画廊巡り〜サルガド 2002年10月18日(金)
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午前中雨でユウツになったが、午後は晴れ。予定通り画廊巡りへ。
バイクで銀座まで。大分慣れた。
もう道には迷わんぞ。
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まずお気に入りのドトールで休憩。ポテトパイうまい。
地図で確認し、2丁目SAGスパンアートギャラリー、
4丁目西村画廊、1丁目昭和通り近くのGallery 2+ へ。
SAGスパンアートギャラリーでは、憧れの門坂さんの原画を初めて見る。門坂さん本人もいて、緊張したけれど他に人もいなかったので、少しお話伺った。
絵は、とても小さくて、思ったよりずっと小さくて……良かった。
銅版画、水彩、リトグラフ、ペン画と4種類あって、どれも受ける印象は似ているんだけれど、よぉ〜〜〜〜〜〜く見ると、やっぱ版画とペンは違う。
一本一本のペンで引かれた線から時間と慈しみを、抑揚から気持ちの高揚や踊るような静かな……そんなものを感じた。
だから比べると版画は線が均一に見えたな。
版画は繰り返し眺めた画集を超えるほど新たな感動はなかったかも……。
……印刷物、綺麗なんだよね。色はまだあれだけれど、現在すでにモノクロ線画だと印刷物の再現力はスゴイんじゃないかと。
先日読んだ鴫さんの小論文じゃないけれど、与えられた量産できる画像(印刷物やテレビ)、洪水のように押し寄せるが無視もできない。
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その鴫さんの絵も見る。西村画廊は鴫 剛さんの個展かと思ったらグループ展だった。うーーーーん……(^_^;
とりあえず論文から伺いしれる思考の深さは、今回見た絵からは汲み取ることができない。というか油絵あんまりうまくないじゃん……絵の具のノリが気持ち悪……ボソボソ
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Gallery 2+ では松島センセの個展を。デザイン学校に行ってた時の先生。
懐かしい。4年ぶりくらいかな。相変わらず面白いお人。気の使い方。
センセの作品はCG。わたしはもうCGをやろうとは思わないけれど、CGでやるならやっぱり光かな。モニタ相手に物質感を出そうと思っても、絵画にはかなわないような気がする。でも透明感のある水に映る波紋とか、ビー玉に次々と入る光の帯びとか、こんなのはアクリルで描いても陳腐なような気がするから。棲み分けかな。
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その後、渋谷へ繰り出す。
チビの保育園の時間がせまっていて迷いがあったが、センセに背中を押され、あっさり展覧会を取ったわたくし。
サルガド。94年度に展覧会を見てから忘れられない。
わたしは報道写真が好きだ。芸術写真はあんまり興味なくて。報道写真が好き。でも写真集で戦争や難民を取ったものはあまり好きじゃない。
陳腐な写真を見ると、「結局は難を逃れて国を出られる、所詮客人」という冷めた気持ちを抑えられない。まぁ、写真集よりも新聞写真の方が好き。
それでサルガド。
まず思ったのは、アートとは違う、ということ。
構図とか色とか美しいものを選んでいるわけではない。しかし全く関係ないわけでもない。
次に思ったのは、白黒だ、ということ。
カラーじゃない。白黒。これは重要なことだと思うのね。
それから、ここ数年の世界情勢の多くのことが分かったような気がした。
活字を読むより伝わるものもあるだろう。簡潔な説明文と写真。漫画や絵本を見るような感じ。映像と、活字との相乗効果か。
アフリカの子供達は可愛いし、女性はみんな美人だった。
打ちひしがれる男達にわたしは何故か、15世紀頃の王朝が栄えていた頃の誇り高い王の彫刻を思い出し、「頑張れ、あなたたちはもっと誇り高い種族のはず」と応援していた。しかし失われた文化、人、システム、自然を再び取り戻すのは途方もなく難しいことを、改めて思い知らされる。
わたしには何もできないのか。募金ぐらいしかできないが、しないよりはマシだろうと募金箱にお金を入れた。
子供達のポートレートは可愛かったな。みんな美人でいい顔していた。
子供達。うん。子供って不思議。
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さっきの複製の話に戻ると、サルガドは写真だからカタログを買った。
白黒だし。写真における複製-ホンモノ論はあんまりないよね。
◆セバスチャン・サルガド展
東京・渋谷 Bunkamuraザ・ミュージアム
明日(20日)までなんで、まだの方は是非。
by HPY
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