ささやかな日々

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2021年10月27日(水) 
夜空がぼんやり霞んでいるせいで月の輪郭がぼやけている。しかも、消えたり現れたり。こうしてタイプしている間にも雲に覆われたり現れたり。気まぐれな夜空。

S先生とそれからNも交えて、オンラインミーティング。先生とオンラインミーティングするとは思わなかった。ふたりして画面の向こうとこちらで苦笑い。
Nの動機やら何やらを聴いていて、つくづく、性犯罪というのは理不尽にできているなと思う。今日S先生から受け取った加害者プログラムの手紙には、最近ようやく職に就けたということを報告してくれるメッセージがいくつかあった。それを読みながら私は、Tちゃんたちのことを思っていた。彼女らは今まだ二次被害真っただ中にいて、就職なんてとてもじゃないができる状態ではなく。でも。
加害者たちはこうして更生の道を一歩一歩辿ってたりする。
いや、分かってる、それは茨の道で、容易にはたどり着けなかった道だって。だから、私は素直に嬉しくもある。よかったなぁと思う。でも同時に、Tちゃんたちのことを思い出して、理不尽だよな、と思ってしまうのだ。
性被害というのは、加害行為が行われるその一瞬だけのものじゃないんだ。その後延々と続くのだ、二次被害が。それによってひとはさらに蝕まれ、心と身体が崩壊してゆく。
私のようにそれでも十年二十年と生き永らえた者は、マシだ。十年二十年経つ間に少しずつ諦めが身につく。二次被害に晒されても、ああまたか、と思うことができたりする。被害から二年三年の頃は、その、またか、という言葉の意味も度合いも全く違った。たとえ同じ「またか」でも、深度が違ってた。
今ここまで生き延びて、こんなもんさ、と思えるようにはなった。適度に期待もするけれど適度に諦めもしていて、その間をぶらぶらしている。離人感に苛まれても、まぁそんなもんさ、解離性健忘に苛まれても、やっぱりこんなもんだよね、と。
離人感にも解離性健忘にも過緊張にも、或る意味、慣れた。そりゃ落ち込むけれど、その度落ち込みはするけれど、でも。悲しいかな、慣れた。
そういうものなのだ、という気持ちが、色濃く在る。

Sちゃんから「なんかおかしいんです、自分が自分じゃないみたいで。せっかくひとと会って気分転換しようと思ったのに、記憶がそもそもまとまらないんです。そういうの、ありますか?」と訊ねられる。あるよ、あるある、と私が笑うと、少し安心したみたいに彼女が「ああ、そうなんですねー、そっかぁ」と。そんなふうに、少し先を往く私を見て、安堵してもらえるなら、それに越したことはない。だから、カウンセラーから習った、離人感が酷い時の対処法を彼女に伝える。「こんな対処法があるんですね!知らなかった」。知らなくて済むならそれに越したことはないんだよ、でも、知らなくちゃ越えられない夜もあるんだよ、と、心の中ぽそり、呟く。

真夜中、賞味期限が近い卵をどうしようかと考え、卵サンドを作ろうと思い立ち、茹で卵を用意するために鍋を火にかけていたのに、いつの間にか忘れてしまい、卵が噴火し、鍋を焦がす体たらく。何をやってるんだか。ぼーっとするのもいい加減にしなさいよ、と自分を諫める。
ワンコがカウンター越しにこちらをじぃっと見ている。焦げた匂いで彼は何か感じているのかもしれない。ごめんねと私の方から彼に声を掛け、謝る。そんな午前一時。


浅岡忍 HOMEMAIL

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