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2005年08月29日(月) 食事中の方は読まないで下さいね。


お腹の弱い子、丈夫な子。
うちの息子のお腹は丈夫なようだ。ウンチはいつも硬ウンチ。一日2回。
お子さんが軟便で苦労しているお母さんのお話も良く聞くので
この部分に関してだけは 私は楽をさせて貰っているのかも知れないと
考えていた。でもまあ、他の部分を総合すると やっぱり大変な方だと
思うんだけど。

意外なところに落とし穴があった。
幼い頃からほとんど、お腹を壊した事のない息子は、軟らかウンチ君に
非常な怖れを感じるようになってしまっていたのである。
「おかあさ〜ん!ウンチがっウンチが軟らかいっ!!」
まあね〜あれだけ水物ばっかり取ってちゃあ・・・と言う感じで
整腸剤を飲ませ、様子を見る。食欲は落ちないが、軟らかウンチも治らず。
お腹の風邪かな?と思い始めた3日目の今日の朝になって、お腹は元通りに。

いつも通り学校に行って、戻って来てから買い物に。珍しく「疲れたなあ」
などと言うので、家に帰ったら休む事を約束させる。
ところが、家に戻ると早速友達が迎えに来て、止めたが出て行ってしまった。

虫のしらせにも大きな物から,割とどうでも良さ気な物まで色々あるようだ。
今日に限って、私は息子の出掛けた公園に1時間早く迎えに行った。
そこで見たものは

公園のど真ん中に下半身裸の息子が立っている。その隣りに息子の友達が
呆然とティッシュを手に立っている。高学年の女の子が4〜5人、遠巻きに
息子の方を見ている。何をやっているんだ??

息子は下痢と言う物をした事がなかったので切迫したお腹の調子が理解
出来なかったのだった。つまりはおもらしだ。うおお〜
公園のトイレに行けばいい物を下痢慣れしてないのでパニックになってしまった。
そして、その場でズボンとパンツを降ろしてしまったのである。
私の顔を見付けた息子は火の付いたように泣き出した。
そして「まだ帰りたくないよう」と言った。
一緒にいた友達は トラウマを抱えたような顔になり「帰りますっ」と、とっくに
猛スピードで去ってしまっていたのだが。

実は公衆トイレが苦手な私。もらしパンツを再び上げて、家までとぼとぼ帰る。
「まだ遊んでいたかったよう」 尻に何か付けたまま泣き続ける息子。
「馬鹿っ!!」 思わず怒鳴る。

結局、流行中の腹風邪であった。小児科の先生にお漏らしの事情を説明すると
「・・・それは大変だったねえ」 と深刻な顔をされた。
普段は「学校へは休まず行くんだよ」と指導してくれる先生が珍しく
「下痢が止まらないなら休ませた方が。もしみんなの前でおもらししたら
それがずっと傷になる子もいますから」 なるほど。

明日、息子は休ませる事にした。もしおもらしをしてしまったら、おそらく
トラウマを抱えてしまうのは周囲のお子さんだろうと思うとぞっとした。
他人のおもらしを見てもショックな子はショックな筈だ。私も割とそんな子だった。
息子には全く脱糞ショックはないようなのだ。あの様子では3日後には
忘れているだろう。
下半身丸出しの息子を発見したこちらの方がいまだにずっとショックが大きい。
息子の面倒を見ていてくれた友達にも、お礼を言いたいが・・・
トラウマになってたらどうしよう。


2005年08月28日(日) 気安く持ち出すな。


『郵政ガリレオ解散』
今回の衆院解散を小泉首相がそう命名したと聞いた。
『郵政』と『解散』の間に入るガリレオは人の名前であり
地動説唱えた人だよね?ってくらいしか不勉強にして私は知らない。

「どうして朝になったり夜になったりするの?」
「どうして夏になったり冬になったりするの?」

それはね、地球が自分でグルングルン回りながら、更に太陽の周りを
グルングルン回っているからだよ、と 何となく半端な説明を子供に
してやる時に 「こんな事を言ったら死刑と言う時代があったのね」
と思い出してしまうくらいだ。ガリレオ・ガリレイ
「それでも地球は動く」
異端審問で言ったとされるエピソードは、実際は無かったと言うのが
研究者間の見方であるらしい。(知ってた風に書いてますがソースは読売新聞
今日のYahooNewsから)。

ガリレオが言ってないにせよ、非常に威厳と説得力のある名文句である。
これと似たのにゲーテの「もっと光を!」があると思うのだけどちょっと違うか。
それで、記事読んで面白いと思ったのが『気安くガリレオを持ち出さないで』
と仰る研究者の方の言葉だ。そりゃあそうだろう。
余り関係ないとも思うしなあ。

結局インパクト勝負みたいな感じか。流行語大賞狙いみたいな。
研究者の方はガリレオが政治に巻き込まれ、しかも流行語大賞候補とかになるのが
嫌なんじゃないか。私がガリレオに関する書物を真面目に何冊も読んでいたら
やはりきっと、嫌であったろうと思う。読んでなくても何だかなあ。
言葉自体は名文句。言った者勝ちな感じではあるが。

ガリレオは、異端審問で有罪を宣告されて地動説を撤回する。
この名文句は「あらゆる圧力が否定しても真理は変わらない」と言う
負けて尚、学者の意地みたい物を感じさせる言葉だ。だからこそ格好良いと
思うのだが。職業的なストイックさと言うかそんな感じが。

研究者の方は続ける。「郵政民営化が真理かどうかは別として小泉首相が
ガリレオを名乗るなら最後には郵政民営化を撤回する事になってしまうが・・・」

名乗るなら本くらい読めよ。と学者さんの言葉でやんわりと言っている様に
私には聞こえて、とても恥ずかしいのだが。

秋に向けて自分も色々、喋り捲くっているよか本でも読まないとと反省した。



2005年08月25日(木) シンデレラ。


「あと5キロは痩せないとまずいんじゃないか」

家族で出した私の夏太りに対する結論である。
『心臓が苦しいのよ、最近。真面目に』
さすがにそこまでは行ってないだろうとは言われたが・・・。

元々私は中肉中背。今は大目に見て中肉って感じか?
痩せたらそんなに変でもないもんねっ
見られない事を承知で言ってみるとね。

「お母さんは太ってないっ全然太ってないぞっ」
息子の叫びが何て言うか・・・泣けて来るからもう止めて(笑)
「ママちゃん(私の母)の方がずっと太ってるからなっ」
元々痩せ型(私は父似)の母がニヤニヤしている。ああっもう止めてっ

