昼。 この時は、もうとってもつらかった。でも、まだまだ、ということで再び帰され・・・。 つれあいは、そんなわたしをみて「くまみたい」と言っていた(爆)
それから、ひたすら家中をうろうろし、たたんであるふとんなど、適当なものにしがみついて陣痛をがまんがまん。 もうあかんわー、と夜病院にいって、20時頃、やっと入院させてもらえた。 「入院しましょう。」と内診してくれた助産婦さんが、神様のように思えた(笑)
それからまたひたすらがまんがまん。 分娩室に入ったのが22時頃だったなぁ。 ここまできたら、もうちょっとだぞ・・・と思ったら、甘かった。 勝手にあと30分ぐらいで生まれると期待してたら、なんのなんの。 時計を見て、「ああ、日付がかわるーーーーー!」。 7日から8日になったのは、精神的にまいった。 冷房は寒いぐらいにきいていたらしいけど、わたしにゃ、あついあつい。 水分補給しては、吐き・・・と日付がかわってからは、弱っていった。 苦しい陣痛も、間隔をあけずきてほしいのに、ずーっと5分間隔。もういやだ!と思って1回だけ口にしてしまったが、また気を取り直し・・・。 “朝までには生まれるだろう・・・。しかし、あと何時間あるねん・・・。」
時々、胎児の心音を聞いてもらってたんだけど、ある一時、今まで聞いたのより弱ってる気がした。「だいじょうぶかぁ!?」とあせったその時、ずーっと5分間隔だった陣痛が始めて連続できた。 「今だっ!」と思っていきんだら、出てきたっ。 後は、力を入れないように、短い呼吸で・・・。
3時5分。 やっと生まれたぁ。 もうよれよれだった。 「赤ちゃん見て。おなかの下。」 と言われてみたわが子。両手を広げて、ちょっと動かしてた。魚が水揚げされて、はねてる感じがした。 へその緒は自分で切ろう、と思ってたけど、「もういいや。」と思った。 ちびは泣かなかったので、さっと処置をするため、連れて行かれた。
意識朦朧。 産声をあげなかったことにも気づいてなかった。
しばらくして、「はっ!」と思い、「男?女?」と声をふりしぼって聞いた。 「男の子よー。先生に聞いてなかったのー?」と助産婦さんの声。 とにかく、早く眠りたかった。 でも、産後の処置や初乳飲ませなど・・・眠らせてもらえなかった。 ブラインドの隙間から、朝が来たのがわかった。 いつ終わるか苦痛で不安なお産は、闇の中だった。 でも、それが終わって迎えた朝。なんともいえない気分だった。 あの朝の静かな感慨は忘れない。
あまりにもよれよれだったので、感動するのは1日たってからだったなぁ。 食いしん坊のわたしが、朝食食べられなかったから(笑)
じろちゃんが、昼に生まれたから、対照的だ。 闇の中生んだせいか、たろを生んだ時、「生まれる」ということに深い不思議とあっけなさを感じた。ちっともあっけなくはないんだけど。出生時刻というけれど、お産のドラマの中の通過点というか、ほんの一点と感じた。 そして、「出産」という大きなイベントの次、自分がむかえる大きなイベントは、「死」なんだろな、とそういう考えが頭をよぎった。 暗い発想だな(苦笑) 友だちの話なんかきいてると、感動して「また、産みたい」とすぐ思ったらしいのに。
ちなみにじろちゃんの時は、昼にあっさり生まれたので、なんも考えませんでした(笑)
わたしが長年応援してるsingerの相曽晴日さん。 ファンクラブHPに「晴日のひとりごと」というコーナーがある。 そこのカキコによると、どうも晴日さん、dietに取り組んでるみたいだ。その時期もどうも私と重なってるみたい。
ついこの間のカキコで、おもしろいことが書いてあった。 いろいろ気をつけてるのに減量が止まったらしい。 その原因を考えていて、 「燃えなきゃ!」という結論に。 最近、サッカーとか応援だけで燃えていると、また減るようになったらしい。 んで、サッカー日本代表に感謝かんしゃ! という内容だった。
晴日さんはサッカー応援に燃えているらしい。 あたしゃ何に燃えようか? 最近、ちょっとdietも頭打ちだぁー。 とりあえず、今夜のサッカー、たまには応援してみよか。 サッカーは、必ずついてるもんね。なんかの試合あるときは。
さて、あなたは、何に「燃え燃え〜」? あたしは、「弾き」こもりたああああああああああああぃ(笑) 腱鞘炎になるぐらい。 あ、ほんとになっちゃ、いやーよ。(爆)
