不機嫌なブーケ QLOOKアクセス解析

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2005年04月30日(土) 金魚のGW。


どこへも出掛けなくても、する事がない訳でもないので それなりに慌しい
GWが始まった。初日のメインディッシュは金魚水槽の大掃除だよ、ああ生臭い。

大型和金ガンちゃんが彼岸に死亡してから、我が家の金魚の総数は4匹になった。
産卵攻撃と水濁りに、心底嫌気が差したので 真剣にオスメスを分ける作戦に出た。
ここまでが雪のある間のお話でした。

10日ほど前に、卵が生まれた。ベイと呼ばれる朱文金とポンポンと言う名の小赤
(金魚すくいで沢山泳いでいるやつ)のいる水槽だ。臭い防止に竹炭が網に
入った物を入れておいたのだが、卵はこれにびっしりと産み付けられていた。

このうちの、どちらかはメスなのだ。それはもう間違いないのだ。
じゃあ、どちらがメスなのだ?オス同士だと信じて分けたのにっ。

水槽内バランスが悪くなるので、メス3オス1と言うのは勘弁して欲しい。
強くそう願っていた事が、私の目を鈍らせたのか。
とにかく竹炭は 網に産卵されたら卵が取れなくて始末に困るので、入れない事に
して、昨日の大掃除まで様子見をしていた。

小さな金魚は水質の変化にたいそう敏感であるらしいが、うちの大型連中は
むしろ時折、たっぷりと底まで掃除して貰えるのも嫌いでは無いようだ。
それが証拠に、今日ピカピカの水槽に たっぷり卵が産まれてました(泣)
「メスはどっちだっ」 私は逆上した。
ふと隣りの水槽を見ると、・・・・・・こっちにも卵が!両方に卵がっ!
「うわあん」

「ええと、シンゴとガンちゃんとベイで卵が生まれて、ポンポンとチンコロで卵が」
「あんた、ちょっとそれ紙に書きなさい。書かないとまた間違うから」と母。
「これはあれだね。順列組み合わせ?」
それにしても金魚ってこんなにしょっちゅう卵を産む物なのか。

紙に書き、検討を重ねた結果、根本から性別を間違われていた金魚がいる事が判った。
ずっとオスだと思われていた小赤のポンポン、彼がいる場所に必ず卵が発生
するので そう考えられていたのだが、そもそも自分で生んでいるなら卵があって
当たり前。それなら何ゆえ、これまでポンポンはオスと決め付けられて来たの
だろう。それはこの金魚がとても男らしい印象のある金魚だったからだ。
顔が元政治家の○中さんに似ていると言う事もあった。
「判った!ポンポンはメスだ」メモ紙を前に私は膝を打つ。
「となると、もう片方の水槽ではチンコロがオスと言う事になるね。ポンポンと
チンコロで卵が産まれた時、産んだのはポンポンだったんだ!」
コナン君みたいに指差しで断定する私。ずっと見ていた息子が一言
「ポンポンは悪くないぞ!」 と言った。別に悪いとまでは言ってないけど。

ささ、入れ替え入れ替え。暴れる金魚をほとんど手掴みで移動する。
新しい組み合わせは小赤のポンポン、シンゴと ヒレが美しいベイとチンコロ。
「これで今度こそ、卵も水濁りも無くなるはずだ。無くならんと困る」

すると、シンゴがポンポンを追い回し始めた。お尻の辺りを頻りに突付いている。
「・・・・・・」
何時まで経っても止めないので、不安になる。

「・・・ねえ。シンゴちゃんって一度もオスだと思われた事 無かったよね」

それは彼女のいる方に、いつも必ず卵が発生するからなのだが・・・。
そして何よりシンゴの身体が小さく、どこか控えめで 乱暴では無かったから。
「・・・人間でもさあ」 何でも人間から始めてしまうのもどうかと思うが
人間でも確かに小柄で大人しい男性はいます。
「ちょっと、聞いてみたら」
無言の金魚を目の前に、あながち冗談とは思えない口調で母が言った。
ガンちゃんが死んでいる時も 死んでいるのを知らないで話し掛けていた人なので
少しは本気も混じっているのか。
「・・・・・・シンゴちゃん、あんた本当は男の子なの?」
一応声に出して聞いてみたが、金魚が返事をするはずも無く、変わらずポンポンを
追い回すだけだ。

縄張りに入って来られて怒った金魚も、一時的にこの行動を起こすらしいので
多分そっちだと思うのだけど、これで卵が生まれたらシンゴちゃんは身体が
小さく普段は温厚な男の子
だと言う事になる。









2005年04月27日(水) みちくさ。


子供を持ったのは初めてだ。弟は独身であり、これまで身近に小さな子が
いなかった。自身も子供であった筈だが、それに付いてはさすがに普段は
考える事もしない。私が子供だった頃と、全てはいろいろ変わってしまって
いるように思える。

軽い風邪だが連休を控えているので、罹りつけのお医者さんに連れて行かれた
息子。最近良く食べるので丸くなった顔が腫れ上がり、梅干のようだ。
学校から家に帰って、猛烈に泣いた。きっかけはみちくさだ。
一年生はもちろん、上級生も 通学路をどんどん家に向かって帰って行き
子供達の姿が途切れた。だが息子は帰って来ない。
「寄り道だ」 私は迎えに行く事に逡巡していたが、気が付いたら母の姿が
ない。勝手に迎えに行ってしまった様子だ。
しばらくして、祖母ちゃん(母)に叱られ 大泣きに泣きながら息子が帰って来た。

息子は友達と何人かでふらふらと何かを探したり、他所の家の壁を突いたり
して歩いていたと言う。みちくさには煩く言っていたので、帰ろうとする
素振りは見せるが、友達がまだ遊んでいるので また戻ってしまう。
仕方が無いので母が声をかけると走って来た。
家を前にして、息子が何かを大事そうに手に持っているのを母が見付けた。
それは尖ったガラス片だったと言う。ひい。
慌てて母がそれを捨てると、息子が大泣きを始めた。
「Sくんがくれたのに。宝物だったのに」
それはきっちり割れたガラス以外の何者でもなかったと母は苦笑する。一年生。
近所の仲良しSくんは、確かにいつも何かしら手に持って帰る。
一昨日は片手にレンガ、もう片方にボルトを持っていた。一体どこから。
「両手に持って帰ると、転んだ時に危ないよ〜」と、のんきに注意したりして
いたのだが、今日も宝物探しに熱中していた様子だ。

懐かしい。自分も昔やったっけ。確かあの時は、牛乳瓶の蓋だった。
「沢山あるからあげる」と言う女の子がいて、学校帰り、その子の家まで
行った。蓋を貰って、その子の家を出て、角を曲がったところに自分の家が
あるとばかり思っていたのに、そこは知らない場所だった。
私は薬屋さんの前で泣き続け、そこで保護された。

家に帰ってランドセルを開けてみるとほぼ空っぽ。早く宝探しがしたくて
道具を忘れて帰って来たという。私は叱り、道具を忘れて来るなら学校へは
行かなくて良いなどとお決まりの事を言った。みちくさについても叱る。

病院帰り、息子はアリゴロシの楽しさについて語ってくれた。
アリを排水溝に投げ込む遊びだと言う。生き物を楽しんで殺すのは良くない事
と、これまた在り来たりな事を言う。自分がこのくらいの大きさの頃は
でかいバッタを取っては後ろ足をちぎって、持ち寄っては自慢した物だと
この時になってようやく思い出す。
「オーちゃん(インコ)も、あんたの好きなワラジムシもアリも、生きて
いる事は同じ」
「ワラジムシには、そんな事しない。ワラジムシは好きだから、可哀想だから」
「ワラジもアリも同じ」 まあ、言っているこちらもどこか自信なさ気で
何かが伝わったと言う確信もないのだが。

それにしても息子は何故かワラジムシが好きで、発生を心待ちにしている。
先日、上級生にもらったと言う画用紙には、人まねであろうが、何とか
クワガタに見える絵の隣りに「へらくれすおおくわがた」と言うオリジナルな
名前が書いてあり、更に隣りに大きな黒い丸を描いて「わらじむし」と
大きくしたためてあった。