母「母親がどんなになってても子供って否定出来ないのかねえ〜」
弟「今のうちはな」
ああっ本当にもう止めて〜っ痩せます、ご免なさい。
「お金かけないで痩せなさいよ」 うううっはい。

何かダレっとしてると鏡を見るのもヤになって来ちゃう。髪の毛も随分
いじってないなあ。子供の方がいつも良い髪型になってたり。
良くないよね・・・。
でもさ、自分のために綺麗になろうとか息子のために綺麗になろうとか
誰のためでもなくキチンとしていようとか・・・思えなくなる時も
あるんだもん、周期的に。

オンラインゲームでは綺麗なドレスを着たお姉さんキャラを使ってみた。
ある日、午前様近くになったので『落ちます』(ゲームから抜ける事)と
言うと、「シンデレラだね」と言われた。

シンデレラ・・・

ううっ逃げちゃ駄目だっ とにかくリアルで何とかしないとね。
死ぬまで誰も シンデレラなんて言ってくれないだろうけど、いいじゃんっ。
取り敢えずは成人病対策だよ。
早いなあ〜年取るの、やんなっちゃうねっ


2005年08月22日(月) その瞬間。


駒大苫小牧高校、夏の甲子園2連覇おめでとう。
驚きました。ン十年道産子やってて これに驚かない人はまず、いないでしょう。

私はその瞬間、札幌駅の駅地下モールにいました。
駅近くの病院へ言っての帰り道だったんですが、まさか決勝に残るとは
思わなかったんで、この日を病院と決めていたんですよね。
スクリーンの前は人、人、人。埋、塞って感じ。
ですが、そのすぐ隣りにある喫茶店はガラガラ。それはそうか。
私はそこの喫茶店に入って、優勝の瞬間を音で聴く事にしました。

喫茶店内は冷房効きすぎ〜。でも有線なども流しておらず、外の人達の
歓声だけが聞こえて来ています。
コーラフロートを注文しました。しばらくすると店長らしい人が持って
来ましたが、これが・・・
盛り過ぎ
案の定、店長さんが置いて立ち去ると同時に前後左右からコーラが噴出しました。
なんだこれは。
大慌てでおしぼり、ティッシュを総動員して拭いていると店長が気が付いて
駆け戻って来ました。 「申し訳ありません!直ぐにお作り直しいたしますので」
「構いません」とは とても言えない状況になっていたので素直に新しく
持ってきて貰う事に。 どうやら気もそぞろな人が厨房にもいるらしい・・・。
新しい飲み物は直ぐに来て、私は アイスが垂れても大丈夫なくらいコーラを
先に飲んでから、ゆっくり外の物音に耳を澄ます事にしました。

拍手、野太い声。 黄色い声は余り聞こえません。圧倒的に響くは男性の声。
駅地下に着いた時には 時折聞こえていた ああ〜〜っと言う落胆を秘めた声は
その時点ではもう聞こえて来ません。試合終了はもう直ぐ。

おお〜〜〜〜〜っ
地鳴りのような声が聞こえたあと、大きな拍手と歓声が上がりました。
お店から身を乗り出していた店員さん達がお客さんの方を振り向いて一斉に
笑顔を浮かべました。
次の瞬間、お店にどおっとお客さんが入って来ました。どの顔もどの顔も
笑っていて・・・・・・これはこれでなんか怖いな。 

お店から出るとそこは恐ろしい熱気でした。体感温度で10度は違う。地下なのに。
それでも人はパラパラと散り出しています。元々ほとんどが通り縋りの人で
皆さん行くところがあるんでしょうね。私は帰らないと。

出ると負けとか言われて来たんですよね、長い事 北海道地区は。
夏の暑さに弱いとか、冬の練習に不利があるとか色々言われて、だけど
やはり1回戦2回戦敗退で仕方ないよなみたいな雰囲気は選手には無念でも
あったでしょう。2年続けて優勝旗が海を渡る。56年振りの快挙だそうです。
溜まりに溜まった物を一気に返した感じ。道産子としては気持ちの良い話です。

練習設備なども昔と比べ確かに随分良くなっているんですね。
でも、だから出来た事と言い切ってしまうには余りに強かった。
北海道の高校が何故2連覇を成し遂げられたのか、その日のうちに家族で
考えを出し合ってみました。

母「地球温暖化で北海道も暑くなったからじゃないの」

私「運命を持つ物同士が何百年に一度集うとか、やっぱりあるんじゃないの」

息子「沢山食べたからだと思う」


翌日の新聞には監督の指導とか選手の葛藤の様子などが詳しく書かれていましたが
私は上の3つの意見の中では自分のが一番ましだと思います。


2005年08月19日(金) 因縁の正体。


私は母方の祖母の家で生まれ(でも出産は病院)そこを出たり入ったりで
小学校低学年までを過ごした。 母は夜も働いていた時期があり、祖母が私と
弟を寝かし付けてくれた。
祖母の話は怖い。「この家はね、因縁の家なんだよ」
しかも全くさり気無く話すんだから本気で怖い。因縁の家である事は祖母に
とっては当たり前の事なのだ。怖い。ではどこら辺が因縁なのか。
「そもそもは昔、○○村の親戚の小母さん一家5人が殺されて」
怖いっ。だが私はこれを寝物語に聞かされて育ったのである。
祖母は話題が豊富な人ではなかったので、何回も何回もこれをやるのである。

この話については親族全員が知っていた。だが本当にそんな事があったのかどうか
誰も知らない。『そう聞いた』と言う都市伝説みたいな事になっている。
そして、何かと言うと『うちは因縁の家だからねえ』が合言葉になっていた。
脅かされて育った私は面白くない。大の大人が何が因縁かと少し大きくなったら
いきなり反抗心がむくむくと。
事件は事件、後々の因縁扱いは 被害者である親族に対して失礼ではないのか。
○○村は北海道。先祖がこちらに渡って来たのはそう何代も前ではない。
誰も知らないと言う方が、むしろ変なのだ。これはどう言う事なのか。
事実である確率は10%程度と私は踏んでいた。

実際に調べる事にしたのは 父方の家系に興味を持った頃に近かったと思う。
大きな図書館に行って、新聞(何か小さなスライドみたくなってる)を片端から
調べたのだ。
判っているのは戦前である事、冬である事、村の名前、これだけだ。
2日かかったが、それが事実であった事をようやく突き止めた。
被害者は曾祖母の叔母である。曾祖母は私が10歳を過ぎるまで生きていたが
生前、被害者に関する話をした事は無かった。どうやら曾祖母も余り詳しくは
知らされていなかった様である。・・・昔だからねえ。

