| 2022年02月21日(月) |
家人が体調を崩しているので朝のワンコの散歩も私が代わることに。そして今朝、寒風吹きすさぶ中ワンコと歩く。何となく音楽が聴きたくなって持っていたウォークマンのスイッチを入れる。片耳だけヘッドフォンをして歩く。 うちのワンコはうんちが近くなるとたったか足早になる。お尻ふりふりしながらたったったったっと坂道を急いで降り始める。今日は何処まで駆けるかなと後をついて私も駆け足。長い坂をちょうど降り切ったところでお尻をくいっと下げて来た。すかさず私はビニール袋をお尻の下にセット。これでばっちりオッケー。 曲が上白石萌音の「懐かしい未来」に。口ずさみながら歩く。続けてpukkeyの「未来へ」、そして優里の「レオ」へ。歌っているうちに気持ちが盛り上がってしまったのか、それとも単に寒すぎたのかよく分からないまま涙がぽろぽろ零れて来る。草を食んでいたワンコがこちらを見上げ怪訝な顔をするので「一緒に歌う?」と声を掛けてみる。何言ってんのあんさん、という顔で畳みかけて来るので思わず笑ってしまう。私はそういう君が大好きだよ、声に出して言ってみる。日の出までもう少しだ。
信田さよ子著「加害者は変われるか?」を私が読んでいたら、Jさんがあっけらかんとこう言った。「「加害者」ってのがついてるうちは変われねぇよ!」。なるほど、と思った。 現在進行形の加害者なのか元・加害者なのか。それってどこで計れるんだろう。外見だけじゃ少なくとも計れない。でも明らかにこの両者は異なる。加害者なのか元・加害者なのか。反吐が出るほどの違い。二度と繰り返さない為に、今君に何ができるのだろう。
会いたいと言うのでじゃあいついつ会おうか、と言うと「行きます!必ず行きます!」と返事してくる友人がいる。でも、必ず直前に「時間に遅れそうです」とか「今日行けません」と連絡が来る。連絡が来るだけマシといえばそうかもしれないのだが、会いたいと言ったのは君だろ?といい加減言いたくなっている自分がいる。いや、分かっている、今彼女は本当にしんどい時期で、だからこそ誰かに会いたくなっているのだということも。分かっている。だから口が裂けても言わないが、それでも、約束をしてはその約束を反故にするのは、二度三度でやめておいた方がいいぞ、と心の中思っている。でないとひとは離れていく。 ひととの縁が大切な時期に、ひととの縁が切れていってしまう。私にもそういう時期があったよなぁ、と、遠い眼をして思う。そういう切ない時期が確かにあった。 でも悲しいかな、ひとは忘れてゆくのだ、たいてい。のど元過ぎれば熱さ忘れる、って、このこと、だ。 自分だけはそんな薄情な人間にはならねぇぞ、と当時思っていたはずなのに。実際どうだ? 忘れてるじゃないか。おまえだって忘れてるじゃないか、あんなにひととの縁に飢え、同時にひととの縁を大事にできず失うばかりだった頃のこと。その時の痛みも何も、切なさでしか覚えていないじゃないか。 自分で自分に突っ込みながら、ほとほと自分が嫌になる。こんなことが一体幾つあるだろう。のど元過ぎればという言葉を生み出したひとはきっと、痛いくらいこのことを繰り返し経験したんだろう。喉元過ぎてしまって忘れ去っている己にきっとそのたび愕然としたに違いない。ああまた自分は忘れ去ってゆくのか、と、絶望したに違いない。そんな人間に自分はならないぞと思いながら、結果、なってゆく自分に。
忘れる、というのは才能だと、思っていた時期があった。忘れることがちっともできなくて、些細なあれこれまで詳細に記憶したままになってしまう自分に苦しんでしんどくて、忘れる才能が欲しい、と真剣に祈った時期があった。 でもそれから十年二十年経ってその自分が、解離性健忘なんてものにどっぷり嵌ってしまって次から次に忘れ去るようになっているなんて、誰が想像しただろう。忘れることがこれっぽっちもできなくて重くて苦しくて記憶の量で窒息死するんじゃないかと思えていたあの頃の自分と、今の次から次に忘れてゆく自分と。一体どちらが本当の自分なんだろうと時々思う。でも、そのどちらも間違いなく「私」で。あまりの隔たりに、途方に暮れてしまう。
郵便ポストに届いていたDMで知る。掛井五郎先生が11月に亡くなっていたこと。亡くなられたという文言が飛び込んできて愕然とする。一瞬時が止まったかと思った。何度も何度もその文言を繰り返し辿る。 でも。 そうか、もうそういう年頃だよな、と納得する。先生を取材してから三十年近くの年月が経っているのだ。当然といえる。そうか、先生、今あっちで何してますか。創ってますか、相変わらず。そうであってほしい。合掌。 |
|