2005年04月26日(火) たぶれっとを買う。


写真のレタッチを練習中だ。
何となく切り取る、何となくぷちぷちと余分な物を消してゆく。
でも 思ったように保存されないなあ、などと思いながら更に作業を続ける。
さあ、完成だぞ〜と思ったら止まった。PCを買い換えてから初めての事だ。
幸いな事にプログラムが止まっただけで強制終了にはならなかったが
グラフィックの処理が物凄く負担のかかる作業だと言う事はとても良く判った。
2時間、ちくちくやっていた作業は0に戻ったが、経験は積み重なったと
考えるべきだ。そうでなければ悲しすぎる。

翌日、またちくちくと同じ作業を繰り返す。今度はきちんと保存した。
前回より僅かだが能率が上がっている。これが学習と言う物さ、へへん。
でもマウスで消しゴムをかけて行くのって、すごく疲れる。普段はそんな事ないのに
マウスが巨大芋虫かなんかに思えて来た。巨大芋虫の腹の下に
筆先とやらがあるのだ。これはやり辛い。
他所のサイトさんにある 沢山の綺麗なイラストは、こんな芋虫の腹で
描かれている訳では無い筈だ。
ペンがあるんだ。聞いたことあるもん。

お気に入りの電器屋さんは ワンフロアしか無く、大手でありポイントカード
もあるけれど品揃えは万能ではない。それでも近頃、頻繁にここに通って
いるのは、ちょっとした理由がある。私以外には本当に大した意味のない
理由だとは思うが。

早速、店員さんに声をかける。おばさんは堂々とでっかい声で自分から掛けるぞ。
「すみませ〜んっ」
「はい、何かお探しですか?」
「はい、あの。パソコンで使うペンの、ペンみたいな。あの、ペ・・・」
「ああ、タブレットですね」
「そう」
店員さんが案内してくれる。「こちらです」
「あ、マウスが付いている。マウスはあるからいらないです」
「はい、ご自宅のマウスもご使用になれますよ」
「マウスが付いてないやつはないんですかね」
「ありますが、持ち運び出来るノート用の物になりますね」
余りにも何も知らないと、店員さんは直ぐ 見抜いてくれたようだ。
「シンプルな物をお勧めします。お高価い物もありますが、初めは余りあれこれ
付いていない 使い易い物が良いと思いますよ」
私は直ぐに「それを貰います」と言った。

レジでびっくり、店員さんの言っていた値段と大分違うのである。
ははあん、間違えたな。それは1個だけ残っていた品物だったが 隣りには
沢山、同じ黒いタブレットが並べてあった。
薄ぼんやり者の私は、気が付いているような、でも何だか訳が判らないから
半分どうでも良いような気持ちでいたので、安売りをしているんだなあとしか
思わなかった。そちらの黒いタブレットの値段が、店員さんの言っていた
値段だったのだ。
迷ったが、ポイントが溜まっていたので 私は自分が手に持っている1個残っていた
白いタブレットを買う事にした。

家に帰って見て、それに随分と色々なソフトが付いて来ている事に気が付いた。
PhotoshopElementsの2.0が元々同梱の上に、無造作に3.0が梱包の上から
貼り付けてある。
同梱版が売れ残っているうちに3.0が出たとか そう言う理由なのだろうか。
随分と大雑把な話だ。梱包を開いて2・0を抜くとかしないのか・・・。
品物自体が悪くなければ、私は得をしたのかも知れない。
使い方説明書は付いていないが、あちこちに親切なサイトさんとかがあるし
本も出てるって言うしね。

タブレットが無事 動く事を確認したら、安心して 最早どうでも良いような
気分になった。何もしないで想像するだけと言う楽しさを今しばらくは味わおう
かなあとも思っている。

(実は 買ったと言う事で満足したの半分、初めに練習した時の 目の疲れの
取れるの遅さに びびっているのが半分)








2005年04月25日(月)


ネットを始める事で、日本各地にお住まいの方と知り合う事が出来た。
サイトを持って 更に色々な方と出会う機会も増えた。
私自身は、ほとんど札幌から出た事も無いような人間だが、各地の様子を
「寒い」とか「暑い」とか、時には自然災害にまつわる話を交わす事もある。


信楽高原鉄道の事故で娘さんを亡くし、その後 鉄道安全推進会議の会長として
鉄道事故の事故調査機関の常設などの運動に取り組んできた臼井和男さんが
65歳と言う年齢で亡くなったのは、この2月の事と言う。

列車に乗っている時、列車の事を考えている人は少ないだろう。
景色を見ていても、そこから何かを考えている。季節の事とか。
大抵は 目的地に着いてからの事を考えているのではないだろうか。


未だ 救出活動が続いている。
事故に巻き込まれた方々には、お気の毒でならない。


2005年04月24日(日) 子供の絵。


先日、家庭訪問に見えられた先生が子供の『絵』について、こんな話をされた。
「学校生活では一見何の問題も見られないお子さんでも、絵を描かせて見ると
ぐちゃぐちゃに塗り潰しただけの物を描く事がある。絵はお子さんの精神状態を
表すんです」
そんなお子さんが今までに居たのですか?とは聞かなかった。言葉付きから
どうにも実体験であるニュアンスを感じた気がしたからだ。
とても若く見えるし溌剌とした美人だが、教員暦は思ったより かなり長い方だった。

子供達の『絵』は面白い。今までで一番気に入った絵は、お母さんが電卓を叩いて
いる絵で、傍に拙い字で「けいさんしているところ」と書いてあった物だ。
子供さんは同級生、お母さんも知っている方なので余計に何だか可笑しかった。
見てるんですね。けいさんしているところ。油断は出来ません。

私が今まで目にした物では上手い下手は(かなりはっきり)あっても問題を
感じるような絵は無かったんじゃあないかなあと思う。
だが、荒れた国に生まれて 平穏な生活自体知らないような子供達が描いた絵
などを時折、新聞などで見る機会がある。
虐待を受け続けた子供が人間を描くと、鬼のようにギザギザの歯をした いつも
怒っている顔を描くとも聞いた事がある。
以前、養護学校の先生に面談を受けた折も、まず人の顔を描く事から始まった。
顔のバランスを正しく描けるかが 非常に重要であるらしかった。
それが目であれば、点でも別に良いんだそうである。

絵に問題が現れるのは別に子供に限った事ではないだろう。随分単純なテーマに
かなり特異な絵を描くと言う事はありそうだ。「木」「家」「人」
自分ならどうだろう?「描きたい事何でも」なんてテーマを貰ったら果たして
何を描くだろう。何となく良かった、子供じゃなくって。

にわか心理学者になって、子供の絵を知った顔で読んで見ると、いくら言っても
人物をすごく小さく描いてしまう。女の子は髪飾りまで細かく描く子も
居ると言うのに。
多分、まだ人間に対する関心が薄いんじゃないだろうか。ワラジムシ(好き)に
対するのと同じくらいの関心度なんじゃあ あるまいか。
でもワラジムシを描かないだけましかも知れないが、描いても文句は言えないな。
社会性が未発達ってやつか。絵を見ないでも嫌と言うほど
判ってるけど。
早く友達と自転車乗ってる絵でも描いてくれるようになればいいんだけど
自転車はちょっと難しいかな。

昨日、テスト用紙の隅っこに物凄くリアルなクワガタが描いてあった。
「T君が描いてくれたんだぞ。T君はクワガタがすごく上手いんだ」
小学1年生の絵とは思えないリアル・クワガタ、大した物だ。
そして私は、ムシキングへのT君の並々ならぬはまりっぷりを
しみじみと感じていた。

ほとんどの子供の絵は、きっとそんなものであるのだろうが。


2005年04月23日(土) 大人だって確かにわかっちゃないが。


大人だって本当は、何もわかっちゃいないんだよ。
昔、愛読していた少女漫画に こんな台詞があった。
この台詞に象徴される雰囲気が作品全体を占めていた。だからこそ私は、
その漫画の愛読者であったのだ。

これを描いた人は 勿論、既に大人であった。だが、今の私から見ればとても若い。
うちの幼稚園の先生より若かった。20代の半ば過ぎと言った所だったろうか。

大人になったら、何か判る事があるのだろうか。
大して考える事もせず、暇もないうち いい歳となってしまった。
暇くらいあっただろうと思われるかも知れないが
「大人になって、自分は何か判るようになったか?出来るようになったか?」
などと考える暇は、正直言ってなかった。
考える事をしなかっただけなんじゃないかと言われれば、なるほど そうかも。