私は問題の新聞記事をコピーして意気揚々と家に帰った。
それがちょっとした事件を引き起こした。母も母の従兄弟達も誰も、話については
半信半疑だったらしいのだ。まず事実であった事に驚き、意外と近い親族に
起こっていた事だったのに驚いた。
そして母と親しい従兄弟の夫が、事件に絡んだ人と同姓であり、かつ同じ村に
先祖を持つ事が判ったのである。
こう言うのをクローゼットの中身を引っ掻き回す行為と言うのだろうか。
とにかく余り、やってはいけないのかも知れない。

本気で心配した親族が調べた結果、事件とは無関係の一族と言う事が判った。
だが私は何をするか判らない人間と周囲に思われてしまった様子だ。
とは言え、因縁扱いは止めろと言う主張は通った。それからは誰も不幸な
事件に巻き込まれた親族を寝物語に語る事はしなくなった筈だ。

細かい調べ物は今も好きなんですよ。でも調べた結果がどうなるかとかは
余り考えた事がないです。

余談・・・当時の新聞の 広告文の余りの素晴らしさには全くぼ〜っと
なってしまいました。デザインも秀逸な物多し。広告の原点を感じたのを
憶えてます。調べている方も結構いい加減な態度だったと言われれば、そうで。


2005年08月18日(木) 夢の焙煎村・・・2


北海道ではちと珍しい姓、焙煎(仮名)。だが、ご先祖の出身地では普通にある
苗字なんだろうと思っていたら、そちらにも大変少ない姓である事が電話帳で判明
したと言う所までが前回のお話。

祖父の兄が子孫を残しているらしい事は判っているので、僅か7軒ある焙煎は
オール親戚に違いないと、家族で確かめに向かったのが私が24の時。

「いきなり北海道の焙煎ですって行くのはどうか。まずいんじゃないか」
幾ら少ない苗字でも、だからなんなんだと思われるに違いない。
既に河北郡に着いてしまった後で 途方に暮れる3人。7軒のうち1軒が食堂を
経営している事を知って僅かな光明が。
「食べながら言えばいいんだよ。お客さんなら話を聞いてくれるって」
もしかしたら父の従兄弟かも知れない、石川県の焙煎さん経営の食堂へ。

ご主人は非常に気さくで、良い方だった。ご飯も美味しかった。
だが初っ端から違和感があったのも事実。 似ていないんである。そりゃ兄弟でも
似てないって事があるんだから、従兄弟ともなれば当たり前でもあるのだが
「こりゃ違う」 と直感するほど似てない。そこでご主人に色々尋ね、随分と変わった
事情が判明した。 ご主人いわく
「この辺りの焙煎と言う家には元々2つの流れがあった。互いに行き来はありません」
要するに不仲であると暗に言うのだ。7軒のうち6軒が食堂の焙煎さんの
親戚だと言う。・・・6:1。明らかな少数派が うちの親戚かい。
2つの流れと言っても、元は一つであるのは明白だ。だが1代2代前に親族関係が
あったと言う近さでもないらしい。

翌日、お役所に行く。祖父の戸籍の写しを見るためだ。
「実は観光がしたいのよ」と母。もっともな事である。
戸籍の写しは問題なく取れた。それを見た私は、さすがにちょっと驚いた。
祖父の兄弟のうち男は3人、うち一人は幼くして亡くなっている。祖父の妹で2歳で
生を閉じた女の子の名を 祖父もまた自分の子に付け、やはり2歳で亡くしていた。
祖父の兄は普通の寿命であったが、多くもうけた子供達を やはりことごとく
若くして亡くしていたのである。

男性が一人だけ、現在も存命であり、それが7軒のうち少数派1軒と言う事の様だ。
食堂の焙煎さんの言う通り、戸籍では他の焙煎さんとは 特に近い親戚関係には
無いようである。「うひゃ〜」 何となく、色々な事を一気に考えさせられたのを
憶えている。

事前に電話をしてから、残り1軒、従兄弟の焙煎さんを訪ねる事にする。
会ってビックリ、伯母さんにそっくり。やっぱり親戚ってこんな感じだよね。
庭の樹が綺麗な家であった。私はこの親戚のおじさんと もっと沢山話してみたいと
思ったが、うちの父は嫌われる人にはあっさり嫌われるタイプなんで、せっかく
見付けた従兄弟にまで初対面で嫌われた
様子である。とほほ。
それでも、ぽつりぽつりと重い口を開いて下さったが、ご自身は娘さんが
お一人と言う事で「婿養子を取ろうと思っているんです」と話していた。
「うちの焙煎が、絶えてしまうからね」
祖父と祖父の兄、男の子は1人ずつが中年期を迎えられただけの様であった。

それから15年。代が変わり、北海道で祖父が残した二人の男の孫から、どれだけの
焙煎が増えたかと言うと・・・ゼロ。
弟は独身。もう一人の男の従兄弟には家庭があり、立派な男の子が2人いたが
私の息子が生まれて直ぐの頃に離婚して、子供は奥さんの姓を名乗る事になったのである。

父の兄で、やはり30代で亡くなった人で、事情があって男の子を養子に迎えた人がいる。
旦那さんの死後、奥さんは再婚したが、男の子は焙煎姓を名乗り続け
今ではしっかり家庭を持ち、20歳前後の男の子と女の子が一人ずつ居ると言う。
その男の子と、色々事情があって うちの息子だけが目下、北海道出の次世代焙煎君達となる予定だ。
リアル椅子取りゲームのような、微妙な縁起の悪さが生じてしまう焙煎の家系。
思うに、珍しいには珍しいの理由があると言う事なのだろう。
増えない、でも何故か無くならない。だから珍しい。
だが、石川県に行った時、焙煎村の存在は資料館で確かに確認したのである。
前田家の時代の、年貢を納めている村一覧みたいな所にあったと思う。
昔は確かにあった焙煎村。そのうち2つに別れて、減る一方。そんな感じらしい。

ところで、初めに話を振って来た珍名課長さんだが、その後結婚された。
相手は再婚の方で 連れ子が3人と言う事だった。その時も相当ビックリした。
そのうち二人の間にも 性別は忘れてしまったが、お子さんが出来た。
一気に4人のお父さんである。男の子が2人くらい いたはずだ。


