| 2004年02月25日(水) |
願いを叶える為に必要な事、それは・・・。 |
「箸とらば仏や親の恩を知れ、我が一力で食うと思うな」
先日、 「AYAダイアリー」への感想を下さった方からのお返事に こんな素晴らしい言葉が書かれてありました。
この方との『ご縁』をどれだけ感謝したでしょう。 本当にうれしくて・・・ みなさんにも、ぜひ聴いて欲しい・・と思い、 日記へ掲載させて頂きました。
私達が口にする食べ物は、必ず誰かが作った物です。 種から育て、収穫までの長い期間、丹精に育て上げた物。 そして、 貴方を思い、手を入れ作られた料理。
「誰かの手を借り、私達は生きている・・」
その食物は、ネギ一本でも自然の力がなければ育ちません。 太陽からの光がなければ、生き物は生きてはいけません。
太陽こそが、全てを生む・・最初の光・・ 太古の昔から、自然は神と呼ばれていました。
「太陽の光は、神仏からの光・・・」
最近は食物アレルギーを持つ方が大変増えました。 新しいアレルギー体質も発見されています。
食べ物を口にする私達の体・・。 何でも食べれる体・・健康な体・・食べれる幸せ。
「この体は、御先祖様から与えられた体・・・」
全てが、 毎日、当たり前に流れているけれど・・・ 当たり前に、与えられているけれど・・・ すぐに、忘れてしまう事だけれど・・・
日々、感謝・・・。 当たり前の幸せに感謝・・。 『感謝の念を抱く・・』とは、こういう事・・・
−『箸とらば仏や親の恩を知れ、我が一力で食うと思うな』ー
ご飯は一日の中、必ず誰もが食べます。 食べずに生きれる人はいない。 その毎日の行いの中、感謝する。 改めて、『感謝の念』を思い出させてくれました。 お返事を下さった貴方に心から感謝致します。 本当に、ありがとうございました。
実は、 ご祈祷をされ、結果の早い方と遅い方がいる・・ その原因の一つに、この感謝が関係しています。
極蜜祈祷で、神仏のお力をお借りして 良い方向へと向かうのには、どうしても個人差があります。 短期間で達成される方もいれば、時間が必要な方もいる。
その違いは、どこにあるのか・・・ 詳細には、お教えすることはできませんが・・ 大きな原因となるものには、
前世からの業・・・ 家族を含む魂の因縁・・・ そして、 今生における過去の行い・・・ 現在の心・・・
これらが、 複雑に重なり困難な状況、祈願達成への障害となるのです。 一番、大きな原因はなんだと思います?
実は、現在の心・・なのです。 「心からの感謝」のない方は、必ず時間がかかります。
『箸とらば仏や親の恩を知れ、我が一力で食うと思うな』
この言葉・・・どうか、貴方の心の中に刻んで欲しい。
貴方は、 本来、感謝の念を持って生きていた方です。 ただ、思い出せばいいのです。 元々、素直に「ありがとう」と言える方なのですから。
今の貴方が言えなくなったのは、 あまりにもつらい出来事が重なったから・・ 何度も、何度も泣いたのに、 誰もわかってくれなかったから・・・ この世の中の理不尽な事ばかりを見てしまったから・・・
けれど、それを正当化してはいけません。 貴方の心が 悩みや苦しみの原因は自分だと認めない限り、 本当の『感謝の念』は生まれません。
本当は簡単な事なんです。 ただ、 好きになればいいんです。 先ほど、 ご紹介した方のお返事の中にもう一つありました。
「みんなを好きに」 「私は好きになりたいな何でもかんでもみいんな。 葱もトマトもお魚も、残らず好きになりたいな。 うちのおかずはみいんな、母さまがお作りになったもの。 私は好きになりたいな誰でもかれでもみいんな。 お医者様でもカラスでも残らず好きになりたいな。 世界の物はみィんな神様がおつくりになったもの。」
−著者:金子 みすずー
貴方が 全ての事、全ての物、全ての人、みんな好きになる・・・ それが、感謝の心を育てます。
貴方が生まれて良かったと何度も、何度も言えますように。
貴方が本当に生まれて良かったと言える時、 そこには、必ず『感謝の念』があります。
貴方が日々の生活の中、 感謝を得られる毎日をすごせますように・・・ どうか、 その環境を自分で創ることができますように。
心から貴方の幸せな毎日を願っています。
−AYA−
| 2004年02月22日(日) |
「AYA宝箱」へのご忠告 |
「ATAの宝箱に私も疑問を持っています、 昼近いのにこんばんはおかしいと思います 自作自演と思いますがいかがですか。」 (原文掲載)
今、このようなご忠告をお受け致しました。 本当にありがとうございます。 この方の仰るとおりです。 皆さんにもお伝えしなければなりません。
私は、下記の通りで優先順序をつけHPを運営しております。 鑑定依頼 相談者の方からのご質問、 鑑定後のご質問のお返事、 「AYAダイアリー」の書き込み、 日記への感想を頂いた方へのお返事 「AYAの宝箱」への抜粋と掲載
勿論、 緊急度に応じて、 個人的に優先しなければならない方や 重要なご質問にはすぐにお答えをお返し致します。
ですから、 どうしても「AYAの宝箱」は アルバムの様になってしまって、 みなさんのお目にとまるのは後から・・ という結果になっています。
この方は「こんばんわ」という文字から 自作自演という疑問が湧いたようですが、 何故、 昼なのに「こんばんわ」なのか・・・ その答えは、 メールが届いたのが未明(夜中)だからです。
私は、ユタと呼ばれる家系に生まれ、 宗教とは切っても切れない環境の中にいました。 宗派に関係なく、仏教の世界には、 『十善戒』と呼ばれる戒律がある事をご存知ですか。 守らなければならない掟です。 その中には、 「嘘をつかない」という当たり前の事が書いてあります。
私は、仏道に生きる人間です。 心より神仏を敬い、常に畏敬の念を持ってやみません。
実は、私 この方からのメールを見た時、 飛び上がるほど嬉しかったです。
私は元来、怠け者です。 時間があれば いつも生活とは全く関係のない事ばかりを考えます。
この方(O・Kさん)は、 私に叱咤激励のメールをして下さいました。 本当にありがとうございます。
又、いつでも結構です。 何かご意見、ご忠告がありましたらご連絡下さい。 他の方もどうぞ、何かありましたら教えて下さい。