大人になんか、なりたくなくてもなってしまう。
時間は、行かずとも勝手に流れて来て、全てを巻き込んで また流れてゆく。
私の頬のお肉は、最近少し下がってきた気がする。
某化粧品を使えば まだ何とかなるかも知れないが、高価だしな〜などと
考えている今も、ゆっくりと時間は 私を巻き込んだまま流れている。
大人と子供の線引きを年齢でするのであれば、こんな物なんじゃないか。
だが、年齢以外にどの辺で線引きをすれば良いのか これは甚だ明確でない。

精神の成熟とか言われても全然だ。はっきり言って諦める事にポジティブに
なる
とか、そんな事しか思い付かないな。
そう、時間の流れを その身で意識する事が出来るようになると言うのは、
あるかも知れない。緩んだ頬や弛んだお腹は案外 他人には知り得ない物だ。
少し眩しい目で、周囲を見回す。
溜息が出る事もあるが、やらねばならない事もあるし、待ってる人もいる。
取り敢えずは そうした事に、感謝すべきなのかも知れない。


「皺も私の人生です」と言うのは往年のコケティッシュな美女O.ヘップバーンの
晩年の言葉だ。逆らっても仕方のない部分はポジティブに諦め 誇りを持つ事、
時間に蝕まれてカウントダウンに入った自分を感じながら、慌しくも健康に生きる事。
まだ間に合う事であるなら、出来る限り諦めない。自分がすべき事を知る事。
理屈じゃない大人の日常はこんな辺りにあるんじゃないかと、思う事は思う。
・・・・・・でもそんな格好良くなんか、出来てないけどね。
私の大人は大人買いの大人だな。自慢にもならないぞ。



2005年04月20日(水) はぬけ。


小学校入学とかとはまた少し別な次元で、大人への階段を昇る重要イベント
歯抜け。

中々抜けないので、卒園謝恩会の際、他のお母さんと何時ごろ抜ける?と言う
話をしたほどだ。結果、まだ大丈夫と言う事で安心し、忘れていたら抜けた。
1本目に抜けたのは、下あごのど真ん中の歯。これで続けて上のど真ん中が
抜けたら、トムとジェリーの西部劇編とかで銃弾食らったトム君みたいに
なるところだ。真ん中すけすけだと 物が食べ辛いね。
母としては、次は奥歯の地味なところあたりから行って欲しいが、見た目の
インパクト
で考えるなら 上の真ん中1本を残して 両脇が抜けたら、写真に
撮っておく価値のある顔になるだろう。


前歯は2〜3日前からぐらぐらしていたが、抜けたのは学校でだったと言う。
歯抜けの先輩である他の子が一斉に騒いで、「窓から上に投げな!早くっ」
と言ったので、息子はそうしたらしい。
「学校で歯を投げちゃ駄目だ。家に帰ってお母さんに見せてから投げな」
と言った良識派もいたと言うが、どうも少数だったらしい。
グラウンド側の窓を開けて 歯を投げる。
その後、歯抜け先輩たちが うがいをするように洗面所まで連れて行ってくれた
と息子は話していた。みんな・・・良い子だなあ。

それにしても、同時期に通過儀礼がある年齢と言うのは良いかも知れない。
「オレも抜けたぜ〜」 「わたしなんか4本抜けた」 「わたし前歯ないよ」
昨日は喧嘩をしても、抜け歯の話で盛り上がれる。
あなたもわたしも抜ける時代。

もう少し大きくなっても、それなりに通過儀礼はある物で、大声で言う事は
なくなるが「わたしさ」 「オレさ」 を共に語れる仲間が結局は
良い仲間と言う事になるんじゃあないかと思う。歯抜けはそうでもないが、
これからの通過儀礼は 必ずしもでかい声で 言えた物ばっかりじゃあ無いからね。

だけど、どうなんだろう。遊んでいたら歯が落ちているグラウンド。
同じ事を同じ日にやった子が あと一人いたら、歯が二本。
少なくとも1年2組じゃあ、抜けたらグラウンド(上でも下でも)と言う
話になるんじゃなかろうか。
次に抜けたら良識派の意見を採用すべきかも。家に持って帰れってやつだ。


2005年04月19日(火) 痣。


お気に入りの絵サイトさんを回っていたら、痣のある女の子の絵に出会った。
怪我が痛々しい彼女だが、傷を取り巻く痣の色が どこか懐かしかった。
ここで言う痣は生まれ付きの物ではなく、どこかにぶつけて出来る、
打ち身の痣と言うやつだ。
子供の頃は年寄りと暮らしていたせいか、ちょっとした怪我なんかは自家製の
薬で治療されていた。
傷なら自家製ではないが、バリバリの赤チンだ。あの、光の加減で妙な色の
浮くやつ、水銀がどうとかで使用禁止になった様だが、何にでも塗っていた。
そして打ち身には栃の実をアルコールに漬けた物をぐりぐりと塗られていた。
栃は食用にもなり、現在では栃餅とか栃の実コーヒーとか口に入れる方で
知られている様だが、昔は民間薬として普通に一家に一瓶 貯蔵してあった。
「血を散らせてくれる」 と言う効果がある、この薬の元となる栃の実取りを
何度も手伝った事があるのは憶えているが、栃の実がどう言う実だったかは
今は憶えていない。近所にあっても多分判らない。

子供の頃は、痣が出来るほど酷くぶつけても「いたい」 と言った次の瞬間には
遊んでいるので「どこでぶつけたの」と言われても、さっぱり判らなかった。
少し大人になると「ああ、今のは確実にぶし色(打撲の色、ぶす色とも言うらしい
ですね)になったな〜」 と判るようになる。
ぶつかって直ぐには変色しないが、しばらくすると青くなり、やがて赤味を帯び、
微妙に明度と彩度を落としながら 実にゆっくりと時間をかけて消えて行く。
その状態や程度によって、赤タンとか青タンとか呼ばれている。
だが打撲には更に上位打撲があるのである。
それは黒タンだ。

初めて黒タンが出来た時、私は何故にそこがそれほど痛むのか、さっぱり判らなかった。
確かに暴力を受けたのは間違いないのだが、見た目は全然、何とも無いのである。
感覚が少し鈍くなっているが、それだけ。でも、猛烈に痛いのだ。
じっとしていても痛い。
一晩経って驚いた。そこが真っ黒に変化していたからだ。「どおおおっ」
黒い、見事なまでに黒いし、他の打撲と違うのは 少しだが盛り上がっている。
触ると感覚は殆どない。
「・・・・・・」
撲殺死体が真っ黒であると言うのは聞いた事があったので、つまりはこう言う
事なのねと、その時は妙にすんなり納得した。
他にも怪我をしていたので、病院に行ったついでに「痣を診て下さい」と
包帯を取ったら、お医者さんが「どおおおっ」 と言ったのが 印象的だった。
色々訊かれたが、黙って湿布を貰って帰る。痣は2週間も消えなかった。
結果的に、私は4回 黒タンが出来た。何事にも慣れと言う物はあるもので
仕舞いには「これは黒タン」と 色が変わる前から判るようになった。
的中率は100%だ。だって痛いんだもん。

黒タンの法則では無いが、やたらとぶつければ出来る物でもないと思うので
こうやったら出来るかもと言う全く要らない事をここに書いておこう。
まず筋肉の上である事、いや、大体どこでも筋肉の上だけど。
力こぶとか出来るとこ、あそこの打撲はえらい事になりやすいみたいです。
それと、ある程度柔らかい物に、均一の重量をかけられ 広範囲に渡って
ぶつかった時になりやすい事。つまり人体からの素手による攻撃だ。
ボクサーとかも これで行くと黒タンだらけと言う事になるかも知れない。
(素手じゃないけど) 試合の翌日とか、きっと真っ黒なんじゃないだろうか・・・。

暴力には慣れが生じる事がある。これはとっても危険な事だ。
振るう方も慣れるが、振るわれる方に慣れが生じた時は 特に危険だ。
「愛しているから殴るんだ」
と言う小説や漫画の登場人物をみて「・・・殴られたい」と思ってしまう
人がいれば、それは真性の何かなのかも知れないが、大抵は違うはずだ。
どこがどう違うのか 何かで判らなくなってしまっているだけだったりする物だ。

子供の青タンは成長の証だ。この痣の色は綺麗だ。
だが暴力で出来た黒タンは その色の未来があるだけだ。半端な力では黒タンには
ならないからだ。愛情はもちろん、義理人情のあるやつは そこまでしない。