結局、石川県の食堂焙煎さんと親戚焙煎さんとは今も年賀状のやり取りをしている。
食堂焙煎さんとはお中元のやり取りもある。毎年、美味しい葡萄を送って下さる。
食堂焙煎さんは『一度遊びにいらして』と言って下さるし、親戚焙煎さんからは
「娘が婿養子を貰いました」と言う年賀状に 男の赤ちゃんの写真が添えられて来ていた。


2005年08月16日(火) 夢の焙煎村・・・前編


「焙煎ちゃん、焙煎ちゃんの苗字って珍しいでしょ? 北海道に あとどのくらい
あるか知っている?」

会社時代、課長にいきなり話し掛けられた。
「知ってます。隣りの小樽市にあと2軒、叔父叔母です。札幌はうちだけですね」
「やっぱりなあ。うちはね、北海道ではオレんちだけなんだよ」
自分が比較的珍名さんだとは思っていたが、その人の姓を聞いて、それほどは
珍しい姓だとは思って居なかったので、少しばかり意外な気がした。
「出身地ではもう少しあるみたいなんだけどね、でも少ないんだよ。焙煎ちゃんは
ご先祖の出身地知ってるの?」

「知ってます。そちらでは結構多いと思うんですけどねえ」

石川県河北郡、祖父はそこから北海道の小樽に単身 移って来たらしい。
この珍しい姓は前田利家の時代の記録にあるとか無いとか(年貢の記録かなんか)
とにかく、その地方の姓で間違いはないらしい。そう聞いて育っていたので
こっちでは珍しいが石川県には焙煎村とか、右隣も左隣も焙煎と言う土地が
あるのかも知れないなと思っていた。
別な課長が、別な時に こんな事を言っていたのを聞いた事があるからだ。
「オレの姓は北海道には少ないけど、○○県にはS村ってのがあってSって
苗字ばっかりなんだよ」

うちもきっと、そんな具合だろうと思ったのだ。まだ見ぬ焙煎村。
会社帰りに、NTTのサービスコーナー(と言ってもかなり昔。今とはサービス内容も
全然違う。当時は公衆電話が並んでたり)の前を通るのだが、そこに全国の電話帳が
置いてある事に気が付いて、或る日 焙煎村の存在を確かめに私は立ち寄った。

石川県河北郡・・・あるにはあったが、焙煎なんて姓はどこにも無い。
いや、あったっ!あったぞっ7軒だけ。
「話が違うではないか」 そんな気がして東京の電話帳を開く。きっと都会なら
焙煎も何時の間にか渡り広まり、定着して居るに違いないぞ。
23区と近郊があるので、とても全部は無理だったが、調べられる限りは調べた。
ないんである。確か1軒も見付けられなかった。

その日を境に私は焙煎の姓に疑問を感じ、また興味を持った。
祖父は私が生まれる丁度一年前、亡くなっている。 祖父の一周忌の翌日、私は
生まれたんである。祖母は父が高校生の時に亡くなっている。
父は10人兄弟の末っ子であった。現在64歳、長兄は戦病死している。年の離れ様が
判ると言う物だ。
男5人、女5人であったが、男で42の厄を越えられたのは父だけである。
祖母は肝臓に病気があったらしい。産道を通って来る際に、それが子供に次々
感染してしまった。父も同じ病を持つが、何故か全く重くならない。酒は飲み放題
煙草吸い放題人生
だと言うのに。
父の姉妹は結婚して、子供を生むが、やはり産道を通る際に同じ病になった人が
多く居る。私の従兄弟達だ。皆、私よりずっと年上で 医学も今ほどは色々と
判っていない時に生まれたから仕方が無いのか。大体が家で産んだそうだし。
我が家は病気を持つのが父であったため、私と弟には 感染している様子は無い。

10人子供を生んだ祖母。だが、私達の代で 焙煎の姓を名乗る男子で、実際に祖父の
血を引いている者は2人。うちの弟と、従兄弟が一人。

私は電話帳で見た結果を両親に話した。夢の焙煎村(考える方もちょっとアレだが)
など、どこにも無いらしいと言う事を。それよりこれでは、親戚自体おらんぞと。
父は祖父から、河北郡の親族の話をほとんど聞いた事は無かったが、祖父には
兄がおり、既に亡くなっている事は聞いていた。河北郡の電話帳の7軒が父の
従兄弟なのか。
珍名課長の一言が、思わぬ波紋(大げさ)を呼んだ。
その直後 母が大病をしてしまったので、焙煎姓のルーツを探るためだけに
家族3人(弟と母方祖母が留守番)で河北郡へ出掛けるのは、それから3年後の
事になる。

珍しく続きます。続き物風に書くと、私達3人はそこで思っても居なかった
物を見る事に・・・っ
 てのはやはり大げさですな。

それと焙煎は仮名です。そりゃそうだ。


2005年08月15日(月) ここ数日。


ご先祖様、そろそろ きゅうりとなすの馬(牛)に乗り帰って行かれる。
16日は「生きている人のお盆」なんて妙な言われ方をされたりもする。
これは宗派でも違うんでしょうね。

息子の自転車事故
斜向かいの兄妹さんと公園の山を自転車で降りると言う無茶をやっていたら
年中さんである妹さんが転倒し、息子が轢いてしまった。
幸い大事に至らず、奥さんもこちらを気にして下さった。だが手には痛々しい
傷。足には打撲の跡が。本当に申し訳ない事をした。
山から自転車は禁止!と双方の親が息子に命じる。あちらの息子さん(小2)は
目の前で妹さんが転んで轢かれ、兄の責任と年長の責任も言われてしまった
事であろうから(重ねて申し訳ないと思う)二度としないだろう。
だが、うちのは何処まで解ったのだろうか。泣くだけ泣いたが、泣いて終わりに
されては堪らない。何度かに分けて言わないとならないかも知れない。
毎日調子良くやっているので 近所の公園と目を離したのはうっかりした。
時節柄、ご先祖様の忠告と思うべきかも知れない。

ポケモンブーム
俄かにやって来た、遅めのブーム。私は元々あのキャラクターは嫌いではないので
(ただし、ごつい奴)キーチェーンとか息子の幼稚園バッグとかに付けて
いたんだけど肝心の本人が全く興味を示さなかった。それが今頃ブーム。
アニメを観ていたら自分が遊びたくなったので「ポケモンコロシアム」を買っちゃった。
我が家で人気のポケモンは、息子はグラードンとカイオウガ。
女性陣には角を付けたらリアルが居ると言うトサキントとアズマオウが人気。

