| 2021年10月14日(木) |
朝、のったりと雲が空を覆っていた。天井の方だけぽかんと雲に穴が開いていて、そこから光が漏れ出ており。ああ、じきに雲は消えるのだろうなと想像できた。雲の向こうはいつだって晴れてる。私の眼に見える範囲の事柄なんて、つまり、これっぽっち。眼になど見えて来ない向こう側の事柄が、どれほど世界の大部分を担っていることか知れない。
薔薇が根詰まりを起こしているのかもしれない。新葉たちがうどん粉病に。数日水やりを控えたのだけれど、それはそれで樹全体にはよろしくなく。だから今日は水をたっぷりやった。ホワイトクリスマスが大きい蕾をつけており。今年は肥料を変えたせいなのか、本当に次々花が咲く。ありがたいことだ。 息子が蒔いたぶどうの種。うんともすんとも言ってこない。雑草がひょろり、生えてきたのみ。「だめだねえ、死んじゃったのかな?」「きっとそういう気分なんだよ」。息子と植木鉢の前で頬杖つきながらぼんやり見つめる。
これだけやってもらったのだからお返しさせてください、と時々言われるけれど、それは私に返す必要はないものなんだ。だって、私は昔、KやMにさんざん助けてもらってきた。彼らがいなかったら私は今いないに違いない。そのKが教えてくれたんだ。 「俺に申し訳ないとかありがたいとか思うのは自由だけど、だからお返ししなくちゃって思う必要はないからね。もしもそう思っちゃうなら、それはおまえが元気になって、その時隣にいる困ってるひとたちに配ればいいから。そうやって巡ってくもんなんだよ」。 かつてKやMが無心で私にただただしてくれてきたことを、今元気になってきた私が隣人に手渡しているだけ。それだけなんだ、本当に。 だから。 あなたがもし、それでもお返しを、と思うのなら。それは私に返さないでほしい。いつかあなたの隣で困っている、SOSを発したくても発せないような弱ってるひとに、手渡ししてあげてほしい。そうやって想いは巡ってゆくんだ。本当に。
午前2時、Sちゃんからメッセージが届く。頭痛が酷くて薬を立て続けに飲んだけれどまったく効かなくて、というものだった。急いで電話をする。すでに鎮痛剤を飲み過ぎており、それじゃもういくら飲んでも効かないからと、身体のツボを伝える。それと、頭を冷やすように。それでもだめなら救急車を呼ぶように、と伝える。 本当は飛んでいって、身体をもみほぐしてあげたい。でも、この時刻、息子が寝室で熟睡している。家人は留守。出掛けられない。 朝まであと3時間。息子が起きるまであと2時間。彼女の身体がもってくれるといいのだけれども。トラウマを想起させる場所で働き続けている彼女には、生きることそれ自体がすでに今、相当なストレス。私もかつてそうだったから、嫌と言うほどそれが分かる。唇をぎゅっと噛みしめる。でもきっと今私が噛みしめてるのは、本当は、悔しさなんだろうと思う。トラウマを凌駕できず、結局職場を去らざるを得なかったあの当時の自分の悔しさ。でもそうするほかにもう、術がなかった。 あの時もし。もし、あのままあの職場に居続けていたなら、私はどうなっていたんだろう。今私はきっと、ここにはいない。もし生きていられたとしても、間違いなくこの場所にはいない。 生きるっていうのは常に、選択なんだな。その日その時、その選択を自分がした、その集積が自分を形作っているんだ。 |
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