ちょっとお馬鹿な昔話を披露してみたが、もしかしたら「黒タンの治し方」で
検索に引っかかるかも知れないし、そうしたらここを見た人に黒タンからは
遠ざかった方が ずっとましだ
と伝えたい。
職業でそうなっている人は別だが。




2005年04月18日(月) 一時間だけ、私に競馬を見せて。


春のG��皐月賞っ
でも、相変わらず馬券は買わないけどね。テレビ観戦だけだけど。
残り桜の中山競馬場とか解説の人が言ってる。残り桜かあ・・・。
本当に、日本は縦に長いんだなあ。

私の好みは栗毛でムキムキしたお馬さん、それか若しくは 青毛か青鹿毛や
黒鹿毛で、ファンタジーにでも出て来そうなツヤツヤで ちょっと細身の
お馬さんだ。昨年はハイアーゲームに夢中になりました。
テレビで見てても格好良いっ!ツヤツヤだ。どの馬もつやつやだけど青毛系
は陽に照らされると本当に輝くように綺麗なのだ。
私が観たレースは、成績の方は たまたま どれも今ひとつで 残念だったけれど。
ゼンノロブロイも強かったなあ。

皐月賞もサンデーサイレンス産駒で一杯だ。
お祖父ちゃんがサンデーサイレンスと言うのも合わせると ほとんどだ〜。
中で目を惹くブライアンズタイム産駒ビッグプラネット、黒っぽいこのお馬
を応援してみる事にしようかな?
でもこの馬、確かに黒いんだけど、何だか胴が・・・短い?
ツヤツヤだけど ゴロ〜ンとしている気がする。気のせいか??
ビデオでしか観た事ないですがナリタブライアンも ちょっとごろんとした
体型のお馬さんであった。とにかく細身ではなかった。逞しい感じだ。
このビッグプラネットはその逞しさに 更に胴の短さを付け加えたような
愛嬌があると言えば、そう言えなくも無い微妙な体型だ。
マイネルレコルト、端っこが滲んて染みてる様な流星に、どうも目が行く。
栗毛馬もいるけれど、どれも細身、ツヤツヤだがムキムキはいない。

「どんな男性が好みですか?」と訊かれても 中々答えられない最近の自分だが
「どんな牡馬ならオッケーですか?」なら 割とすんなり答えてしまいそうで怖い。
ちなみ私は馬格は良いので繁殖牝馬に向くのではあるまいか。馬ではないが。
さあ、スタートだ。

ローゼンクロイツにつられてしまったのか、パドックでは落ち着き無く見えた
ディープインパクトが難なく射止めてしまった。悠々と走り込んで来る様は
やはり格好いいぞ〜っ!
この馬は444�舛� 見た目よりずっと軽量だった。

パドックで酔っ払いのように暴れていた(しかも引いていたのは何故か一人)
ローゼンクロイツは9着。お父さんが先日若くして死んじゃったアドマイヤフジは
5着。胴体がやっぱり短い気がするビッグプラネットは13着だった。

次は春の天皇賞、コスモバルクが出ないのはがっかりだが、耳が可愛い
ライスシャワーの 往年のレースが映るかも知れないな。




2005年04月17日(日) お茶の間 韓流ドラマ。


遅ればせながら我が家の茶の間に『冬ソナ』ブームが到来したのは昨年の暮れ。
私も、家人に付き合って観た。それから4ヶ月。
ヨン様は過去の人となっているのか、否、韓国ドラマは茶の間に定着してしまった。
各局が(ローカル枠も多いのだろうが)一斉に韓国ドラマを放映し始めたと言う
のもある。はまっているのは私ではないのだが、ドラマと言う物は掛かっていると
何となく観てしまう物なのだ。結局、私も結構な本数を観てしまった。

韓国俳優と日本人俳優、ちょっと見 いや、良く見ても 顔だけで分けろと言われたら
私は出来ない。実際向こうの俳優さんに河原崎長一郎とか 似た俳優さんの名前を
勝手に付けて呼んでいる。
韓国姓が、これまた中々馴染まない。ペ・ヨンジュンと言う名を初めて耳にした時
「ペ?」 と思った物だ。最近来日した歌手のピも「ピ?」 とやっぱり思った。
こちらから聞いて、これだけ馴染まないのだから、韓国の人がこちらの姓や名を
聞いても「???」である事だろう。
だけどまあ、要は慣れなんだろうな。レオナルド・ディカプリオだって結局慣れだと
思ったもん。ベッカムだってジョニー・デップだっておんなじだ。
中々耳に馴染まないほど「知らなかった」って事なんだろうな。

韓国語に関しても かなり誤解していた事が解った。ハングル文字がさっぱりなのは
相変わらずだが、聞いた感じはもう少し、日本語が訛った感じのイントネーション
なのかと思ってた。でも全く別物だ。

韓国の男性俳優はどの人もムッキムキだ。徹底して鍛えるらしいのだが、これは
好みが分かれるかも知れない。色白で一見華奢な人も、実は脱いだら凄いんですは
いやだ
と言う人もいるだろう。私は割といやだ。
みんなジムで鍛えてますよって身体をしている。私は細かく満遍なく全身に付いた
筋肉が好きなのだ。何を贅沢言っているのやら。

家人は連続ドラマばかりを観ているが、私が「恋愛ドラマばっかり観てるないっ」と
言って無理矢理一緒に観たのが 映画「殺人の追憶」だ。
これに出てくる、容疑者の男を演じている役者さんがちょっと好きになった。
パク・・・え〜とパク・ヘイル。
特別ハンサムではないが、東洋系の俳優さんに興味を覚えたのは久し振りだ。
映画もお勧めですが、残酷描写に強い人限定です。

韓国ドラマでもう一つ。
放映されているドラマは やはり、ぺ・ヨンジュンの物が圧倒的に多い。
「冬のソナタ」では萩原聖人が吹き替えをしていたが、今のところ作品に
よって声優さんがまちまち、固定されていない様子だ。
録り溜めをしてあり、今茶の間で良く掛かっているのが「裸足の青春」と言う
ドラマだ。主演のペ・ヨンジュンの声が、これまた今まで聞いた人と違う声優さん
だった。 あ、でもこの声、聞いた事がある。誰だっけ?
・・・あっ
高橋広樹さん。金色のガッシュ・ベル!で「ぼいんぼい〜ん」のちちもげを
歌っている人だ!何でまた、この人が(笑)
「この声が例の、ちちもげの声だよ。このペ・ヨンジュンのこの声で
『ちちをもげ〜』って歌っているから今度ガッシュ見てみなよ」

親切で教えてやったのに、家人にひどく顰蹙を買ってしまった。


2005年04月16日(土) 懐かしの名曲。


今日はエアロビ教室だった。

先生は幼稚園の元同級生のお母さん。生徒さんもみんなお母さん。
下はジャージに上は普通のTシャツと言う 露出が全くないエアロビ教室だ。
だが健康にはとても良い。今日は腰痛に効く運動もした。
先生は大した人だ。教室を始めて間もなく、二人目のお子さんを身篭った事
が判ったが、8ヶ月になるまで教室を続けた。出来るんですねえ。
産休も最小限、床に寝転がって お母さん達が怪しく動いているのを見ながら
育った赤ちゃんは もう、つかまり立ちしている。

この先生(隣のクラスのS君のお母さんなわけですが)とは音楽の趣味が
合いそうだ。そんな話しをした事はないのだけども、エアロビでかかる曲は
彼女が選んで編集した物で、これがとても良いのだ。
実は年齢が私とほぼ一緒な人なので(わざわざ書くのも辛いけど スタイルは
恐ろしいほど違う
)同世代人として同じような音楽に親しんで来ていると
言うのもあるかも知れない。

今日はシルヴィー・バルタンの「あなたのとりこ」で、ひいひい言いながら
身体を動かした。心は爽やかだ。でも死ぬかと思った。
普段からストレッチとかしてないと 駄目なんだけど、全然していない。
それどころか強烈に寝不足の運動不足と言う状態で出掛けて行くもんだから
クールダウンでペースが落ちるまでは毎度、私一人だけ死にそうになっている。

最後に穏やか〜な音楽でストレッチをしたあと、先生が一人ひとりの足を
マッサージしてくれる。彼女は妊娠8ヶ月までこれをやっていたのだ。
全くすごい人だ。んんん、気持ちいい。