私は、いつでもそうなんです。 ぬるま湯の様な生活だと逃げ出したくなってしまう・・ 仕事でもそう、 厳しく傲慢な上司がいる部署でなければ すぐに意欲を失う・・・ それが、 『私の生きる道』なのです。
私もみなさんと同じ・・ 「まぁ焦らず、無理せず、生きようか」 と自分自身に常に言い聞かせているんです。
さぁ、頑張ろう! ここに誓います。 なんとか「AYAの宝箱」はリアルタイムで掲載する事を・・
全ての事を学びとする。 善き事も悪しき事も全て同じ・・ 全てが、学び。
貴方にも新しい学びがありますように。 心を込めて。
−AYA−
| 2004年02月21日(土) |
ユタの世界について。 |
『神様って一体何なのでしょうか? なぜ、 そんな力のある人とない人がいるのでしょうか? 何の為にそういう力を与えられるのでしょうか? 素晴らしいものであれば、 なぜ持っていない人がこんなにいるのですか? なぜ、人にそんな力を与えるのですか? どうやって与える人を選ぶのですか? 神様って何者なのですか?(一部省略) 』
先日、鑑定結果をお送りし、 身代わり念珠を申し込まれた方からのご質問です。
私は正直に「私にもわかりません」と申し上げました。 お釈迦様でさえも あの長い苦行に耐え、やっと悟られた事です。 私のような者にわかるはずがありません。
神様、仏様とは 人間の意識の中では、到底、到達する事のできない存在・・ だと私は考えています。
私への鑑定依頼をされる方々は、 様々な占いや鑑定、 霊能者と呼ばれる世界の人達と接触し、 どうしようもない状態まで追い詰められて、 私への鑑定依頼をされる方ばかりです。
殆どの方が 「身代わり念珠」と「極蜜祈祷」が必要となります。 過去の経験から言っても約8割から9割の方には必要でした。 勿論、中には必要の無い方もおみえになります。 その方からは再三に渡り、 依頼がありましたが、お断りさせて頂きました。
相談者の方々との その出逢い、巡りあわせには大きな意味があります。 相談者の方にとっても・・ 勿論、この私にとっても・・
実は、 鑑定依頼をお断りさせて頂く方が、つい先日もありました。
今の私が持つユタの力では、 見る事のできない方も現実にはおみえになるのです。
過去の日記の中では申し上げましたが、 霊的な者が持つ力には、色んな種類があります。 私は、TVで見るような万能な霊能力者ではありません。
ここで、 『ユタの世界』についてお話させて下さい。
沖縄という土地は、 元々は「琉球王国」という一つの国家でした。 その琉球王国の流れを汲んでいる為、 沖縄は、日本の中でも独特の土地です。 民族の流れから言っても、 沖縄県人と日本の内地(本州)の方とは、 顔も体格も又、考え方も一切違います。 それは、 土地に宿る神についても同じ事が言えます。
又、 みなさんもご存知の通り、 沖縄では過去の戦争において、沢山の血が流されました。 これがどういう意味なのか・・ 沖縄には、 供養を望む御霊が多く存在している・・という事。 だからこそ、 沖縄には宗教や宗派の違いにはこだわらない風土ができた・・ 沖縄の人は、 神や仏、そして御先祖様をことさら大事にします。
ユタの始まりは、 琉球王朝の時代に位の高い人に仕えた巫女からの流れです。 巫女は神からの訓示や予告を行い、その人々を助けた。 又、 東北地方にあるイタコと同じ様に、 亡くなった方からの言葉を子孫へと伝える。 その役目を行っていた子孫が現在のユタへの流れです。 ユタの殆どが女です。
ユタの力・・その霊的な力には 実は、様々な種類があります。 同じユタと呼ばれる者でも、 その方法、考え方は全く異なります。
そして、 最も重要な事・・。 ある程度の霊的な力を持つ者が陥る危険な事・・ 我が身を神の様に考え、 人を自分の思い通りに左右しようとするという事。
ユタの世界には、 免状もなければ、階級もありません。 この世に存在する全てのユタが「自称ユタ」なのです。 勿論、私もそうです。
正直に申し上げますが、 私は、医療従事者への道を目指し、 名古屋の土地に移り住みました。 ですから、 通常のユタがする 沖縄の聖地での修行は行っていません。 ここは名古屋であり、 土地の神様が沖縄とは全く異なるからです。 私は自分自身が本当にユタなのか・・わかりません。 ただ、 しっかり祖母の血は受けている・・・ 自分でも説明が付かない力とは、それを意味します。
霊能者と呼ばれる方々も私と同じ・・「自称霊能者」なのです。
相談者の方々が様々な霊的能力のある人と接触し、 私の元に訪れる・・・ それは、ある意味とても危険な事でもあるのです。
このHPは、私だけのものではありません。 何人もの過去の相談者の思いが生んだものであり、 何人もの現在の相談者の願いを達成する為のものであり、 又、この日記を読まれている貴方の気づきの為のものです。
実際に私も極蜜祈祷を六明師にお願いし、 このHPを神仏のお力をお借りし守って頂いています。
私もみなさんと同じなのです。 決して、特別な人間ではありません。
今日は「ユタ」という世界についてのお話をさせて頂きました。
先日から、 私の一方的な日記になっていて、 みなさんに申し訳ない気持ちで一杯です。
どうか、 又、取り上げて欲しいテーマやご質問等がありましたら、 ご連絡下さい。 そして、最後に貴方への言葉を・・。
『海の彼方には もう探さない 輝くものは いつもここに 私の中に 見つけられたから』 木村弓氏が歌う「千と千尋」の主題歌 「いつも何度でも」の最後の歌詞です。
私の力には限界があります。 占いや鑑定だけでは、 貴方の未来を変える事はできないのです。
この曲の中の歌詞の通りです。 貴方の幸せは貴方の中にあります。
「神様って何?」この答えも貴方の中にはあるのです。
それを知っているのは、もう一人の貴方です。 光の中にいるもう一人の貴方です。
『海の彼方には探さない・・・』 外に眼を向けず、自分の心の中を見つめて下さい。 貴方の現在の状況は過去の貴方の行いの結果です。
過去の貴方を責める為ではなく、 同じ過ちを繰り返すことがないようにする為に、 自分自身をみつめるのです。
貴方の本当の幸せはそこから始まるのです。