「燃え燃え〜」のために何しよ? なんか、できることないかなぁ? 恋でもするか? ありえへん ありえへん。((((≧∇≦))))あはははははっ!! でも、燃えるかもな。体脂肪。 「きれいになりたあああああいっ!」ってオーラでたりして(笑)

この「つれづれコーナー」。 画像も挿入できるようなので、実験してみます。 入れたのは、「イルカの壁紙」。 本当は、BBSかDiaryに挿入予定だったのに、できませんでした(自爆)
さて、イルカつながりということで、今日のお題は、「イルカ」。 この生き物。 わたしはとっても好きです。 姿かたち、賢さ、生息地(「海」ということね)・・・どれもいい! 子どもの頃から好きで、イルカのキャラクターには目がなかったのです。 だいたい、イルカのキャラクター物は、青が基調だし。 (青は、大好きな色!) 中学の時だったかなぁ? 無地の下敷き以外は禁止されてたので、自分でイルカのキャラクターを書きこんでた(笑) それから、一時、「ダイビングをしてみたいなぁ。」と思ってて、その時のメインのめあては、イルカでした。一緒に泳いでみたかった。
今は、「イルカと過ごす」よりもっと優先させたい夢があるから、あまり、イルカ関連の夢は見てませんが、大好きなことに変わりありません。 思いっきり余談ですが、singerのイルカさんも好きです。(笑) 「Follow me」が大好きっ。
就職して、自分が健康保険の被保険者になった時、感動した。 「1割負担って、払う額が少ないっ!」と。 しかし、今は3割。 喉に弱点をかかえ、耳鼻科と縁のきれないわたしはつらい。 しかも最近は、自分だけでなく、おちびも通わざるをえなくなってる。 6月末までは、無料だったけど、その期限がきれた。 毎日、3割負担はつらいぞー。 医療費下げてくれーぃ。
いや。いちばんほしいのは、病院と縁の切れる体質だな。
じろちゃんは、どうもあまり笑わない「おすましタイプ」らしい。 よく笑うときもあるけど、持続しないのだ。 だから、笑顔の写真がほとんどない。 笑わせても一瞬だから、撮れないのだぁ。
思い返せば、たろたろは、よーく笑う子だった。 笑顔の写真もいっぱい残ってる。 「あいそのいい赤ちゃんやねぇ。」とよく言われた記憶がある。
“赤ちゃんの時から、個性あるのねぇ。”と改めて実感。
「改めて」と書いたが、もっと以前にはじめて実感したのは、たろ吉が生まれてすぐ、まだ病院にいたころ。 ミレニアムyearだったせいか、出産ラッシュで、赤ちゃんが多かった。 けれど、自分ちの赤んぼは、泣き声ですぐわかった。 トーンが高かったのだ。 名前すらまだついてないのに、はっきり個性があること。 そのことになんだか心動かされた。
生まれてすぐに、もう個性があるんだから、育っていくうちには、なおさらでてくるはずよね。個性って。 いい方向に育ち、発揮でき、そして認められたらいいね。 誰もが。
・・・って、理想を語っちまったぜぃ(爆) 別にそんなこと、語るつもりはなかったんだけどね。ははははは。
| 2004年08月03日(火) |
「人にたよる」ということ |
人に頼るのが結構苦手なほうだ。 でも、頼られるのは、実は大好き。 自分のこともたいしてできないくせに(自爆)
昔っからそうだった。 頼るほうは、申し訳なくてついつい、できるだけ自分でできることは、やってみようと思う。 頼ってもらうほうは、「必要とされることがうれしい」からだろう。
相手にいやがられずに、上手に頼れる人がうらやましいと思う。 また、気兼ねなく頼れる人がいるという人を、いいなぁと思う。
人をうらやんでばかりいるのも嫌だから、「できるだけ自給自足」の自分になった。最近では、弾き語りも曲作りもそうだし、もしかするとHP作成もそうかもしれない。 しゃーないから。 完成度、低くても自分でやる。 でも、「できたぁ!」という充実感は、やっぱあるな。 悪戦苦闘の果てだから。
「人がうらやましいなら、努力しろぉぉぉ!」 これが、最近の心のかけごえなのだぁ(笑) って・・・・・。 piano弾き語り、自給自足できてません。 だれか、piano弾いてくれぇぇぇ(自爆) わたしは、ほんとは歌に専念したい人なのだよん(笑)