カモンバの花
新しく買った水草カモンバは朱文金のベイちゃんの方に入れた方にのみ、蕾が
付いていた。白い蕾で、小さく可愛らしい花が咲きそうであった。
翌日見てみると、蕾はなくなっていた。3個くらいあったのに1個もなくなっており
蕾のあった場所は齧った後があった。
「ベイちゃん、お前 蕾食べたの?」 「・・・」 「食べたの?ねえ」 「・・・」
私も何かと金魚に話し掛けるのだが、やはり答えはなく、だが食べたのも間違いない。
ベイは水草が気に入ったようで(蕾が美味しいからか)水草でお腹を擦ってみたり
頭を突っ込んでみたり、ひなが一日遊んでいる。夜も中々寝なくなってしまった。
それでもいつかは寝ているんだろうけど。

トマトの収穫
ミニトマトが採れ出した。今年は途中から庭の手入れがいい加減に・・・って
去年も同じ事を言ってたような。夏はなあ〜。
夜更しするんで朝が苦手、だから『午後からガーデン』なんだけど 夏はその
午後が・・・。夕方は暑さでばててるし。何だかなあ。
でもトマトは沢山生り続けていて、息子もそうだけれど 近所の子とかも
食べに来てくれます。自分でも食べて見たけれど、教材として送られて来た
物にしちゃあいい味
と言うか。青臭いけど美味しい。
もう直ぐ中くらいのトマトが採れる。こちらも良く生っていて野菜苗専門の
お店でお勧め品種と言う事であったので期待している。
綺麗に出来たらご近所に持って行くのもいいかも知れない。
誰もが「あの雑草だらけの庭の何処にトマトがあったのだろう」と驚く事請け合い。

レンタルビデオやお借りしたDVDなどを観、暑いな暑いなと言いながら何となく
過ごしたお盆だった。
カサブランカが庭でも今満開。近所迷惑だな〜と思われる香りを放つ。


2005年08月12日(金) カモンバ。


サンバにルンバ
何だかラテンのリズムが聞こえて来そうな水草「カモンバ」。
誰でもきっと 一度は目にしている、メダカや金魚の水槽でゆらゆら揺れてる
緑色の植物だ。

「幼稚園に寄付しよう、寄付」
「要するに餌をやらなければいいんだよ。それだけの話なんだよ」
「水も思い切って、見ない振りして換えるのを止めよう」
「・・・排水溝に流す?」

サディスティックな言葉の数々を投げ付けれらながらも、定時に餌を貰い
太り放題の我が家の金魚。水槽の数は今や3つ。3匹しかいないのに(涙
尾の伸びるタイプはものすごく大きくなる。身体は15cm程度でも 尾まで
入れると20�僂� ゆうに超えてしまうのだ。
ホームセンターで金魚の飼育セット一式と一緒に売られている水槽じゃ
Lサイズでも2匹入れば擦れ合ってしまう。
水質悪化も激しく、病気も出易い。病魚が出た時は隔離しなきゃいけないし
・・・と言う事で1匹1水槽で飼い始めた。
寂しがるかと思えば、広い方が嬉しいらしい。3匹とも生き生きしている。

今日は一束200円のカモンバを買って来て 3つのうち2つの水槽に配置してみた。
これは酸素を良く出す植物で、エアレーションを入れなくてもメダカなど
カモンバの酸素だけで問題なく生きていると言う。
カモンバは、条件が良ければ かなりの速さで成長する物でもあるらしい。
寡婦となった和金ぽんぽんは元々小さめの水槽に暮らしているのと、以前
一度カモンバを入れたらボロボロに食い千切った前科があるので様子見だ。

フィルターを外付けのものに代える。麦飯石溶液なる物を買ってみる。
何だかすごくお金がかかる、金魚。
ゆったりとした動き。 閉じたままにしていたり、突然大きく開けてみたり
普通にパクパクしていたりする口。
新しいカモンバに頭を突っ込んで、どこか幸せそうな尾びれ。
お金はかかるが確かに癒される。 大っぴらには愛されないが、水槽の前
には 誰かが常に座って何か話し掛けている。

先日、ネットのお知り合いの方から初めてリアルお電話を頂いた。
普段色々お世話になっていて、お話したい事も沢山あったのに(いや、でも
結構長くお話しちゃってっ。頂いたお電話なのにSさんっ済みません(汗)
そんな最中に息子が「今、自転車で車に轢かれそうになった!!」と言って
飛び込んで来る。落ち着かない事 この上ない。

小学一年生男子。寝ている姿以外は癒しとは無縁な生き物である。
やんなっちゃったら金魚だ。それかボタンインコのオーちゃん。
今 我が家では ペット人気が急上昇中である。
大人が揃いも揃ってやんなっちゃう生き物、それが小学一年男子なのかも
知れない。

「金魚は幼稚園に寄付しよう、寄付」

聞くと真っ先に息子は怒るが、大人の密かな憂さ晴らしなのだ。
お金は掛るが水槽からは出ないし、結局金魚は まだまだ楽なもんなんである。



2005年08月10日(水) 趣味と欲望。


実は自分はSMで言うSなのだと正面切って告白された事がある。
かなり前の事だが、ちょっとばかり驚いたので良く憶えている。
何故そう言う事になったかについては詳しくは書かないが(大した事ではないです)
訊ねなくても彼は色々と話しをしてくれ、私はそこでプレイをせずとも
SMについて少しだけ 学ぶ事が出来た。

彼は父親が自分と同じ趣味を持ち、自分は2代目である事を話してくれた。
知識人とかに多いとも聞いてたけど本当なのねと思った物だ。
でも何故彼が「自分は2代目だ」と思ったか、聞いた筈なんだけど忘れちゃった。

何故こんな話をいきなり書いているかと言うと、彼の話にあった事について
思い出した事があるからだ。 彼はこう言っていたのである。
「首絞めはプロも嫌がる」
話の途中に出て来た事なので、そっくりこう言う言い方では なかったかも
知れないが。

今にして思えば、彼の嗜好はソフトSMと言う奴に近かったのではないかと
思われる。 その時既に、同じ趣味を持つ奥さんと出会い幸せに暮らしていた。
だが、誰かにそう言う話をしたくてしたくて堪らなかったんだろうと思う。
ご夫婦の生活について若い私は大変興味があったので訊ねてみた。
夫妻の趣味は浣腸だと言う。
その時、私は腸に病気を持っていたので、聞かなきゃ良かったよとつくづく
後悔したのを覚えてる。
「私は潰瘍があるから無理に浣腸すると出血するんだよ」
腹を割って相手が話しているので自分も告白する。嫌な男女の会話である。
この時の生々しい会話を 私は多分一生忘れないだろう。
「俺は血は苦手なんだよね」 みたいな事を彼は答えたと思う。