貴方が今を乗り越える事ができますように。 どうか、 貴方が真実に少しでも近づけますように。 心を込めて。
−AYA−
| 2004年02月17日(火) |
あれは、私の学びです。 |
昨日の日記は、表面にいる私の日記です。 数々の鑑定を通し、 私は自分の魂の学びをしっかりと受けています。
鑑定依頼の方の殆どが、私にそっくりです。 以前の私を視ている様で・・ 胸が詰まる・・。
表面にいる私は、本当に弱い・・ 私を視ている、ユタの私が諭すのです。 「逃げてはいけない・・・・」
鑑定依頼の方の苦しみ、悲しみ、そのつらさ・・ 全てを感じてしまう・・
表面の私は、鑑定士としては失格なのかもしれません。 もっと、冷静に受け止める・・ 自分の心をコントロールする・・ 普段の私は、みなさんと同じです。
私も学びの中にいるのです。
御念珠や祈祷をされている相談者の方の殆どが 私と前世において、何らかの『縁』を持っています。 それは、私の思い込みではなく、 六明師の霊視によっても明らかにされています。 だからこそ、 私はどんな小さな変化でも感激するほど、喜ぶ。 私は幸せになれる。
昨日の日記を書いてから、 沢山の方からメールを頂きました。 過去に鑑定をされた方や現在の相談者の方、 又、AYAダイアリーを毎日の様に読まれている、と言う方・・
本当にありがとうございました。 時間は掛かりますが、 必ず、お返事致しますので、もうしばらくお待ち下さい。
その中に幾つかのご質問がありました。 「本当の事を教えて・・絶対に受け止めれるから・・」 という思いの詰まったもの・・
昨日の日記の中の 「実際には、伝えてはいけない事・・伝えられない事・・」 という言葉がその方々に、疑問を投げかけたのでしょうね。
私は、鑑定において、 必ずご質問にはお答え致します。 けれど、答えてはいけない事がある・・
それは、その方の『魂の学び』・・ 『魂が持つ学び』を私が答える事はできないのです。
私は、神様でも仏様でもありません。 私が貴方の人生を左右してはいけないのです。
私の心からの願いは全ての人が本当に幸せになる事・・
鑑定結果を打ち込む時の私は ただ、ユタの私から言われた事を言葉にするだけです。 鑑定は仏間にて行いますが、 そこから出てきた私は、普段の私・・ パソコンの前に座り、鑑定結果を言葉にする時、 私の感情の波は大きくなったり、小さくなったりする・・ それは、 表面にいる私がその方の心に共鳴してしまうから・・
鑑定結果を出し、 後はただ、神仏にお任せするしかない。 けれど、 どうしても、その方を救いたい。 その苦しみから抜け出す方法を私は知っている・・ どうしても救いたい・・
「どうしても救いたい・・」 と考える私は、うぬぼれの強い、傲慢な人間です。
そんな事ができるはずがない・・ お釈迦様でも救えなかった方がいた・・ 仏教経典にはそう書かれています。
お釈迦様でも救えない人がいるのに・・ この私に救えるわけが無い・・。
それなのに、私は救いたいと考えてしまう・・ 「この人は、無理だから。」と笑えない。 笑えないのです。 表面にいる私は、弱い・・ そして、その私は傲慢な人間です。
神仏にお任せする・・という事ができていない・・ これが、今の私の学びなのかもしれません。
人間は頑張れば、頑張れば何となる・・と考える。 自分の心だもの、神仏に頼らなくても何とかできる・・ 供養もそう・・お経をしっかり読めばうまくできる・・ そう、考えてしまう・・
けれど、本当にそうでしょうか・・ 本当に人は自分自身がしっかりしていれば、 何でもこなせるのでしょうか・・・
人間には限界があります。 人は、光の様に無限ではありません。
現状のこの世界では、 人には、変える事ができない事が沢山ある。
表面にいる私は、鑑定をする度にそれを思い知る。 ユタの私の言葉、声・・ そして、 光が、表面にいる私に伝える・・・
昨日の日記は、 それを伝える事ができない自分を嘆いたのです。
本当にごめんなさい。 でも、 私は、貴方に普段の私をこれからも見て欲しいのです。
あれは、私の学びです。 ユタの私は決して、私に学びを教えてはくれません。
私も貴方と同じです。 学びの中に生きている・・
貴方の学びは何? 本当の貴方に戻るまでの学び、 本当の貴方に戻ってからの学び
貴方の魂の持つ学びは、 貴方自身の心で探さなければなりません。
学びは幸せの第一歩です。
その学びを通して、貴方の魂は成長する。
貴方が本当の学びを得る事ができますように。 そして、 その学びをしっかりと乗り越える事ができますように。 私は心から願います。
−AYA−
| 2004年02月16日(月) |
私の今の思い・・ごめんなさい。 |
『 どこまでも まっすぐに 進んで 同じ所を ぐるぐる廻って 』
『 ここに いるよ、 あなたが迷わぬよう ここに いるよ、 あなたが探さぬよう 』
元ちとせの歌 「ワダツミの木」の歌詞です。 彼女は、奄美大島の出身。 彼女の歌からは、沖縄の匂いがする。
奄美大島は鹿児島県に位置していますが、 遠い昔、奄美は沖縄の領土でした。 琉球王国の時代、 薩摩藩との戦に破れた沖縄は 奄美を薩摩へと譲り渡しました。
彼女と私には同じ祖先の血が流れている・・ 私にはそう思えて、 彼女には親近感を覚えます。 彼女の歌、彼女の声に、 私は癒しを求めてしまう・・
鑑定依頼が殺到している中、 今の私は、自分の無力さを噛みしめています。
鑑定結果には、本当の事を正直に書きます。 けれど、 実際には、伝えてはいけない事がある・・ 伝えられない事がある・・
自分の力の無力さ・・ 自分の言葉の無力さ・・ ごめんなさい。 貴方にはここまでしか伝える事ができない・・
打ちのめられそうになってしまう・・
人は、誰もが幸せを追い求める・・ それぞれの魂は、自分の幸せの道を捜し求めている・・ 光を探し、光を目指し・・
ただ、ただ、毎日の繰り返しの生活の中・・ きっと、必ず、光に出逢える・・ きっと、必ず、幸せになれる・・ そう、信じて・・
ただ、ただ、まっすぐに死ぬまでの道を進んでいく・・ それが、生きるという事? けれど、 いつも、いつでも、同じ壁にぶつかる
「同じ所を ぐるぐる廻って・・」 本当の学びはそこにあるの?
