Shigehisa Hashimoto の偏見日記
塵も積もれば・・・かな?|それまで|これから
2003年11月11日(火) |
1日にして千年の夢を見る |
友人から借りた萩尾望都の中篇漫画「百億の昼と千億の夜」を読んだ。件の友人は「壮大すぎてちょっと・・・」と言葉を濁していたが、なかなかどうして、結構面白い。壮大おおいに素晴らしいではないか。作者の渾身のエネルギーが弾けとび、コマの間からあふれる力が眩しい作品である。
そもそも原作は光瀬龍の小説であるから、私が読んだのはいわゆる”コミカライズ”作品である。オリジナルが未読なので小説から漫画に移行する際の改編・改稿の有無を確かめることは出来ないのだが、そこは「あの」萩尾望都、単なる忠実な訳出ではないことが容易に想像がつく。彼女なりの解釈に基づいた、大幅な刷新があったと見て間違いないだろう。それにしても、流れるような細い線といい、重厚かつ攻撃的なコマ割りといい、また跳ねてうねるキャラクターの躍動感といい、どれをとっても独特で、紙面にこれでもかと叩き付けられた彼女の内面にほとばしる熱量にはただただ圧倒される。打算や妥協は全く感じられない。まるで何らかの使命感でこの漫画を書いたのではないかと疑いたいぐらいの凄味である。生半可な気分ではとても読めない代物だ。エンターテイメントの部分を確保しつつも、本質は人間の業に対しての厳しい追及と問題提起を掲げた作品と解釈すべきであると思う。
細部を見渡せば、冒頭から胸躍るようなSF用語の連発が楽しく、プラトンやシッダールタ、ユダといった実在の人物を中心人物に据え、片やキリストをミロクの命を受けた俗人と捉えて悪事を働かせるなど大胆な設定変更も(かの宗派に属する人達の抗議はなかったのだろうか)、我々の史実に対するやや一様になりがちな視点に新鮮な切り口を提示されているようで心地よい。そして何より阿修羅は魅力的だ。流石は24年組の1人だけあってキャラクター造形も決してはずさないのである。
壮大にして繊細、豪放にして無情。「百億の昼と千億の夜」はこれからもひっそりと、しかし強靭な生命力を持って長く人々に読まれる作品に違いないだろう。
橋本繁久
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