その後、最後に掛かった曲がこれまた懐かしい。
Desperado(デスペラード)『ならず者』と言うこの曲はイーグルスが歌った
曲だが、私はカーペンターズのカレンの歌で良く知っていた。
カバーではあるが カーペンターズの歌の中でも好きなナンバーだ。
哀愁を帯びた静かなカレンの声にこの曲はとても良く合っていた。

懐かしい。・・・ああ、上がっていた息もようやく戻った。
今日は帰ったらストレッチする、絶対する。
そんな事を思いながらも、曲を歌っている男性の声が誰だか判らないので
気になっていた。教室が終わったら、早速聞きに行く。
「ああ、これは平井堅なんだよ」
ええ〜平井堅が歌っているんだ。あの古時計の・・・としか連想出来ない
くらいだから、私は平井堅に余り詳しいとは言えない。
随分また、古くてマニアックなナンバーを。
カップリング曲であるらしいので、スタンダードと言うのは洒落ており
かつ無難な選択と言う事なんだろうか。

この曲にはちょっと甘いかな?と言う声ではあるが、名曲が新しい世代の
人の耳に新しい歌声で入るのは良い事だ。

物凄くカレンの声を聴きたくなった私は家に帰ってCDを探したがDesperadoの
入っているやつが見付からない。うわあん。
レンタルしようと思ったが、時間がなくてし損ねた。
今聴きたいのに今聴けない。欲求不満だ。


2005年04月14日(木) ちちもげ。


♪ち、ちちちおっぱい〜ぼいんぼいん〜♪

幼稚園年長の時、息子が歌っていた歌である。園で覚えて来たらしい。
なんてえ歌だ・・・と思ったが、余りの馬鹿馬鹿しさに成人向けバラエティ
出の
ネタでは無いなとすら感じた。もう、何と言うか この上なく下品だが いっそ
突き抜けた下品さを感じた。
「うんこちんちん」(byドリフ) みたいだ。あれもバラエティだが、今の
バラエティネタは もう少し、悪い意味で単純じゃない。
「止めなさい」
歌の出所が判らないまま、何となく漠然と止めていた。

その歌の出元が 今頃判りました。「金色のガッシュ・ベル!」(原作は「金色の
ガッシュ」)少年サンデー連載中の漫画で、アニメも放映中だ。

原作の方は読んだ事がある。でもアニメは観たことが無かったので一度観て
見たかったのと、友情とか努力とか勝利とか、適度に心を打つシーンもあり
子供でも観られるかなあ?程度の気持ちでビデオレンタルして、親子で一緒に
観る事にしたのだった。
そうしたら!

息子は喜んだ。「あの歌」の元ネタが判ったのだ。テレビでは振り付きで
キャラクターが踊っている。私はと言えば不覚にも 余りのくだらなさに、息子と
一緒になってユルユルと笑ってしまった。

息子が歌いながら、自分で振付けて踊っている。止めなきゃっと思いながらも
懐かしいなあ、自分も良くやったな こんなお馬鹿な事・・・と、ともすれば悠長に
構えてしまう。駄目だ駄目だ。

しかも息子は歌詞を間違って覚えている。
この歌のタイトルは「ちちをもげ」と言う。意味は不明だ。もぎ取ると言う意味の
「もげ」では、どうやら 無い様だ。だが息子は「ちちをもめ」と覚えてしまった。
日本語的には息子の方が一般的な捉え方をしている。だが だからと言って、この場合
全然褒められた物では無い。かと言って「もめじゃない、もげだ」と教える事にも
大変な責任がかかって来そうだ。

振りの方も間違えている。
正しくは「ち、ちちちおっぱい、ぼいんぼいん」でこれは全部「乳」の事を
指しているのだ。下品だなあ。
だが息子は「ちんちちんちん」と言いながら自分のを指さしている。
おっぱいとぼいんは判る様子だ。
「それはちんちんではなくちちだ」と教えたところで「ちちって?」と聞き返される
に決まっている。そして正しく歌い直しても やっぱりひどく下品なのである。

昔、ドリフの番組が「下品」とか「食べ物を粗末にしている」と言う事で
好ましくない番組としてしょっちゅう槍玉に挙げられていた。
「食べ物を粗末にしている」事が良くない事は子供心にも案外直ぐに判ったが
「下品」と言われても「面白いんだから別にいいじゃん」くらいに思ってた。
だが今、あの時の親達の困惑が良く判る。
今まで判らなかったのかと言われると困ってしまうが。

正しく歌っても 間違って歌っても下品。でも歌ってみたくなるんだろう。
幼稚園では大流行であった様だし。

結局、息子には「学校では絶対に歌っちゃ駄目」と言った。家でもなるべく
格好悪いから歌うな と言った。
ちんちんとかおっぱいとかは人前で言っちゃいけない言葉だよみたいな事を
汗を掻きながら説明する。一緒になって笑っていたので立場が悪い。
息子は 妙にすんなり納得した。

実はもう既に 学校で振り付きで歌ってしまって、女の子に強烈な視線を
浴びた後なのかも知れないと考え、現場で学ぶのがやはり一番なのかも
知れないなどと思う。場合によってはその後が、大変な事になりそうだが。


2005年04月13日(水) フリーハンド。


間も無く、本格的な花の季節が到来する。
今年も沢山、写真を撮ろうと思っているけれど、実はデジカメを趣味に
しているのは私では無い。
私の担当はトリミングや補正、いわゆるレタッチとか言うやつだ。
これまでは専門のソフトを持っていた訳でも無かったので、ボケてない
写真を選んでは 切り取るくらいだった。
今年はもう少し、色々な写真を撮って、切り抜いたり加工したりしてみたい。
レタッチソフトと言う物を使ってみたくなった。

前のPCでGimpと言うフリーソフトを入れたら、エラーは出るわ止まるわで
どうにもならなかった。入れなくてもしょっちゅう止まっていたので
「もう、どうにでもなれ」 と思って入れてみたのだが、やっぱり駄目だった。
だけど、な〜んとなくだが 諦めが付かない。

先日、ヴァージョンは古いが、Gimpを軽く解説した本を見付けたので購入。
それには日本語版のソフトも付いて来ていた。
日本語版はもう少し新しいヴァージョンが入手出来たので、使い方は本を
見ながらちょっとずつ勉強して行こうかな〜と思っている。
動作は今のところ問題なく動いてくれている様子で、嬉しい。
問題があるとすれば、それは私の理解の遅さだ。

イラストサイトさんで素敵な絵を見るたび溜息が出る。
Gimpはフォトショップと似た機能を持っているので、当然絵を描く人が持てば
見事なイラストが仕上がるのだろう。自分には これで綺麗なイラストが仕上げ
られて行く様子は ちょっと想像も出来ない。
とは言え、絵を描くためと思われる色々な機能が付いている事が気になる。

昨日の話しの続きとなってしまうが「今日は、泣かなかった」と言いながら
帰ってきた息子に思わず約束してしまった。
「お母さんがシールを作ってあげよう。泣かなかったシールと泣きましたシール。
それをカレンダーに貼って行ったらどうかな?」
意味がありそうで、全く意味の無い案であるが、近頃 シールを貼る事に情熱を
燃やしている息子はそれに飛び付いた。


それで初めてGimpで作ってみたのが これなんだけど・・・

これをシール作成の紙に印刷して自家製のカレンダーに貼って行くと言う・・・。
まあ、嫌がられたら止めるつもりだけど。
でもあの、ちょっとマウスでこうやって描くのも何だか楽しいですね。
・・・下手だなあ、はっはっは。


2005年04月12日(火) 今日も、泣いた。


小学校に通い始めて数日経った。
お兄ちゃん、お姉ちゃんに連れられて毎日元気に登校しているが、学校では
一日一回、必ず泣いていると言う。
「今日も、泣いた」 自己申告だ。言うだけ良いのかも知れないけれど...。

今日は泣かないで帰って来ようねと約束をして出掛けて行ったが、帰って来て
いきなり「今日も、泣いた」

聞けば女の子から「カンチョウ」を食らったと言う。お尻の穴に指をぴっと
やる、アレだ。(アレと言っても子供以外は 余り普通はやらない事だが)
そのくらいで泣くなよう。
「他にも泣いてる子とか、いるの?」 「いない」
他所の子は他所の子、それぞれで良いではないかと思っていても
「泣くから余計にからかわれるんだぞ、泣くなっ」 と言ってしまったら泣いた。
慣れない場所に慣れようと、彼なりに奮闘しているのだろうが。