私を視ている、もう一人の私に尋ねる けれど、声が 聴こえない・・、声が届かない・・
光の中から声 「ここに いるよ ・・・」 その光に入りたい・・光と共に歩きたい・・
私一人だけでなく、全ての人と一緒に。 「光はここ・・ここにあった・・」 私の声は小さい・・
白状・・しましょうか・・
表面にいる私は、本当に弱い・・ 鑑定結果を打ち込みながら、 泣いてしまう・・ この人には、きっと伝わらない・・ この人にとっての『時』は、今じゃない・・ それを知ってしまう悲しみ・・
どうか、どうか、少しでいいから・・ ほんの少しでいいから、 本当の光が、すぐそこにある事に気がついて・・
どうか、 神様、仏様、この方にお導きを・・ どうか、心から心から、よろしくお願いします。
私の心からの願い・・ きっと、きっと、いつか必ず叶う・・ 必ず、幸せになってくれる・・ そう信じて。
光の力は無限・・ できない事なんてない・・ きっと、すべての人を幸せにしてくれる。
言ったじゃない。 人間は全て幸せになる為に生まれたって・・ 言ったじゃない・・ 必ず、幸せを掴めるって・・
だから、私は諦めない。 貴方の幸せを信じています。
貴方が本当の幸せを掴む事が、私の本当の幸せ・・
幸せになって・・ 本当の貴方は、私が言わなくても、 自分の事をよく知っている。 もう、知っている。
貴方の幸せを心から願います。 心の底から、切に願います。 どうか、 貴方が本当の幸せを掴み取る事ができますように。 心を込めて。
−AYA−
| 2004年02月14日(土) |
相談者の方のお返事から。 |
『ほとんど毎年雛人形を出していたのですが、それでも縁遠く 出しても出さなくても一緒なのかなあ?と思っていました。 でも、だから出さないっていうのは自分勝手な考えですよね・・。 お人形に対しての思いやりに欠けていたことを反省しています。 大事にしようと思います. 人形に限らず他の身の回りの物でも、もし何か悪い念が入っていたら 又は、入ったら怖いという意識が強くなっていましたが、 本当に意識しなければいけないのは 自分自身が優しい心を持ち、 人や物に接するということなんですね。 霊障についても、恨みを持っている霊がいる・・という意識よりも、 それでもこれまで無事に生きてこれたんだという 目に見えない守ってくれている何かに対する感謝の気持ちを抱くこと 大事だと感じています。』(一部省略)
昨日の日記に掲載させて頂いた方からのお返事です。 本当に、うれしい・・。 うれしいです。 本当に、心からありがとうございました。
私がお伝えしたい事・・ この方からのお返事の内容が、私がお伝えしたい事、 そのままです。
この日記は、私だけのものではありません。 私がみなさんにお伝えする形での文章ではありますが、 この日記はみんなさんが、創っているのです。
何度も言いますが、 普段の私は、みなさんと全く同じです。
六明師の霊視でもそれは証明されていて、 私の相談者の方は みなさん、以前の私にそっくりだそうです。 鑑定をしていて、 私もそう感じることが多々あります。
鑑定をしているユタの私の後ろで 隠れている普段の私の気持ちは、 鑑定をする度に身内の様な心境になり・・・ 鑑定の度に昔の我が身を思う心境になり・・ とても、 他人ごとではなくなってしまうのです。
この日記への感想として、 みなさんから多くの暖かいお言葉を頂いています。 感想を下さる殆どの方が、 まだ鑑定をしていない方ばかりですが、 この日記を 自分自身を振り返る為のきっかけにしている・・ と仰って下さる。
この場をお借りし、 心からの感謝を申し上げます。 私が望む事・・願う事はそれなんです。
「毎日、毎日を学びとする・・」 私もみなさんから学ばせて頂いているんです。
鑑定をするという事は、 その方の人生の流れ、運気を視るという事です。 人は生活において、 他人には知られたくない事を必ず誰もが抱えています。 もしかしたら、人でけではなく、 神様や仏様にも言えない事、知られたくない事 を抱えているのかもしれない・・。
それを私は鑑定として ユタの力を使い拝見させて頂く、 私にとっての鑑定とは、 大きな責任と願いがなければ決して行う事ができない・・。 全ての人の幸せの為に・・ と安易に無料での鑑定を行う事はできないのです。 そんな事をしたら、 弱い私はお金の事ばかりを考える事に繋がる。 ユタの私はそれを知っているんです。 楽な方へと逃げ出そうとする・・ 損得ばかりを追いかける人間になる・・という事を。
過去の日記の中に、 私の将来の夢について書きましたが、 私には壮大な夢があるんです。
私はどんな事があっても将来、 「高齢者が癒される空間・・」 残り少ない時間を振り返る為の時間と場所・・・ そして、 旅立つ為の準備のできる場所・・ そういう施設を造りたい・・。 それも私だけの力ではなく、色んな人の真心で造りたい。
これが鑑定を始めた本当の理由です。 鑑定させて頂いた方からの費用は この為に使わさせて頂きます。
このHPは 私の過去の相談者の助けによって成り立っています。 この「AYAダイアリー」は 貴方の学び、私の学びとして成り立っています。 そして、 貴方の幸せが、貴方の周りの人たちの幸せになります。 他の人達の幸せは、社会の幸せに繋がります。 最終的には、全ての人の幸せになる・・・。
全ての人の幸せは、実は貴方が創っていたのです。 自分は関係ないなんて、考えてはいけません。
貴方の食事は、貴方の知らない人が丹精込めて作ったものです。 貴方は常に誰かの支えで生きています。 勿論、私も同じです。
私達は生きているのではなく、生かされている。
貴方は一人ではありません。 貴方を思う人が必ず、存在している。
「生まれて来なければよかった」 なんて、言葉を口にしてはいけません。
貴方は幸せになる為にここにいるんです。 貴方は誰かの幸せを創っているんです。
それが、 「善行」の基本となる心。 真心です。
貴方が幸せになる事。 それを心から願います。 ただ一人の為の幸せではない幸せが 貴方の本当の幸せです。
バレンタインデーという今日の日に、 私からの言葉を送ります。
貴方との眼に見ることのできない この『縁』を『出逢い』をありがとう。
貴方に逢えて、本当に良かった。 貴方が何かを感じる事が私の喜びです。 貴方の幸せが私の幸せです。 心を込めて。 貴方の幸せの為に・・・・・。
−AYAー
| 2004年02月13日(金) |
物に宿る念(御炊き上げと御祓いの違い)・・�� |
先日の日記を書いてから、 「御炊き上げ」に関するご質問が殺到しています。 今日は、 前回ご紹介した「御炊き上げ」についてお伝え致します。
以前の日記と同じ様に、 相談者の方からのご質問と それにお答えする私の返事をコピーしました。 どうか、 そこから「御炊き上げ」と「御祓い」の違いをご理解下さい。
[ご質問] 『私が生まれてから祖母に買ってもらった雛人形が まだあります。ここ数年は出さずにしまったままですが。 どうすれば、いいのでしょうか?』 (一部省略)
[お返事] 貴方からのご質問、受け取りました。 前回の日記を書いてから、 実は貴方の様に何人もの相談者の方から 御炊き上げについてのご相談が殺到しています。 貴方へのお返事も遅くなり、本当にごめんなさいね。
貴方の場合、「雛人形と五月人形について・・」ですね。
ここで、少し 六明師の行う「御炊き上げ」についてご説明させて下さい。 六明師の行う「御炊き上げ」は 一般に言われている「御祓い」ではありません。
あのね。 よく「埃を払う」と言いますよね。 漢字は違いますが、 『はらう』とは、どこかに飛ばす事を意味します。 それとよく似ていますが、 「御祓い」とは、念をその物から外す事を意味します。 どこかに飛ばしている・・・という事。 憎しみの心や恨みを抱えた念は、 又、同じ波長の人を求めてさ迷います。 以前の場所に戻ろうとする御霊も実際には存在します。 わかりますか? 「御祓い」を何度もしているのに、 何にも変らないというのは、戻っている可能性が高い・・。
では、 六明師の行う「御炊き上げ」は「御祓い」とどう違うのか?
