てくてくミーハー道場
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| 2018年04月18日(水) |
『クソ野郎と美しき世界』(TOHOシネマズ日比谷) |
テレビ業界からは完全に黙殺されている(ハッキリ断言)元国民的スターの5分の3さんたちですが、築いてきたものはそう簡単には崩れず、マスメディアでの宣伝が全くされていないというのに、そこそこ(オイ)ヒットしちゃってる感じです。
ぼく自身、SMAPさんの主演映画を必ず観るような人生は送ってこなかったのですが、今回はなんか気になって観に行きました(2週間限定公開という点も、「限定品」に弱いスノッブな性格に響いた)
テレビを視ているとよく挟み込まれる「〇〇、サイコー〜!」「大ヒット!御礼!!」みたいなしらける(こら)CMに出くわさないのが、逆にめっちゃ好印象。
世の中、ひねくれものがたーくさんいるんだな(いい加減に黙りなさい)と実感させられるレディースデイの映画館は、平日昼間なのに8〜9割が埋まっていました。おみそれ新しい地図。
さて、映画の話。
ご存じだとは思いますが、今作、3人がそれぞれ主人公を務めるショートフィルム方式のオムニバスで、最後にその3つの世界が合体するという形になっています。
正直、そこにとてつもないカタルシスはありませんでした(あらま)
多分意図してやってるんだと思うからぼくは穏やかな気持ちで観ていたのですが、はっきり言ってすごくやぼったい世界観です。
なんか、『ファンタスティポ』を思い出したなあ。
あの映画にも、はっきりと「堂本剛と国分太一のファン以外には1ミリも面白くない」という徹底した信念()があったので、そんでぼくは堂本剛が好きだったので、「それでいいですよ」という気持ちで観させていただきました。
映画としてはク〇でした(こらっ!/汗)
今回のもはっきり言ってそんな感じです(えっ)
〇ソです。発信者が明言してるくらいだから、間違いなくクソ(伏字なし)でした。
それでいいんでしょ?だって。ぼくはそう思って観たので、何ら不愉快な気はしませんでした。
それほど感動もしなかったけど。(おいおい・・・)
ほんのちょっとだけ要望を言うなら、エピソード4では、せっかく3人が一か所に同時に存在したんだから、会話を交わす場面が欲しかった。あの3人の間に何らかの関係があるっていうオチが欲しかった。
例えば、ピアニストゴローが作った曲を慎吾ちゃんが歌ってたとか、オサム(なぜかツヨぽんの役だけ本人の名前でない)の小指がゴローに移植されてるとか。
エピソード1とエピソード3のつながりが浅野忠信君っていうのは、ちょっと寂しかった(ストーリー上はきれいにつながってたんだけど、この映画を観る主客層が望んでる“つながり”は、別の人同士でしょ?わかるでしょ?)
とまあ、映画観た人にしかわからん感想ですみません。
各エピソードの監督は、名前は知ってるが実はどなたの作品もこれまで観たことがありません。なので、先入観がなくて良かったな、と思ったのと、いわゆる「〇〇組を知ってるからこそ味わえる面白さ」が味わえなかった寂しさがありました。
Episode 1「ピアニストを撃つな!」
(良い意味でも悪い意味でも)バカ映画。
ある意味映画にすらなってない。嫌いな人は嫌いだろうな、でも、ぼくは観てて楽しかったです。
バカ方面に振り切った吾郎ちゃんが好きなので。
それにしてもピアノ弾いてるふりが、めっさド下手やったな。あれわざとかしら?わざとじゃないんなら絶望的だぞってくらい下手だった。コントだよあれ。
(なんか、言いたい放題ですね)
もう、登場人物全員に意味がない。←
なので逆に面白かったです。
終始全速力で走ってるのにフジコは汗一つかかないし。
園子温といえば、木村拓哉をめぐってSMAPとひと悶着あった人物という印象が強いのですが(わ、忘れろ!)、稲垣吾郎を使ってこれかよ、とディスられること請け合い(こ、こら・・・)
人生って、ほんと何が起こるかわかりませんね。
次回は本気でやってください(本気でやってないという決めつけ!)
