「誰も産んでくれなんて頼んだ覚えはねえんだよ」 「じゃあキャンセルすればいい。その自由は持ってるんだから」
「この路地を行くと小さな砂浜に出る。ゴミ一つないきれいな砂浜。ただ、一点だけ不思議なのは、波打ち際にいつも腐った魚が一匹落ちているんだ。ブリかマグロの仲間かな。結構大きめでさ。いつ行っても落ちてる。波にもさらわれず鳥にも食べられず」 「『いつ行っても』って、全く同じ魚がずっとそこにいるってことか?」 「いや。それがさ、気になって一度持って帰ったんだ。食べられそうなとこをさばいて、しょうゆやショウガなんか使って無理やり煮てね。味はうまかった。だけど、次の日に浜へ行くとまた同じ場所に同じ魚が同じように腐った姿で落ちてる。な、変だろ?」 「そこにあるべきもの、ってのがあるんだろうな。世の中には」
「幸せな話が読みたい。だって近ごろの本って不整脈みたいなモヤモヤした結末のばっかりなんだもの」 「小説なんてたいていモヤモヤしてる人がもっとモヤモヤするために読むんじゃないかな」 「そうかしら。私は違うわ、少なくとも。幸せな話を読んで、ホッとしたい。ねぇ、そんなの書いてよ」 「じゃあまずは君の幸せが何なのか知らなくちゃいけないな。ひょっとしたら何十年とかかるかも。その間、待っててくれる?」 「待ちますとも。まちこだもの」
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