六明師の行う御炊き上げは、 物に入っている念(御霊)を浄化するのです。 浄化とは供養を意味します。 その御霊を神仏のお力をお借りし、教化する・・ 光の存在を御霊に教え、導くのです。 ただ、炊き上げる(燃やす)のとは意味が違います。 だからこそ、御炊き上げには、 今迄持っていた方の慈悲のお気持ちが必要になるのです。 お布施をお包みください。とはそういう意味です。
仏教的なお話になりましたが、疲れませんか? 私の悪い癖です。 何もかもをいっぺんに話そうとする・・ごめんなさい。
貴方の雛人形の事ですが、 「どうするかは、貴方にお任せ致します。」
でも、一つだけ申し上げると・・ それは、ご家族から送られた雛人形ですね。 そのお人形を供養する気持ち・・ そのお人形に優しい気持ちで接してあげる・・ 貴方はご自分の娘さんにそれを渡されるんですよね。 じゃぁ、なおさら・・ 優しい気持ち(念)を込めなければ・・。
「雛人形を箱から出してあげて下さい。 二月の風に当て、桃の節句が終わり次第、 又来年・・・と言っておしまい下さい。」
それが雛人形に対する貴方のやるべき行いです。 一年に一度だけの行いです。 どうしても、 それが無理ならなるべく早めに御炊き上げを された方が良いのではないでしょうか。
ところで、 「雛人形を出さずにいるとお嫁にいけない」 という、昔からの言い伝えがあるのをご存知ですか? 二月の風に当てなければ、出遅れる(嫁に行くのが) という事も聞いた事がないですか?
もう一度、貴方自身でどうするかをお考え下さい。
『物には命が宿ります』 どんな物にも魂がある。そう考えて毎日をお過ごし下さい。 貴方が雛人形の身になって、お考え下さい。 ーAYA−
ごめんなさい。 実はこの方から承諾のお返事をまだ頂いていません。 「拒否」のお言葉がなかったので、掲載しました。 又、この日記を読まれたらお返事下さい。
「御炊き上げ」と「御祓い」 意味の違いをご理解頂けましたでしょうか?
殆どの方が、 ただ嫌なもの・・いらない物だから・・ と御炊き上げを希望される・・・ そこには、物に対する気持ちは無い・・に等しい。
前回の日記に 「念の宿り易い物」について具体的に書きましたが、 私は、 みなさんに御炊き上げや御祓いをお勧めしたのではありません。
物に対する気持ち・・心・・それについて考えて欲しかったのです。
お願いです。 「どんな物にも命がある」と考えて下さい。
貴方の『物』に対する気持ちが、そのまま『人(者)』に対する気持ちです。 『物と者』どちらも同じです。
便利なものにしか価値をおかない・・ 必要が無くなったら感謝の気持ちも無く捨てる・・ それでいいのかな? 本当にそれでいいのかな?
「慈悲」の心は「善行」を生むと言いました。 どんなものにもその心で接する事・・それが大事。 小さな行いですが、立派な「善行」です。
貴方の幸せの為に私はあえて厳しく言います。 貴方の心が大事です。 どんな時でも貴方の心が全てを創っています。
どうか、 貴方が私の声を聴くことができますように。
どうか、 貴方が心暖まる「者」と「物」に包まれますように。 心を込めて。
−AYA−
| 2004年02月08日(日) |
物に宿る念・・・�� |
今日は過去の日記に書いた 「物に宿る念」についての補足として どういう物に「念」が入りやすいのかを 具体的にみなさんにお伝えしたいと思います。
そのお話に入る前に、 みなさんにお願いしたい事があります。
『このHPには「AYAの宝箱」という伝言板があります。 この伝言板は、 これまでは私宛に寄せられるメールの中から 私のほうで、何人かの方を抜粋し、 スタッフがその都度、 掲載しても良いかの確認をとり、 書き込みさせて頂いていましたが、 多数のメールがあり、更新が遅れ、 皆様にご迷惑をお掛けする結果となっています。
その為、今回からは、 私に送られる皆様からのお言葉を ご了承を得ずに書き込みさせて頂きたいのです。 勿論、前文を載せる事はありません。 個人が特定されるような内容は一切削除させて頂きます。 ですが、 伝言板への掲載を拒否される方もみえると思いますので、 私へのメールの際には、 一言「拒否」と書き込み下さる様、お願い致します。』
現在の相談者の殆どの方はご存知ですが、 私のHPの運営には、何人かのスタッフがいます。 私は、医療従事者として勤務しており、 時間に制限がある為、どうしても一人で行う事が困難なのです。
実は、 スタッフというのは、私の過去の相談者の方々です。 「全ての人が幸せになって欲しい」 という気持ち、願いで動いています。 「他の人の喜ぶ顔がみたい・・・」 その気持ちだけです。 このHPは様々な方々に支えられ、生まれたものなんです。
どうか、忘れないで下さい。 貴方の幸せを願う人は見えない場所にも存在しているのです。
さぁ、 お待たせ致しました。 「念」というテーマに移りましょう。
まず、 相談者の方からの一つのご質問をご紹介致します。
『御念珠をして祈祷が始まってから、AYA先生の言うように、 なんだか気味が悪いと思う天然石があるんですが、 こういう物は一体どうすればいいんでしょうか?』
過去の日記の中でも書いた様に、 この方が持っていた物には、あまり良くない念が入っていました。 低い位置にいる御霊の逃げ場所になっていたのです。
この方が感じている気味の悪さというのは、 身代わり念珠が危険を感じ警告しているという事を意味します。 身代わり念珠をすると、 その方に良くない影響を与えると思われる 物や人、場所をとても嫌がります。 危険を防ぐというのはこの事を意味します。 これが、 御念珠に入っている神仏の性根(神仏の念)の力です。
身代わり念珠は、 その方の魂が持つオーラを六明師が霊視し、 その方にとって、一番近いとされる 神仏の性根(念)を天然石の御念珠へ宿します。 ですから、その方だけの独自の御念珠となります。
身代わり念珠を例にして、お話しましたが、 どんな物でも、この世に存在する物には「念」が宿るのです。 ただ、実際には 「念」の入りやすい物と入りにくい物とがあります。
