武ニュースDiary


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2010年03月07日(日) 號外1994年11月号��

GQ取材記は、まず何よりも最新の金城さんに触れられるということで貴重な記事でした。
何しろ去年4月以降、音沙汰なしの方のたくさんの言葉なんですから。
そして、それを引き出し、こんなに豊富な内容にして下さった方莉さん、
教えて下さって翻訳に押し出して下さったDolphinさん、
途中、そして終わってからねぎらいの言葉を下さったみなさん、ありがとうございました。

しかし、考えてみれば、他に何もないから、こんな長いのに取り組めたんですね……
いや、考えまい。

物の勢いで、気になっていた昔の「號外」誌の訳もやっちゃいました。
ちょうど15年の間を置いた2つの取材記事を読み比べてみるのも面白いかも知れません。
前に赤壁戦記さんでこの記事について取り上げてらしたと記憶してるんですが、
見つからない……検索かけても膨大すぎて……それとも記憶違いかな?



         


金城武はこんなに良かったのか

金城武のことを知ったのは、2年余り前、台北で彼の「分手的夜里」を耳にし、
半分洗脳されたかのような状態で、彼のカセットテープを買い、聞いてからだ。
台北の人達は音楽を聞くのが大好きで、タクシーはもちろん、
セブンイレブンの中でさえ、流行歌を流している。
「分手的夜里」はその頃大人気で、1日14〜15回も聞いたものだ。

だが金城武を好きになったのは、
カセットテープのケースに印刷された写真を見てからである。
好みというのは奥の深い事柄で、ある人、あるものを見て、
一目で好きになったり、嫌いになったりする。
しかし私は自分の「好き」という感覚をずっと信頼してきた。

金城武を取材したいと思ったのは、甘国亮(カム・コクリョン)の
「彼には香港の男子歌手にあるチンピラじみたところがない」
と評する言葉を聞いてからだ。

芸能界には全然縁がない私は、幸い香港の男性歌手の
チンピラじみたところを存じ上げる機会はなかった
(ただし、香港の一部の若者たちの薄い眉細い目、大人になりきれず、
こせこせした顔つきが少々いやになっているということはあったが)。
この、歌も歌えば作曲もする、演技も上々の日中混血児に対し、
私はずっと良い印象を持っていたので、
会う前は、失望しやしないかとちょっと心配だった。
結果はそんなこと、なし。
インタビュー当日の午後、金城武と共に語らって、
心の底からこの青年が好きになったのである。
もちろん、まだ若者で、やっと21歳だ。
彼は自分は子どもだとも言った。

「号外」誌のこれらの写真に決してだまされないように。
今回我々は金城武に非常に華麗でダンディな服装をしてもらったのである。
そして、事実、彼自身、100パーセント明るい若者なのだ。

この日、彼が自分で着てきたのは、シンプルそのものの黒いTシャツと藍色のジーパン、
それに先のとがった黒い革靴だった――
非常にかっこよく、シンプルで、彼の年齢に合った服装だった。
実は最もシンプルな服装こそ、最も着こなしが難しい服装でもあるのだ。

彼はこう言った。
もしお金がたくさんあったら、マレーシアに部屋を買うと。
なぜ、マレーシアに?
理由は、なんと、マレーシアには台風がなく、一年中日がよく当たるからだという。

彼は若者であるが、隣の男の子というタイプでは絶対ない。
もし、隣の家に金城武のような男の子とがいるとしたら、
それはまず香港ではないだろう。
金城武は非常に日本的な顔をしている。私は聞いてみた。
「自分のこと、日本人だと思ってる? それとも中国人?」
どちらかといえば日本人だと、彼は答えた。

金城武の話し方には2つの特徴がある。
1つは声の低さだ。歌のときと同じである。
2つめは、とてもゆっくり話すことだ。
ただし、慎重さからというのではなく、
1つ1つの言葉を、これでいいのか考えてから話すのである。
質問に答えるときは、いつも「はい」「いいえ」、
あるいはその他の、簡潔だが意味は十分な一言二言だけになる
(これは一般的に話し慣れない男の子に共通の欠点だが)。
が、話し慣れない男の子一般と違うのは、
彼は30秒ほど経って、もう話は終わりかと思う頃、上手に補足することだ。
そこで私はハッと気がついたのだ。
彼の話し方がのろいのは、考えながらしゃべっているからだ。

そうして私はまた少々うっとりしながら自分に言った。
ああ、私は彼に魅了(charm)されている、と。

注意してほしい。
このcharmは、香港人が言う「電気で打つ(電)」とは絶対訳せない。
両者には実は非常に微妙な違いがある。
「電人」は非常にaggressive(攻撃的)であり、強い力でねじ伏せる。
Charmは、とても穏やかで、またたいていの場合、無自覚だ。
「電人」は、もし電気を発する側の電力が足りないと、あるいは相手まで到達しないと、
悪くすれば「にらんでいる」だけになってしまう。

「電」と「charm」は、目的も異なる。
「電人」は相手と知り合い、関係を一歩進めたいということにほかならない。
ある人を「charm」するということは、多くの場合、ただ、相手の手助けをしたり、
ちょっとした望みに答えてあげたり、
時には、相手が自分をちょっとだけ好きになってくれればいいな、
と思うだけのことだったりする。
一番大事なのは、人をcharmするには、本人がcharmingでなければならないということだ。
だから、つまりはやっぱり「生まれつきの能力」の問題なのだ。
金城武は非常にcharmingな人であり、彼自身そのことを知っていると私は思う。

ことの始まりから彼に話してもらおう。
当時、金城武はわずか15歳、まだ在学中だった。
(彼は台湾ではずっと外国人学校に通った。
最初は日本人学校で、次にアメリカ人によるインターナショナルスクールである)
同級生の母親が広告会社に勤めていた。
ある日、学校にやってきて、ある清涼飲料水のCMのために若い人を何人か探した。
選ばれた中に金城武がいた。
CMの撮影が終わった後、ある人が歌を歌えるかと聞いてきた。
そこで、彼はテストを受けに行った。
テストに合格し、最初のアルバムを録音した。
And the rest, as they say, is history.

金城武の家族構成は単純である。父母と、2人の兄だ。
兄の1人は台湾で仕事をしている。
もう1人は日本でゴルフ選手になるための訓練中だ。
金城武も、以前、父親とその友人達と一緒にゴルフをしに行ったことがあると言う。
「ゴルフって、年寄りの遊びだと思わないですか?」私は聞いてみた。
「はい。ゴルフは唯一、お年寄りにぴったりな球技だと思います」

だが、若者よ、君は他のどんなスポーツが好きなのか?
「なんでも好きです」と彼は答える。
一呼吸おいて、こう補足した。「バレーボール、サッカー、バスケットボール……」
活発な若者なら水泳が好きなはずだろう。
残念ながら、香港の浜辺に彼は言ったことがないし、今は行けない。
それなら船で行ったことは?
「MTVを撮影したときに行ったことがあります」
あるとき、金城武は一艘の遊覧船上でMTVの撮影を行なった。
撮影が終わるや、急いで服を着替え、
えいっと海に飛び込んだと、彼は嬉しそうに話した。
しかし、芸能界に入ってからは、スポーツをする時間はなくなってしまった。
今はスポーツジム行きが主である。   (続く)
(ERNEST文 號外1994年11月号)



 BBS   ネタバレDiary    23:00


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