Espressoを飲みながら

2002年04月20日(土) 野球について

 空遊が2才から18才まで育ったのは奈良県。
言うまでもなく、プロ野球の球団の存在しないところ。
テレビで高校野球であれプロ野球であれ見ていると、
選手だけでなく、観客も目に入る。

「世の中には、これを生で見る人もいるんだなー。」

なんとなく不思議な感覚がした。遠い遠いところ、
多分野球場のすぐ近くに住んでいる人達は、プロ野球や
高校野球を生で見ることができる。あるいはすぐ近くに
住んでいないかわりに、長距離を移動するのに十分な
時間と交通費を所有する特権階級のような人々。

今思うと実に滑稽だが、その時はそんな風に感じていたし、
今もどこかその感覚は抜けないのだ。

18で神戸市西区の大学に通うようになった。
大学の隣の地下鉄の駅にはオリックスの球場があった。
だから気が付くとすごく球場の近くにいたわけだけれども、
野球場というものに対して現実感がなくって、結局観戦することは
なかった。子供の頃に行きたいと言って親に断られたことがあったのか、
野球を生で見ることは、とてもお金が掛かる贅沢なことで、学生の身分で
そのようなことをするものではないし、高いから(値段等を)調べるだけ
無駄であるように感じていたのだ。

決して、質素倹約な学生時代であった訳ではない。海外旅行はたくさん
行ったし、高いギターを買ったり、高級イタリア料理を食べたりとか、
そういう贅沢は平気でできたのだが、なぜか野球を見るというのは
心理的に手の出せた娯楽ではなかった。

幼少期の条件付けとはこういうものなのかも。

子供はテレビで何かやっていると、そこに行きたがる。スポーツであれ
何であれ。そしてテレビでやっているようなことは大体が自宅から遠く
離れたところで起こっている。親に連れていってと頼んでも、
時間やお金を理由に断られてしまうことが多々あった。
いつの間にか、テレビでやっているようなことを生で見に行くことは、
とてつもなく贅沢で金がかかることであり、ほとんど不可能だと
思うようになってしまった。

スポーツはその代表格であり、僕の子供時代には野球はスポーツの
代表格であった。

 スポーツを生で見るなんてとんでもない。そう無意識に刻み込まれて
しまった空遊は、自分の学校で行われていたものを除いては、
珍しい程生スポーツを観戦したことがない。唯一の例外が、高校時代、
オーストラリアのパース郊外にホームステイした時にホストファミリーに
連れられて観に行ったオーストラリアンフットボールである。
あれが今のところ最初で最後の生スポーツ観戦だった。地元では結構人気の
スポーツのようで、初めて見た割にはなかなか楽しめた。競技場の人々の興奮と
いうものが、なんだか新鮮だった。

 普通ならそれを切っ掛けに野球とかサッカーとか観戦しはじめても
不思議ではないのだが、その時の空遊は「オーストラリアでは(日本と違い)、
気軽にスポーツの観戦ができるのだ。いい国だ。」と考えてしまった(爆)。

 先日、某MLのオフ会に行った時に、プロ野球も高校野球も生で
観戦したことがないと言ったら、「珍しい」とある人に言われた。
え、野球を生で見たことがないのは珍しいことなのか、と思った。
僕の中では野球を生で見に行ったことのある人の方がはるかに珍しいと
認識していたからだ。もっとも彼は宝塚市在住で、甲子園球場からも
この前選抜で優勝した報徳高校からも地理的に近いので、そう言ったの
かもしれないけれども。

 そんなことがあったので、一度阪神の試合でも観に行こうかと
思ったが、今シーズンが始まってみると星野監督のおかげか破竹の勢い。
甲子園球場は連日満員のようだ。あんまり人の多いところが得意でない
空遊には再び敷居が高くなってしまった、、、。

 一度は観に行こうと思ってはいるのだが、、、(笑)。 


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空遊 [MAIL]

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