相談者の方のご質問にもあったように、 具体的に最も入りやすい物は「人形」「天然石」「お札」等です。
人形は「人の形」と書きます。 一時大流行した陰陽師は神道の流れを汲み、 御祓いに近い儀式をする時には、 紙を人の形に切り、その紙人形に念を入れ行います。 又、よく恐いお話に出てくる 髪の毛が伸びる人形等が例として挙げられます。
天然石は、御念珠だけでなく、 よく占いや鑑定の中でも使われたりします。 天然石の中に「念」を呼び込み、映して視るのです。 天然石の中で、最も強く念を吸収するものは水晶です。 又、同じ天然の石として、 川の小石などには「念」がこもっている場合が多いです。
そして「お札」 お札に対する気持ち、その取り扱いには注意しなければなりません。 過去の日記でも述べましたが、神様には感情があります。 敬う事をせず、粗末に扱えばどうなるか・・・は、言うまでもありません。
どうか、 みなさん購入される時には、よく考えて買って下さいね。
この方の場合は、 私の相談者の方でしたので、 六明師にお願いし密教の秘儀である 「御炊き上げ」と呼ばれる御祓いをして頂きました。
物には御念珠の様に『良い念』も宿るのです。 六明師の様に強い霊的な力を持っていなくてもできます。
貴方が心から相手のことを思い、 感謝の気持ちや思いやりの心で それらを送ったのなら、 そこには、思いやりの心が生む『良い念』が宿ります。
又、 逆に貴方が他の方から何かを頂き、 例え、その送り主が貴方にとって、 あまり好きな人でなくても 貴方が心から、それを大事にすれば、 そこには貴方を守ろうとする『良い念』が宿ります。
貴方の心が、物には宿るのです。
貴方の心が人や物を呼ぶのです。 貴方の心が貴方の環境を創るのです。 人生も未来も貴方自身が創るのです。
「生霊」という事からも、 自分自身の『心が大事なのだ』と言う事がわかります。
『貴方の喜ぶ顔がみたい』 テレビコマーシャルでこういう言葉が流れていました。 その気持ち、心が最も大切なのです。
「生霊」というのは、人の苦しみを願う念です。 「慈悲」というのは、人の喜びを願う念です。
「生霊」の心は「悪行」を生みます。 「慈悲」の心は「善行」を生みます。
貴方が本当の幸せを手に入れるためには、 この「善行」を行う事が必要なのです。 「善行」の積み重ねが「善徳」です。
では、 この住みづらい世の中、 具体的にどうすれば「善行」が行えるのでしょうか?
次回の日記の中でお話させて下さい。
貴方が心正しき思いやりの念で 毎日を過ごせますように。 心を込めて。
−AYA−
| 2004年02月07日(土) |
魂の眼(生霊について語る前に・・) |
突然ですが、 手相には「仏眼」と呼ばれる線がある事をご存知ですか? 親指の関節にある、人の眼の様な線をそう呼びます。 手相の世界では、 仏眼を持つ者は、一つの宗教には染まらず、 自分自身の心で真理を求めると言われています。
「仏眼」はそんなに珍しいものではなく、 その線を持っている人をよく見かけます。 実は、この線、私の両手にもあるのです。
先日から 「生霊」をテーマにしてお話していますが、 その生霊を消す方法は、 現状の世界においては神仏の力しかない と何度もお話しました。
私の言葉で表現すると、どうしても神仏となってしまう。 高次元の力・・・ 見えざる存在の力・・・ それを表現しお伝えする時の言葉が 私の中では神仏となるのです。
日本、いや世界には様々な宗教が存在しています。 私の言う神仏とは特定の神仏を指しているのではありません。
沖縄には、独特な宗教感があり、 特定の宗教を否定する事は 自分の中の神仏を否定する事に繋がります。 その環境で育った私は、 宗教に対し何のこだわりもありません。
勿論、無宗教ではありません。 ただ、全ての人の心には その人の感じる神や仏が存在している と考えているのです。
私に今の道を指し示して下さった 六明師は、密教の高名な僧侶です。 私は勝手に師として仰いでいますが、 六明師も又、 私と同じ考えで宗派には一切こだわりません。
鑑定を依頼されようかと 悩んでいる方の中には、 「宗教的な事に勧誘されたらどうしよう・・・」 と考えている方もみえると思いますが、 ここで断言させて頂きます。 そのような事は一切ありません。
人の信仰心とは、 強制し、洗脳しても 断じて芽生えるものではないと 考えているからです。
それぞれの魂は「眼」を備えているからです。 ただ、その眼が濁っていては意味がありません。
「魂の眼」 それを大きく開き、何が真実なのかをみる・・
自ら持つ魂が感じ、納得し、 理解する事ができなければ それには必ず終わりが来るのです。
本来の貴方が感じるままでいいのです。 貴方の魂は何が正しいのかを常に知っています。
それに気づかないようにしているのも貴方です。 私は貴方が、本来の貴方に戻り、 本当の幸せを掴む事ができるようにと願うだけです。
どうしても 「生霊」というテーマを語るには 神仏の持つ力や御霊の存在に触れなければなりません。
この日記だけに訪問されている方に 誤解を招く事がないように・・・ 今日は私の宗教感をお話させて頂きました。
次回は過去の日記に書いた 「物に宿る念」についての補足をさせて頂きます。
どうか、 貴方が本来の貴方の眼で物事を正しく見る事ができますように。 心を込めて。
−AYAー
| 2004年02月06日(金) |
過去の鑑定から・・「生霊」について。 |
前回からの日記、 「生霊」についてから、 本当の幸せへの答え探しをしていきましょうか。
今日は、 実際にあった過去の相談者の方から、 学びを得る事ができたお話です。
30代前半の女性。 社会的に誰もが認める職業。 離婚経験有り。子供無し。 子供の頃からの家庭環境は、 経済的に低く、財産等は無し。 向上心旺盛。
そういう方です。 この方からの依頼は、 頻繁に起こる自損事故について。