鞭、拘束、言葉プレイと興味の続く限り不躾に尋ねる私。 何故か結構愉しげに
答える相手。その中で、首絞めの話が出た。 柔道などの絞め技で快感を
覚え、癖になると言う話辺りをしていた時の事だ。
「絞めろと言われても俺は出来ないね」 と彼。
「絞める奴は一番警戒される」

首絞めプレイが現在プロのSM関係者の間でどう扱われているのかは判らない。
だが、かつてはプロにも警戒されていたと言う欲望を持て余していた
人間が いたと言う事なのだろう。
強い欲望に衝き動かされて、結果犯罪に結び付いた者の中には、完全には
治らない事を前提に、ずっと見続けて行かなければならない場合もあると思う。
何でもかんでもと言うのではないし、見極めも大変に難しいだろうが、それでも
そう言う人間は、やはり居ると思うのだ。

奥さんの体調を気遣いながら趣味の浣腸と言う生活を静かに送る人も
またいるわけだが、互いに納得の上ならば身体に負担が掛からないなら
それはまあ、夫婦の問題だから他人があれこれ言うのも。
一つの線引きは 他人を陥れてまで欲求を遂げようとする事だろうか・・・。

ソフトSM夫妻は風の便りに、今も仲良く暮らしていると聞いた。何より。
息子さんがそろそろ3代目を名乗るのかも知れないが、同じ趣味を
ゆるやかに交歓出来る相手と無事めぐり合える事を何となくだが願っている。





2005年08月09日(火) 海を見に行こう。


弟の休日を利用して、海へ出かける。
昨年は石浜の海岸だったので、今年は砂浜に決定。
車で約一時間の海水浴場へ。

北海道はここのところ好天続き。そろそろお父さんのお休みも重なって
海辺は家族連れでびっちり・・・と思いきや、びっちりはびっちりでも
家族連れは思っていたより少なかった。 時間帯もあるのかも知れない。

多いのは大学生から25才くらいまでと思われる、若者な人達だ。
最近の若い人の旬な素っ裸を 堂々と見られる機会も少ないので
ここぞとばかりに観察して来る。

かつては海岸の添え物的な存在だった男性に、お洒落な人が増えて来ました。
もうずっと前から そうなのかも知れないけど、混みこみの海水浴場自体
私自身久し振りなもんで。

私は水着を用意して行かず(泳げない)短パン一丁で水棲生物の捕獲を
試みる事にした。1個しか持って来なかったバケツをめぐって 息子と喧嘩に。

結局「お母さんに貸してあげなさい」と言う祖母ちゃん(私の母)の
一言で、渋々息子がバケツを寄越す。すかさすクラゲをゲット。
母「息子よ、これがクラゲだぞ〜。触っちゃ駄目だよ〜刺すからね〜」
息子「綺麗だ。綺麗だねっ」
祖母「ちょっと。今、あんたの足の所に もっとずっと大きいクラゲが」
母「ぎゃあっ」
何だかクラゲが発生気味。お盆でも海に入る人が増えて来ているが 今年は
これで入れなくなるんじゃないのか・・・。

続いて小魚ゲット。
母「息子よ、これが魚だぞ。何の魚か判らないけどね」
息子「メダカだよ、これはメダカだ」
母「メダカは海にいないから違うね。似てるけど」
息子「持って帰ろう」
母「駄目です、キャッチアンドリリース」 逃がす。

このやり取りを 波打ち際の何組かの親子連れが見ていたらしい。
一斉にバケツを持って 魚とりを始めたのが可笑しかった。
でも中々獲れない様子だ。 何気ないようでかなり余計な一銭にも
ならないだろう根気と集中力
が要るんです、こう言うのは。
息子は見た時は喜ぶのだが、自分で魚探しはしない。 砂でダムを
作っている。 自分の子供の頃は、海へ行ったら帰るまでとにかく何かを
捕まえていた。黙々と何かを作り続ける息子を見て、子供とは言え 同じ行動を
取るわけではないのね〜と 当たり前の事を 改めて思う。

着衣のまま昼寝をしていて、脱水状態の弟に 運転させて早めに撤収。
帰りの車の中では、祖母と孫とが揉めている。
魚捕りには さして関心を示さなかった息子だが、ザザ虫(足が一杯ついた
鳥とかが良く摘みに来る 何とも言えない虫系)を砂から掘り出し
「おうち」を作ってやっていたのを 祖母が知らずに壊したらしい。
文句を言っている最中にザザ虫も逃がしてしまったと言う。

海まで来て不快虫なのかっ
勘弁して下さい、お母さんザザ虫とフナムシは何か嫌なの、昔から。






2005年08月08日(月) 夏祭り。


我が家の裏手は公園で、そこは町内夏祭り会場である。
土曜日曜と、今年の夏祭りが行われた。
この家に住んで10年になる。私は4年ほど、離れて住んでいたが
お祭りになると必ず帰って来ていた。

別に何て事はないんである。ヨーヨーやスーパーボールや金魚掬い。
(ヨーヨーとスーパーボールがあとが大変じゃないからお勧めだ)
おでん、たこやき、飲み物、クレープ・・・やぐらを組んで、子供みこしが
出て、夜は盆踊り。
この季節だ。うちはクーラーも無いし、(北海道でも付けている家が
増えて来ましたけど)窓開けっ放し。居ながらにしてお祭り会場。

うちの小学校はA区内で唯一、児童数が増え続けている学校だ。
お祭りに来る子供の数も10年前とは全然違う。 年々何となく華やいで来た。
でも出し物は決まっていて、地区の中学校のブラスバンド演奏は良いのだが
カラオケ大会が ちと辛いかも知れない。
私の部屋の窓はお祭り会場に面していたりする。居間もそう。
ビンゴとくじ大会も何と言うか、暑い時などは「うううう」となる。
でも一年に一度の事だ。
「お祭り会場に住めるなんて早々ある事じゃないから」と、母などは言うが・・・。

子供盆踊りは6時から。今日は最後まで踊っているとお菓子を貰える日
なので参加者が昨日より5割り増し。息子はクラスメートを5人も発見し
溜まってしまってふざけている。
朝学校へ連れて行ってくれる近所のお姉ちゃんの 浴衣姿が眩しい。

