ささやかな日々

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2021年10月25日(月) 
雨だ。いつの間にか雨が降り出している。天気予報の通りに。しばらく窓際に立ち、窓を開け、雨音に耳を傾ける。じっとりと濡れた夜。闇夜も微妙にけぶっている。

薬丸岳著「闇の底」をやっとちゃんと読み終えることができた。何とも言えない後味の悪さというか、後ろ髪を引かれる何かを覚えて、しばらく考え込んでしまった。しかし、巻末の中島駆氏による解説に救い上げられ、何とか本を無事閉じた。
誰の中にもある被害性/加害性。日々向き合うそれら。もちろん私の中にも在って、それがいつ一線を越えて向こう側へ転がるかなんて誰にも分からない。いつだってそれらは瞬時にして反転し得るもの。そのことを、嫌って程感じる。

何度も踏みにじられる誓約書の何処に、意味があるのか、と、思ったりする。この誓約書は一体何だったのか、と。が、同時に、だからといって私までもがこの誓約書を反故にしていいわけじゃないとも思う。
交わしたものを平然と踏みにじられるからといって、私が同じように踏みにじったら、多分もう、終着点はない。延々と続くのだ、そのやり合いが。
私はそれを望むのか? 否、望まない。
だからもう、何をされても沈黙していようと思う。永遠のループから少しでもはみ出る為に。
目には目を、歯には歯を、という言葉が確かにある。でもそれを為して誰が何が救われた試しがあるだろう。誰も、何も救われないのだ。そこに在るものは永遠のループだけ。
私はそこに留まるのは嫌だ。それだけは明確に、ある。

無傷で生きていけることなど、あり得ないのだなということを改めて思う。一歩踏み出せばその足の下には夥しい数の屍があり。誰かの涙と誰かの笑顔は表裏一体だったりする。もちろん、誰かの笑顔と誰かの笑顔が連なって繋がって在ればそれに越したことはない。でもこの世界はそんな、やさしいばかりでは、ない。

それでも世界は美しい、と、私たちが思うよりずっと、美しい、と。

ひとは。
自分が誰かを傷つけたことより、自分が誰かによって傷ついたことにばかり向いてしまう。そもそもがそういう生き物だ。これでもかってほど弱い。ちょっと爪の先でひっかいた/ひっかかれた程度で私たちの肌は容易に血を流す。血の鮮やかさに引っ張られ、傷つけられた、傷ついたことにばかり目が行ってしまう。自分の爪の先もついさっき、誰かの肌を傷つけていた、そのことなんて、即座に消し飛んでしまう。でも。
その爪の先には血が滲んでるんだ、間違いなく。今私が傷つけた誰かの血が。
どうして獣は全身毛で覆われているのに、どうして人はこんな脆い剥き出しの肌をしているんだろう。そう思った時、ひとに気づかせる為なんじゃないか、とふと思ったりする。ひとは弱く愚かだから、怒りにしろ憎しみにしろ、いわゆる負の連鎖を延々と繰り返していく。だからこそ、この脆く儚い身体を与えられたのではないのか、と。気づけ、と。

気づけ、気づけ、気づけ! 自分に向かって言ってみる。気づけ、気づけ、気づけ! 目を逸らすな。
そして。その上で。
それでも世界は美しい、と。そう―――。


浅岡忍 HOMEMAIL

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