「何にも悪い事はしていないのに・・ 何故か自分ばかりが損をする・・・ 毎日、一生懸命に生きているのに・・。 誰にも迷惑などかけてないのに・・ 何で自分ばっかり、こんな目にあうの?」
これが、その当時の依頼内容でした。 自分に原因があるのではなく、 きっと、これは霊障と呼ばれるもの・・ そうに、決まっている・・ こんなに、正しく生きようと 努力している自分が不幸になるはずがない。
彼女の感情は、そう物語っていました。 そして、 鑑定から得た結果は・・
実は、 彼女は、生霊に近い感情を 常に心の中に持っている人だったのです。
彼女は、正義感の強い方でした。 常に、厳しく生きる事を 自分にも周りの人間にも強制していました。 彼女の向上心は、 常に、誰かへの復讐心に支えられていたのです。
彼女は、職場の中でも一目置かれる存在で、 周りの人間は彼女をある意味、恐れていました。 何故恐れるのか? を彼女の過去から読み取ると・・・
過去に、 彼女に正しき注意を促した人が何人もいました。 彼女は、それを素直に受け取らず、 自分への批判、中傷だと受け取る・・。 「絶対に見返してやる!あいつに恥をかかせてやろう!」 という復讐心に燃えるのです。 これまでの彼女は、 どんな困難な状況にあろうとも、 それを支えに生きていました。 現実に、彼女は何年かかっても それをやり遂げていました。
みなさんは、彼女の事をどう感じますか?
彼女の持つその心は、 彼女の良い面も引き出していました。 けれど、 彼女は自分の復讐心が生んだ心が引き寄せる 別の人からの復讐を受けていたのです。
わかりますか?
彼女に皆の前で、恥をかかされた上司は、 彼女の事を恨みます。 そういう人の念に近い感情が 彼女の周りには幾つもみえました。
念が、念を呼ぶのです。 生霊が、生霊を呼ぶのです。
うそだぁ! と思っている貴方。 昔のことわざに、 「類は友を呼ぶ」という言葉があります。 それと、同じです。 同じ価値観、人生観を持った人達は、 知らない内に引き寄せられ、グループを作ります。
「自分の肌に合わない」 という表現は、これの逆の意味です。 あまり、話した事も無いのに どうも嫌な感じがするという場合。
実は、 これは霊的な事についても同じなのです。
憎しみの心、妬みの心、そして恨み・・ その様な心を持つ人の近くには必ずと言っていいほど、 低い位置にいる成仏できない御霊の存在が伺えるのです。 この世に恨みや憎しみを残し、成仏できないでいる御霊です。
私は、彼女に御念珠と極蜜祈祷をお勧めしました。 そして、もう一つ。 彼女には、「お守り」が必要だとお話しました。
身代わり念珠は、 外からの霊的な障りには対処し、 彼女に危険が及ぶ時は、 彼女の身代わりになって障りを防いでくれます。 けれど、 内側から生まれるものに対しては、その力が働きません。
彼女の心が創る憎しみ・・ 彼女が引き寄せる憎しみには対処しきれないのです。
それを行えるのは、「お守り」です。
みなさんは、「お守り」というと、自分を守り、 幸せにする為にあるのだと思われているようですが、 「お守り」には、もう一つの役目があるのです。
自分の心が発する卑しい心、 危険な言葉、 人の幸せを邪魔する様な感情 それらを人に飛ばすのではなく、 自分に返すものでもあるのです。
わかりますか? うーん。段々といつものように、 貴方を悩ませるような文面になっていますね。 あぁー・・・もっと勉強します・・。 どうか、お許し下さい。
昨日も書きましたが、 人間が生きている限り、 こういう感情が生まれるのは 当たり前の事。 その感情を抑えることばかりに終始すると、 人は精神的に病んでしまいます。 けれど、 そんな感情を当然として、受け止めると、 人は自分で自分の幸せを壊す事に繋がります。 自分で悪いものを引き寄せるのです。
「お守り」は、 幸せを自分で壊す事が無い様に貴方を守るのです。 これが、神仏の持つ力です。
彼女の過去、短期間で5回にも上る自損事故は その様な事が原因の一つとしてありました。
けれど、ユタの私は、 通常、鑑定結果の中でこういう霊的なことはお伝え致しません。 彼女がそれを知ってもどうする事もできないからです。 鑑定結果の中で、障りを具体的にお伝えする事は、 実は、とても危険です。 私も六明師も必要がある時にしか、その事をお伝えしません。
具体的な障りを貴方が知り、 それを防ぐ方法、それを解除する方法はあるのですか? 貴方はそれを知る事で、ますます苦しみ、悩む・・・。 貴方の幸せには、繋がらないのです。 以前の日記に書いた、 時に、真実を語らないという事は、この事を意味します。 私は、貴方に、本当に幸せになってもらいたいのです。
何度も申し上げますが、 霊的な障りを消す事ができるのは、 現状の世界では、神仏の力に頼るほかないのです。
どうか、 貴方が私の声を聴くことができますように。 この日記が貴方への何かのきっかけとなりますように。
全ての魂が光に導かれる事を切に願います。 心を込めて。
ーAYA−
| 2004年02月04日(水) |
本当の自分に近づく方法(生霊から?) |
前回の日記に 「心の奥にいる本当の貴方と表面にいる貴方が 近づく事ができれば、 本当の幸せはそんなに難しい事ではない」 と書きました。
お約束した通り、 今日は本当の貴方が前面に出る為には どうすればいいのかをお話したいと思います。
具体的に、お話する為に 今日は、ご質問にお答えする形で進めたいと思います。 つい先日、下記の様なメールが届きました。
「生霊を出している人というのは 気づかないとよく聞くのですが、 私は、どうしても自分が、以前交際していた男性に 未だに生霊を出しているような気がしてなりません。 優しい彼氏もできて、 ある程度の目標も達成し、 幸せに過ごしているのですが、 自ら生霊を出しているかを知るにはどうしたらよいか。 また、それを消すにはどう対処したらよいか、 助言をいただければ幸いです。」 (一部省略)