息子が妙案を授かったような事を言う。「これでもう大丈夫」
案を授けたのは母(祖母)だと言う。何となく心配になったので
「どれ、その案とやらをやって見てご覧」と言うと「泣きそうになったら〜」
と言いながら 息子は下を向いた。

「い〜ち、に〜、さ〜ん、し〜」 カウントしている。しかも遅い。
「は〜ち、く〜、じゅ〜」そして顔を上げてにかっと無理矢理な顔で笑った。
「こうする」
却下〜っ!却下、却下!何だそれは。
そんな、親ですら「面白いから、もう一度泣かしてみようかな?」 などと
思ってしまうような案を授かってどうする。

活発な子もいる。口の悪い子もいる。うちの息子のように意味も分らないのに
人を傷付けかねない言葉を使う言葉を使い切れていない子もいる。
どの子も発達の途中であり、連日泣いているからと言って即いじめられている
とか、そう言った事にはならない事は分る。
まあ ボス争いみたいな事はそろそろ起こるのかも知れないが。
とにかく、毅然とした態度は必要だろう。
家庭の教育方針も色々であり、「やられたらやり返せ」と頼もしい教えの
お父ちゃんたちも結構多い。うちは「手は出すな」と言ってしまって来たので
「口を出す」子供になってしまった。
しかも「もう絶交だあ」とか泣きながら言うらしい。かえって情けない。
とは言え、やっぱり叩き返せとは言えなかったので
「男の子には『やめろ!』、女の子には『痛いからやめて』と毅然として
言いなさい」
と言っては見たが、余り毅然とはしてないな。特に女の子に。
でもなあ、女の子って結構すぐ泣いちゃうんだよ、自分がそうだったしさ。

そう、私はひどい泣き虫だった。
小学校3〜4年まで泣きっ放し。中学になったら自然と泣かなくなった。
高校生の時には人が泣いていても場合によっては無視する嫌な女になって
いたし、現在はドラマを観た時くらいしか泣かない。
放っておいても泣かなくなるのだ。もしくは泣けなくなるのだ。

泣く泣かないより、友達とちゃんと話しが出来たり遊んだり出来る事の方が
大事なのだと言うのは理屈ではちゃんと判ってるつもりなんだけど。
明日も多分 「今日も、泣いた〜」 で帰って来るんだろうなあ。
もう叱らないぞ。叱っても意味ないや。
車に気を付けて道を渡る事をしっかり覚える事のが、目下ずうっと大事かも。


2005年04月11日(月) フォントに困った。


駄洒落ですね。今はオヤジギャグって言うらしいけど。
38オヤジくらいな感じ?(by『怪傑ゾロリ』)
でも、愛用フォントが無くなってるってちょっと困る。

愛用していたのはLucida Handwritingと言うフォント。Meには普通に入って
ました。XPでは フォント数は増えているのだけど、これが無くなってる。
改良版みたいなのが有料フォントで在るようだけれど・・・う〜ん。
サイトでもトップページで使ってるし、音楽CDのタイトル文字なんかも大体
これ使ってた。似たのは無いかな?とフリーフォント探しの旅に出た。

結果、いろいろ楽しげなフォントを 沢山見付けた。
「えれーな」や「ことり文字」も忘れずにちゃんと入れ直す。
でも、Lucidaの代わりは、中々これと言う物が見付からない。
海外のフォントサイト『1001free fonts』。
これでもかってくらいの英字フォントがある。あれこれ見るだけでも一苦労
だが、見ているだけでもフォントは楽しい。

Lucida Handwritingの代わりに使う事にしたのがEager Naturalistと言う
フォント。Lucidaよりちょっと逞しい感じだが、適度に緩んでいて優しげな
線が とても気に入った。
余り居ないのかも知れないけど、Lucida Handwriting愛用だった方には
お勧めしたいフリーフォントだ。



2005年04月10日(日) 声役者。


外国では(それにしても括りが大雑把)成人女性の声のセクシーである事は
低くちょっとハスキーな声に代表されると言うような事を聞いた事がある。
甲高い声は子供くさくて 全然セクシーじゃないんだって。
でも日本では、モンローの声は向井真理子さん。ブリジット・バルドーが
小原乃梨子さん。セクシーであると言う事はどこか「可愛らしくもある」のだ
と言う 肉っぽくないイメージ戦略はさすが米食う人種だと言う感じ。
女性声優さんは昔から 張りのある、高い声が愛されて来た。
これは今も、むしろ傾向が強まっているように思える。
でもやっぱりお肉の国ではかなり違っているなと言うのは「ニモ」とか
ディズニー物を観ていると良く判る。

では男性はどうかと言うと、やっぱり日本の声優さんで二枚目をやる人は
クリアで高い声をした人が多い。これはかなり以前からそうで、第一次
声優ブーム(?)の中心だった神谷明さんや故 富山敬さん、青二プロで
グループでレコードまで出していた当時の若手、三ツ矢雄二さん、石丸博也さん
森功至さん、水島裕さん、皆さん張りのある高い声の持ち主だ。
ちょっと異質に低いなと思ったのは曽我部和行(和恭)さんくらいだった。
池田秀一さん、中尾隆聖さん、塩谷翼さん辺りも個性的な声質が印象的だった。
でもって、今も 張りのある高い声の二枚目声優さんが多いようである。

昔は良く アニメも観たけど、今はそうでもない。声優さんにもめっきり
詳しくなくなってしまった。たまに「あの人かな?」と思うと間違えている。
いったん詳しくなくなると、聞き分けが付かなくなるくらい似た声の 人気声優
さんもいる。でも、これは昔もそうだったんだろうな、たまたま自分が良く
テレビ観てたから判ってただけで。似た声の人は当時も多かった。
と言うより ヒーローの声はみな、どこか似ていた。
寧ろ今の方が個性的な声でヒーローもやる人はいるかも。山口勝平さんとか。

アニメを観ても、洋画を観ても ちょっと聞きでは「あれ?」と思う。
だけど聞いているうちに「あ」と思う声優さんが居る。石田彰さんだ。
この人の声質は高い。だが高いと言えば森川智之さんも高い。私はこの二人を
時々間違える。それ自体、今の声優さんには詳しくなくなっていると言う事
なのだろう。「ベルセルク」では全然違う役で二人とも出ているのに、それでも
間違えちゃうのだ。
石田さんが気になる理由は この人の節回しのアクにある。実にアクの強い
節で話す人だなあと思っていたが、全くアクを抜いて話す事も難なく出来る
辺りはプロだ。アクを取って話すと キャラクターの設定が浮き出し
声の強烈さは消える。その辺の調節がこの人の面白いところだなと感じていた。
ただ、キャラクターに色がしっかり付いてしまうので、どんな役でも合うと
言う訳でもなさそうな人だとも思う。

この人は喜怒哀楽では怒と哀が圧倒的に巧い。怒が巧い人は他にもいるが
哀が巧い人は珍しい。時々 舌が巻いちゃったり滑っちゃったりしている
ように感じるが、計算なのかと思うほど 役にはまった時の演技が印象深い。
裏声ぎりぎりで(でもひっくり返らない)泣きを披露するこの人の声を
聞いた時は 思わずよ、声役者っ!なんて言葉を掛けたくなってしまった。

でも本当にアクが強いだけに勿体無いほど合わないなと思う時もあるが。












2005年04月09日(土) 子ばなし。


ずっとプリンターの台替わりにしていたおもちゃ箱が、PC一式部屋ごと移動
する際に姿を現した。
その場に居合わせた息子が蓋を取って、小さな頃に仕舞われてそのままに
なっていた玩具たちを発見。
興奮して叫んだ。
「こんなところにあったのか!ついに流し込んだぞ!」

正解は探し当てたぞ。「し」 しか合ってない。

どうでも良い話なのだが、余りにも馬鹿馬鹿しいので書き残しておこう。

今日は人前で凄まじい恥をかかされてしまった。
余りにネタが下過ぎて、迷ったが やっぱりそっちはちょっと書けない。
でも、余りに恥ずかしかったので何時か、息子が高校生くらいになって居間で
カレーライスを食べている最中とか逃げられない時を見計らって
「あんたさあ、小学校に入ったばっかりの時、プール教室でさあ」
と 今日あった事をきっちり話して聞かせてやるつもりだ。
忘れまいぞ。




