日常些細事
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半蔵理髪店(仮名)へ散髪に行く。 今日の店主は元気が無い。 私の髪を切りながら、時々 「はあ〜」 と溜め息をついている。 「いらっしゃーい」 お客への挨拶も、なんだか上の空といった感じだ。 体の具合でも悪いのだろうか。 「今日は髪、短くしてくれますか」 私の注文にも 「はい。短くですね」 普通の返事をするではないか。 短髪をこよなく愛し、客の髪を短く刈り上げることに生き甲斐を感じている店主である。いつもの調子なら 「あっ。短くですか本当ですか。わっかりましたあ」 と大張り切りするはずなのに。 うーむ。気になる。 「元気無いみたいですけど」 さりげなく尋ねてみた。 「なにかあったんですか?」 すると店主、また溜め息をひとつつき、 「鋏が死んじゃって・・・」 と言う。 「10年間使ってた鋏が壊れちゃいましてねえ。もう、わたしゃ悲しくて悲しくて。とてもよく切れるいい子だったんですよお」 愛用の理髪鋏との別れに、店主は打ちのめされているのだった。 そのあと散髪が終るまでの1時間、今は亡き鋏がいかによく切れたか、いかに自分の手に馴染んでいたか、自分にとってどれほど大切なものであったか、切々と語る店主の姿に、私は半ば呆れながらもある種の感動を覚えたのだった。
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