実は、 先日から「AYAダイアリー」の感想のメールに 生霊について、もっと詳しく教えて欲しい・・という、 内容のご質問が幾つも寄せられています。
「生霊」の意味が定かでない方・・・ 詳細については、どうか過去の日記をご参照下さい。 ここでは、簡単に「生霊」という事についてお話致します。
「生霊」とは、 現実に生きている人の「念」が、 御霊(死霊)の様に、ある人に取り付き、 災難と呼ばれる災い、障り(霊障)を起こす事を言います。
御霊からの障りの場合は、 供養を滞りなく、正しく行うことができれば 霊位は、心から感謝し「災いを福」へと転じますが、 生霊の場合は、外す事がとても困難です。
何故なら、 その「念」は何も望まず、 ただ、ただ、その人が苦しめばいい・・ という思いしか持たないからです。
死霊という御霊の願いは供養です。 供養を望んで、「自分はこんなに苦しいのだ」 という事を知らせる為に、災い、障りを起こしています。
この方のご質問の一つは、具体的に、 どうすれば「念(生霊)」を送っている事が、わかるのか? という事です。
ユタの力を抑え、この方の鑑定をしていない私には、 実際に、この方が生霊を飛ばしているのかはわかりません。 ごめんなさい。 ですから、 これからお答えする事は ご質問を下さった貴方だけに関してではなく、 他の方にとっても、知る事ができる内容となります。 どうか、ご了承下さい。
この方のご質問の中にあった様に、殆どの場合、 「生霊」を飛ばしている、その張本人は 気がついていない事が多い様です。
何故かと言うと、 「生霊」というのは、自分自身を見失った時に発生するからです。
私達、生きている人間は、幾つもの感情に左右されています。 喜び、嬉しさ、楽しさ、悲しみ、懐かしさ、苦しみ、憎しみ、妬み、憧れ、 等など、その感情はここには、書ききれない程あります。
誰もが、その感情の中にいます。 ご質問を下さった方だけが、その感情を持っているのではありません。
日々、病院での仕事をしている私にも・・・ 勿論、あります。 医者として、癒す立場にある者が、 病める人々に、傲慢に接している時など・・ 表面にいる私の心の中では、 「おまえこそが、その苦しみを味わえ!」 と、つい憎しみの渦に包まれそうになります。 そして、はっと我に返る・・・。
こうして、偉そうな言葉ばかりを並べている私も 実は、同じなのです。 いえ、 霊的な家系に生まれた私の飛ばす「念」というものは、 もっと多くの罪、災いを創ります。
「生霊」という念は、ある意味、 誰もがそれを飛ばす可能性がある・・という事です。
けれど、心正しき人は その卑しい低い感情にある時の自分を心から戒めます。 「なんて、ひどい事を思ったんだろう・・・」 と、自分を振り返り、叱り飛ばす事ができます。 この場合は、「生霊」と呼ばれる念は生まれません。 自分自身を見失ってはいないからです。
憎しみの心、恨み、妬み、等の低い心に染まり、 日々の生活の中、心の中で何度も何度も呟く・・・ 「あいつが苦しめばいい・・」と。 食する事もできず、夜は寝る事もできない・・・ 生きている理由は、ただ苦しむ姿を眺めたいから・・。 こういう場合は、確実に「念」を送っています。
わかりますか?
自分自身が「生霊」という念を送っているかを知るには、 まず、普通の生活ができているのか?を知る事です。 「ご飯もおいしく・・夜はぐっすり眠れ・・毎日が幸せ・・」 と、思える場合には、生霊は生まれません。
ただ、前回の日記の中に書いたように、 知らずに「念」を飛ばしてしまう事がある・・。 過去の私の経験の中では、そういう方が実際に何人もいました。
知らず、知らずに「魔の時間」・・・ 「丑三つ時に」の真夜中に、 寝ているのか・・寝ていないのか・・・頭が朦朧とした中で・・ そういう感情が湧き出る・・心がそれ一色に支配される・・・。 そのような状況の時が、危険な時なのです。 それから、もう一つ。 体質的に霊的な事に敏感な方・・・ そういう方は、念を飛ばしやすい・・という事。
うーん。 伝える事が、本当に難しい・・・。 ごめんなさい。 よく、わからない方はどうぞお問い合わせ下さい。
でも、何故、「生霊」を飛ばす事に問題があるのか? 何人かの方は、このような疑問もお持ちでしょうね。
「生霊」を飛ばすという事は、 人の不幸を願い、喜ぶという事です。
そういう人が、幸せになれると思いますか?
人様の不幸を心から喜ぶ者に、神仏は力を貸すでしょうか?
それが、答えです。 そして、 心の奥にいる神仏と最も近い・・ 光に包まれたもう一人の貴方と近づく為の方法・・。 それが、この答えです。
自分の心(感情)を常に安定させ、コントロールする・・。 決して、自分を見失わない様にする・・。
それが、 私達にできる最も簡単で、 そして、 最も困難な方法です。
今日の日記も随分と難しい話になりました。 私のお伝えしたい事が、 貴方にはご理解頂けましたでしょうか・・・。
現実に生活している私自身が、 いつも気をつけ、自分の心と戦っている事です。
長い文面になり、貴方を逆に悩ませていないか、 大変、不安です。
最後に。 感情をコントロールする最も簡単な方法を一つお話します。 これは、潜在意識をコントロールする為の方法です。
「私は、本当に幸せだ・・。 何もかもが、私の幸せの為に準備されている・・。 大丈夫・・。私は順調だ・・。」
と、呼吸をする度に何度も、心に言い聞かせるのです。 いつでも、どこでも、無理なく、行える方法です。 一度、お試し下さい。
そして、もう一つ。 お答え致します。 「生霊」を外す事、消す事は、 現状のこの世界では、 高次元の力、神仏の力しかありません。 次回で、 実際にあった過去の相談者の方のお話から、 その事について、お答えさせて頂きます。
どうか、 貴方が日々の生活の中で生む言葉を・・ 幾つもの感情の波を・・ 自分自身で振り返る事ができますように。 心を込めて。
−AYA−
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