2005年04月07日(木) 家電店での出来事。


その日、私は近所の家電量販店に居た。
息子愛用のラジカセのCD部分が壊れてしまったのだ。元々、一時しのぎに
買った かなりお安い品物で、いつ壊れても仕方ない感覚で息子に貸していた
のだが 案外と長持ちして、手放せない品となってしまった。
私が違法コピーしたCDに、のたくった異様な文字で
「くぃーん」とか「すぴつつ」とか書いてマイベストにしている。
「こんな事なら カセットに録音しとくんだったなあ」
と言う一言が哀れに思えたので、安いCDラジカセを購入決定したのだ。

ラジカセはセール品を早めに決めて、自分の欲しい物を探しに PCソフトの
コーナーへ。結局こっちが本命だったりする。
バックアップと復元ソフト、要るのはどっちだろう?
再セットアップでデータを無くし、いろいろ懲り懲りになってしまったので
その辺りをぶらぶらしていると、小さな男の子が一人立っているのに気が付いた。

2歳になるかならないか。歩く事は出来るが、何となくおぼつか無い。
ふらふらと下の方の商品棚の物を触ったりしているが、掴むでも振り回す
でもないので、余り気にはならない。親はどこかな?とは思ったが。
つかつかとその男の子に大柄な影が近付いた。
次の瞬間、「ばこっ」と音がした。男の子の頭を大柄な男がソフトの箱で
殴ったのだ。そして男はその箱をおもむろに商品棚に戻した。
商品でっ
男の子は殴られても声も上げないし、泣きもしない。ただ同じ場所に黙って
立っている。
男の子を殴って一言も口を利かず立ち去った男は男の子の父親らしい。
私の左隣で両親、祖父母と思われる人間はずっとお店の人を捉まえ何事か
商品について話し込んでいた。
男の子はぼうっと立っており、殴った商品は店員の前で棚に戻され、私は
立ち竦んでしまった。

子供に手を上げるのがどうこうと言う話しではない。
その子は何にもしていなかったのだ。むしろ大人し過ぎるくらいじっとしてた。
それから5分、男の子は母親にどつかれ、祖父と思われる初老の男性に
転ぶまでどつかれて、ついに泣いてしまった。
逆に言えば、そこまでされるまで泣こうとしなかった。

家に帰っても、後味の悪さは消えない。私は、じっと竦んでいただけだった。
だけど向こうは一家総出の様子なのだ。正直言って怖かった。

多分これは虐待だ。育児中うっかり手が出たとか言うのとは次元が違う。
父親は大柄だが、一見すると普通のサラリーマン風。母と思われる女性は
激しく茶色に髪を染め、激しく紫のアイシャドーを入れている。目の上1.5cm
くらいの幅でシャドーを引いているので 遠めには紫の目の人に見えなくも無い。
祖父ちゃん祖母ちゃんと思われる夫婦は本当にどこにでもいる、普通の初老の
夫婦である。小さな子をいきなりどつく事を除けば。
だが、そこまで観察したからと言って どうにもならない。
取り敢えず 見たところに目立つ傷は無かったし などと自身に言い聞かせて
居る事に気が付いて、自分が嫌になった。

理不尽な暴力は人を竦ませる。時に心の中に凶暴な何かを植え付けてしまう
事がある。






2005年04月06日(水) 早い桜。


今日は息子の小学校の入学式だった。

息子が生まれた時、近所には家が7軒しかなくて、小さな子供は息子だけ。
だがこの6年でショッピングセンターも出来、街はどんどん拓けた。
一区画と言える部分に新入学の子供たちが息子を含め5人、そのうち4人が
同じクラスとなった。

息子の通っていた幼稚園は小学校の通学区域内にある。それゆえ徒歩通園を
していた子供たちは殆どみな、小学校が同じだ。バスで通っていた子供でも
小学校からであれば近いと言う子も居て、結局28人のクラスのうち同じ
幼稚園出身者が10人、そのうち年長時 同じクラスだった子が5人。
環境としては恵まれていると言って良いかも知れない。

女の子と机を並べて座っているのを見て、「ああ、そういえばそうだっけ」
などと思う。隣りの女の子は同じ幼稚園の子ではないようだ。
小柄で、髪を二つおだんごにして、髪飾りを付けている。
とても可愛いらしい女の子だ。
「隣りに並んだお友達と握手をしましょう」
先生に言われるまま、おずおずと手を握っている。
オーバーアクションでのけぞって 嬉しさを表現する息子。
学園天国。
だがその子の両親が私の隣りで、その様子を不安げにビデオに収めているとは
息子もまさか思っていない。と言うかどうでもいい様子。
ご両親も私が、あの得体の知れないふくらまんじゅうみたいな男の子の親だとは
気が付いていないようだ。今後とも宜しくお願いします。

明日から登校、通学は5年生のお姉ちゃん3人と3年生のお兄ちゃん2人に
連れて行って貰う。余り迷惑をかけちゃあ駄目だよ。
心配しても仕方ない。
だけど昨日あたりから ちょっとだけ、胃が痛いな。





2005年04月05日(火) PCは来たけれど。


我が家に新しいPCがやって来た。
取り付け作業その他が、夕方5時から7時まで。
しかも人様にお願いして 有料でやって貰った。

私が今まで使っていたディスプレイはCRTと言う物で、テレビのブラウン管
みたいな奴だ。購入した時、既に液晶が(高価だけど)主流ではあったのだけど
重くてごっつい こちらにした。ワープロ仕事をずっとこの画面でやっていた
と言うのもあって、馴染みのある方が良いと思ったのだ。
それにブラウン管型ならキュッキュッて拭けると思ったし。

汚い話だが、掲示板や他所様のサイト記事を見て可笑しくて「ぶばあっ」
なんて吹いてしまう事も日常なのだ。
でもさすがに、今回は液晶にした。激しい「ぶばあっ」で液晶が死んでしまう
事や、「ここだよここ」とか言って突き指するほど激しく画面を指し、やはり
液晶が死んでしまう事を防止するためか アクリル板が付いているタイプの
ディスプレイもあったけれど、これまた高価だったので、後貼りタイプの
アクリル板に期待する事にする。拭ければいいの、要は。

取り付け担当の人が四苦八苦して(してた)出来上がったPCを立ち上げて
「どうです?」と私に訊ねた。
「・・・・・・字が細いです」と私は答えた。期待されていた答えとは
おそらく正反対の物だったろう。
でも、細い物は細い。液晶見慣れてないから。画面も2インチ大きくなった
だけなのに、レイアウトも随分違って見える。

自分のサイトは・・・・・・ああっやっぱり見辛い(泣)
直して行かないと。
ここも直さないと。ああ。

あああ。




2005年04月03日(日) 厄介な奴も居る。


There is a black sheep in every flock (黒い羊はどの群れにも居る)
黒い羊は普通『厄介者』の意味だが、他には無い個性を持つ者と言う ちょっと
無理矢理前向きな捉え方もあるんだそうだ。
でもキリスト教圏ではやっぱり縁起の悪い存在として、生まれると殺されちゃってた
らしい、最近までは。
どうせ殺すなら食べるべき。味に違いは無い筈だ。
顔が黒い羊なら 動物園のふれあいコーナーに居る。これがまた可愛い。
サフォーク種って言うんだそうだ。大人しく、毛も取れて お肉も美味しい優等生だ。
まあ先生が これを 女生徒に、ポジティブな意味で書いたとはやっぱり思えない。
こんな騒ぎになっちゃって自分が厄介者になっちゃいましたねえって感じだ。

中学1年の時の担任は、私の所属する部活顧問でもあった。
季節は忘れちゃったけれど、私が部室に一人でいる時に、彼がやって来た。
担任でもある訳なので、こちらも当然 気を許す。
すると彼はニコニコ笑いながら一言、こう言った。
「焙煎、お前なあ。あの母親と一緒に居るとそのうち自殺するぞ」
言葉はほぼ、このまんま。平凡な学生である私にとって頭からいきなり雷を
落とされたような発言であったので、忘れられる訳も無い。
何があったのか、何故そんな事を言われなければならないのか、さっぱりだ。
ただ何も言い返せず、突っ立っていただけだったと思う。
一言だけ笑顔で言って、先生は部屋を出て行ってしまった。