「つれづれ」ネタは、たくさん思いついてたのに、すかーんと忘れちゃってる夜。(自爆) 今日は、じろちゃんの初遠出を記念して、じろちゃんネタにしよっ。
「元気だったら、男・女、どっちでもいい。」といいつつ、とことんの本音をつきつめると、どうもわたしは女の子が望みだったふしがある。それは、たろたろの時もじろちゃんの時もだった。 なので、女名前しか思いついてなかった。女の子の名としては、つけたい名があるのに、男名は、イメージがぼやーんとして、しぼれなかった。 というわけで、たろ吉のときもじろ吉のときも苦労した。
男名について、ただでさえ明確につけたい名があったわけじゃないのに、もうたろたろで力を使い果たし、じろちゃんの名前は難航した。 女の子だったら、ほぼ決まってたのに(笑)
じろちゃんの名は、まず音を優先した。 女の子だったら・・・の時の第3候補で、「○行音の名がいいな」という考えがあった。(ア行とかサ行とかね) ちょうどそこにいいと思う名前があった。たろ吉の時は忘れてたけど、昔、「いい名前だな」と思った名前だった。 それと、愛称も重視した。 たろ吉は上の文字を重ねて「たろたろ」と呼ばれていて、それがとても気に入ってる。だから、愛称も重視したかった。 (もちろん、「たろ吉」は仮名。念のため。) じろちゃんは「じろじろ」とは、あまり言わないが、上の一文字をとった「じろちゃん」の響きがとても気に入ってる。
そして、あまり意図したわけじゃないが、「▲太」「■太」、「△吉」「□吉」のようにつけ字を揃えなかったにもかかわらず、2人の名前にちょっぴり共通のテーマ(笑)が、加わったことも気に入った。
ちょっと難を言えば、じろちゃんの名は、わりとよくある名前ということかな。 でも、気に入ってるからいい。思いっきり「流行(はやり)名」でもないし。
そして、後日エピソードが2つある。 <その1> じろちゃんと同じ頃、あるママ友が、出産予定だった。「男の子だ」と言われていた。そして、その子から、「生まれました」葉書が来た。 葉書を見て、「ええええええええ!」思わず声。 女の子だったらしい。 そして、男だと思ってたので、実は「じろ吉」とつけるつもりだったらしい。 もちろん、うちのじろちゃんの本名と同じね。字も。 <その2> 産後2ヶ月たち、マタニティビクス・産後編に行った。 前にも書いた、エアロの先生のところ。 そしたら、喜んでくれて、ちびの名前をきかれた。 言ったら、なんと、自分の息子にとおおおおおってもつけたかったけど、身内に反対されてつけられなかった名前らしい。 あー、つけさせてもらえてよかった・・・と思ったのでした。
ちゃんちゃん。
| 2004年08月01日(日) |
HP、公開start |
長ーーーーーいこともちたいと思っていたHPをようやく開設・公開。 「ああ、HPいいな」と思ったころから数えると3年越しだな(笑) と言っても、その当時はHPはちんぷんかんぷんの世界で、自分が持てるとは思ってなかったけど。
開設日は当初、8月8日にしようと思ってた(たろ吉バースディ)。 でも、思ったより作業が早くすすんだので、開設月はたろたろから、日のほうはじろちゃんからとることにした(じろちゃんは1日生まれ)。 ということで、8月1日に決まり(笑)
自分のオリジナル曲を作って、公開したかった。 それが、はじめの動機。 演奏がへたなので、打ち込みも考え、そういう器材やソフトも少しはある。 有効活用できてないままだけど(自爆)
そのうち、チャットをするようになり、打ち込みに時間を使うより、弾き語りに夢中になった。下手でも弾くほうが早いからだ。それに、オリジナルも公開するほどばんばん書けないし(苦笑)。
それでも一度HP作りに着手してた。でも、昨年の今頃に失敗し、同時にファイルが消えてしまった。そのうち、じろちゃんが生まれる予定になり、一度はあきらめた。
思うところあって、再チャレンジすることにした。 7月7日に再チャレンジを決意して、1ヶ月足らず。 まだまだ未熟者のHPと開設者ですが、公開することにした。 わたしは気持ちにむらがあって、浮き沈み激しいタイプなので、波があるだろうけど、マイペースでこの居場所を育てたいと思う。
人が見て、楽しい場になるかどうかは、全く自信なしですが。。(苦笑)
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