子供盆踊りが終わると、大人盆踊りの時間。
「♪はあ〜北海名物〜は〜どうしたどした♪」 ドリフ懐かし北海盆歌。

私は小樽と言う、港のある町の生まれで、そこでは「潮祭り」と言う
オリジナルな 町を上げてのお祭りがあった。
そろいのシンプルな浴衣を着て、団体ごと町を練り歩くのだ。
小さな祭りだが、近付くと街が華やぐのが 子供にも判った。
「♪潮音頭だ、さあさ踊ろよ〜♪どんどこざぶ〜んどんざぶん♪」
古い港町の 実にローカルな祭りなのだが、味わいがあった。


2005年08月06日(土) 犬ですか。


我が家のホームドクターと言っても良いO先生。
内科を開業して25年になる。
父以外は皆、お世話になっている。 私と祖母は入院もしている。
祖母は肺炎、私は飲み過ぎによる潰瘍と過敏性大腸炎。
今でこそ、自分で言うのも辛い中年の貫禄丸出しの姿であるが、当時は半分
拒食症の様な有様でガリガリに痩せており、本ばかり読み、殆ど食べなかった。
そんな私を先生は随分と心配してくれた。
O先生は未だに私の事を「焙煎ちゃん」とちゃん付けで呼んでくれる。
複雑な心持ちである。

ここのところずっと気分が何となく悪く、夏バテであろうとは思っていたが
玉ねぎ過敏症の悪化も考えた。 それに食べたい物が食べられない事が
夏バテに拍車を掛けている様で、何だか腹も立ったので 少しでも何とか
ならない物かとO医院を訪ねた。
「・・・・・・と言うわけなんです」
私は余り、病状の説明とかが上手ではない。 いや、話す事が全般に上手くない
のである。 いつもは「変わりないです」 しか言わない。
「玉ねぎの他に、同じ症状が出るものがありますか?」 とO先生。
「長ネギ、ニンニクなどでもなります」
「それは本来、血液をサラサラにする役割をする食べ物なんですよ」

優しい口調のO先生。 ですから、それが食べられなくなったんですよう。
「犬が実は、同じ様な症状を起こすんですよね」
知ってます。玉ねぎ中毒ですよね。でも私は人間なんですが。
言わないけれど内心では犬じゃないもんなどと思っている。
「・・・人でもね、たまにそう言う、犬みたいな・・・」
相変わらずムツ●ロウさんのように優しい口調でポツポツ話されるO先生。
犬みたいな何ですか。 犬じゃないもんっ

その後、胃薬などを頂いて帰る。
アレルギーと言うか過敏症だし、周囲にもバラ科植物過敏症の人とか
結構居るけれど、治らないとも聞いている。 O先生はパッチテストも
してくれなかったのでパッチテストの項目にもないのか玉ねぎっ
本来は身体に良い筈なんだよニンニクとか。 犬と私くらいかおかしくなるのは。

近頃は無いのだけども、昔良く「犬型だと思う?それとも猫型?」 などと
聞かれる事があった。 これから聞かれる事があるか判らないが、迷わず
答えられる事は間違いない。 「犬ですね」


2005年08月05日(金) 耳の側で飛ぶ蜂。


金縛りと言うのはかかる人とかからない人が居るらしい。
少数だが訊ねて見たところ、かかったと言う人の割合の方が少なかった。
訊ねた相手に偏りがあった事は否めないが、それにしてもかかるのは
女性が圧倒的に多かった。

昔 友人から 慌てた声で職場に電話が掛かって来た。
「今、お化けと戦って追い払ったところなの」
彼女は幽霊を見たと主張する人ではない。話を聞くとどうやら金縛りで
あるらしい。だが、幾ら言ってもお化けだと言って聞かないのである。
後で判った事だが、彼女はほとんど間を空けず ありとあらゆる友人に
電話をしていた。
会社で変な格好で昼寝してた事を自ら広めてどうする気なんだか。

とは言え、彼女がどうしてもお化けと戦ったと頑張る気持ちも良く判る。
過去の幽霊遭遇譚にもかなり、この金縛りが混じっているだろう。
耳元で息を吹き掛けられる。 身体の上に何かが乗っかる。
髪の毛が顔にかかる。
それはもう、夢の一種とはとても思えぬリアル感である。
金縛りの特徴として良く言われる「声が出ない」「身体が動かない」も本当。
だが、自分は周囲が見えていたと思っているのに、相手は寝ていたと言う。
多分寝ているのであろうが、脳みそがこむら返りを起こしたくらい理不尽な
体験である。 でも こむら返りより後に残らないから楽だけど。

私は金縛りになり易いので、馴れたと言うか、何か始まったら寝直す事に
している。身体にもきっと、それが良いはずだ。 頭と身体の疲労の仕方が
違っていたりと言う事が金縛りのきっかけになると 聞いた事がある。
触られるのも、息がかかるのも大抵はもう平気。が。

暑さと人混みで 途中でダウンした息子と母を家に置いて、買い物を続けたら
疲れてしまった。夕方、私は椅子の上で眠ってしまった。
だが脳は起きていた。そう言う事であったらしい。
ぶ〜ん、蜂の羽音が耳元で聞こえる。耳の直ぐ側だ。身体は動かない。
金縛りだが、私はこれまで聴覚に来た事は無かった。
何者かが耳を触る気配すらする。ひい。
「・・・・・・」声が出ない。 身体は勿論動きません。
おかあさ〜ん。ハチだよ〜う。助けてよ〜う。刺されるよ〜う。
さすがに怖くて必死に伸ばす自分の手の先が見えるのだが、後から考えると
それすらも夢であったらしい。
「んぐわっ」
物凄い声をあげて、私は目を覚ました。
ハチの姿はどこにも無かった。

この間、母は庭の雑草を取り、息子は自転車を乗り回していた。
ちょっと面白いのは、私がそれを知っていたと言う事だ。 脳は起きて話を
聞いていたのである。 庭、花。頭の上では扇風機が 蜂の羽音よりは
ずっと静かだが 弱い風を出していた。
幾つかの条件から頭が作り出したのが耳元で飛ぶハチと言う事だ。
でもこれが 冗談じゃないぞってくらいリアルなんだよね。ううう。

悪い薬とかやった事は無いけど、バッドトリップってこんな感じなのか。
そう言えば、金縛りは不思議と快感を伴う物はないです。
話に聞くのも怖かったと言う物ばかり。
まあ、疲れてるからなるわけで・・・何かが余ったり溜まったりで
なるわけじゃないから そうなっちゃうんだろうなあ。