無論、母親には何も言えず、けれど原因らしき物は 割と直ぐに発覚した。
前日に父母懇談があり、その際 「何か質問などありましたらどうぞ」と教師が言って
母は「靴下は白とワンポイントと言う事ですが縞の1本くらいなら良いのでは
無いでしょうか」
と言ったような事を言ってしまったらしい。
すると担任は皮肉っぽく笑って「それは学校側に言って下さい」と応えたんだ
そうである。お前は何側だ。
そんな、言ってもせんない事を〜とも思うが、「白い靴下やワンポイントは割高で
縞入りなら安いのが幾らでもあるのだ」 と言うのが母の理屈だった。
うちは貧乏だったからさ・・・。
自分の娘を基準にしちゃあ駄目なんだよ。縞を許せば、色物もオーケーと言う事に
なり、柄物、フリル、挙句の果ては踝が見えるソックスとか、は当時は無かった
けどね。

その話を聞き出した時、原因はこれだと直ぐに解った。
母の発言の何かが彼を 非常に怒らせたのだ。
それに対するリアクション(仕返し)が 前述の一言であったらしい。

結局、母にその話をしたのは私が30を過ぎてからだ。母は驚いて「何故その時
言わないのか」と怒ったが、言えるだろうか? 私は言えなかった。
だが忘れた事は無い。その教師のやり口は 見事に成功したと言える。

彼が半殺しの目に遭ったと聞いたのは高校時代であったか、高校を卒業した頃
であったと思う。当時の赴任先で、数人の男子に呼び出され、堂々と出掛けて行って
大怪我を負って 入院したと言う事であった。
校内暴力と言う言葉が、まだ盛んに使われていた頃だが、どうやらそれは校外暴力
であったらしい。リンチである。
他の教師であれば、後輩の無茶に顔をしかめたかも知れないが、その時の私の反応は
・・・・・・・・・(苦笑)
こんな感じであった。

言っちゃ駄目な事を言っちゃったんだろう。相変わらず。
かなりの大怪我であったらしいから、少年たちは殺す気で掛かって行ったのかも
知れない。殺したくなるような事を言っちゃったんだろうなあ。
だって、教師相手にそこまでって話、当時でも余り無かったもん。

守りたい物は誰にでもある。餓鬼だからって なめちゃあいけない。
少年少女に殺意を植え付けてどうするのかって気もするが、私たちの時代にも
普通にそう言う、厳しいと言うのとはまるで違う 困った教師はいたんだよね。
しかも当時30代前半であったから、未だ現役かも知れない。

授業中にまで頻りに自慢していた、後に国立大に入った一人息子も いい歳だろう。
多分、教師にはなってないね。自慢の息子に自分が何処か本心では小馬鹿にして
いた職業に 就いて欲しいと思うわけも無いんじゃないかな。


あ、でも良い先生も沢山いましたよ。・・・付け足しっぽいですね。
保健室登校ってのも、当時は無かったな。
マラソン大会でゴール前でぶっ倒れた男の子が 保健室の先生のマウストゥマウスで
息を吹き返して、その一部始終を見ていた全校生徒が大興奮と言う話はあったけど。
保健室と言う言葉以外は全然関係ないですね。







2005年04月02日(土) 息子の調査表。


児童調査表、入学前に提出しなければならない大事な書類で、今日は その提出日。
名前は何だかお堅いが 内容はそうでもない。
連絡先とか、家族構成とか、通学路とかを書き込む。
堅いとか言うより、やはり大事な書類と言う感じ。
子供の健康状態、過去の大病の有無。長所短所。
長所、短所・・・。

長所が多過ぎれば、親馬鹿っぽく見えちゃうだろうか? 謙遜していたら、文字通りに
解釈されて、不必要に警戒されたりしないだろうか。
親は思わず自意識が過剰に。
だって、こんな年頃の子供の長所短所なんて、結局どっちも おんなじような
もんだからなあ。

気持ちが優しいから気が弱い。活発で乱暴。面倒見の良いお節介。
好奇心の強さから来る落ち着きの無さ。
・・・まあ、目安程度の事なんだろうけど。

長所1行に対し、短所2行。幼稚園の先生が卒園時に息子に仰って下さった事を
そのまま流用した物に更に親から見た短所を加えた。
何書いたって、先生をびっくりさせちゃう時はさせちゃうんだしねえ・・・。

ええと、後はなんだ?・・・『特技』。 特技??
6歳の子の特技?ああ、ピアノとかの事かな。う〜ん、好きな事とか得意な事
ならまだ判るんだけど、特技と聞くと「舌で鼻の頭が舐められます」とか
「掌を裏側に反らして手首に付きます」とか、そう言うびっくり人間みたいな事しか
浮かんで来ないこちらが少しおかしいのか? おかしいんだろうな〜。

近所の子は自転車の手放し運転を『特技』として見せてくれる事があるが
それはここで言う特技じゃないんだろうし。
他所の息子さんでも こちらも慌てて注意しちゃうくらいだからね、やっぱり危ない。
でも特技って言葉には ちょっと無茶なって言うニュアンスが含まれている気も
するんだよなあ。考え過ぎかあ。

ふうむ。ピアノ、一輪車、水泳、サッカー。この辺りかな。
やっぱり得意な事程度だと思うんだけど。どちらにせよ うちのはどれも
得意とは言えないな。
だけど欄はでかい。空欄にするのも目立つかと「ありません」とでっかく書いて
やったらば、空欄のままより 遥かに目立つ事に。


書類を提出して簡単な面談を受ける。
息子は何時にもまして支離滅裂、「今日は学校へ誰と来たのかなあ?」 「・・・?」
「今日は、学校へは誰と一緒に来たのかなあ?」 「・・・?」
おおい、しっかりしろ〜。

面談が終わり、教室を出る時 「あああ、緊張した〜」と一言、息子が言った。
私もばりばりに緊張していた。言う前に言われてしまった。






2005年04月01日(金) デージーの春。


雪が降ってはとけ、降ってはとけを繰り返している。
なごり雪って言うやつだ。

庭の砂利の上でデージーが花を咲かせた。
春先にお店で一斉に売られるピンク、白、エンジ色の可愛らしい園芸品種ではなくて
原種と言うか野生と言うのか、そんなのに近いデージーだ。
ローンデージーと言って 色は白しかないが、時折 微かにうす桃色がかった花を
付ける事もある。
これは、繁殖力がとにかく旺盛だ。確か2株買っただけの筈なのだが、今や庭中が
デージーだらけ。これはどうした事なのだろうと 目を疑うほどだ。

デージーの別名はヒナギク、トキシラズなどだ。キンセンカの仲間もトキシラズ
と呼ばれる事がある。デージーは春早く咲き、秋も遅くまでぽつぽつと咲き続ける。
キンセンカは雪が積もらない地方であれば 冬中花を楽しめる種類もある。

デージーの花は、私が子供の頃から民家に普通に植わっていた。
形は 今も花屋さんの店先で見られるデージーと余り変わらなかったと思うが
一株が咲かせる花数はずっと少なかった。
色も白とエンジばかりで 当時ピンクは無かった様に思う。
夏越しが難しく、一年草扱いになってしまうデージーだが、昔は普通にクローバー
の中に混じって野生化していた。ここが北国と言う事もあるのだろう。

今は花屋さんで買って来たデージーを どれだけ夏越しさせようと奮闘しても
まず翌年に花を見る事は出来ない。昔より暑さに弱くなっていると言うのではなく
おそらくF1品種であるからだろうと思う。
(F1品種についてはホームのガーデンエッセイで少し書いてます って宣伝
みたいに言ってみる割には そっちの更新は止まってたりしますが・・・)

同じF1でも ビオラやパンジーは、先祖がえりな花をしょぼしょぼとでも毎年
咲かせる様子だけれど、デージーの翌年の発芽率はすこぶる悪い。
しかも株自体残らない。
ローンデージーはちゃんと越冬する。日本に古くからあったデージーも 夏越し
さえ出来れば 株は残っていた筈なのだが。

ローンデージーは 古くから知っているデージーの姿よりごつい。
だからやっぱり私は、見慣れた ぽんぽんした形のエンジ色のデージーが欲しく
なり、春先になると 必ず買いに行ってしまうのだ。

幾度かの冬を越えた逞しい白い花が、花数は多く可憐だが、幾ら種を散らしても
子孫を残さぬ仲間の姿を いつも丸い黄色い目で横目に見ながら、それでも
仲良く並んで、春先の風に揺れている。

あと1ヶ月ほどで 庭でまた、見られる筈の光景である。




写真が暗いんですがローンデージーです。
でもポンポンしてない感じは判って頂けるかと。ヒナギクってもっと
ポンポンしたイメージなんですよ〜自分には。






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