Episode 2「慎吾ちゃんと歌喰いの巻」
香取慎吾っていう人には、不思議にこういう世界観が似合いますな。
彼自身がアイドルサイボーグというか、実在してることが不思議な人っぽさを持ってるからかもしれない。
慎吾ちゃんが生きてる世界では、こんな変な出来事が平気で起きてるって納得してしまう。
ポップさと病的さが同居している彼の画を見ると、確実にそう思う。
ちなみに、慎吾ちゃんが歌おうとして歌えなかった歌その1「あ・・・」はすぐ判ったんだけど、驚いたことにその2「せ・・・」がしばらく判らなかった。
ぼく、正直言って「せ・・・」があんまり好きじゃないのだろうな。
あんなにヒットしたのに、なんかあの曲ってSMAPに100%ふさわしいと思えないというか。SMAPってもっとぎこちなくてひねくれてる部分があって、だからこそ好きになれたって部分があるので。
もちろんあの時期のSMAP以外に「せ・・・」を歌う資格のある国民的歌手なんて他にいなかった、というのも事実なんだろうけど。
■後日追記■
よーくよく考えてみたら、アノ歌の歌い出しは「せ・・・」ではなくて「ナ・・・」じゃなかった?だから判らなかったんだよ。ぼくの愛のせいじゃないよ。と一人納得。
だって、「あ・・・」もタイトルの頭文字は「よ」だもん。
ん?てことは、「せ・・・」は違う歌なのか?何だろう?・・・(余計に迷路に)
おっとっと、余計なことを書いちまった。
監督の山内ケンジ氏のことは名前を見てもピンと来なかったんだけど、慎吾ちゃんと以前仕事してるんですね。
山内組常連の古舘寛治さんが思いっきり儲け役でした。
Episode 3「光へ、航る」
急に正統派映画が始まってびっくり(←)
ちゃんとストーリーがあり(んっ?)俳優が芝居している、まともなターンの開始()
脚本・監督は太田光。
草��剛と尾野真千子が普通に演技していて、あまりにもちゃんとしすぎていて、今までのおふざけは何だったんだ?(こらこらこら!)と。
いやーーーーーーーーーーー(長いな)つくづく草��剛って俳優はすげえ。
かっこよすぎてゾクゾクしました。
ストーリー自体はご都合主義で若干破綻していたけれども()そんなことどうでもよくなった。
明らかに現実世界から浮いてる見た目の浅野忠信と普通の感動芝居をしてるのが衝撃だった。
ツヨぽんといえば、この春からサントリー伊右衛門のCMに出ていますね。
ぼくもこれまで2パターンばかり目撃したんですが、江戸時代の京都にいるはずのモックン(本木雅弘)と(宮沢)りえちゃんの夫婦の前に、間違いなく現代人なのに違和感なく現れてるクサナギツヨシさんの存在感はあまりにも見事。
この人の「違和感のなさ」って何なんだろう?と改めて唸ってしまったことであります。
「帰れますか?」
「地図がありますから」
とかいうセリフはちょっとやりすぎかなと思いましたが(いいじゃないですか!)
今回のエピソードではオサム(あくまでもツヨシではないのよね)は女房の裕子に「おめえ、男のくせに地図も読めねえのかよ!」と罵倒されていますが(笑)
ツヨぽん、地図読めなさそうだなあ・・・いや知らないけど。
まあ、新しい地図はあんまり正確に東西南北を指してない気もするんでね(こら)
かまわないから、自由自在に行きたい方へ行ってください。その方が面白いから。
取り返しのつかない方に行きさえしなければ(ノーコメント!)ぼくらは安心して見てますから。
ぜひその点だけは気を付けてお願いします。
まあ、この半年間ほど彼らを眺めてきて一番強く感じたことは、やっぱ飯島三智って、ほんとすごい人だなってこと(そ、そこ?!)
いやいや、これにつきます、本当に。
今後も注目せざるを得ません。はい。
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