2005年08月04日(木) 続いている日記。


5000hit有難うございます。

よし、忘れないうちに書いとこうみたいな、完全に日記として
使ってるな感
が最近強いんですが、こう言う時はやはり、
机にしまって鍵掛けとく日記とはちょっと違うなと言うか
他所様に見て頂いていると言う事を考えます。
日記と言うのが恥ずかしいですが、一定のカウントは嬉しいです。

でも書きたい放題。休む日もあるとは言え 半年続いたんですね。
有り得ないわっ、ノートだと3日も続いたこと無いのに。

やはり見て頂いている感が適度なセーブになって(これでか)
悪口ばっかり書いててヤになったとか、書いているうちに
憎しみが募って来た
とか、そう言うの防止になってて私には
良いのかもなと。


2005年08月02日(火) 愛のバランス。


普段は人の出入りしない部屋に、羽根を毟った小鳥が一羽居る、とする。
家の住人が「寂しい」「不安だ」と良く口にする人であればその人は
愛されたい人なのかなと思う。

愛は50:50なんて事は実際なくて、微妙なバランスで 足して100になったり
ならなかったりしている。
70:30となっても30の方が努力不足と言う事ではなくて、相手が70なのだから
それでピタリと計算が合って、それでいいのだと思う。

物凄く極端にあらゆる事を単純化して言ってみるとそんな感じに思える。

「君が寂しいだろうからペットを飼ったよ」
「寂しいから(もしくは可愛いから)ペット飼っちゃおっ」


前に飼ったペットを亡くしたからと言うケースは別として、最初の例では
寂しさはペットでは埋められないと思う。ペットは、かなり一方的に
愛を欲しがる物だからだ。

愛したかったり愛されたかったり、その時その時で 違っているように
思えるけれど、傾向としては 人によって、結構どちらかに偏っている
もんじゃないか。
良いとか悪いとかではなく、問題は 足したら60にしかなりませんでした
と言うのを 避ける事が肝要ではないかと思う。 残りの40は 努力で埋められれば
良いけれど、埋められないんじゃあないのかなと言うのが自分の本音だ。

かと言って 自分はおおよそ35だと自己判断出来るような物でもない。
この辺り、数値に置き換えるより良い方法は何か無いもんかと考える。

普通は、足したら良さ気な値になりそうだと 互いに何となく判る物なんだろうか?

子は鎹(かすがい、こんな字を書くんですね)と言うけれど、埋められる
数値にも限界があるだろう。ひとり20として2人居るから40だよとは
この場合ならないと思う。

何を馬鹿な事をと思う人が、きっと大勢いそうだなと 書いていて自分で思った。













2005年08月01日(月) 冒険者の暑い週末。


週末なので息子と冒険をした。

GC版PSO(ファンタシースターオンライン)
オンでもオフでも良く遊んだソフトだが、重大な事に気が付いた。
このソフトには2つの物語が収められている。その一つの方の
エンディングを 私はまだ見ていなかったのである。
エンディングも見ず、数百時間も何をしていたのか。
SW(スペシャルウェポン)と呼ばれるレア武器を探して、ストーリーは
そっちのけで、ひたすらあちこちウロウロしていたんである。

「フロウェンはどうなったの?」と息子。もっともな質問だ。
「さあ、どうなったんだろうねえ」 と私。
見に行ってみる事にする。

簡単モード(ハード)を『師匠』(LV.118)一人で行くので さくさく進む。
途中、グリフォンを模したボス敵を撃破。敵は水しぶきを上げながら
岸壁から海に落ちて行った。 ん〜迫力。格好良いね。
「今のは海の底で 怪我を治しているんだね」と息子。
「倒したんだから死んだんじゃないのかなあ」と私。
「海の底に家があってそこに部屋があってそこで怪我を治してるんだよ」
「何故」
「治ったらまた出て来るんだよ」
聞いてもいないのに必死の弁明をする息子。グリフォンの最期が とても
悲しかったらしい。どうやらボタンインコのオーちゃんと重なった様子だ。
どっちもくちばし曲がってるからね〜。片方は猛禽だけど。
もう泣きそうだ。くわ〜。
「そうだね。また次に来たらきっと怪我が治ってて、また出て来るよ」
「そうだね」 違うよ。

どう言うわけか、ラストダンジョンに当たる「プラント」を私は
探索した事がなかった。初めて見る敵に息子と二人でどきどき。
犬に似た敵が強い。「可愛いね」 可愛くないわっ。

ラストボスを撃破。
エンディングを二人で鑑賞。ネタバレになってしまうので これから
GC版プレイの方は(余りいないかともと思いますが)下は見ないでね。

1話目では、助からなかった女の子の赤い腕輪がくるくると回っている。
今回クリアした2話目ではやはり助からなかった英雄の剣がゆっくりと
溶けて消えて行く。印象深くて、いいラストだ。
親子と言う物は不思議な物で、私はこう言うものを見ても泣いてしまうほど
涙もろい。 そして息子も涙もろいのである。
叱られたりして泣く事は かなり減って来た。だが、悲しい音楽を聴いて
悲しい場面を見ると 親子して涙ぐんでしまうのである。
今日も二人して、消えて行く剣を じっと涙ぐんで見ていた。
「でもRちゃんは鳥(グリフォン)の方がもっと可哀相だった」
そうですか。お母さんはそっちは余り可哀相ではなかったです。
大きいし、飛ぶし、格好良いと思いましたけどね。

今日はたまたま私一人が冒険に出たが、二人で行くと喧嘩ばかりする。
「やった〜レア武器だ!(赤い箱に入っているので出たら判る)でも杖だから
Rちゃんは持てないね〜残念〜」
「どうせまたインドラだって」(良く出るんで嫌がられる ちっともレアじゃないレア)
「何でそう言うヤな事言うの。どれ装備してみよう、インドラでした」
「ほ〜ら」
「頭に来た。もうどんなレア武器が出てもお前にはやらん」
「わああああああああっ」
「泣くなら嫌がらせを言うなあっ」

今朝も夏休みの宿題で「きゃべつ」を「きゃへつ」って書いてた癖に。
魔法やアイテム名は凄いスピードで覚えて行く。
偏らないように色々な事を教えないと駄目だと、イカの刺身をつくっていた
母が「これがイカのくちばし」「これがイカの吸盤」と張り合うかの
ごとく、分解したイカについて あれこれと教えていた。



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